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Ⅱ 君の容れもの 第2話
心と体の違和感
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サッカー、野球、ドッジボール、体を動かすことが好きだった。
同級生の女の子たちが交換し合っていた、可愛い文具は集めなかったけれど、男性アイドルグループは好きだった。Hail Guyのサトくんを推していた。
戦隊ヒーローよりも、歌って踊る、魔法少女が好きだった。
メイクは好きじゃないけど、基礎化粧品には詳しくて、肌の手入れはちゃんと出来る。
自分は着ないけど、フリルやレースのあしらわれた、可愛い服を見るのは好き。
――他の女の子と何かが違う――。
その「何か」を言語化することはできなくて、何かを探し続けていた。
駅前の線路沿いに建ち並ぶ、マンション群には、若いファミリー層から、年配の夫婦まで、幅広い世代が住む。マンション群の中央にある広場は、コンクリートで舗装され、花壇が入り組んでいる。その一角には、幼児用の遊具が設置された砂地の小さな公園。
広場の外側は、塔と塔を結ぶようにマンションに沿って駐輪場が並ぶ。
キックボードを乗り回す小学生、小型犬の散歩をする大人。
広場の花壇の植え込みのそばで並んで座る、二つの小さな体。ランドセルを、背中からおろして、日に焼けたコンクリートの上に置く。
「花かんむり、作れる?」
誠司が尋ねた。
「……作れない」
「シロツメクサで作るんだよ」
彼はそう言って、シロツメクサを摘み始めた。
「作ってどうすんの」
「どうもしない。マコ元気ないから作ってあげる」
「元気なくないよ」
「でも最近、男子とも女子とも遊ばないじゃん」
「誠司といるほうが楽だから」
「……揶揄われても平気?」
彼の質問に「え?」と顔をあげると、目が合った。
「誠司は嫌だったの?」
「違うよ。俺はだって……、友達いないのは前からだけど、マコは仲よかったじゃん。滝元たちと」
「仲いいっていうか、サッカーしてただけ」
「うん。出来た、見て」
彼は、シロツメクサで編んだ輪っかを、目の前に差し出し「かわいい?」と尋ねてきた。
「ふふ……、雑草じゃん」
「え、ひど」
「嘘。かわいいよ」
「マコの頭につけていい?」
「えぇ……、まあ、いいけど」
渋々了承すると、彼は花かんむりを頭に乗せてくる。
「うん。似合う、似合う」
「どうも」
「元気出た?」
「だから元気なくないってば」
「これさ、大きさ変えると、ブレスレットにもなるんだよ」
彼は再び、シロツメクサを集め始める。その横顔を見ると、額と鼻の頭に汗が滲んでいた。
「てかさ、なんで男女二人でいると『カップル』なんだろうね」
頭の上の、花かんむりを手に取って、眺めた。
「ああ、滝元たち?」
「保健体育でさ、LGBTとか習うじゃん。なのに、男二人でいても、女二人でいても、カップルぅ、とか言ったりしないよね」
「ああそうだね」
「あれは、なんで?」
「うーん……、男女のカップルが、マジョリティだからかな」
「え? 魔女?」
「マジョリティ。ほら、ブレスレット出来た」
誠司は、シロツメクサの腕輪を、手首につけて、腕を前に出した。
「何その難しい言葉……」
「だから、LGBTがマイノリティでしょ。そうじゃない人はマジョリティ。多数派」
「なんでそんな言葉知ってんの」
「なんでと言われても」
「これの作り方は、なんで知ってんの」
花かんむりを頭に乗せて、指を差す。
「これは、姉ちゃんに教わった。……俺とカップルって揶揄われるの、イヤ? 別々で帰る?」
「イヤとかじゃない。気にしてるとかじゃなくて、意味がわからないって話」
風が柔らかく吹いて、頭に乗せた花かんむりは、地面に落ちた。
歩きの辿々しい用事が、若い母親に手を引かれ、ゆっくり通り過ぎていく。
世間一般のマジョリティと、マイノリティを分つものは何だろう。当たり前のように、マジョリティの物差しが適用される。LGBTのことはよくわからないけれど、世間の「当たり前」の中で、どんな気持ちで生きていくのか。
耳をつんざくような、幼児の泣き声が響き渡る。振り返ると、転んだ男の子を、母親が抱き上げた。
「帰ろっか」
誠司の言葉を皮切りに、ランドセルを背負って帰路についた。
水色の水玉模様のベッドシーツの上で、少女漫画を読んでいた。中間テストの勉強をしなければと思いつつ、漫画に手を伸ばしてしまう悪癖。遠くでインターホンが鳴る音が聞こえ、次いで、母の話し声が聞こえ、それがやむと階段を登ってくる足音が近づいてくる。部屋の白いドアがノックされた。
「何」
「俺だけど」
「どうぞ」
入室の許可を出すと、誠司が顔を出した。
「今日の分のノートと、今日あった教科のテスト範囲」
彼は、ノートのコピーが入っているクリアファイルを差し出した。起き上がって「ありがと」と受け取る。
「毎日こんなにするの、大変じゃない? 学校行かないのは私の都合なんだから、できる範囲で勉強するしさ……」
「別にそんなに手間じゃないから」
「そうですか」
あぐらをかいた脚の上に、クリアファイルの中身を出した。誠司のノートは、わかりやすくて、ときどき挿絵が描かれていてかわいい。
「なんで学校来ないの」
彼は、学習机の椅子に腰掛け、こちらに体を向けた。
「何、どうした? 今まで訊かなかったのに」
「言いたくなかったらいいよ。あ、そのノートのコピー、一枚ちょうだい」
彼の片手が伸びてきた。広げたコピー用紙の中の一枚を渡す。
「なんで」
「いいもの作ってあげる」
彼は学習机の上で、紙を丁寧に折り始めた。背中を丸め、真剣な眼差しで、細い指を使い、細やかに折っていく。
「はい、出来た」
「何これ、服?」
戻されたものを受け取った。
「そう、シャツ。可愛くねぇ?」
「かわいいけど……」
紙で作られた、手のひらサイズの、襟付きの半袖シャツを眺めた。
「なあ色鉛筆ある? それか、カラーペン」
「そんなものは、この家にはない。三色ボールペンならあるけど」
「えー、三色ボールペンかぁ……。じゃあそれでいいや」
「そこに挿してある」
机の上の、ペン立てを指すと、彼はボールペンを手に取った。
「それ貸して」
紙のシャツを再び彼に差し出すと、彼はそこに線を幾つも描き始めた。
「ストライプのシャツ」
彼は、青い線がびっしりと描かれたそれを手に持って、得意げに言った。
「ふふ。おしゃれになったね」
その作品を、親指と人差し指に挟み、腕を伸ばして遠目に見ると、世辞じゃなく可愛く見えた。
「制服のさぁ、シャツが白くて透けるじゃん。あれ、嫌なんだよね」
先ほどの誠司の問いに対するアンサーのつもりだった。
「ああ。下に何か着れば」
「あとスカートも嫌だ。下半身がもたつくというか、裾のとこが足に当たって痒いし」
「スカートねぇ……。じゃあ高校は、女子もスラックス選べるとこにすれば」
「そういうとこがあるなら、ぜひそうしたい」
「え……、まさかそれが学校来ない理由?」
「それだけじゃないけど……」
ベッド脇のクッションを拾い上げ、膝ごと抱えた。
「あのさ……、私、病気かもしれないんだよね……」
「えっ、何の……?」
彼が身を乗り出して、目を見開いた。
「や、ごめん。そういう系の病気じゃなくて、痛いヤツのほう」
「は、何、痛いやつって」
「笑わない?」
「笑うわけないだろ。何の病気なの」
「だから、そういう……、正規の心配をしてもらうような病気じゃなくて……」
「痛くてもなんでもいいから、教えて、早く」
「私……、ちゅ、厨二病かもしれない……」
「……ちゅうにびょう……」
彼は真琴の言葉を繰り返した。頭の中で漢字に変換するのに数秒の時間を要したらしい。一拍の沈黙の後、「なるほど」と言い、前髪を触り、俯いた。
「やっぱ笑うじゃん!」
誠司にクッションを投げつけた。
「や……、笑ってはいない……」
と言いつつ、彼は顔をあげない。
「もういい」
「笑ってないって。なんで厨二病だと思ったの」
彼は椅子に片足を上げ、抱えるように腕を前で組んだ。
「絶対笑う……」
「笑わない。話すだけでもラクになるかもしれないだろ。昔、マコが俺の味方してくれたみたいに、俺だって力になりたいと思ってるよ」
閉め切った窓の向こうから、小さく選挙カーの音が聞こえる。自分のためにしていたことに、恩を感じられるのは、胃が沈むように重くなる。
「別に、誠司のためじゃなかった。私がそうしたかっただけ」
「だとしてもだよ。俺は嬉しかった」
「私は……、なんか、なんか、ずっと、自分じゃないみたいな感じなの。私の本体は、別のところにあって、今の私は、別の人の人生を歩んでるみたいな感覚……。このままじゃダメだ、みたいな……、漠然とした不安が、ずっとあってしんどい……」
言い切ってから顔が熱くなった。自分は一体何を言っているのか。形の無かった気持ちを、言語化してみると、まともじゃないことが浮き彫りになった。
「本体はどこにあるかわからないの」
誠司が話に乗ってきてくれたが、いたたまれずに「わからない」と小さく言う。
「そっか…。その感じだと、手がかりとかも、無いってことだよな」
彼の問いに、何も答えなかった。
「じゃあさ、とりあえず今のところ、なす術がないわけだから、今のマコの人生を、代わりに楽しんであげるみたいな方向性でどうよ」
「……どうよって言われても……」
「いや、だってさ、他の人の人生を歩めるなんて、漫画の中の世界じゃん。そういう設定よくあるけど、リアルに体験するってすごすぎるだろ。なかなかねぇよ。なかなかというか、ほぼない。楽しまなきゃ損だろ」
彼の顔を見ると、先ほどのコピー用紙を折っていたのと同じくらいには、真剣な眼を向けてきていた。
「……不謹慎だった?」
彼の眉毛が少し下がる。
「いや、その発想は無かったから、参考になります」
「ああよかった……。そしたら、手始めにシャツの折り方、教えようか」
「それは遠慮しておくわ」
折り紙のレクチャーを辞退すると、彼は口を尖らせた。選挙カーの音は気付けば消え、小学生らしき子供たちの、遊ぶ声が聞こえる。
此処が何処なのか。自分は、本当は誰なのか。わからないなら代わりに今は、この人生を生きてあげる。
その提案は、驚くほど気持ちを軽くした。
ホームルームが終わった後の、教室のざわめきは、かすかに耳障りだ。拘束された毎日の中で、与えられた自由は、身の置きどころがない。スラックスを履く女子生徒は、クラスの中で真琴だけだった。
肩を軽く叩かれ、廊下側の開いた窓のほうを見る。春山が笑顔で立っていた。
「……先輩、迎えに来なくても、委員会サボったりしません」
「どうかなあ。実際、何回かサボってるからなぁ」
「だから、そうやって来られると、サボれなくなるじゃないですか」
「うわ、そっちが本音じゃん」
「だって二人もいらないじゃないですか」
教室を出て、仕方なく図書室へ向かう。背中から「マコ」と声をかけられ、振り返ると、誠司が立っていた。
「今日、委員会サボれなくなっちゃったから、先帰って」
「おいおい。サボる前提でいるんじゃないよ」
春山が拳を作り、真琴の頭を叩くフリをする。
「俺も調べ物あるから、図書室行く。終わったら一緒に帰ろう」
誠司は並んで歩き出した。
返却された本を、本棚に返すと、早速手持ち無沙汰になった。カウンターに座ると、誠司が視界の端に入る。彼は、三、四冊の本を積み、背中を丸め、夢中で本の世界へ入っているようだった。
「彼氏?」
隣に座る春山が、顔を覗き込むようにして尋ねた。
「違います。先輩、仕事終わったんですか?」
「まだ……。手伝ってくれる?」
「一人でやったほうが早いと思います」
彼の手元のファイルに視線を落とした。バーコード整理は、あと少しで終わりそうだと判断できる。
「きびし。付き合わないの?」
「何がですか」
「あそこの彼と」
春山の問いに、大きなため息がこぼれた。
「男女二人でいると、すぐに恋愛絡めたがる風潮、なんなんですか」
「え、ごめん。気に障った?」
「あそこにいるのが女の子だったら、先輩は、彼女? 付き合わないの? とか訊かないですよね。なんで異性だと、そうなるんですか」
「いや、訊く、訊く。女の子だったら、彼女? って、訊くよ」
「え、それすごく、デリカシーがないと思います。同性で付き合っているのを隠したい人だったら、どうするんですか」
「えぇ……、ちょっと、ちょっと。何が正解なんすか。難しすぎるよ……」
彼は、広げたファイルに突っ伏して、嘆くように言った。誠司がこちらに振り向き、目が合った。少し眉を上げ、目で尋ねると、彼は首を横に振り、再び本に視線を落とした。
「あの人、絶対マコに気があるよ」
誠司が唐突に言い放った。並んで歩く誠司は、気付けばマコの身長を抜かし、やや見上げる位置に顔がある。西陽が眩しく、眼を細めた。
「春山先輩のこと? 無いと思うよ」
「なんで言い切れるんだよ」
「先輩、誰にでもあんな感じだから」
「そうかなあ。マコが鈍いだけじゃないの」
「なんだってぇ? そんな失礼なこと言うのはこの口か?」
彼の頬をつねると、彼は「いてぇよ」と振り払った。
「もし告白されたらどうすんの?」
「はあ?」
「あの人にさ……」
「……そういう話、さっき先輩にも訊かれたよ」
「えっ、何を?」
「誠司のこと、彼氏なの? って。なんでみんな、そういう思考なの。男女でいたら恋愛に結びつけたがるの」
ずっと前にも、こんな会話をした気がした。そのとき誠司は、何と言っていただろうか。
「……一番、興味あるところだからだろ」
「恋愛が、ってこと? 誠司もそうなの?」
「まあ、なくはないよ」
「その割には、告白ぜんぶ断ってるよね」
「えっ」
彼は弾かれたようにこちらへ向いた。眉を歪め、目を見開いている。
「な……、なんで……、し、し、ってん……」
「女子は噂好きだから、聞かなくても耳に入るというか」
彼の言葉が形になる前に、汲み取って回答する。
「だから誠司も、興味ないのかと思ってた。……ん、あれ」
誠司の姿が見えず、振り返ると、彼は立ち止まって俯き、片手で顔を隠していた。
「どうしたの」
「俺だって……、マコが告白断ってるの、知ってるし……」
「なに張り合ってるの」
「マコは、興味ないから断ってるの」
「まあ、相手のこともよく知らないし」
「好きな人がいるわけじゃなく?」
彼は、顔をあげ、目を細めた。こちらの様子を観察でもするかのように。
「いないけど」
「恋愛そのものが興味ないの」
「ていうか、あんまり深く考えたことないけど…、想像はつかないね。友達の話聞くけどさ、デート行ったとか、キスしたとか。そういう型に嵌ったルートを、自分が辿れるかと言ったら、できない気がする。彼氏彼女とか名前のつく関係に違和感しかない。もしかしたら一生、誰とも付き合えないのかも、とは思うよ」
言葉が、押し出されるように次々と出てくる。自分の中の感覚を、それでいい、と言い聞かせながら、誠司には理解されたいと思っている。
梅雨の天気は変わりやすい。西陽が暑かった空が、鉛色に染まり、雨が降り出しそうな雲を連れてきた。
「例えばだけどさ」
彼は、視線を地面に落とし、顎に手を当てている。
「女の子と付き合うとかなら、イメージできる? できそうとか思う? それか……、例えばだけど俺とか。例え話だけど俺はさ、昔から知ってるし、別に気を遣わなくてもいいわけだろ。ステレオタイプのデートもしなくていいし、彼氏彼女とかの型に嵌めて考えなくていいじゃん。まあ……、例えばの話だけど……」
「んー……」
誠司の言うようなことを、想像をしてみる。自分が誰かと恋愛をするなら、そういう選択肢もあるのかと。
電線の椋鳥が、一斉に飛び立ち、くすんだ空に黒い斑点を散りばめる。
「……どっちも無いかな……」
「……そっか……」
腕に水滴が当たった気がした。
「雨降りそうだから、帰ろうよ」
誠司は「うん」と小さく答えて歩き出した。それ以降は、家の前で別れるまで何も話さなかった。
オレンジ色に染まっていく空の麓には、家が立ち並ぶ。上空が少しずつ群青色に染まる時間。暑い日中が嘘のように、夕方には涼しくなる季節。隣を歩く誠司は、口数が少なく、何かを言おうとしているのがわかる。ただ彼のタイミングを待っていた。
「マコ」
「はい、何」
「あのさ、俺……、彼女できた」
「あ……、そうなの」
誠司の口から出てきた報告は、あまりにも予想外で、鼓動が早くなった。
「全然、知らなかった。そういう……、いい人がいたこと……」
「や、というか、告白されて、断る理由もないし、付き合ってみるのもいいかなって」
「へぇ。同じ学校?」
「C組の伊藤さん」
「あ、知ってる。可愛いよね」
肩甲骨の下まである長い髪を、緩くたなびかせ、垢抜けた化粧をしている女の子。ショートヘアの、化粧っ気のない真琴とは正反対だ。
「それでさ、明日から一緒に帰れない。朝も別々で」
彼の申し出に、思わず「えっ」と大きな声が出た。
「なんで」
「彼女が嫌がるから」
「あー……、そうなんだ。高校生になっても、異性といるのは、気になるものなんだね」
「高校生だからだろ」
「そうなの?」
誠司の顔を見ると、彼はこちらを一瞥し、前方に視線を戻した。
「普通は、そうなんじゃない?」
「普通そうって、何が」
「だから……、年齢が上がるにつれて、異性の友達って、制限が多くなってくるって話」
「そうなの? なんで」
「なんで、って……」
彼は俯きがちに、顔を逸らした。そのまましばらく言葉が返ってこず、沈黙が続く。鴉の鳴き声が、遠くで聞こえる。
「わかった」
彼の横顔に伝えた。わかったから、こっちを向いて欲しかった。
「うん、ごめん」
だけど彼は、顔を背けたままだった。
「いいよ。私、寄るとこあるから、ここで」
「ああ、じゃあな」
「バイバイ」
丁字路で別れるときも、目を合わせてくれなかった。行くあてもなく、真っ直ぐに歩き続ける。目の前に伸びた影は、長く、長く、頭の先が離れている。
大声で、男子が揶揄ってきたのは、小学生のときまでだ。同じように伸びる手足の、筋肉のつき方が変わったのは、中学生のころ。少し膨らんだ胸と、くびれたウエスト、細い首。女子でもスラックスを選択できる高校で、友達は皆、彼氏や恋バナに夢中だった。それが「生」を謳歌することだと言うように。
上空を覆う群青色が少しずつ、少しずつ濃くなっていく。「自分」が今、どこにいるのかもわからないまま、死んでいくのかもしれない。歩く速度が速くなり、呼吸が乱れる。
漫画の世界だと励ましてくれた、いつかの誠司の言葉を思い出す。もしも漫画の主人公だったら、答えは必ずわかるはず。それだけが、一縷の望みだった。
同級生の女の子たちが交換し合っていた、可愛い文具は集めなかったけれど、男性アイドルグループは好きだった。Hail Guyのサトくんを推していた。
戦隊ヒーローよりも、歌って踊る、魔法少女が好きだった。
メイクは好きじゃないけど、基礎化粧品には詳しくて、肌の手入れはちゃんと出来る。
自分は着ないけど、フリルやレースのあしらわれた、可愛い服を見るのは好き。
――他の女の子と何かが違う――。
その「何か」を言語化することはできなくて、何かを探し続けていた。
駅前の線路沿いに建ち並ぶ、マンション群には、若いファミリー層から、年配の夫婦まで、幅広い世代が住む。マンション群の中央にある広場は、コンクリートで舗装され、花壇が入り組んでいる。その一角には、幼児用の遊具が設置された砂地の小さな公園。
広場の外側は、塔と塔を結ぶようにマンションに沿って駐輪場が並ぶ。
キックボードを乗り回す小学生、小型犬の散歩をする大人。
広場の花壇の植え込みのそばで並んで座る、二つの小さな体。ランドセルを、背中からおろして、日に焼けたコンクリートの上に置く。
「花かんむり、作れる?」
誠司が尋ねた。
「……作れない」
「シロツメクサで作るんだよ」
彼はそう言って、シロツメクサを摘み始めた。
「作ってどうすんの」
「どうもしない。マコ元気ないから作ってあげる」
「元気なくないよ」
「でも最近、男子とも女子とも遊ばないじゃん」
「誠司といるほうが楽だから」
「……揶揄われても平気?」
彼の質問に「え?」と顔をあげると、目が合った。
「誠司は嫌だったの?」
「違うよ。俺はだって……、友達いないのは前からだけど、マコは仲よかったじゃん。滝元たちと」
「仲いいっていうか、サッカーしてただけ」
「うん。出来た、見て」
彼は、シロツメクサで編んだ輪っかを、目の前に差し出し「かわいい?」と尋ねてきた。
「ふふ……、雑草じゃん」
「え、ひど」
「嘘。かわいいよ」
「マコの頭につけていい?」
「えぇ……、まあ、いいけど」
渋々了承すると、彼は花かんむりを頭に乗せてくる。
「うん。似合う、似合う」
「どうも」
「元気出た?」
「だから元気なくないってば」
「これさ、大きさ変えると、ブレスレットにもなるんだよ」
彼は再び、シロツメクサを集め始める。その横顔を見ると、額と鼻の頭に汗が滲んでいた。
「てかさ、なんで男女二人でいると『カップル』なんだろうね」
頭の上の、花かんむりを手に取って、眺めた。
「ああ、滝元たち?」
「保健体育でさ、LGBTとか習うじゃん。なのに、男二人でいても、女二人でいても、カップルぅ、とか言ったりしないよね」
「ああそうだね」
「あれは、なんで?」
「うーん……、男女のカップルが、マジョリティだからかな」
「え? 魔女?」
「マジョリティ。ほら、ブレスレット出来た」
誠司は、シロツメクサの腕輪を、手首につけて、腕を前に出した。
「何その難しい言葉……」
「だから、LGBTがマイノリティでしょ。そうじゃない人はマジョリティ。多数派」
「なんでそんな言葉知ってんの」
「なんでと言われても」
「これの作り方は、なんで知ってんの」
花かんむりを頭に乗せて、指を差す。
「これは、姉ちゃんに教わった。……俺とカップルって揶揄われるの、イヤ? 別々で帰る?」
「イヤとかじゃない。気にしてるとかじゃなくて、意味がわからないって話」
風が柔らかく吹いて、頭に乗せた花かんむりは、地面に落ちた。
歩きの辿々しい用事が、若い母親に手を引かれ、ゆっくり通り過ぎていく。
世間一般のマジョリティと、マイノリティを分つものは何だろう。当たり前のように、マジョリティの物差しが適用される。LGBTのことはよくわからないけれど、世間の「当たり前」の中で、どんな気持ちで生きていくのか。
耳をつんざくような、幼児の泣き声が響き渡る。振り返ると、転んだ男の子を、母親が抱き上げた。
「帰ろっか」
誠司の言葉を皮切りに、ランドセルを背負って帰路についた。
水色の水玉模様のベッドシーツの上で、少女漫画を読んでいた。中間テストの勉強をしなければと思いつつ、漫画に手を伸ばしてしまう悪癖。遠くでインターホンが鳴る音が聞こえ、次いで、母の話し声が聞こえ、それがやむと階段を登ってくる足音が近づいてくる。部屋の白いドアがノックされた。
「何」
「俺だけど」
「どうぞ」
入室の許可を出すと、誠司が顔を出した。
「今日の分のノートと、今日あった教科のテスト範囲」
彼は、ノートのコピーが入っているクリアファイルを差し出した。起き上がって「ありがと」と受け取る。
「毎日こんなにするの、大変じゃない? 学校行かないのは私の都合なんだから、できる範囲で勉強するしさ……」
「別にそんなに手間じゃないから」
「そうですか」
あぐらをかいた脚の上に、クリアファイルの中身を出した。誠司のノートは、わかりやすくて、ときどき挿絵が描かれていてかわいい。
「なんで学校来ないの」
彼は、学習机の椅子に腰掛け、こちらに体を向けた。
「何、どうした? 今まで訊かなかったのに」
「言いたくなかったらいいよ。あ、そのノートのコピー、一枚ちょうだい」
彼の片手が伸びてきた。広げたコピー用紙の中の一枚を渡す。
「なんで」
「いいもの作ってあげる」
彼は学習机の上で、紙を丁寧に折り始めた。背中を丸め、真剣な眼差しで、細い指を使い、細やかに折っていく。
「はい、出来た」
「何これ、服?」
戻されたものを受け取った。
「そう、シャツ。可愛くねぇ?」
「かわいいけど……」
紙で作られた、手のひらサイズの、襟付きの半袖シャツを眺めた。
「なあ色鉛筆ある? それか、カラーペン」
「そんなものは、この家にはない。三色ボールペンならあるけど」
「えー、三色ボールペンかぁ……。じゃあそれでいいや」
「そこに挿してある」
机の上の、ペン立てを指すと、彼はボールペンを手に取った。
「それ貸して」
紙のシャツを再び彼に差し出すと、彼はそこに線を幾つも描き始めた。
「ストライプのシャツ」
彼は、青い線がびっしりと描かれたそれを手に持って、得意げに言った。
「ふふ。おしゃれになったね」
その作品を、親指と人差し指に挟み、腕を伸ばして遠目に見ると、世辞じゃなく可愛く見えた。
「制服のさぁ、シャツが白くて透けるじゃん。あれ、嫌なんだよね」
先ほどの誠司の問いに対するアンサーのつもりだった。
「ああ。下に何か着れば」
「あとスカートも嫌だ。下半身がもたつくというか、裾のとこが足に当たって痒いし」
「スカートねぇ……。じゃあ高校は、女子もスラックス選べるとこにすれば」
「そういうとこがあるなら、ぜひそうしたい」
「え……、まさかそれが学校来ない理由?」
「それだけじゃないけど……」
ベッド脇のクッションを拾い上げ、膝ごと抱えた。
「あのさ……、私、病気かもしれないんだよね……」
「えっ、何の……?」
彼が身を乗り出して、目を見開いた。
「や、ごめん。そういう系の病気じゃなくて、痛いヤツのほう」
「は、何、痛いやつって」
「笑わない?」
「笑うわけないだろ。何の病気なの」
「だから、そういう……、正規の心配をしてもらうような病気じゃなくて……」
「痛くてもなんでもいいから、教えて、早く」
「私……、ちゅ、厨二病かもしれない……」
「……ちゅうにびょう……」
彼は真琴の言葉を繰り返した。頭の中で漢字に変換するのに数秒の時間を要したらしい。一拍の沈黙の後、「なるほど」と言い、前髪を触り、俯いた。
「やっぱ笑うじゃん!」
誠司にクッションを投げつけた。
「や……、笑ってはいない……」
と言いつつ、彼は顔をあげない。
「もういい」
「笑ってないって。なんで厨二病だと思ったの」
彼は椅子に片足を上げ、抱えるように腕を前で組んだ。
「絶対笑う……」
「笑わない。話すだけでもラクになるかもしれないだろ。昔、マコが俺の味方してくれたみたいに、俺だって力になりたいと思ってるよ」
閉め切った窓の向こうから、小さく選挙カーの音が聞こえる。自分のためにしていたことに、恩を感じられるのは、胃が沈むように重くなる。
「別に、誠司のためじゃなかった。私がそうしたかっただけ」
「だとしてもだよ。俺は嬉しかった」
「私は……、なんか、なんか、ずっと、自分じゃないみたいな感じなの。私の本体は、別のところにあって、今の私は、別の人の人生を歩んでるみたいな感覚……。このままじゃダメだ、みたいな……、漠然とした不安が、ずっとあってしんどい……」
言い切ってから顔が熱くなった。自分は一体何を言っているのか。形の無かった気持ちを、言語化してみると、まともじゃないことが浮き彫りになった。
「本体はどこにあるかわからないの」
誠司が話に乗ってきてくれたが、いたたまれずに「わからない」と小さく言う。
「そっか…。その感じだと、手がかりとかも、無いってことだよな」
彼の問いに、何も答えなかった。
「じゃあさ、とりあえず今のところ、なす術がないわけだから、今のマコの人生を、代わりに楽しんであげるみたいな方向性でどうよ」
「……どうよって言われても……」
「いや、だってさ、他の人の人生を歩めるなんて、漫画の中の世界じゃん。そういう設定よくあるけど、リアルに体験するってすごすぎるだろ。なかなかねぇよ。なかなかというか、ほぼない。楽しまなきゃ損だろ」
彼の顔を見ると、先ほどのコピー用紙を折っていたのと同じくらいには、真剣な眼を向けてきていた。
「……不謹慎だった?」
彼の眉毛が少し下がる。
「いや、その発想は無かったから、参考になります」
「ああよかった……。そしたら、手始めにシャツの折り方、教えようか」
「それは遠慮しておくわ」
折り紙のレクチャーを辞退すると、彼は口を尖らせた。選挙カーの音は気付けば消え、小学生らしき子供たちの、遊ぶ声が聞こえる。
此処が何処なのか。自分は、本当は誰なのか。わからないなら代わりに今は、この人生を生きてあげる。
その提案は、驚くほど気持ちを軽くした。
ホームルームが終わった後の、教室のざわめきは、かすかに耳障りだ。拘束された毎日の中で、与えられた自由は、身の置きどころがない。スラックスを履く女子生徒は、クラスの中で真琴だけだった。
肩を軽く叩かれ、廊下側の開いた窓のほうを見る。春山が笑顔で立っていた。
「……先輩、迎えに来なくても、委員会サボったりしません」
「どうかなあ。実際、何回かサボってるからなぁ」
「だから、そうやって来られると、サボれなくなるじゃないですか」
「うわ、そっちが本音じゃん」
「だって二人もいらないじゃないですか」
教室を出て、仕方なく図書室へ向かう。背中から「マコ」と声をかけられ、振り返ると、誠司が立っていた。
「今日、委員会サボれなくなっちゃったから、先帰って」
「おいおい。サボる前提でいるんじゃないよ」
春山が拳を作り、真琴の頭を叩くフリをする。
「俺も調べ物あるから、図書室行く。終わったら一緒に帰ろう」
誠司は並んで歩き出した。
返却された本を、本棚に返すと、早速手持ち無沙汰になった。カウンターに座ると、誠司が視界の端に入る。彼は、三、四冊の本を積み、背中を丸め、夢中で本の世界へ入っているようだった。
「彼氏?」
隣に座る春山が、顔を覗き込むようにして尋ねた。
「違います。先輩、仕事終わったんですか?」
「まだ……。手伝ってくれる?」
「一人でやったほうが早いと思います」
彼の手元のファイルに視線を落とした。バーコード整理は、あと少しで終わりそうだと判断できる。
「きびし。付き合わないの?」
「何がですか」
「あそこの彼と」
春山の問いに、大きなため息がこぼれた。
「男女二人でいると、すぐに恋愛絡めたがる風潮、なんなんですか」
「え、ごめん。気に障った?」
「あそこにいるのが女の子だったら、先輩は、彼女? 付き合わないの? とか訊かないですよね。なんで異性だと、そうなるんですか」
「いや、訊く、訊く。女の子だったら、彼女? って、訊くよ」
「え、それすごく、デリカシーがないと思います。同性で付き合っているのを隠したい人だったら、どうするんですか」
「えぇ……、ちょっと、ちょっと。何が正解なんすか。難しすぎるよ……」
彼は、広げたファイルに突っ伏して、嘆くように言った。誠司がこちらに振り向き、目が合った。少し眉を上げ、目で尋ねると、彼は首を横に振り、再び本に視線を落とした。
「あの人、絶対マコに気があるよ」
誠司が唐突に言い放った。並んで歩く誠司は、気付けばマコの身長を抜かし、やや見上げる位置に顔がある。西陽が眩しく、眼を細めた。
「春山先輩のこと? 無いと思うよ」
「なんで言い切れるんだよ」
「先輩、誰にでもあんな感じだから」
「そうかなあ。マコが鈍いだけじゃないの」
「なんだってぇ? そんな失礼なこと言うのはこの口か?」
彼の頬をつねると、彼は「いてぇよ」と振り払った。
「もし告白されたらどうすんの?」
「はあ?」
「あの人にさ……」
「……そういう話、さっき先輩にも訊かれたよ」
「えっ、何を?」
「誠司のこと、彼氏なの? って。なんでみんな、そういう思考なの。男女でいたら恋愛に結びつけたがるの」
ずっと前にも、こんな会話をした気がした。そのとき誠司は、何と言っていただろうか。
「……一番、興味あるところだからだろ」
「恋愛が、ってこと? 誠司もそうなの?」
「まあ、なくはないよ」
「その割には、告白ぜんぶ断ってるよね」
「えっ」
彼は弾かれたようにこちらへ向いた。眉を歪め、目を見開いている。
「な……、なんで……、し、し、ってん……」
「女子は噂好きだから、聞かなくても耳に入るというか」
彼の言葉が形になる前に、汲み取って回答する。
「だから誠司も、興味ないのかと思ってた。……ん、あれ」
誠司の姿が見えず、振り返ると、彼は立ち止まって俯き、片手で顔を隠していた。
「どうしたの」
「俺だって……、マコが告白断ってるの、知ってるし……」
「なに張り合ってるの」
「マコは、興味ないから断ってるの」
「まあ、相手のこともよく知らないし」
「好きな人がいるわけじゃなく?」
彼は、顔をあげ、目を細めた。こちらの様子を観察でもするかのように。
「いないけど」
「恋愛そのものが興味ないの」
「ていうか、あんまり深く考えたことないけど…、想像はつかないね。友達の話聞くけどさ、デート行ったとか、キスしたとか。そういう型に嵌ったルートを、自分が辿れるかと言ったら、できない気がする。彼氏彼女とか名前のつく関係に違和感しかない。もしかしたら一生、誰とも付き合えないのかも、とは思うよ」
言葉が、押し出されるように次々と出てくる。自分の中の感覚を、それでいい、と言い聞かせながら、誠司には理解されたいと思っている。
梅雨の天気は変わりやすい。西陽が暑かった空が、鉛色に染まり、雨が降り出しそうな雲を連れてきた。
「例えばだけどさ」
彼は、視線を地面に落とし、顎に手を当てている。
「女の子と付き合うとかなら、イメージできる? できそうとか思う? それか……、例えばだけど俺とか。例え話だけど俺はさ、昔から知ってるし、別に気を遣わなくてもいいわけだろ。ステレオタイプのデートもしなくていいし、彼氏彼女とかの型に嵌めて考えなくていいじゃん。まあ……、例えばの話だけど……」
「んー……」
誠司の言うようなことを、想像をしてみる。自分が誰かと恋愛をするなら、そういう選択肢もあるのかと。
電線の椋鳥が、一斉に飛び立ち、くすんだ空に黒い斑点を散りばめる。
「……どっちも無いかな……」
「……そっか……」
腕に水滴が当たった気がした。
「雨降りそうだから、帰ろうよ」
誠司は「うん」と小さく答えて歩き出した。それ以降は、家の前で別れるまで何も話さなかった。
オレンジ色に染まっていく空の麓には、家が立ち並ぶ。上空が少しずつ群青色に染まる時間。暑い日中が嘘のように、夕方には涼しくなる季節。隣を歩く誠司は、口数が少なく、何かを言おうとしているのがわかる。ただ彼のタイミングを待っていた。
「マコ」
「はい、何」
「あのさ、俺……、彼女できた」
「あ……、そうなの」
誠司の口から出てきた報告は、あまりにも予想外で、鼓動が早くなった。
「全然、知らなかった。そういう……、いい人がいたこと……」
「や、というか、告白されて、断る理由もないし、付き合ってみるのもいいかなって」
「へぇ。同じ学校?」
「C組の伊藤さん」
「あ、知ってる。可愛いよね」
肩甲骨の下まである長い髪を、緩くたなびかせ、垢抜けた化粧をしている女の子。ショートヘアの、化粧っ気のない真琴とは正反対だ。
「それでさ、明日から一緒に帰れない。朝も別々で」
彼の申し出に、思わず「えっ」と大きな声が出た。
「なんで」
「彼女が嫌がるから」
「あー……、そうなんだ。高校生になっても、異性といるのは、気になるものなんだね」
「高校生だからだろ」
「そうなの?」
誠司の顔を見ると、彼はこちらを一瞥し、前方に視線を戻した。
「普通は、そうなんじゃない?」
「普通そうって、何が」
「だから……、年齢が上がるにつれて、異性の友達って、制限が多くなってくるって話」
「そうなの? なんで」
「なんで、って……」
彼は俯きがちに、顔を逸らした。そのまましばらく言葉が返ってこず、沈黙が続く。鴉の鳴き声が、遠くで聞こえる。
「わかった」
彼の横顔に伝えた。わかったから、こっちを向いて欲しかった。
「うん、ごめん」
だけど彼は、顔を背けたままだった。
「いいよ。私、寄るとこあるから、ここで」
「ああ、じゃあな」
「バイバイ」
丁字路で別れるときも、目を合わせてくれなかった。行くあてもなく、真っ直ぐに歩き続ける。目の前に伸びた影は、長く、長く、頭の先が離れている。
大声で、男子が揶揄ってきたのは、小学生のときまでだ。同じように伸びる手足の、筋肉のつき方が変わったのは、中学生のころ。少し膨らんだ胸と、くびれたウエスト、細い首。女子でもスラックスを選択できる高校で、友達は皆、彼氏や恋バナに夢中だった。それが「生」を謳歌することだと言うように。
上空を覆う群青色が少しずつ、少しずつ濃くなっていく。「自分」が今、どこにいるのかもわからないまま、死んでいくのかもしれない。歩く速度が速くなり、呼吸が乱れる。
漫画の世界だと励ましてくれた、いつかの誠司の言葉を思い出す。もしも漫画の主人公だったら、答えは必ずわかるはず。それだけが、一縷の望みだった。
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
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