6 / 19
5.皇帝陛下の婚約者?
しおりを挟む
今日は陛下の執務室の担当だ。
私はあれから尋問されたりする事もなく、メイド生活を満喫していた。
慣れてしまえば、破格の労働条件で、生理休暇まである赤宮はとにかく働き易い。
今でも陛下は怖いので、なるべく目を合わせないよう過ごしている。
陛下の視線を華麗に躱す術も身につけた。
~・~・~・~・~
「陛下ぁー、会いたいとお手紙を出しましたのに、返事が無いもので押し掛けてしまいましたわー。」
「アンドリュー、エリスさんを蔑ろにするのは感心しませんね。貴方の婚約者なのですよ。」
今陛下の執務室には婚約者と名乗るハルシャワ伯爵令嬢と皇太后様が押し掛けて来ている。
陛下は更に冷気を飛ばし、凍えてしまいそうだ。
「皇太后陛下、縁談はお断りした筈ですが?」
「まあまあ、アンドリュー、会わないで決めるなんて失礼よ。若い者同士で話をしなさい。」
皇太后が優雅に微笑みながら去った後、気まずい静寂が訪れた。
「貴女。」
「え?は、はいっ!!」
「ボーッとしてないでお茶の用意を。」
ハルシャワ伯爵令嬢は陛下に媚を売るような表情から一転、鋭い視線を私に向けた。
「は、はいっ。畏まりました。」
準備のため部屋を出ようとする私の行く手を陛下が遮った。
「待て、用意する必要はない。ハルシャワ伯爵令嬢、ここのメイドは私の直属だ。私の命令しかきかん。ジェンナ、此処にある花を取り替えてくれ。」
「は、はいっ!!畏まりました。」
ハルシャワ伯爵令嬢の視線を感じながらも、私は花瓶を持って部屋を出た。
あのピリピリした空間から逃げ出すことができてほっとしながら、庭園のジムさんに新しい花を貰い執務室への廊下を急ぐ。
「あー、良い香りっ!」
切り立ての花の香りに癒されて、歩いていると、廊下を曲がった所で陛下の執務室から帰る途中のハルシャワ伯爵令嬢と鉢合わせた。
「あっ。」
(もうっ!タイミングが悪いっ!)
慌てて廊下の端に寄り頭を下げた。
何事もなく通り過ぎてくれれば良かったのに、ハルシャワ伯爵令嬢は私の前で止まった。
「あなた、さっきのメイドね。」
「は、はい。」
「ちょっと、その花瓶を寄越しなさい。」
「はい。」
花瓶を渡すと、ハルシャワ伯爵令嬢は花瓶を私の頭の上に掲げ、そして、ゆっくり傾けた。
ガサリッと花瓶の中身が頭に当たった後、床に散らかり、ポトポトと水が髪から滴り落ちる。
「陛下に庇われたぐらいでいい気にならないことね。わたくし貴女のせいでとても不愉快ですの。どうしてわたくしがこんな扱いを受けるのかしら?貴女はメイド。わたくしは婚約者。思い出しただけで、腹が立つわ。どうしてわたくしが蔑ろにされるのっっ?」
話しているうちに興奮してきたのか、どんどん声が大きくなる。
どうして怒りをぶつけられるのか分からなくて驚いていると、パシンと乾いた音が響いた。
突然の出来事に驚いて、頬を打たれたのだと気付くのが一瞬遅れた。
ーー頬がジンジンと痛い。
「メイドのクセに弁えなさいっ!一人のメイドを特別扱いしてるって本当だったのね。告げ口したら承知しないわよっ!!間抜けなお前が転んだ事にしておきなさいっ。行くわよ。レナ!」
早口で捲し立てて、ハルシャワ伯爵令嬢は自分の侍女と一緒に去っていった。
(意味が分からないわ。どうして私に怒るのよ。貴族令嬢って情緒不安定なのかしら??)
執務室に戻ると陛下が私が濡れていることと、頬が腫れていることに気付いた。
「すみません。転んでしまって。今着替えて参ります。」
「ああ。」
陛下は険しい顔で私の傍に近づくと、じっと目を覗き込んだ。
「ハルシャワ伯爵令嬢か?」
「えっ。」
「いや、いい。風邪をひく。着替えて参れ。」
陛下に問われてドキリとしたが、それ以上は追及されず、ほっとして部屋を出た。
~・~・~・~・~
翌日廊下を歩いていると、どこからともなく衛兵に囲まれた。
遂にスパイ容疑??
「皇太后陛下がお呼びです。」
「え?わ、私ですか?」
「黙ってついてきなさい。」
拷問だろうか?
怖い………。
働き易いなんて油断するんじゃ無かった。
直ぐに暇を申し出れば良かったのに……。
後悔しても遅い。
私は為す術も無く、皇太后様の前に連れて行かれた。
皇太后様は冷たく蔑むように私を一瞥すると、優雅な仕草でお茶を口にした。
「貴女と陛下の関係を答えなさい。」
「わ、私は赤宮のメイドです。か、関係など特には……。」
「答えないつもり?陛下が随分貴女を気にしていると報告があるわ。」
「何かの間違いかと……。」
「何も知らないと?……まぁいいわ。貴女……エリスの邪魔になるかもしれないわね……。早々に王宮を出て行きなさい。」
「え?で、でも……。」
勝手に帰ることなど許されるのだろうか?
今度また教会にメイドを差し出すように言われたら今度こそキャシーが行くことになってしまう。
「貴女の出身の教会はどこかしら……。何も起こらないといいわね……。」
言外に働いていた教会に手を出すと言われれば引き下がる他ない。
「はい。」
そう返事をして赤宮に戻った。
私はあれから尋問されたりする事もなく、メイド生活を満喫していた。
慣れてしまえば、破格の労働条件で、生理休暇まである赤宮はとにかく働き易い。
今でも陛下は怖いので、なるべく目を合わせないよう過ごしている。
陛下の視線を華麗に躱す術も身につけた。
~・~・~・~・~
「陛下ぁー、会いたいとお手紙を出しましたのに、返事が無いもので押し掛けてしまいましたわー。」
「アンドリュー、エリスさんを蔑ろにするのは感心しませんね。貴方の婚約者なのですよ。」
今陛下の執務室には婚約者と名乗るハルシャワ伯爵令嬢と皇太后様が押し掛けて来ている。
陛下は更に冷気を飛ばし、凍えてしまいそうだ。
「皇太后陛下、縁談はお断りした筈ですが?」
「まあまあ、アンドリュー、会わないで決めるなんて失礼よ。若い者同士で話をしなさい。」
皇太后が優雅に微笑みながら去った後、気まずい静寂が訪れた。
「貴女。」
「え?は、はいっ!!」
「ボーッとしてないでお茶の用意を。」
ハルシャワ伯爵令嬢は陛下に媚を売るような表情から一転、鋭い視線を私に向けた。
「は、はいっ。畏まりました。」
準備のため部屋を出ようとする私の行く手を陛下が遮った。
「待て、用意する必要はない。ハルシャワ伯爵令嬢、ここのメイドは私の直属だ。私の命令しかきかん。ジェンナ、此処にある花を取り替えてくれ。」
「は、はいっ!!畏まりました。」
ハルシャワ伯爵令嬢の視線を感じながらも、私は花瓶を持って部屋を出た。
あのピリピリした空間から逃げ出すことができてほっとしながら、庭園のジムさんに新しい花を貰い執務室への廊下を急ぐ。
「あー、良い香りっ!」
切り立ての花の香りに癒されて、歩いていると、廊下を曲がった所で陛下の執務室から帰る途中のハルシャワ伯爵令嬢と鉢合わせた。
「あっ。」
(もうっ!タイミングが悪いっ!)
慌てて廊下の端に寄り頭を下げた。
何事もなく通り過ぎてくれれば良かったのに、ハルシャワ伯爵令嬢は私の前で止まった。
「あなた、さっきのメイドね。」
「は、はい。」
「ちょっと、その花瓶を寄越しなさい。」
「はい。」
花瓶を渡すと、ハルシャワ伯爵令嬢は花瓶を私の頭の上に掲げ、そして、ゆっくり傾けた。
ガサリッと花瓶の中身が頭に当たった後、床に散らかり、ポトポトと水が髪から滴り落ちる。
「陛下に庇われたぐらいでいい気にならないことね。わたくし貴女のせいでとても不愉快ですの。どうしてわたくしがこんな扱いを受けるのかしら?貴女はメイド。わたくしは婚約者。思い出しただけで、腹が立つわ。どうしてわたくしが蔑ろにされるのっっ?」
話しているうちに興奮してきたのか、どんどん声が大きくなる。
どうして怒りをぶつけられるのか分からなくて驚いていると、パシンと乾いた音が響いた。
突然の出来事に驚いて、頬を打たれたのだと気付くのが一瞬遅れた。
ーー頬がジンジンと痛い。
「メイドのクセに弁えなさいっ!一人のメイドを特別扱いしてるって本当だったのね。告げ口したら承知しないわよっ!!間抜けなお前が転んだ事にしておきなさいっ。行くわよ。レナ!」
早口で捲し立てて、ハルシャワ伯爵令嬢は自分の侍女と一緒に去っていった。
(意味が分からないわ。どうして私に怒るのよ。貴族令嬢って情緒不安定なのかしら??)
執務室に戻ると陛下が私が濡れていることと、頬が腫れていることに気付いた。
「すみません。転んでしまって。今着替えて参ります。」
「ああ。」
陛下は険しい顔で私の傍に近づくと、じっと目を覗き込んだ。
「ハルシャワ伯爵令嬢か?」
「えっ。」
「いや、いい。風邪をひく。着替えて参れ。」
陛下に問われてドキリとしたが、それ以上は追及されず、ほっとして部屋を出た。
~・~・~・~・~
翌日廊下を歩いていると、どこからともなく衛兵に囲まれた。
遂にスパイ容疑??
「皇太后陛下がお呼びです。」
「え?わ、私ですか?」
「黙ってついてきなさい。」
拷問だろうか?
怖い………。
働き易いなんて油断するんじゃ無かった。
直ぐに暇を申し出れば良かったのに……。
後悔しても遅い。
私は為す術も無く、皇太后様の前に連れて行かれた。
皇太后様は冷たく蔑むように私を一瞥すると、優雅な仕草でお茶を口にした。
「貴女と陛下の関係を答えなさい。」
「わ、私は赤宮のメイドです。か、関係など特には……。」
「答えないつもり?陛下が随分貴女を気にしていると報告があるわ。」
「何かの間違いかと……。」
「何も知らないと?……まぁいいわ。貴女……エリスの邪魔になるかもしれないわね……。早々に王宮を出て行きなさい。」
「え?で、でも……。」
勝手に帰ることなど許されるのだろうか?
今度また教会にメイドを差し出すように言われたら今度こそキャシーが行くことになってしまう。
「貴女の出身の教会はどこかしら……。何も起こらないといいわね……。」
言外に働いていた教会に手を出すと言われれば引き下がる他ない。
「はい。」
そう返事をして赤宮に戻った。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
1,108
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる