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第二章 始まりの街防衛戦‼

第百七十五話 ゴブリン・キング《前哨戦》

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「それじゃ、先手はもらうぞ?」

 そう言ったナギは体勢を低くして全力で前へ跳んだ。更に空歩を併用する事で地面の上でも常に傾斜の着いた足場を用意して蹴り進むことで常に加速していた。
 ゴブリン・キングは目の前のナギの不規則的な動きに混乱して上手く警戒する事ができなかった。

 そしてゴブリン・キングが完全に見失ったと判断した一瞬の隙、それを見破ったナギは一気に距離を詰めた。

『⁉』

 急に目の前に現れたように感じたゴブリン・キングは驚き後ろへと下がろうとした。
 それでもナギの攻撃の方が早く決まった。攻撃の直前にナギは静かに火魔術の付与を発動して膝へと切りつけた。

「ちっ…やっぱり固いな。小さな傷しか付かない」

 だが切りつけた膝は想像以上の硬さで短刀は表面を撫でるだけで小さな傷を刻むだけだった。
 頭上のHP表示もろくに減っていないのも確認したナギはめんどくさそうに舌打ちをしてすぐに離れた。すると直後にナギの居た場所に怒りの形相のゴブリン・キングが大剣を振り下ろしていた。
 そのままゴブリン・キングは離れたナギを真っ直ぐに睨みつけて飛び出した。

 その巨体からは考えられない程の速度で向かってくるゴブリン・キング、初見だったならナギも困惑したかもしれないが森で経験していたので冷静に対処した。
 空歩を発動して上空へと大きく跳んで闘牛士のようにきれいに躱した。その時についでに上空から背中に火球を連続で何度も撃ち込んだ。

『グラァァァッ⁉』

「うん、やっぱり背後は弱いのか。しかも物理攻撃よりも魔術系統の方が効きがいい…けど、あの速度に当てるのは中々に骨だな」

 着地しながらナギは冷静にゴブリン・キングに対しての考察を重ねて攻略法を考えていた。
 もっとも相手がわざわざナギに付き合う訳ではないので、着地すると同時に距離を取る…のではなく逆に距離を詰めた。考えた結果ゴブリン・キングの速度を考えると距離を取る方が危険だと判断したのだ。
 そして背後からの攻撃に動揺していたゴブリン・キングも比較的素早く立ち直ると背後から近寄るナギに対し、牽制する意味も込めて大剣を横に振った。

 予備動作なしで繰り出された攻撃にナギは驚いたが反射的に体が動いて短刀で受け流して対処した。
 ただ咄嗟の行動だったので綺麗に受け流す事はできず弾かれるようにして地面に転がった。それでも受け身を取って素早く立ち上がると追撃を仕掛けられないように前進した。

 そしてゴブリン・キングも大剣を振るった勢いを利用して後ろへと振り返りナギへと追撃を仕掛けようと飛び出した。
 両者ともに距離を縮める選択をした結果ナギとゴブリン・キングは正面からぶつかり合う形になってしまっていた。ただゴブリン・キングはただ怒りに任せて攻撃を仕掛けるためだけに行動したので、すでに向かって来ていたナギの行動に驚いた様子だった。
 対してナギは冷静に考えた末の行動でゴブリン・キングが追撃を仕掛けて来ることも想定していた。そのため一切動揺することなくまっすぐに短剣を構えて走り続けた。

 この深く考えていたかが結果を大きく変えることになった。一瞬でも動揺したゴブリン・キングは動きが少し鈍ってしまい、その小さな隙を逃さずにナギは懐に入り込むと再度エンチャントを使用してゴブリン・キングの足首へと刺し込むようにして短刀を突き立て切り裂いた。

『グガッ⁉』

「やっぱり上手く刺さらないか。でもダメージが無いわけでもないし、ついでにもう一撃入れて置くか‼」【ファイヤーボール】

 またも人間の振るった武器で傷を負った事に驚きの声を漏らすゴブリン・キングを横目にナギは冷静に状況を見て、その上で武器での攻撃を続けることを決めて離れる前に最後に置き土産として火球を背後から放った。
 しかも魔力操作が更に上手くなっているようで一瞬で手のひらサイズまで小さくして放ったのだ。

 ドガァァァッ!

「うおっ!」

 ただ距離が近かったこともあって爆風にナギ自身が煽られて軽く押されるように前に飛ばされた。
 と言っても別に大きく飛ばされたわけではないので素早く態勢を立て直すと滑るように後ろへと振り返って、ゴブリン・キングの頭上のHP残量を確認した。

「…まだ一割ってところか、戦闘技能はそこまで高くないけど硬いな。それともHPが桁外れに多いと言う事なのか…どっちでもいいか、やる事は変わらないしな」

 これだけ攻撃してもほとんどダメージを負った様子のないゴブリン・キングにナギはめんどくさそうにしていたが、だからと言って戦いを止めることなどできないので今の攻撃で怒り心頭のゴブリン・キングを見つめる。
 ゴブリン・キングは何度も火球を喰らって背中が少し焦げてはいたが部位欠損などにはなっておらず、むしろ何度も背中に攻撃をくらった事で怒りは頂点を突破したようだった。

『グ、グラァァッァァァァァァァァァァ‼』

「⁉」

 その怒りの声はスキル咆哮を乗せた物だった。最初の時はナギもウェインの警告で防げたが今回は唐突だったために防ぐことが間に合わなかった。
 しかも咆哮は戦場全体へと響き渡りナギの後方では防衛陣に残ってジェネラル達に対処していたドラゴ達やウェイン達が慌てて耳を塞いで叫んでいるのが分かった。だが今のナギにはそれに反応する余裕すらなかった。

(これが、麻痺か…視界の端の数字を見るに…後30秒はこのままか⁉)

 咆哮の効果で麻痺状態になったナギは体が動かないなか視界の端に増えた数字の表示を確認し、その意味を理解して戦慄した。戦闘の最中に30秒と言う時間はバカに出来ない致命的な隙となってしまうのだ。
 しかも今回戦っているのは一撃でも喰らえば良くて瀕死、悪ければ即死の可能性があるボス級のゴブリン・キングなのだ。

 その事実にナギは無理やりにでも体を動かそうとしたが麻痺しているために動けないでいた。
 ゴブリン・キングも良く自分のスキルの事を理解しているようで動けないナギに対して悠々と歩いて近寄り、手に持つ大剣を振り上げてとどめを刺そうとした。

『やらせませんよ!』【ロックウォール】

『っ⁉』

 止めを刺そうとした直前にナギの胸元から飛び出した妖精のソルテは壁になるように立ちふさがると、本当の意味での土壁を魔術で作りだした。
 急に出て来た第三者の介入にゴブリン・キングは驚き動きを一瞬止めてしまった。その隙にソルテは再度魔術を使用して土壁を足元から出るように作り出してゴブリン・キングを後ろへひっくり返そうとした。
 もっともゴブリン・キングは少しよろめいただけで後ろへ跳んで距離を取るだけだった。

 それでも確実に距離を稼いで時間を稼ぐことに成功した。ただそれでも麻痺が解除されるには10秒近い時間が必要だった。
 ソルテは動けないナギを守るためにゴブリン・キングへと土魔術で次々に壁を作り、上空から初級の【ロックボール】を使用して牽制して必死に時間を稼いでいた。

 そんなに頑張ってもゴブリン・キングには子供が石を投げてきているようなもので無防備に進み、進路を遮る土壁は大剣を振るって木の板のように軽々と砕いた。

『くっ…』

『グググッ』

 醜く顔を歪めて笑うゴブリン・キングを目の前にソルテはついに最後の土壁を破壊された。
 完全に無防備になった小さな妖精にゴブリン・キングは虫でも潰すように手を伸ばし、抵抗する方法がないソルテは絶望しきった表情を浮かべていた。

「ジャスト30秒…」

 そんな小さな呟きと共に掴まれる寸前のソルテを横から別の影が搔っ攫って行った。
 目の前の標的を見失ったゴブリン・キングは何が過ぎ去ったのか理解して、悔しそうに眼を細めて睨みつけた。

「助かったよソルテ」

『い、いえ、こちらこそですよ‼』

「さて、人の相棒を怖がらせた代償は払ってもらおうか?」

 助けたソルテを胸元にそっと仕舞ったナギは睨んで来るゴブリン・キングに対し始めて怒りの眼差しを向け、静かに重くそう言って短刀を向けるのだった。

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