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第玖話-オニ

オニ-4

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 翌朝、絢巡査長は長四郎を迎えに行くため、覆面パトカーを走らせていた。
 隣には始発の電車で、桜田門駅に来た齋藤刑事が乗っている。
「あの、どうして探偵さんを迎えに行くんですか?」
 齋藤は刑事だけで捜査するものだと思っていたので、この質問をした。
「事件の捜査をする為です」
 素っ気なく返答する絢巡査長に少しムカつく齋藤刑事。
「あの探偵はそんなに優秀なんですか?」
「あれ、知らんと? あの探偵は熱海長四郎。10年前ぐらいに活躍した高校生探偵その人よ」
 後部座席に座っている一川警部はそう答えた。
「すいません、ちょっと、存じ上げないですね」
「そう」一川警部は少し寂しそうな顔を浮かべる。
 そこから、車内は沈黙に包まれる。
 暫くして、長四郎の事務所の前に車は着いた。
 長四郎は事務所の前で立って待っており、車が前に着いたと同時に長四郎は乗り込んだ。
「おはようございます」
 長四郎は気だるさそうに挨拶しながら、一川警部の隣に座る。
「おはよう。寿司は美味しかった?」
「一川さん、聞いてくださいよ。全部あの小娘が平らげたんですよ。俺に注文させておいて」
「それは災難やったね」
「ホントです」
 残念そうに頷いて返事する長四郎に齋藤刑事が話しかける。
「あの、事件の話をしなくて良いんですか?」
「あんたは、昨日のモブ刑事か!!」
 長四郎は今になって、齋藤刑事の存在に気づいた。
「モブ刑事とは何ですか! 齋藤です」ここでようやく自分の自己紹介をする齋藤刑事に「普通の名前だな」とちゃちを入れる長四郎。
「で、今日はどこに行くの?」
 今度は絢巡査長に車の行き先を尋ねる長四郎。
「被害者の勤務先です」
「あっ、並外商事ね」
「はい」
 それから30分後、並外商事本社近くのコインパーキングに車を止めて本社へと入って行く。
 被害者の平凡協が勤務していたのは、並外商事の営業部であった。
 営業部長から話を聞くはずだったのだが、アクシデントが起きたらしく話が聞けそうにない状況になりつつあった。
 が、しかし人事部の人間から話が聞ける事となった。
「私、人事部の川尻です」
 川尻は四人に自分の名刺を一枚ずつ、手渡す。
「これは、これはご丁寧にどうも」
 一川警部はそう言いながら自分の名刺を川尻に渡し、絢巡査長達もそれに続き自分達の名刺を渡す。
「平凡さんが殺されたなんて信じられないんですよ」
 川尻は残念そうにしながら話を切り出す。
「平凡さんはそんなに有名な方だったんですか?」齋藤刑事が質問を投げかけた。
「有名かどうかは分かりませんが、営業成績優秀者ではありました」
「ということは、社員の査定をするのは人事の仕事ということですか?」
 今度は長四郎が質問する。
「ええ、その通りです。弊社は全部署の査定を人事で管理しております」
「成程。ありがとうございました」
 長四郎はそう礼を言い、絢巡査長に事件についての質問をするよう目配せで合図する。
「では、平凡さんが事件に巻き込まれるといった事はなかったでしょうか?」
「それは取引先と揉め事がなかったかとかそういう事でしょうか?」
「まぁ、そんな所です」
「成績優秀者の社員がそんな揉め事を起こすと、すぐに人事の耳に入って来ますよ。少し考えたら分かると思いますけどね」
 嫌味を言われ、絢巡査長はムッとする。
「すいません。プライベートの方ではどうでしょうか?」今度は齋藤刑事が質問した。
「貴方達、本当に刑事ですか? 逆に聞きますけど、警視庁が貴方達のプライベート全てを把握しているんですか? してないでしょう。そう言った事を聞く為に、わざわざいらっしゃったんですか?」そう言いながら鼻で笑う川尻。
 齋藤刑事は言い返すことも出来ずただ、固まることしかできなかった。
「貴方の知る所では、被害者の平凡さんが狙われる心当たりはなく、会社とは無縁であるということですね」長四郎はそう言い続ける。
「あ、ご安心を。プライベートはこちらで調べますので。もし、プライベートな事案が会社に関わりがある場合はお話を聞くことがあるかもしれませんが、その時は宜しくお願いします」
「分かりました」長四郎のその言葉には快く了承する川尻であった。
「では、我々はお暇しようか?」
 一川警部の言葉に絢巡査長と齋藤刑事の二人は不服そうに声を揃えて『はい』と返事をして立ち上がる。
「では、お送りいたします」
 川尻は律儀に四人を正面玄関まで案内する。
 その道中、先を歩く川尻の臭いを長四郎は嗅ぐ。
「川尻さん、良い香水をお付けになっているんですね」と話しかけると「香水ですか? 私はその様な物はつけていませんが」と答える。
「え、そうなんですか? あまりにいい匂いだったんで。柔軟剤かな」
「はぁ。市販の物を使っているので」
「失礼ですが、川尻さんはご結婚は?」
「妻はいますが、それが何か?」
「いや、奥さんのセンスが宜しいんだろうなと思いましてね」
「それはどうも」川尻も嬉しくなったのか顔が綻ぶ。
 それから、川尻と長四郎は世間話をしながら正面玄関まで移動した。
「では、失礼します」と長四郎は言うと「平凡さんを殺した犯人を絶対に捕まえてください」川尻はそう言いながら深々と頭を下げる。
「はい、頑張ります」齋藤刑事が真っ先に返事をする。
「では」
 一川警部は軽く会釈し、三人を連れてその場を去った。
 少し歩いた所で、一川警部が口を開いた。
「長さん、そんないい匂いしたと? あのおっさんから」
「んなわけないでしょう。ただ、ラモちゃんの言う通り血生臭い匂いが薄っすらではありましたが俺の鼻も反応しました」
「ほぉ」感心する一川警部を他所に齋藤刑事は隣を歩く絢巡査長に「ラモちゃんって、誰なんですか?」と質問した。
 絢巡査長は「あんたは知らなくても良いこと」とだけ答えるのだった。
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