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第一章 『前皇帝と北境の主』
第一章3 『豪雪の再会』
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暴風が密集した雪をさらい、剣で切り付けられたかのような痛みを伴って顔面に叩きつける。天も地も境の見えないほど白に埋め尽くされていて、視界はすこぶる悪かった。
――だがそれは同時に、表に出せぬ囚人を処刑するのにはもってこいでもあった。
ひとつ計算違いがあったとするならば、ここは既に無法地帯ではなく、ひとりの悪役令嬢によって統治された北境になっていたこと。その時点で、アメリア・ローズウェルの目論見は破綻していた。
囚人を乗せた馬車が厳しい豪雪の中ゆっくりと進むのを、巡回中のマルガリータはしっかりとその目に移していた。
もちろん、その馬車が横転し、全てが混乱に陥ってしまったところまで、しかと。
自身の領域の中で他人にこうも好き勝手されては立つ瀬がない。マルガリータは帽子を押さえながら、命令を下す。
「あれを押さえろ。全員連れて行け」
「「承知いたしました!」」
マルガリータの声は暴風吹きすさぶ中でもはっきりと響き渡り、寒冷の恐怖に勝るほどの威厳があった。
騎兵たちはすぐさま現場に向かい、戦闘能力のほぼない馬車の者達はいともたやすく拘束された。土下座でもしそうなほど媚びた顔をしたリーダーらしき男が、おもねりながらなにか言い訳を口にしている。
「帝国の命により囚人を処刑する最中であったのですよ、お嬢様。我々もこの雪の中お嬢様の邪魔などしたくはなかったのですがなにぶん重罪人でございまして……ええ、ええ、許可は取るべきでした。大変失礼を致しました。しかし我々にとっても苦渋の決断で――」
囚人は一人だけではなかった。大部分の囚人は気を失っているが、一部の気を失わなかった囚人も、豪雪の前に並んで立たされていた。重い鎖を付けられ、粗末な服を着て、吹きすさぶ寒風に全身を震わせながら何かに怯えるように体を縮こまらせる彼らを前に、マルガリータは眉をひそめたが。
そう、その気絶してしまった囚人の中に、マルガリータは見知った顔を見つけてしまったのだ。
黒髪と赤の瞳。かつて、マルガリータをはるか上から見下ろし苦しめた、そのひと。
彼女は馬に乗ったまま、ゆっくりと近づいていく。
他の囚人より余程過酷な扱いを受けていたのであろう、全身の傷が服を着ていても隠しきれていない。まともな治療も受けていないだろう。そもそも、今着ているその一枚の布切れでさえ、何があったのかあちこちが破れ血が染み出ていて、目も当てられない。
この瞬間、あのひとは、捨てられた雑巾にすら及ばぬ身分でもって、マルガリータの領地で、そして彼女の足元に転がっている。
(……)
憎いのだろうか。嘲笑しているのだろうか。憐れんでいるのだろうか。それとも、快いと思っているのだろうか。ただ複雑な感情が渦巻いていることは感じ取れるのに、それが何なのか、分からない。
「ああ……今度はこっちが道端で行き倒れですか?」
「――」
横にいたヴァイスが不意に口にした一言に、マルガリータが眉をひそめた。縄を強くつかんだ彼女の脳裏に蘇るのは、万人に敬意と畏怖を向けられた、あの強大な皇帝の姿。
そして視線の先にあるのは、没落と絶望、苦痛の果てに死へと向かう、全てを失った一人の男の姿。
『悪役令嬢』が行き倒れて死ぬのと、ここで彼が凍死する、もしくは何かに利用されること。同じように『物語』に廃棄された悪役の姿が、浮かんでは消える。
豪雪は更に激しくなっていた。
選択をしなくては、間に合わない。
しばしの沈黙の後、マルガリータは不意に馬の方向を転換し、風雪を射抜くような声で力強い命令を下した。
「全員拘留せよ! 帝国に厳重に抗議したのち、全員丁重に帝都に返還する!」
「おおっ、帰してくれるのですか。さすがはお嬢様、わたくし分かっておりました、貴女様が素晴らしい御人であることをいでっ!!」
「黙れ!」
リーダーの男がまたニヤニヤしながらおもねってきたが、軽く蹴り飛ばしておいた。ヴァイスによれば、恐らくこの程度の人間にエルムライトが重要な情報を渡すはずがない。
ノアリデアートひとりいなくなったところで、少し偽装工作でもしておけば時間稼ぎにはなる。
ただ、それが時間稼ぎにしかならないことを、マルガリータも当然知っている。
マルガリータの命令はすぐに実行され、怯える囚人たちは騎兵らに連行されていき、ふてぶてしい態度の帝国の人間たちは各々文句を言いながら従った。
気絶した者はその後簡単に医者に診せ、ノアリデアートを残し、囚人たちは帝都に送り返された。
――こうして、マルガリータはノアリデアートと再び出会ってしまったのだ。
〇
ランプの中の火がぱちりと音を立てたことで、マルガリータの意識が現実に引き戻される。
彼女は地下牢の奥深くを改めて一瞥し、今度こそ振り返ることなく歩き去っていった。
札はそろった。
性悪主人公を打倒する『ものがたり』は、もう始まっている。
――だがそれは同時に、表に出せぬ囚人を処刑するのにはもってこいでもあった。
ひとつ計算違いがあったとするならば、ここは既に無法地帯ではなく、ひとりの悪役令嬢によって統治された北境になっていたこと。その時点で、アメリア・ローズウェルの目論見は破綻していた。
囚人を乗せた馬車が厳しい豪雪の中ゆっくりと進むのを、巡回中のマルガリータはしっかりとその目に移していた。
もちろん、その馬車が横転し、全てが混乱に陥ってしまったところまで、しかと。
自身の領域の中で他人にこうも好き勝手されては立つ瀬がない。マルガリータは帽子を押さえながら、命令を下す。
「あれを押さえろ。全員連れて行け」
「「承知いたしました!」」
マルガリータの声は暴風吹きすさぶ中でもはっきりと響き渡り、寒冷の恐怖に勝るほどの威厳があった。
騎兵たちはすぐさま現場に向かい、戦闘能力のほぼない馬車の者達はいともたやすく拘束された。土下座でもしそうなほど媚びた顔をしたリーダーらしき男が、おもねりながらなにか言い訳を口にしている。
「帝国の命により囚人を処刑する最中であったのですよ、お嬢様。我々もこの雪の中お嬢様の邪魔などしたくはなかったのですがなにぶん重罪人でございまして……ええ、ええ、許可は取るべきでした。大変失礼を致しました。しかし我々にとっても苦渋の決断で――」
囚人は一人だけではなかった。大部分の囚人は気を失っているが、一部の気を失わなかった囚人も、豪雪の前に並んで立たされていた。重い鎖を付けられ、粗末な服を着て、吹きすさぶ寒風に全身を震わせながら何かに怯えるように体を縮こまらせる彼らを前に、マルガリータは眉をひそめたが。
そう、その気絶してしまった囚人の中に、マルガリータは見知った顔を見つけてしまったのだ。
黒髪と赤の瞳。かつて、マルガリータをはるか上から見下ろし苦しめた、そのひと。
彼女は馬に乗ったまま、ゆっくりと近づいていく。
他の囚人より余程過酷な扱いを受けていたのであろう、全身の傷が服を着ていても隠しきれていない。まともな治療も受けていないだろう。そもそも、今着ているその一枚の布切れでさえ、何があったのかあちこちが破れ血が染み出ていて、目も当てられない。
この瞬間、あのひとは、捨てられた雑巾にすら及ばぬ身分でもって、マルガリータの領地で、そして彼女の足元に転がっている。
(……)
憎いのだろうか。嘲笑しているのだろうか。憐れんでいるのだろうか。それとも、快いと思っているのだろうか。ただ複雑な感情が渦巻いていることは感じ取れるのに、それが何なのか、分からない。
「ああ……今度はこっちが道端で行き倒れですか?」
「――」
横にいたヴァイスが不意に口にした一言に、マルガリータが眉をひそめた。縄を強くつかんだ彼女の脳裏に蘇るのは、万人に敬意と畏怖を向けられた、あの強大な皇帝の姿。
そして視線の先にあるのは、没落と絶望、苦痛の果てに死へと向かう、全てを失った一人の男の姿。
『悪役令嬢』が行き倒れて死ぬのと、ここで彼が凍死する、もしくは何かに利用されること。同じように『物語』に廃棄された悪役の姿が、浮かんでは消える。
豪雪は更に激しくなっていた。
選択をしなくては、間に合わない。
しばしの沈黙の後、マルガリータは不意に馬の方向を転換し、風雪を射抜くような声で力強い命令を下した。
「全員拘留せよ! 帝国に厳重に抗議したのち、全員丁重に帝都に返還する!」
「おおっ、帰してくれるのですか。さすがはお嬢様、わたくし分かっておりました、貴女様が素晴らしい御人であることをいでっ!!」
「黙れ!」
リーダーの男がまたニヤニヤしながらおもねってきたが、軽く蹴り飛ばしておいた。ヴァイスによれば、恐らくこの程度の人間にエルムライトが重要な情報を渡すはずがない。
ノアリデアートひとりいなくなったところで、少し偽装工作でもしておけば時間稼ぎにはなる。
ただ、それが時間稼ぎにしかならないことを、マルガリータも当然知っている。
マルガリータの命令はすぐに実行され、怯える囚人たちは騎兵らに連行されていき、ふてぶてしい態度の帝国の人間たちは各々文句を言いながら従った。
気絶した者はその後簡単に医者に診せ、ノアリデアートを残し、囚人たちは帝都に送り返された。
――こうして、マルガリータはノアリデアートと再び出会ってしまったのだ。
〇
ランプの中の火がぱちりと音を立てたことで、マルガリータの意識が現実に引き戻される。
彼女は地下牢の奥深くを改めて一瞥し、今度こそ振り返ることなく歩き去っていった。
札はそろった。
性悪主人公を打倒する『ものがたり』は、もう始まっている。
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