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いつものこと―亮太side
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カタカタカタカタ…
無機質で静かな部屋にパソコンを打つ音だけが響く。
気づけばもう20時になろうとしていた。
「藤原、急に呼びだして悪かったな」
「森田看守長。いえ、特に用事もなかったですし、大丈夫ですよ」
数時間あまり、ひたすらパソコンとにらめっこしていた俺が目元を指でほぐしていたところ、目の前にある鉄の重いドアが開き、白髪交じりの大柄な男性が入ってきた。
俺―藤原亮太は大学を卒業後、幼い頃から目指していた刑務官になり、現在は副看守長として刑務所に勤務している。
実は俺の父親も元刑務官。今はもう退職をしているが、刑務所だけでなく少年院などで長年働く姿を見て育ってきていた俺は、物心ついたときから刑務官という仕事に憧れを抱いていたのだ。
もちろん、ただ憧れていたというわけではないし、生半可な気持ちではない。
その証拠に俺は、刑務官となった日から一所懸命努力し、転勤も経験してきた。
そして今年、一番最初に配属された刑務所に戻ってきた俺は、副看守長にまで上がることができたのだ。
自身のバッジにラインが入った時は嬉しいという気持ちよりも、さらに責任感を感じて胸が熱くなったのを今でも覚えている。
そして、バッジを握りしめる俺の肩にポンと手を置いて、これからも精進するんだぞと言ってくれたのが、白髪交じりの大柄な森田看守長であった。
どんなに困難な状況でも、いつもどんな時でも冷静なアドバイスをくれる森田看守長を、俺は昔から憧憬の念を抱いている。
「お前、さては彼女いないな?」
そんな森田看守長は休日出勤となった俺に詫びながら、ニヤッと笑い机に置かれたファイルを開く。
「彼女はいませんが、大切に想っている人はいます」
データ確認終え、パソコンをゆっくりと閉じた俺は、ニヤニヤする森田看守長を下から真っ直ぐに見つめ、きっぱりとした口調で答える。
そうだ。俺は結愛のために…。
「あぁ、前に言っていた幼馴染の子か。というか俺に話してから何年経ってるんだよ?まだ告白もしていないのか?」
森田看守長は指を折りながら、俺が刑務官として配属された年月を数えている。
すでに10年は経過していて、今年で11年。
でも、俺が結愛を想う気持ちは彼女が生まれた時から数えると28年だ。
自分でもなかなか長い片思いをしているのは自覚している。
それに、そろそろ、ただの幼馴染を卒業したいとも考えていた。
「その顔だと、まだ自分の気持ちを伝えてないようだな」
「タイミングを見計らっています」
「おいおい、恋愛に対してもそんな真面目だと疲れるぞ。好きって気持ちは伝えらるときに、伝えておかないと後悔するからな…」
パラパラと再びファイルをめくる森田看守長は、15年前に奥さんを飲酒運転の車によって亡くしていた。
かなりの愛妻家だったようで、今でもそれは変わらず。
再婚することなく、残された娘を男手一つで育て上げた。
森田看守長の言いたいことが痛いほど伝わってくる。
それと同時に自分のせいで、辛い過去を思い出させてしまったのではないかと申し訳なくなった…。
そして、何と声をかけようか迷っていた時、壁に掛けられた時計が目に入る。
20時30分。
俺は慌てて立ち上がり、スマホが触れる部屋へと移動した。
『亮ちゃん、お疲れさま(^^)/今から帰るからね~』
結愛からのメールが届いていた。
それから再度時間を確認した俺はアプリを起動させ、顔をしかめる。
妙だ。結愛が自宅ではなく、まだ会社の近くの駅にいる。
何かあったのではないかと俺がすぐさま結愛に電話をかけようとすると、
「ストーップ!お前は保護者か」
慌てて部屋を飛び出した俺の後ろから、森田看守長が追いかけてきていた。
入り口にもたれながら、明らかに呆れた顔をしている。
別にどう思われても構わない。俺は結愛が心配なだけだ。
「保護者と言っても過言ではありません」
「はぁ…ちょっと落ち着けって。幼馴染ちゃんもいい大人だろ、金曜日の夜くらい羽を伸ばせてやれって」
「ですが、結愛は男性に絡まれやすいので、そこが心配なんです」
アプリを何度も更新する俺を見ながら、森田看守長の大きなため息が聞こえる。
「冷徹で何を考えているのか分からないって言われているのになぁ…」
幼馴染ちゃんのこととなると、別の意味で怖いわと言う森田看守長の言葉に、俺は首をかしげた。
俺の結愛への接し方は昔から変わらないし、それは結愛も知っているはず。
怖いと言われても、どこが怖いのかいまいち分からない。
「なるほどな、これがお前の『いつものこと』ってわけか。じゃあ、早く行ってこい。もちろん安全運手でな」
呆れながら笑う森田看守長に、はいっと返事をした俺は、最後に忘れ物がないか身の回りをチェックする。
しかし、その間も頭の中は結愛のことでいっぱいだった。
「官舎にちゃんと戻ってこいよ~」
独身である俺はずっと官舎住まい。
当たり前です、とドアを出ながらチラッと後ろを振り返ると、森田看守長は再びニヤニヤしているのであった。
無機質で静かな部屋にパソコンを打つ音だけが響く。
気づけばもう20時になろうとしていた。
「藤原、急に呼びだして悪かったな」
「森田看守長。いえ、特に用事もなかったですし、大丈夫ですよ」
数時間あまり、ひたすらパソコンとにらめっこしていた俺が目元を指でほぐしていたところ、目の前にある鉄の重いドアが開き、白髪交じりの大柄な男性が入ってきた。
俺―藤原亮太は大学を卒業後、幼い頃から目指していた刑務官になり、現在は副看守長として刑務所に勤務している。
実は俺の父親も元刑務官。今はもう退職をしているが、刑務所だけでなく少年院などで長年働く姿を見て育ってきていた俺は、物心ついたときから刑務官という仕事に憧れを抱いていたのだ。
もちろん、ただ憧れていたというわけではないし、生半可な気持ちではない。
その証拠に俺は、刑務官となった日から一所懸命努力し、転勤も経験してきた。
そして今年、一番最初に配属された刑務所に戻ってきた俺は、副看守長にまで上がることができたのだ。
自身のバッジにラインが入った時は嬉しいという気持ちよりも、さらに責任感を感じて胸が熱くなったのを今でも覚えている。
そして、バッジを握りしめる俺の肩にポンと手を置いて、これからも精進するんだぞと言ってくれたのが、白髪交じりの大柄な森田看守長であった。
どんなに困難な状況でも、いつもどんな時でも冷静なアドバイスをくれる森田看守長を、俺は昔から憧憬の念を抱いている。
「お前、さては彼女いないな?」
そんな森田看守長は休日出勤となった俺に詫びながら、ニヤッと笑い机に置かれたファイルを開く。
「彼女はいませんが、大切に想っている人はいます」
データ確認終え、パソコンをゆっくりと閉じた俺は、ニヤニヤする森田看守長を下から真っ直ぐに見つめ、きっぱりとした口調で答える。
そうだ。俺は結愛のために…。
「あぁ、前に言っていた幼馴染の子か。というか俺に話してから何年経ってるんだよ?まだ告白もしていないのか?」
森田看守長は指を折りながら、俺が刑務官として配属された年月を数えている。
すでに10年は経過していて、今年で11年。
でも、俺が結愛を想う気持ちは彼女が生まれた時から数えると28年だ。
自分でもなかなか長い片思いをしているのは自覚している。
それに、そろそろ、ただの幼馴染を卒業したいとも考えていた。
「その顔だと、まだ自分の気持ちを伝えてないようだな」
「タイミングを見計らっています」
「おいおい、恋愛に対してもそんな真面目だと疲れるぞ。好きって気持ちは伝えらるときに、伝えておかないと後悔するからな…」
パラパラと再びファイルをめくる森田看守長は、15年前に奥さんを飲酒運転の車によって亡くしていた。
かなりの愛妻家だったようで、今でもそれは変わらず。
再婚することなく、残された娘を男手一つで育て上げた。
森田看守長の言いたいことが痛いほど伝わってくる。
それと同時に自分のせいで、辛い過去を思い出させてしまったのではないかと申し訳なくなった…。
そして、何と声をかけようか迷っていた時、壁に掛けられた時計が目に入る。
20時30分。
俺は慌てて立ち上がり、スマホが触れる部屋へと移動した。
『亮ちゃん、お疲れさま(^^)/今から帰るからね~』
結愛からのメールが届いていた。
それから再度時間を確認した俺はアプリを起動させ、顔をしかめる。
妙だ。結愛が自宅ではなく、まだ会社の近くの駅にいる。
何かあったのではないかと俺がすぐさま結愛に電話をかけようとすると、
「ストーップ!お前は保護者か」
慌てて部屋を飛び出した俺の後ろから、森田看守長が追いかけてきていた。
入り口にもたれながら、明らかに呆れた顔をしている。
別にどう思われても構わない。俺は結愛が心配なだけだ。
「保護者と言っても過言ではありません」
「はぁ…ちょっと落ち着けって。幼馴染ちゃんもいい大人だろ、金曜日の夜くらい羽を伸ばせてやれって」
「ですが、結愛は男性に絡まれやすいので、そこが心配なんです」
アプリを何度も更新する俺を見ながら、森田看守長の大きなため息が聞こえる。
「冷徹で何を考えているのか分からないって言われているのになぁ…」
幼馴染ちゃんのこととなると、別の意味で怖いわと言う森田看守長の言葉に、俺は首をかしげた。
俺の結愛への接し方は昔から変わらないし、それは結愛も知っているはず。
怖いと言われても、どこが怖いのかいまいち分からない。
「なるほどな、これがお前の『いつものこと』ってわけか。じゃあ、早く行ってこい。もちろん安全運手でな」
呆れながら笑う森田看守長に、はいっと返事をした俺は、最後に忘れ物がないか身の回りをチェックする。
しかし、その間も頭の中は結愛のことでいっぱいだった。
「官舎にちゃんと戻ってこいよ~」
独身である俺はずっと官舎住まい。
当たり前です、とドアを出ながらチラッと後ろを振り返ると、森田看守長は再びニヤニヤしているのであった。
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