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時価2000万
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「ええ、はい。もちろんそうですが……?」
ハトリの顔には隠しきれない不信感が滲んでいる。アオイは誤魔化すようににこりと笑顔を作った。
「ところでさ、僕以外にも異世界から来た人がいるの?」
まずは情報収集だ。欲しいものがあるなら躊躇っちゃいけない。アオイは短く息を吸って気合を入れた。
ハトリが「そうですね……」と視線を彷徨わせる。何から話そう、といった様子だ。
「まず、今この国ではアオイ様以外に異世界人はおりません」
「でも、日本人のことは知っていたよね?」
「理由は色々あるようですが、我が国に召喚される神子様はニホンジンが多いのです」
「へえ」
「とは言っても、そもそもこの国で異世界から人を呼ぶのは100年に1回あるかないかです。200年くらい前であれば……これは他国の話ですが、勇者召喚という形で盛んだったようです。それも最近はめっきり無くなりましたが」
「どうして?」
「倒すべき魔王がいなくなりましたから」
「……じゃあ、異世界人自体はそんなに珍しくないってこと?」
「異世界人に関する伝説は世界各地にございますから、その存在くらいなら幼子でも知っています。わたくしたちの国では竜神様の次、陛下と並ぶ存在として扱われ、聖典にも記載がありますから……もちろん珍しいんですけど、馴染みは深いです」
これは良い事を聞いた。アオイはこっそりと笑みを深めた。珍しいが誰でも知っている上に丁寧に扱われる存在、完璧じゃないか。
「ふうん。それじゃあ、僕は久々の異世界人ってことか」
「はい」
「僕が異世界から来たこと、知ってる人はどれくらいいる?」
「一応、アオイ様の存在は機密事項ですので箝口令が敷かれていますが、まあ、その、何分竜神様はそれは多くの者から慕われておりまして……」
ハトリは気まずそうに目を逸らした。なるほど。アオイは頷いた。
「つまり公然の秘密ってことね」
「そういう言い方もできます」
アオイはソファに座ったまま、部屋の中をぐるりと見回した。赤を基調とした派手な部屋だ。それでも落ち着けるのは部屋が広いことと、家具や調度品を組み合わせるセンスがいいからだろう。アオイは壁のある一点に目を止めると、ハトリには気づかれないようにそっと目を逸らした。
「ハトリさん」
「わたくしのことはハトリと。いかがなさいましたか?」
「いやちょっとハトリさんを呼び捨てには……まあいいか。あの、これから少し寝ても大丈夫?」
「! もちろんです。気づくことができず申し訳ありません」
お疲れでしたよね、とハトリは眉を下げ恐縮した。アオイは「いいって」と首を振る。
「いや、それはこっちも引き止めちゃったし。それより、夕食の時間になったらハトリさんが起こしてくれるんだよね?」
「はい。何かあれば何なりとお申し付けください。ハトリはアオイ様の使用人ですから」
「ん、ありがとう」
「それれでは失礼します」
「はーい、おやすみ~」
ひらひらと右手を振ってハトリを見送る。扉が閉まってからも数秒、外の気配を探っていたアオイは、完全に物音が聞こえなくなった頃を見計らって再び靴を履いた。
「……いけるか?」
壁の一角、ちょうどジスランの自室に隣接するそこに一つ、キャビネットが置かれている。完璧に整えられた部屋の中でそのキャビネットだけが浮いていた。
「ま、たぶんこれで塞いだんだろうけど」
さて、これは僕でも動かせるやつかどうか、それが問題だ。
アオイは腰に手を当てキャビネットを見つめた。おそらくこれがジスランの部屋を繋ぐ扉か何かを塞いでいるやつだ。
「ま、とりあえずやってみるか」
パキパキと指の関節を鳴らすと、キャビネットの側面に手を触れる。腰を低く落とし、力一杯押すと、ズッ……とキャビネットが僅かに動いた。
「ア゛ッやば。これ絶対床やった」
怒られるかな、と思ったが、やってしまったものはしょうがないので構わず押し続ける。10分ほど格闘すると、キャビネットの後ろから小さな扉が現れた。
「おお、それっぽい」
密会用だろうか。アオイの腰の高さほどしかない扉は、一見それとわからないように隠されているが確かにノブがついている。アオイはしゃがみこむと、じっと扉を見つめた。耳を澄ませても隣の部屋からは物音ひとつ聞こえない。緊張で体が強張り、心臓が早鐘を打つ。アオイはゴクリと生唾を飲み込むと、意を決して扉を3回ノックした。
コンコンコン。
少し間の抜けた音を聞いて、無意識のうちに止めていた息を吐き出した。応答はない。アオイは唇を噛んで、待った。
「………………」
静寂が痛い。もう一度ノックをしようとして右手を上げて、勇気が出なくて下ろす。アオイは目を伏せた。
永遠にも思えたその時間は唐突に終わりを告げる。
「……アオイ?」
ガチャリと扉が開き、ジスランの困惑したような顔が現れた。安堵で全身から一気に力が抜ける。アオイは安心したように顔を綻ばせた。
「こんにちは、ジスラン。眠れないんだ。貴方の時間を少し僕にくれる?」
ハトリの顔には隠しきれない不信感が滲んでいる。アオイは誤魔化すようににこりと笑顔を作った。
「ところでさ、僕以外にも異世界から来た人がいるの?」
まずは情報収集だ。欲しいものがあるなら躊躇っちゃいけない。アオイは短く息を吸って気合を入れた。
ハトリが「そうですね……」と視線を彷徨わせる。何から話そう、といった様子だ。
「まず、今この国ではアオイ様以外に異世界人はおりません」
「でも、日本人のことは知っていたよね?」
「理由は色々あるようですが、我が国に召喚される神子様はニホンジンが多いのです」
「へえ」
「とは言っても、そもそもこの国で異世界から人を呼ぶのは100年に1回あるかないかです。200年くらい前であれば……これは他国の話ですが、勇者召喚という形で盛んだったようです。それも最近はめっきり無くなりましたが」
「どうして?」
「倒すべき魔王がいなくなりましたから」
「……じゃあ、異世界人自体はそんなに珍しくないってこと?」
「異世界人に関する伝説は世界各地にございますから、その存在くらいなら幼子でも知っています。わたくしたちの国では竜神様の次、陛下と並ぶ存在として扱われ、聖典にも記載がありますから……もちろん珍しいんですけど、馴染みは深いです」
これは良い事を聞いた。アオイはこっそりと笑みを深めた。珍しいが誰でも知っている上に丁寧に扱われる存在、完璧じゃないか。
「ふうん。それじゃあ、僕は久々の異世界人ってことか」
「はい」
「僕が異世界から来たこと、知ってる人はどれくらいいる?」
「一応、アオイ様の存在は機密事項ですので箝口令が敷かれていますが、まあ、その、何分竜神様はそれは多くの者から慕われておりまして……」
ハトリは気まずそうに目を逸らした。なるほど。アオイは頷いた。
「つまり公然の秘密ってことね」
「そういう言い方もできます」
アオイはソファに座ったまま、部屋の中をぐるりと見回した。赤を基調とした派手な部屋だ。それでも落ち着けるのは部屋が広いことと、家具や調度品を組み合わせるセンスがいいからだろう。アオイは壁のある一点に目を止めると、ハトリには気づかれないようにそっと目を逸らした。
「ハトリさん」
「わたくしのことはハトリと。いかがなさいましたか?」
「いやちょっとハトリさんを呼び捨てには……まあいいか。あの、これから少し寝ても大丈夫?」
「! もちろんです。気づくことができず申し訳ありません」
お疲れでしたよね、とハトリは眉を下げ恐縮した。アオイは「いいって」と首を振る。
「いや、それはこっちも引き止めちゃったし。それより、夕食の時間になったらハトリさんが起こしてくれるんだよね?」
「はい。何かあれば何なりとお申し付けください。ハトリはアオイ様の使用人ですから」
「ん、ありがとう」
「それれでは失礼します」
「はーい、おやすみ~」
ひらひらと右手を振ってハトリを見送る。扉が閉まってからも数秒、外の気配を探っていたアオイは、完全に物音が聞こえなくなった頃を見計らって再び靴を履いた。
「……いけるか?」
壁の一角、ちょうどジスランの自室に隣接するそこに一つ、キャビネットが置かれている。完璧に整えられた部屋の中でそのキャビネットだけが浮いていた。
「ま、たぶんこれで塞いだんだろうけど」
さて、これは僕でも動かせるやつかどうか、それが問題だ。
アオイは腰に手を当てキャビネットを見つめた。おそらくこれがジスランの部屋を繋ぐ扉か何かを塞いでいるやつだ。
「ま、とりあえずやってみるか」
パキパキと指の関節を鳴らすと、キャビネットの側面に手を触れる。腰を低く落とし、力一杯押すと、ズッ……とキャビネットが僅かに動いた。
「ア゛ッやば。これ絶対床やった」
怒られるかな、と思ったが、やってしまったものはしょうがないので構わず押し続ける。10分ほど格闘すると、キャビネットの後ろから小さな扉が現れた。
「おお、それっぽい」
密会用だろうか。アオイの腰の高さほどしかない扉は、一見それとわからないように隠されているが確かにノブがついている。アオイはしゃがみこむと、じっと扉を見つめた。耳を澄ませても隣の部屋からは物音ひとつ聞こえない。緊張で体が強張り、心臓が早鐘を打つ。アオイはゴクリと生唾を飲み込むと、意を決して扉を3回ノックした。
コンコンコン。
少し間の抜けた音を聞いて、無意識のうちに止めていた息を吐き出した。応答はない。アオイは唇を噛んで、待った。
「………………」
静寂が痛い。もう一度ノックをしようとして右手を上げて、勇気が出なくて下ろす。アオイは目を伏せた。
永遠にも思えたその時間は唐突に終わりを告げる。
「……アオイ?」
ガチャリと扉が開き、ジスランの困惑したような顔が現れた。安堵で全身から一気に力が抜ける。アオイは安心したように顔を綻ばせた。
「こんにちは、ジスラン。眠れないんだ。貴方の時間を少し僕にくれる?」
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