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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち

18.狼の番いになるって、大変なのね!?

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 いつもより間近に、小鳥の声がする。

 閉じた瞼を通して、光が差す。明るくなってる?

 起き上がろうとしたら、少し首が痛かった。
 枕が合ってない。いつもより低くて硬くて……
 何だろう、コレ。

 ──!!

 叫ばなかった私を、誰か誉めてください。

 低くて硬い枕は、シーグの腕だった。いつもの毛むくじゃらの狼の前脚じゃなくて、つるっとした、若くてしなやかな男性の腕。
 テレビでしか見たことのない、盛り上がった硬い胸筋、金色のバサバサと豊かな睫毛。すっと通った鼻筋、ジャ○ーズアイドルのような可愛らしい青年が、私を抱き寄せて眠っている。

 シーグったら、いつの間に人型に?

 ──昨夜寝るときは、確かに狼だったのに

 んんと鼻で息を吐き、薄らと目を開けると、黄金色の綺麗な瞳が現れる。

「おはよう、シオリ。よく眠れたか?」
「う、うん、朝までぐっすり」
「そうか」

 狼の姿で眠ったのだ。わざわざ起きて着用しない限り、この立派な胸筋の下も、素っ裸なのだろう。

「シオリ」

 寝惚けてるのか、今は人型なのをわかってないのか、目を閉じたままうっとりと気持ちよさそうに背筋を伸ばした後、私を抱き寄せて首筋に顔を埋め、何度か私の名を呼んだ。

「シオリ。いい匂いだ」

 首筋を、鎖骨の辺りから耳の下まで一気に、ペロリと舐める。

「ひゃっ! ちょっと、シーグ」

 今は、狼じゃないでしょう!?

 人にしては長く、薄くて柔らかい舌を器用に動かし、私の鼻、頰、耳の下、反対側も、頰、耳朶などを、丁寧に、湿った音を立てて舐めまわす。

「く、くすぐったいよ、シーグ、やめて」

 胸の奥がぎゅうっと痛いくらいにドキドキしたり、頭もくらくら目眩がするような……

《くぉらっ! 色ガキ! 発情してンノ!?》
「って! 痛い、サヴィ、よせって」
やめるノヨ。シオリが困ってるデショ》
「ああ?」

 サヴィアンヌが、妖精魔法でドングリの実を機関銃のように飛ばして、シーグの後頭部と背中を乱れ撃つ。

「痛ててて! ……て、え? 俺、今、人型?」
「きゃーっ! 服! 服着て!」

 ついに叫んてしまった。

 ──見てません! ギリ、見てませんからね⁉

 両手で顔を覆って、シーグに対して後ろを向く。

「わ、悪い。あれぇ? おかしいな、狼のまま寝たと思ったけどなぁ」
「狼のまんまだったわよ。一緒に寝る時は。おかげでもふもふで暖かかったわ」
「……だよなあ」

 後頭部をポリポリ搔きむしりながら、首を傾げる気配がする。

《サッサと着なさいヨ》
 コールスロウズさんちで譲っていただいた山歩きに適した服を、サヴィアンヌに顔にぶつけられ、文句を言いつつも着るシーグ。

「昨夜はいい夢見たよなぁ」
《そりゃ、シオリを抱き込んで眠ったんダカラ、いい夢も見るでショーヨ》

 ピクシー姿で宙に浮かび、足を組んで座るようなポーズのまま、腕組み呆れているサヴィアンヌ。

 手元の背負い袋から、蜂蜜漬けの花蕾を出して、瓶の蓋を開ける。
《シオリ、ゴチソーサマ♡》

 サヴィアンヌが食事をしている間、小さな泉を見つけて顔を洗い、髪を整える。

「シオリが成人して、正式につがいになったら、毎晩こうなんだよな」
 楽しそうに、携帯食を皿に並べるシーグ。鼻歌でも歌い出しそうだ。

《まあ、人間ヒトの交尾繁殖を観察するのもいいケド、シオリはまだ成人じゃないんデショ?》

 こっ、コウビ、ハンショク!? 怖いことを言う。

「そうよ! まだ14歳なのよ。この国では15が成人でも、私の国では、二十歳はたちなんだから」
「今は、この国にいるんだから、いいんじゃないのか? 来月で15なんだろ?」

 妖精の羽衣を細く纏めて腰に巻き、私の荷物から食事の用意を始めるシーグに、反論した。

「良くないわ。どうして私の国では二十歳なんだと思うの? そりゃ、学業を修めるとか、人間的に人生経験を積んで自己に責任を持てるようになるまでの目安でもあるけど、それよりも、早いうちから子供を持つと、母親と子供双方に良くないからよ」

「「そうなの?」」

 シーグとサヴィアンヌの声が重なる。

「昔は、10歳や12歳で、政略結婚する人もいたけれど、子供をもうけてはぐくむのに、母体の身体が成長しきってないからよ。産褥……産後の肥立ちが良くなくて亡くなる人もいたし、生まれてくる子供も、肉体的にも欠陥があったり発達障害があったり、色々と不完全だったりするからよ」

 産めるようになったらすぐ産んでもいいってことじゃないわ。
 幾つになっても妊娠出産は命懸けなところがある上に、若すぎる娘の性交渉や妊娠は、内臓を損傷したり癌などの罹患リスク等々、その身体を壊しかねないの。
 そう言うと、サヴィアンヌはともかく、シーグはふぅんと頷いた。

「俺の上の姉が、赤児を残してすぐ死んだのも、兄嫁の産んだ子がうまく育たなかったのも、そうだったのかな……」

 三角座りで膝を抱えて、遠くをぼんやり見ながらシーグが呟いたけど、その寂しげな雰囲気と話の内容に、サヴィアンヌも、私も、迂闊には踏み込んで訊けなかった。



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