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2章
2章65話(166話)
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私は思わず、その手紙を凝視してしまった。手紙を受け取ってしまっていいものか、迷っているとお母様が声を掛けてくれた。
「……内容が気になる?」
「気にならないと言えば嘘になりますが……、……戸惑っています」
ファロン家のお父様はジュリーに殺された。ジュリーはその罪で塔に閉じ込められている。ただ一人、ファロン家ではお母様だけが生き残り、どこか遠いところへ向かった……とは聞いていた。そんなお母様がなぜ、私に……? 正確に言えば血の繋がりはない。ない、けれど……。
彼女もまた、マザー・シャドウによって幸せを奪われた犠牲者だ。
「……もしよかったら、わたくしが内容を確認しようか?」
「お母様……」
お母様の提案に、少し悩んだ。私が悩んでいることに気付いたのか、お父様がひょいとカーラ様から手紙を取った。あ、と思った時には既に手紙はお母様の手元に移動していた。
「あなた……」
呆れたようなお母様の声と表情に、お父様は「まどろっこしい」と肩をすくめてみせた。……お父様のこの強引さ、私、結構好きなんだけどね。
「お母様、お願いしても……?」
「え、ええ。任せて」
……深夜に言われたことを思い出して、私は素直にお母様に甘えることにした。お母様は一瞬驚いたような表情を浮かべたけれど、すぐにぱっと表情を明るくして手紙を取り出す。そして、視線を落として内容を読むと、表情を変えずにカーラ様へと視線を向けた。
「……そう、ね……」
カーラ様は視線を下げる。お母様とカーラ様を交互に見ると、お母様がそっと近付いて来て私の前にしゃがみ、静かに手紙を渡した。
「読んでも、読まなくても、エリザベスの自由に」
「……どんな内容、でしたか……?」
「一言で言えば、懺悔の手紙よ」
私は少し複雑な気持ちになった。……王都から離れたことで、冷静になったのだろうか。手紙を撫でて、……意を決したようにその手紙に視線を落とした。
そこに綴られていたのは、ファロン子爵との出会いから、結婚して子を宿し幸せな時間を過ごしていたこと、私が火傷を負ったことを防げなかった自分への自己嫌悪、治せないことが申し訳なくて、ジュリーを可愛がることで逃避していたこと、アンダーソン家に私が助けられて内心ホッとしていたこと、火傷痕が治り、改めて自身とは全く似ていないことに驚いたこと……色々なことが綴られていた。
『あなたにとって、私はとても悪い母親だった。謝っても許してもらえないことは知っている。もちろん、許さなくて良いの。ただ、母としてあなたの幸せを願うことを許して欲しい。エリザベス・アンダーソンとして、幸せに生きてくれることが、私のなによりの願いです』
――そう、締められていた。一度たりとも『ごめんなさい』や『申し訳ない』という言葉はなかった。……でも、わかる。これはファロン家のお母様の、最後の優しさだ。謝られると、許すか許さないかで私が葛藤すると……、きっと、そんな風に考えたのだろう。
私はゆっくりと息を吐き、目を伏せた。涙が頬を濡らしていくのがわかる。目元にハンカチが当てられた。誰かが、私の涙を拭ってくれている。血の繋がりはないけれど、あなたは確かに私のお母様だった。幼い頃の幸せな記憶がよみがえり、私の涙は止まることを知らずに流れていく。確かにあった、幼少期の幸せな時間。
この手紙を書いていた時……一体どんな気持ちだったのだろう。アンダーソン家のお母様は、これを懺悔と言ったけれど、私には一種の自伝のようなものだと感じた。『事実』を正しく、私に伝えるための手紙。
幼い頃の私は、お父様とお母様に抱きしめられるのが大好きだった。その時の手の感触を思い出して、ぎゅっと手紙を握りしめる。
「カーラ様、辺境の村にはまた行かれますか?」
「ああ、そうだね。もうしばらくすれば行く予定さ」
「……その時に、私の手紙をお母様……いえ、ミラベル様に、お渡しいただけますか……」
「……ああ、時期が来たら声を掛けよう」
「……内容が気になる?」
「気にならないと言えば嘘になりますが……、……戸惑っています」
ファロン家のお父様はジュリーに殺された。ジュリーはその罪で塔に閉じ込められている。ただ一人、ファロン家ではお母様だけが生き残り、どこか遠いところへ向かった……とは聞いていた。そんなお母様がなぜ、私に……? 正確に言えば血の繋がりはない。ない、けれど……。
彼女もまた、マザー・シャドウによって幸せを奪われた犠牲者だ。
「……もしよかったら、わたくしが内容を確認しようか?」
「お母様……」
お母様の提案に、少し悩んだ。私が悩んでいることに気付いたのか、お父様がひょいとカーラ様から手紙を取った。あ、と思った時には既に手紙はお母様の手元に移動していた。
「あなた……」
呆れたようなお母様の声と表情に、お父様は「まどろっこしい」と肩をすくめてみせた。……お父様のこの強引さ、私、結構好きなんだけどね。
「お母様、お願いしても……?」
「え、ええ。任せて」
……深夜に言われたことを思い出して、私は素直にお母様に甘えることにした。お母様は一瞬驚いたような表情を浮かべたけれど、すぐにぱっと表情を明るくして手紙を取り出す。そして、視線を落として内容を読むと、表情を変えずにカーラ様へと視線を向けた。
「……そう、ね……」
カーラ様は視線を下げる。お母様とカーラ様を交互に見ると、お母様がそっと近付いて来て私の前にしゃがみ、静かに手紙を渡した。
「読んでも、読まなくても、エリザベスの自由に」
「……どんな内容、でしたか……?」
「一言で言えば、懺悔の手紙よ」
私は少し複雑な気持ちになった。……王都から離れたことで、冷静になったのだろうか。手紙を撫でて、……意を決したようにその手紙に視線を落とした。
そこに綴られていたのは、ファロン子爵との出会いから、結婚して子を宿し幸せな時間を過ごしていたこと、私が火傷を負ったことを防げなかった自分への自己嫌悪、治せないことが申し訳なくて、ジュリーを可愛がることで逃避していたこと、アンダーソン家に私が助けられて内心ホッとしていたこと、火傷痕が治り、改めて自身とは全く似ていないことに驚いたこと……色々なことが綴られていた。
『あなたにとって、私はとても悪い母親だった。謝っても許してもらえないことは知っている。もちろん、許さなくて良いの。ただ、母としてあなたの幸せを願うことを許して欲しい。エリザベス・アンダーソンとして、幸せに生きてくれることが、私のなによりの願いです』
――そう、締められていた。一度たりとも『ごめんなさい』や『申し訳ない』という言葉はなかった。……でも、わかる。これはファロン家のお母様の、最後の優しさだ。謝られると、許すか許さないかで私が葛藤すると……、きっと、そんな風に考えたのだろう。
私はゆっくりと息を吐き、目を伏せた。涙が頬を濡らしていくのがわかる。目元にハンカチが当てられた。誰かが、私の涙を拭ってくれている。血の繋がりはないけれど、あなたは確かに私のお母様だった。幼い頃の幸せな記憶がよみがえり、私の涙は止まることを知らずに流れていく。確かにあった、幼少期の幸せな時間。
この手紙を書いていた時……一体どんな気持ちだったのだろう。アンダーソン家のお母様は、これを懺悔と言ったけれど、私には一種の自伝のようなものだと感じた。『事実』を正しく、私に伝えるための手紙。
幼い頃の私は、お父様とお母様に抱きしめられるのが大好きだった。その時の手の感触を思い出して、ぎゅっと手紙を握りしめる。
「カーラ様、辺境の村にはまた行かれますか?」
「ああ、そうだね。もうしばらくすれば行く予定さ」
「……その時に、私の手紙をお母様……いえ、ミラベル様に、お渡しいただけますか……」
「……ああ、時期が来たら声を掛けよう」
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