氷上の悪役令嬢

Estella

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第一章 『前皇帝と北境の主』

第一章22 『嵐は去った』

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 それから一週間後、エルムライト皇帝生誕を祝う宴会は微妙な雰囲気の中で幕を閉じた。
 エルムライトの捜査は何一つ成果を得られず、皇室騎士団は北境軍の嘲笑に耐えられず皇帝への不満を募らせていた。
 あれだけの人員を動員し、法律を無視した捜査をし、北境の人間と修復不可能な亀裂を生んだにもかかわらず、なにも得られなかった。
 その事実は、打算的で投機的な貴族たちの表情を曇らせている。
 表面上は未だ皇帝に対し恭しく接してはいるが、疑念と不満、支持の揺らぎが隠しきれていない。

 皇帝の失敗と、マルガリータの治める北境の強大さ。そしてその彼女に対して、あまりにも低姿勢な愛をささやく皇帝の無様さ。
 それをまざまざと見せつけられた貴族たちは、先行きに不安と失望を感じてしまっていた。

 氷結城大広場。簡単な見送りの儀式が、そこで開かれていた。
 マルガリータは広場の中央で、背後に粛々と立つ北境の文官武官を従えて、最後に出発する皇帝の馬車を見つめている。
 宿泊施設から出てきたアメリアは、馬車のほうに行かずにずいっとマルガリータに近づいた。
 アウグストが一歩手前で止めてはいるが、無礼な行為にざわめきが生まれる。

 アウグストには目もくれず、アメリアは憎悪を露わにした顔でマルガリータに向かって毒々しく吐き捨てた。

「得意にならないで、マルガリータ・シャトーブラン。勝つのは絶対に私なんだから。その時に泣いて許してって言われても、絶対に許してあげないから……!」

 アウグストとマルガリータ、そして後ろに控えていたヴァイスくらいにしか聞こえなかったであろうが、彼女の表情を見れば、何か暴言を吐いているに違いないことは分かった。
 感情をあらわにするアメリアに対し、マルガリータはまるで何も聞こえなかったかのように首をかしげて、片手の掌で馬車のほうを指し示した。
 もう行ってもいいですよ、とでも言いたげな平静な顔。まるっきりアメリアを無視した態度に屈辱を感じて震えるが、さすがに衆人環視下で叫び散らす真似はしなかった。侍女ダーナに慰められながら馬車に入っていくアメリアの横から、今度はエルムライトが出てくる。

 今度はさすがに、マルガリータは視線でアウグストに下がるように言う。
 彼女に近づいたエルムライトは、なおも爽やかな笑みを浮かべながら、その心を動かそうと試みる。

「マルガリータ、マリーと呼んでも良いかい? 私と共に帝都へ帰ろう。アメリアのことは心配しなくていい。君が共に帰ってくれるなら、君を私の皇后にする。アメリアも分かってくれるはずだ。だから、兄を引き渡してくれないか。君の為を思って言っているんだ」

 うっとりとした顔で、胸に手を当てながらそう語るエルムライトに対し、マルガリータは歯牙にもかけぬ冷笑を浮かべるだけだった。
 愛称で呼んでこようが、権力を使おうが、甘い言葉をささやこうが、意味はない。
 ただ……愛称問題は、いつかきちんと片付けた方が良いだろう。何故かは分からないが、そう思った。

「エルムライト皇帝陛下、どうぞ馬車にお乗りください」

「今までのようにルカスと呼んでくれればいいじゃないか! マリー、君と私の仲だろう――」

「シャトーブラン公爵令嬢とお呼びください。宴会にはせ参じていただいて、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 あまりに機械的な拒絶と話の打ち切り方に、エルムライトも出しかけた言葉を引っ込めてしまう。
 そしてしばし歯ぎしりした後、アメリアと同じように早足で馬車に向かって歩いて行った。二人のお騒がせ人間を乗せて、馬車はゆっくりと動き出す。
 エルムライトとアメリア。それぞれの別々の思惑を馬車の中に詰めて、二人は帝都への帰路についた。
 そんな二人を無感情に眺めながら、マルガリータがぽつりとこぼす。

「道中、お気をつけて」

 心の籠っていないマルガリータのその言葉を、風がふわりとさらっていって。
 前皇帝を匿ったことから始まるこの騒動が、まずはひと段落したことを告げたのだった。
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