残りの時間は花火のように美しく

雨宮 瑞樹

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文乃

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 ――翌日。
 通常授業に出席しようと美羽が教室に入ると、途端に肌に突き刺さるほどの視線が一斉に集まるのを感じた。
 そのことに怪訝に思いながらも、気にせず席を探していると、溌剌とした声に名前を呼ばれた。
「美羽ちゃん、こっちこっち!」

 この授業に知り合いはいなかったはず。
 美羽はそう思いながら、声の主を探していると教室の中央の席に昨日ゼミで同じだった吉田文乃がこちらに向かって手招きしている姿を見つけた。
 何だろう?
 美羽は疑問符を浮かべながら、隣の席に行くと、黒目がちの丸い目を爛々とさせて嬉しそうに文乃はいった。

「ねぇねぇ! 美羽ちゃんって、あの有名な大隈さんと付き合ってるんでしょ!? 」
 美羽と文乃は、あのゼミで挨拶を交わしたくらいでまともな会話を交わしたことがなかった。
 なのに、開口一番その話題が飛んできて、美羽はぎょっとした。
 でも、この文乃の目は全く悪意がない。本当に純粋に興味津々だから、聞かせてほしいとわかりやすく顔にも書いてあって、美羽は苦笑していた。

「どんなに綺麗で美しい子でも、容赦なく切り捨てる。そんな大隈怜に恋人がいた! しかも相手もまたどんなエリート男子でも振り向くことがない伊藤美羽! って、この教室に入るなりその話題で持ちきりだったわよ。
 あ。でも勘違いしないでね。私が言いふらしたんじゃないからね。すでにこの話は広まっていたのよ」
「へ…へぇ~、そうなんだ」
 美羽は冷や汗を垂らしながら答えた。
 怜はともかく、自分に関してもそんな噂があることを知らなかった。
 それだけでもかなりの驚きなのに、それに拍車をかけてすでに怜と付き合っているとみんなに広まっていたことに、美羽は言葉を失っていた。
 文乃のキラキラした目を見つめても、その話は決して嘘ではさそうだ。
 いちいち目の奥を見なくても、文乃の感情や思考は丸い顔ににじみ出るほどわかりやすい。
 美羽は、あの怜とは正反対だわ。と思いながらも、その話題についてどう返しをしたらいいのか考える。

「そりゃあ、そうでしょう! 誰とも付き合わないって有名だった二人同志、急に付き合ってるんだもの!
 で? 二人は、どういう経緯で付き合い始めたの?」
 煌々としている瞳をさらに輝かせて、ぐいぐい美羽の方に身体を寄せてくる。
「えーっと、どちらともなく何となく……かなぁ」
「もったいぶらなくてもいいじゃない。教えてよ!」
「えーっと、怜にあんまりそのことについて言うなって口止めされてて……」
 美羽は苦し紛れの嘘を吐く。
 すると、へぇ『怜』呼びなんだぁとニヤニヤ顔をしながら、あぁ、なるほどね。確かにそんなタイプよねぇ。と文乃はやけに納得してくれたようだった。美羽が胸をなでおろしていると
「じゃあ、次のゼミで大隈さんに直接聞くわ!」 
 耳を疑う呟きが聞こえてきた。
 あのとっつきにくい怜にそんな聞きにくいことを聞こうとする文乃の勇気に感服しながら、美羽はそれ以上何も言えなかった。これは、詳細な示し合わせが必要ね……。気づかれないように美羽はため息をついた。

「大隈さんの両親医者なんでしょ?」
「え? そうなの?」
 思わず滑りでた美羽の言葉に、文乃がそれを上回る驚きを示していた。
「あの大隈総合病院の一人息子って。……まさか、知らなかったの?」
 病気を患ったことのない人でも知っている超有名総合病院の名前が出てきて驚愕した。
 まさか病気を患っている身でありながら、偶然声をかけた人が病院の関係者だったなんて。
 そんな人がどうして、医学部じゃなくて工学部にいるのよ……。
 毒づきそうになったところに、じっと視線を送ってくる文乃に気づいて慌てて作り笑いを浮かべた。文乃の目を読み解けば、付き合ってるんだったら、普通知ってるでしょう? と書いてあって、慌てて理由を考える。
「えっと……つい一昨日付き合い始めたばかりだから……」
 冷や汗を垂らしながら美羽は苦し紛れの理由を述べると、さすがの文乃にも疑念の色が浮かんでいた。
「……本当に付き合ってるのよね……?」
「も、勿論」
 まぁ、昨日のあの感じを見たら付き合ってるんだろうけど……ぶつぶつ言いながら首をかしげていた文乃は、思い直したのかほかの質問をぶつけてきた。

「じゃあ、どっちが告白したの? そのくらい教えてくれてもいいでしょ?」
「……それは、怜から……かな?」
 咄嗟に出てきた答えにきっと怜は怒るだろうなと思いながら、美羽はアハハ……と乾いた笑いを浮かべていた。
「きゃーそうなのね!」
 文乃はにまにましながら勝手に興奮しているお陰で、美羽の不自然さを打ち消してくれていた。単純な文乃をある意味有難く思いつつ、これは非常にまずい状況だ……と胸中焦りでいっぱいだった。
 その時「授業を始める」と救世主の声。
 文乃のお喋りがピタリと止まる代わりに教授の声が響き始めた。
 救世主の声を耳の端でききながら、美羽はこの先どうしたらいいか頭をフル回転させ始めていた。
 明日、またゼミがある。
 その時までに、なんとか怜と話を合わせておかなければ。
 美羽は少し鼓動が早くなるのを落ち着かせながら、授業そっちのけで、文乃に気付かれないよう頭をひねらせていた。



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