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第二章 『「主人公」と「ヒロイン」』
第二章9 『ヒロインの仮面』
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翌日。
『鏡花水苑』。
設置された机と椅子の周りを覆い尽くすほどの花々。薄めの色で固められたその場所は、桃源郷のような儚ささえ醸し出していた。空気中にも甘い香りが漂っており、酷く幻想的だ。
そんな空間の中に溶け込むようにして、簡素ながら優美なドレスを着たアメリアが、純粋そうな、緊張しているような、可愛らしい微笑みを浮かべて立っていた。
侍女たちと笑い合っているその姿は、まさに理想のヒロイン。明るく可愛く、時に儚く可憐なもうひとりの主人公。
そんなアメリアは、歩み寄るマルガリータを見つけると、ぱああっと目を輝かせた。
まるで、一度も対峙などしたことがないかのように。
婚約者時代も、北境でも、二人の間には海より深い確執があった。だが、アメリアの表情からはそれを一切感じさせない。
その笑顔のまま、彼女はマルガリータに駆け寄って、その腕を取りテーブルまで引っ張っていく。
「マルガリータお姉様! あっ……」
「アメリア・ローズウェル。今更偽らないでちょうだい。わたしは貴女がどういう人間か知っているわ」
「そっ、そんな……私はただ、マルガリータお姉様とお近づきになりたくて……それなのに……」
アメリアの腕を振り払ったマルガリータの前で、彼女はしくしくと泣き出した。そんなアメリアに駆け寄る侍女たち。彼女らのマルガリータを見る目は、憤怒に満ちている。
健気で可憐な聖女に涙を流させた、悪役令嬢。
婚約者時代にアメリアがいつも使っていた手段。当時は、身分と環境に縛られて、彼女から逃れることができなかった。
だが、今アメリアを見下ろせる立場になってみると、なんと滑稽な芝居だろうか。
「好きにやってなさい。気に掛ける価値もないわ。それよりも、わたしに話があるのでしょう? 何も、本当に茶を飲むためにわたしを呼んだわけではないでしょう」
「そっ、そんな……私はただ謝りたくて……」
彼女と視線も合わせずに、マルガリータは椅子に座って足を組む。侍女たちの視線はもちろんスルーだ。視線程度の悪意、もはや痛くも痒くもない。
同じく椅子に座ったアメリアは、しおらしい態度で、瞳を潤ませながらマルガリータを見上げる。
「前……前のことですが、全部私が悪かったんです。お姉様があんまり綺麗で、凄い方だから、嫉妬しちゃって……酷い事を言ったり、したりしましたよね。ごめんなさい、お姉様。許して……くれますか?」
話しぶりも、その姿勢も、誰より誠実な雰囲気を醸し出している。瞳に浮かぶ涙も、なんとも同情を誘う。
――彼女はこんな演技ひとつで、マルガリータの地位を地に落としたことが、ある。
だが、そんなことはどうでもいい。
マルガリータが解明すべきなのは、アメリアが何故プライドを捨てて今更演技をしてまで、謝罪なんて真似をしてきたのかということだ。
ヴァイスに視線を送って確認したが、彼がカゲロウを含むほかの部下たちから集めた情報から、まだ異常は見つからないようだった。
そうして、茶会はこんな奇怪な雰囲気の中始まり、アメリアは粛々と茶菓子や紅茶を準備してくれる。侍女たちもわざとらしくそんなアメリアに心を打たれていて、だがそんなことはどうでもよかった。
アメリアはまるで本当に純粋なヒロインかのように、帝都の流行りや噂の話を楽し気にし始める。たまに過去の話に差し掛かると、何度も申し訳なさそうに涙を浮かべた。
マルガリータは始終高度な警戒を維持し続けていたし、口にするもの全てヴァイスやグランツが確認しているが、何も異常はない。
カゲロウ、ソフィア、アウグストも周囲の全てを観察してくれているが、本当に平静そのものだ。
だが、そうであればそうであるほど、アメリアの企みが見えない。
「……そろそろ、貴女の企みを教えてくれないかしら」
「企みって……私、私何も企んでませんわ。お姉様、まだ怒ってらっしゃるの……? あはは」
そう言いながら、何かを隠すように、アメリアは立ち上がって紅茶のポットを手に取り、茶をマルガリータに注ぐ。そんな彼女の手がかすかに震えているのを、マルガリータは確かに見た。
毒はないことは分かっている。なら、アメリアは一体何に対してそこまで怯えているのだろう。
「お姉様、私は、本当に、申し訳なく思ってますの!」
「!」
がばっ、とアメリアがマルガリータに抱き着く。
それは、抱きしめているというよりは、彼女をその場に拘束しているかのようで。
アメリアを引き離そうとするヴァイスだが、彼女はマルガリータを離そうとしない。
「だって、だって、仕方ない事なんだもん……主役のために、犠牲になる悪役がいないと、面白くないでしょ? だから私間違ってない、間違ってないって、あの人も……だから……だから私、私のせいじゃない……私のせいじゃ……」
「アメリア、貴女……!」
我を忘れたような彼女の呟きに、危険を感じたマルガリータは魔力を使ってでも彼女を振り払って立ち上がろうとする。
だが、アメリアも必死のようで、命を削るように全魔力を使用してマルガリータに対抗していた。
これでは十秒たりとも持たないだろう。だが、アメリアにとってはそれだけで十分だった。
「――ヴァイス!」
マルガリータは従者の名を呼んで、ついにアメリアを振り払う。
だけれど、魔力の光が視界に満ちる中で、アメリアは微かに微笑みを浮かべた。
アウグストの剣が、ソフィアの魔法が、ヴァイスの技が、グランツの金槌が、カゲロウの幻影が、マルガリータの力が、アメリアに届く前に。
――恐ろしい量の魔力が、地上より吹き荒れた。
「お嬢様!?」
目を刺すような光が、鏡花水苑に満ちる。複雑で奇怪な紫色の巨大な魔法陣が、予兆もなく地面に浮かび上がり、それはまさにマルガリータを丁度囲んでいた。
そう。
アメリアはただ、マルガリータを「ここにいさせる」だけで良かったのだ。彼女は警戒すればするほどこの場を離れないから、敵対するより謝罪する方が効果的だった。
魔法陣の外縁には、青みがかった透明の結界が刹那の内に構築され、突入を試みるヴァイスやアウグストを阻んだ。
「私の……せいじゃない……!」
顔を上げたアメリアの表情に、先ほどのような柔らかく弱々しい雰囲気はなく、狂ったような憎悪と恐怖が混ざり合ったような顔をしていた。
マルガリータも地面に剣を突き刺し、魔力を流して対抗するが、手ごたえがない。方法を間違えているのかもしれないが、どうしたらいいかわからない。
何せこの魔法陣から出る靄のようなものは、マルガリータに纏わりついて、彼女を傷つけるわけでもなく、体内に潜り込んでいるのだ。
魔力の流れが根本から停滞していくような感覚。全身が縛り付けられたかのようで、動くこともできない。
何とも奇怪な魔力の侵食に対抗するため、体内で逆に自分の魔力を逆向きに流すが、あまりに力不足。こんな無力感は、ここ三年来一度も感じたことがないのに。
「ぐっ……! こんな……」
どんどん強まっていく侵食と、自分の体の機能が失われていく感覚に、マルガリータは歯ぎしりする。無意味に消費・圧迫されていく自分の魔力も、どうしようもできない。
このままでは、何の反抗もできずに、アメリアの策略にはまって殺されるだけだ。
(……帰らなくちゃ……。生きて、帰らなくちゃいけないのに……!)
――殺してもいいから、無関心をやめてくれと言ったのを、覚えているか?
落ち着いた、低く沈んだ声。七年間、口数は少なかったが、それでも長い間聞いて来た、あの声。憎んでいるのに、恨んでいるのに、何度も心を揺さぶってきた、あの声。
全てを忘れ、やり直し、未来に目を向けた矢先に、当時と逆転した立場で以て、再びあの人と再会して。
復讐をすべきなのに、心を揺さぶられることに、不思議と不快感はなくて。
――君が俺に何も言わずに、俺の知らぬうちに帝都で何かが起こり、それを後から知らされたら、俺は精神的にも物理的にも今度こそ完全に終わる。それが君の望みなら、良かったな、目的達成だ……。
憎まれ口をたたいているかのようで、その表情はあまりに切なかった。
ヴァイスは、マルガリータがノアリデアートに揺さぶられるのが怖いから、何も彼に伝えなかったのだと言っていた。
強く固めたこの心と理性を、まるで小さな子供にでも戻ったかのように無に帰させるのは、いつだって彼だけだ。それは、もう、認めるしかない。だって、彼のその言葉を聞いて、マルガリータは確かに言葉に詰まったのだから。
――ああ。君が無事に帰ってきたとしても、万が一事実を知ることがあった場合、俺は平常心ではいられない。良い方法だ。そういう殺し方も、確かにある。
だけれど、それは、もしかしたら復讐をしていないからかもしれない。憎しみから来る感情かもしれない。彼の言う通り、何か完璧な殺し方を模索しようとしているのかもしれない。
分からない。何も分からない。分からないから、帰らないといけない。
帰って、ノアリデアートと接すれば、いつかこの心がどうして揺らいでいるのか分かるはずだ。
(――生きる、わたしは……生きる……!)
その瞳が決然とした色を帯びると共に、マルガリータの魔力が吹き荒れた。普段の彼女に似つかわしくない、狂暴で、自壊とさえ言える方法で、強力な魔力が圧縮されていく。
「「――!!」」
暴虐を振るう魔力の衝撃が、マルガリータを中心に炸裂した。何のコントロールも施されていない純粋な破壊に、彼女を閉じ込めていた結界が音を立てて破砕した。
アウグストは即座にアメリアを押さえ、グランツは侍女たちを押さえつける。ヴァイスとソフィア、そしてカゲロウは、慌ててマルガリータに駆け寄った。
自壊に近しい魔力の使い方は、恐ろしい反作用も及ぼしていた。
鮮血を口から吐き出したマルガリータの身体がぐらりと傾き、瞳が焦点を失い、力なく倒れ込んだ。
「マルガリータ――!!」
視界が真っ暗になった、その瞬間。
涙にぬれた、ヴァイスの顔が、マルガリータの瞳に映った。彼を安心させるように微笑みを浮かべて、意識を手放したつもりだったが――、どう、だっただろうか。
どれだけゆすっても、反応がない。
反応しないマルガリータを抱きしめて、ヴァイスは呆然と涙を流していた。
そう遠くないところで、引き離されたアメリアが、倒れ込んだマルガリータを見つめている。その顔にあった恐怖も、早鐘を打つ心臓の鼓動も、震える全身も、徐々に落ち着き出した。
落ち着き出すと、その全ては、高揚感に移り変わる。
にやりとつり上がった口角が、彼女の計画の成功を示していた。
鏡花水苑。茶の香り未だ立ち込めるこの場所は、今や混乱に満ちていた。
『鏡花水苑』。
設置された机と椅子の周りを覆い尽くすほどの花々。薄めの色で固められたその場所は、桃源郷のような儚ささえ醸し出していた。空気中にも甘い香りが漂っており、酷く幻想的だ。
そんな空間の中に溶け込むようにして、簡素ながら優美なドレスを着たアメリアが、純粋そうな、緊張しているような、可愛らしい微笑みを浮かべて立っていた。
侍女たちと笑い合っているその姿は、まさに理想のヒロイン。明るく可愛く、時に儚く可憐なもうひとりの主人公。
そんなアメリアは、歩み寄るマルガリータを見つけると、ぱああっと目を輝かせた。
まるで、一度も対峙などしたことがないかのように。
婚約者時代も、北境でも、二人の間には海より深い確執があった。だが、アメリアの表情からはそれを一切感じさせない。
その笑顔のまま、彼女はマルガリータに駆け寄って、その腕を取りテーブルまで引っ張っていく。
「マルガリータお姉様! あっ……」
「アメリア・ローズウェル。今更偽らないでちょうだい。わたしは貴女がどういう人間か知っているわ」
「そっ、そんな……私はただ、マルガリータお姉様とお近づきになりたくて……それなのに……」
アメリアの腕を振り払ったマルガリータの前で、彼女はしくしくと泣き出した。そんなアメリアに駆け寄る侍女たち。彼女らのマルガリータを見る目は、憤怒に満ちている。
健気で可憐な聖女に涙を流させた、悪役令嬢。
婚約者時代にアメリアがいつも使っていた手段。当時は、身分と環境に縛られて、彼女から逃れることができなかった。
だが、今アメリアを見下ろせる立場になってみると、なんと滑稽な芝居だろうか。
「好きにやってなさい。気に掛ける価値もないわ。それよりも、わたしに話があるのでしょう? 何も、本当に茶を飲むためにわたしを呼んだわけではないでしょう」
「そっ、そんな……私はただ謝りたくて……」
彼女と視線も合わせずに、マルガリータは椅子に座って足を組む。侍女たちの視線はもちろんスルーだ。視線程度の悪意、もはや痛くも痒くもない。
同じく椅子に座ったアメリアは、しおらしい態度で、瞳を潤ませながらマルガリータを見上げる。
「前……前のことですが、全部私が悪かったんです。お姉様があんまり綺麗で、凄い方だから、嫉妬しちゃって……酷い事を言ったり、したりしましたよね。ごめんなさい、お姉様。許して……くれますか?」
話しぶりも、その姿勢も、誰より誠実な雰囲気を醸し出している。瞳に浮かぶ涙も、なんとも同情を誘う。
――彼女はこんな演技ひとつで、マルガリータの地位を地に落としたことが、ある。
だが、そんなことはどうでもいい。
マルガリータが解明すべきなのは、アメリアが何故プライドを捨てて今更演技をしてまで、謝罪なんて真似をしてきたのかということだ。
ヴァイスに視線を送って確認したが、彼がカゲロウを含むほかの部下たちから集めた情報から、まだ異常は見つからないようだった。
そうして、茶会はこんな奇怪な雰囲気の中始まり、アメリアは粛々と茶菓子や紅茶を準備してくれる。侍女たちもわざとらしくそんなアメリアに心を打たれていて、だがそんなことはどうでもよかった。
アメリアはまるで本当に純粋なヒロインかのように、帝都の流行りや噂の話を楽し気にし始める。たまに過去の話に差し掛かると、何度も申し訳なさそうに涙を浮かべた。
マルガリータは始終高度な警戒を維持し続けていたし、口にするもの全てヴァイスやグランツが確認しているが、何も異常はない。
カゲロウ、ソフィア、アウグストも周囲の全てを観察してくれているが、本当に平静そのものだ。
だが、そうであればそうであるほど、アメリアの企みが見えない。
「……そろそろ、貴女の企みを教えてくれないかしら」
「企みって……私、私何も企んでませんわ。お姉様、まだ怒ってらっしゃるの……? あはは」
そう言いながら、何かを隠すように、アメリアは立ち上がって紅茶のポットを手に取り、茶をマルガリータに注ぐ。そんな彼女の手がかすかに震えているのを、マルガリータは確かに見た。
毒はないことは分かっている。なら、アメリアは一体何に対してそこまで怯えているのだろう。
「お姉様、私は、本当に、申し訳なく思ってますの!」
「!」
がばっ、とアメリアがマルガリータに抱き着く。
それは、抱きしめているというよりは、彼女をその場に拘束しているかのようで。
アメリアを引き離そうとするヴァイスだが、彼女はマルガリータを離そうとしない。
「だって、だって、仕方ない事なんだもん……主役のために、犠牲になる悪役がいないと、面白くないでしょ? だから私間違ってない、間違ってないって、あの人も……だから……だから私、私のせいじゃない……私のせいじゃ……」
「アメリア、貴女……!」
我を忘れたような彼女の呟きに、危険を感じたマルガリータは魔力を使ってでも彼女を振り払って立ち上がろうとする。
だが、アメリアも必死のようで、命を削るように全魔力を使用してマルガリータに対抗していた。
これでは十秒たりとも持たないだろう。だが、アメリアにとってはそれだけで十分だった。
「――ヴァイス!」
マルガリータは従者の名を呼んで、ついにアメリアを振り払う。
だけれど、魔力の光が視界に満ちる中で、アメリアは微かに微笑みを浮かべた。
アウグストの剣が、ソフィアの魔法が、ヴァイスの技が、グランツの金槌が、カゲロウの幻影が、マルガリータの力が、アメリアに届く前に。
――恐ろしい量の魔力が、地上より吹き荒れた。
「お嬢様!?」
目を刺すような光が、鏡花水苑に満ちる。複雑で奇怪な紫色の巨大な魔法陣が、予兆もなく地面に浮かび上がり、それはまさにマルガリータを丁度囲んでいた。
そう。
アメリアはただ、マルガリータを「ここにいさせる」だけで良かったのだ。彼女は警戒すればするほどこの場を離れないから、敵対するより謝罪する方が効果的だった。
魔法陣の外縁には、青みがかった透明の結界が刹那の内に構築され、突入を試みるヴァイスやアウグストを阻んだ。
「私の……せいじゃない……!」
顔を上げたアメリアの表情に、先ほどのような柔らかく弱々しい雰囲気はなく、狂ったような憎悪と恐怖が混ざり合ったような顔をしていた。
マルガリータも地面に剣を突き刺し、魔力を流して対抗するが、手ごたえがない。方法を間違えているのかもしれないが、どうしたらいいかわからない。
何せこの魔法陣から出る靄のようなものは、マルガリータに纏わりついて、彼女を傷つけるわけでもなく、体内に潜り込んでいるのだ。
魔力の流れが根本から停滞していくような感覚。全身が縛り付けられたかのようで、動くこともできない。
何とも奇怪な魔力の侵食に対抗するため、体内で逆に自分の魔力を逆向きに流すが、あまりに力不足。こんな無力感は、ここ三年来一度も感じたことがないのに。
「ぐっ……! こんな……」
どんどん強まっていく侵食と、自分の体の機能が失われていく感覚に、マルガリータは歯ぎしりする。無意味に消費・圧迫されていく自分の魔力も、どうしようもできない。
このままでは、何の反抗もできずに、アメリアの策略にはまって殺されるだけだ。
(……帰らなくちゃ……。生きて、帰らなくちゃいけないのに……!)
――殺してもいいから、無関心をやめてくれと言ったのを、覚えているか?
落ち着いた、低く沈んだ声。七年間、口数は少なかったが、それでも長い間聞いて来た、あの声。憎んでいるのに、恨んでいるのに、何度も心を揺さぶってきた、あの声。
全てを忘れ、やり直し、未来に目を向けた矢先に、当時と逆転した立場で以て、再びあの人と再会して。
復讐をすべきなのに、心を揺さぶられることに、不思議と不快感はなくて。
――君が俺に何も言わずに、俺の知らぬうちに帝都で何かが起こり、それを後から知らされたら、俺は精神的にも物理的にも今度こそ完全に終わる。それが君の望みなら、良かったな、目的達成だ……。
憎まれ口をたたいているかのようで、その表情はあまりに切なかった。
ヴァイスは、マルガリータがノアリデアートに揺さぶられるのが怖いから、何も彼に伝えなかったのだと言っていた。
強く固めたこの心と理性を、まるで小さな子供にでも戻ったかのように無に帰させるのは、いつだって彼だけだ。それは、もう、認めるしかない。だって、彼のその言葉を聞いて、マルガリータは確かに言葉に詰まったのだから。
――ああ。君が無事に帰ってきたとしても、万が一事実を知ることがあった場合、俺は平常心ではいられない。良い方法だ。そういう殺し方も、確かにある。
だけれど、それは、もしかしたら復讐をしていないからかもしれない。憎しみから来る感情かもしれない。彼の言う通り、何か完璧な殺し方を模索しようとしているのかもしれない。
分からない。何も分からない。分からないから、帰らないといけない。
帰って、ノアリデアートと接すれば、いつかこの心がどうして揺らいでいるのか分かるはずだ。
(――生きる、わたしは……生きる……!)
その瞳が決然とした色を帯びると共に、マルガリータの魔力が吹き荒れた。普段の彼女に似つかわしくない、狂暴で、自壊とさえ言える方法で、強力な魔力が圧縮されていく。
「「――!!」」
暴虐を振るう魔力の衝撃が、マルガリータを中心に炸裂した。何のコントロールも施されていない純粋な破壊に、彼女を閉じ込めていた結界が音を立てて破砕した。
アウグストは即座にアメリアを押さえ、グランツは侍女たちを押さえつける。ヴァイスとソフィア、そしてカゲロウは、慌ててマルガリータに駆け寄った。
自壊に近しい魔力の使い方は、恐ろしい反作用も及ぼしていた。
鮮血を口から吐き出したマルガリータの身体がぐらりと傾き、瞳が焦点を失い、力なく倒れ込んだ。
「マルガリータ――!!」
視界が真っ暗になった、その瞬間。
涙にぬれた、ヴァイスの顔が、マルガリータの瞳に映った。彼を安心させるように微笑みを浮かべて、意識を手放したつもりだったが――、どう、だっただろうか。
どれだけゆすっても、反応がない。
反応しないマルガリータを抱きしめて、ヴァイスは呆然と涙を流していた。
そう遠くないところで、引き離されたアメリアが、倒れ込んだマルガリータを見つめている。その顔にあった恐怖も、早鐘を打つ心臓の鼓動も、震える全身も、徐々に落ち着き出した。
落ち着き出すと、その全ては、高揚感に移り変わる。
にやりとつり上がった口角が、彼女の計画の成功を示していた。
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