青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第七章

第八十五話 大軍

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「報告します! 結界に使用していた魔道具は損傷が激しく、修復にはひと月はかかるとのことです。ドルミール様によると最初から作ったほうが早い、とのことでした!」

「わかった。避難のほうはどうなってる?」

「約八割が避難済みです。怪我人のほうは運び終わり、あとはお年寄りの方や補給部隊の者たちなのですが……お年寄りのほうは戦いに参加すると言って避難してくれません」

「……あとで俺が話しておこう。」


 部屋の扉がリズムよく叩かれる。入室の許可を出すと、報告をしていた男が扉を開け退出していく。そして代わりに部屋に入ってきたのは魔族、ヴァンハルトであった。


「魔王様、罠の設置が完了いたしました。ただ、以前私の拠点で使ったものと同じになります。女神一行には効果が薄いかと……」

「かまわない。ほかの人間たちも来るだろうからな。そちらの足止めができればいい。それより怪我の具合はどうだ? 調子が悪いようなら避難してくれてかまわない」

「お気遣いいただきありがとうございます。怪我のほうは問題ありません。ルイやドルミール様のおかげで、戦うことも可能となりました」

「そうか。だが無理はするなよ。最悪の場合、ルイを連れて逃げろ。こちらはドルミールと何とかして――」


 突如、扉が大きな音を立てて開く。

 扉の向こうに立っていたのは、今しがた名前を出したルイとドルミールだ。そして、ルイのほうは頬を膨らませており、勢いよく魔王へと突進してくる。

 微かに体を引き、衝撃を軽減した魔王にダメージはない。ただ、それが気に入らなかったのか、ルイは魔王の胸部あたりをポカポカと叩いていた。

 状況が分からず、不思議そうな顔をした魔王に声がかかる。


「ルイは逃げろって言われたから怒ってるんダヨ。どのみち魔王が死んだらみんな長くは生きれないんだかラ、好きにさせてあげなヨ」

「そうは言ってもな……」

「ルイもいっしょ。たたかう」

「魔王様、良いのではないでしょうか? ルイも魔法の腕なら一流と言って差支えないかと。女神や勇者の相手ならともかく、その他の人間に負けることはないと思います」


 魔王は三人の顔を見まわし、自分の意見が通りそうにないことを悟る。
 いつの間にか叩くのを止め、ただ引っ付いていたルイを優しく離し、魔王は大きなため息をついた。


「……好きにしろ」



◆◆◆◆◆◆◆



「ツカサ様、やっぱりこれ以上は難しいと思います」

「そうだね。まさかこんなに数がいるなんて……ちょっと予想外だったかも」


――アリシアの言うとおり、これ以上進むのは難しそうだ。まず見つかるだろうし、二人で相手にできる数じゃない。一度下がるべきか?


 世界の崩壊がはじまり、それをカルミナが止めてから今日で十日。順調に進んでいた俺たちであったが、ここにきて足止めを喰らっていた。

 目の前には森とそこから溢れるように出てくる土の騎士がいる。その数は視界を埋め尽くすほどであり、数えきれない。俺たちは今日一日を使って、他の場所から入れないかも探ってみたが、土の騎士がいない場所というのは存在せず、結果、何もできないまま時間だけが過ぎてしまった。
 数が多いということは、それだけ魔王の拠点に近づいているのだとは思う。ただここまでの数は予想しておらず、進む方法が思いつかないのが今の俺たちの状況だった。

 大きな岩の陰に隠れ、そっと一息つく。


 考えろ。一度下がったとしても状況は良くならない。今はカルミナが崩壊を止めているけど、それもいつまで保てるのかわからない状況だ。あまり時間はない。

 まず土の騎士たちは森から出てきている。全体の総数は不明で、まだ中にも大量にいると考えていたほうがいい。
 一方で俺たちのいる場所は平原。大きな岩の陰だ。ここから先、ほかに隠れるような場所ない。あのときのカルミナの力のように土の中でも進まない限り見つかってしまう。あの数を相手にするのは無理だ。なんとか――


「ツカサ様! あれ見てください! 違う色の土の騎士が出てきました!」


 アリシアの言葉に俺は岩の陰から顔を出して土の騎士たちを確認する。


 ……たしかに色違いがいるな。でも最初に見た白銀の奴じゃない。もう少し鈍い色をしてる。白銀というよりは鉄だろうか?


 鉄の騎士の数は多くはないようだ。観察していると鉄の騎士は土の騎士たちのリーダー的な役割を持っているようで、いくつかのグループに分かれていくようすが窺えた。


「小隊を作ってるのか……奥からはまだ出てきてる。もしかすると、この辺りまで騎士に埋め尽くされる?」

「その可能性はありそうですね。やっぱり一度下がりますか?」

「できれば下がりたくない。せめて拠点の正確な位置ぐらいは掴んでおきたいけど……」


 話しているうちに騎士たちの動きが変化していく。多数の小隊を組んだ騎士たちが様々な方向へと歩きはじめたのだ。

 四方八方へと動き出した騎士たちは俺たちの方へも向かってきている。このままここにいれば見つかるのは確実だろう。

 心の中には強烈に下がりたくないという思いがある。しかし、いくら考えても打開策は思いつかない。


「ツカサ様! これ以上はここにいたら見つかっちゃいます!」

「……わかった。下がろう」


 二人で後退していく。最近は無理をしているうえに寝不足もあり、頭痛が酷い。判断が遅くなったのもそのせいだろう。今思えば、見た瞬間に撤退しててもおかしくない状況だったはずだ。

 戻る場所はシュセットがいるところであり、そこは何もないただの平原だ。シュセットだけならいざというときに逃げやすいと思って平原に待機してもらっていた。そのはずだったのだが……


「……アリシア。俺たち、場所間違えてないよね?」

「はい、そのはずです。ほぼ真っすぐのはずなので間違えてないと思います。でも……あんなの無かったですよね?」


 二人で平原を走り、半日かけてシュセットがいるであろう場所に戻ってきていた。しかし、そこにシュセットの姿はなく、代わりに見覚えのないテントがいくつか建てられている。

 シュセットは頭がいい。近くにいるとは思う。呼べば来るだろうが、あのテントを調べてからでないと危険に巻き込む可能性がある。

 騎士たちの歩みは遅いので当分は問題ないだろう。それにここまで来るかもわからない。今は突然張られたテントのほうが気になるところだ。


「テントの数は五つ。人影は見当たりません。テント自体はどこにでもある標準的なものなので、そこから敵味方の判断は難しいですね。もっと数が多ければわかりやすかったんですど」


 そうなのだ。アリシアの言うとおり、数が多ければ援軍だとわかりやすかった。けれどテントの数は少ない。そのため魔族が魔王のもとへ移動しているところなのか、先行してきた援軍なのか判断がつかなかった。

 背の高い草に身を隠しながらテントのようすを窺う。目を見ることができれば魔族かどうかの判断も出来る。ただ、出来れば味方であってほしいところだ。


「あれ?」


 俺とは違うテントを監視していたアリシアが何かに気づいたようだった。そちらのほうへ視線を動かしながら問いかける。


「何かあった?」

「あそこです。今さっきテントから出てきた人なんですけど……サングリエ師団長に似てません?」


 そう言われ、思わず注視する。

 アリシアが言うサングリエ師団長とは、はじめて魔族と戦ったときに世話になったエランのことだ。

 よく観察してみると、赤い髪という特徴は同じである。しかし、俺が見たときには後ろを向いてしまったので顔はわからない。外に出てきたの訓練のためなのか、素振りをはじめている。その素振りは独特だ。剣を肩に担ぎ、その体勢から大きく踏み込んで振り下ろしている。それは、とても見覚えのある動作だった。


「アリシアの言うとおり、たぶんエランだと思う。行ってみようと思うんだけど、いいかな?」

「はい、行ってみましょう!」


 立ち上がり、わざと音を立てながら歩いていく。当然すぐに気づかれ、懐かしい顔が見えるようになる。


「誰だ! ……ってツカサ!? それとアリシアさんもいるってことは、どうやら俺たちは間に合ったようだな」

「久しぶり。間に合ったってことは援軍ってことでいいんだよね?」

「もちろんだ。それにこれだけじゃねぇぜ。俺たちは先行の偵察部隊だ。あとからまだくる。楽しみにしときな」

「お久しぶりですサングリエ師団長。話の途中ですみません。シュセットちゃん……とても大きい馬がこの辺りにいなかったでしょうか?」

「おう、いたぜ。確証はなかったが、やっぱりおまえらの馬だったか。こっちだ。ついてきな」


 そう言って歩き出したエランは俺たちを少し離れたテントの裏へと案内した。シュセットはそのテント裏で座り、寝ているように見える。リラックスしているようだ。


「シュセットちゃんが座って寝るなんて珍しいですね」

「そうだね。よっぽど疲れてるときじゃないと座らないのに。でも、今は疲れてるっていうより安心してるみたいだ」

「安心してるんじゃねぇか? この場所は一度はぐれの魔物に襲われてるんだが、俺たちが蹴散らしたからな。安全だと思ってるのかもしれねぇぞ」


 この場所は平原である以上、テントがあれば目立つ。そのせいで魔物に襲われたのだろう。とはいえ襲われたにしてはテントや周辺も綺麗なままだ。エランが強いのは知ってはいるが、防衛に向くタイプではない。エランのほかにも強い人が来ているということだろうか。


「サングリエ師団長の部隊は強いのですね! シュセットちゃんを守ってくれてありがとうございます!」

「おう! でも、俺の部隊じゃないぞ。この偵察部隊を引きてるのは軍団長だ。まぁ、これだけ小人数だから間違えるのも無理はないけどな」

「そうだったんだ。エラン、悪いんだけど軍団長のところへの案内を頼んでもいい? 挨拶しとかないと」

「それは必要なさそうだぜ。二人とも、後ろ見てみな」


 その言葉に俺たちはそろって後ろを振り返る。すると、そこには体格がよく、見た目からして真面目そうな男の人が歩いて来ていた。


 見覚えがある。あの人はもしかして……


「ツカサ君、アリシアさん、久しぶりだね。こんな状況だが、元気そうでよかった。私のことは覚えてくれているだろうか?」

「セリューズさん!」


 俺とアリシアの声が同時に響く。
 エランの言っていた軍団長とは、かつて世話になったデメル村の村長兼、軍団長のセリューズさんであった。


「ありがとう。覚えていてくれたようだね。……さて、早速だが、ツカサ君たちには聞きたことが山ほどある。我々は大まかな状況しか把握していない。だが、時間が限られているのはあの天変地異で分かっている。簡単でいい。教えてもらえないだろうか?」

「もちろんです。お話しします」

「感謝する。では場所を移そう。エラン師団長は各部署に連絡が済み次第同席してくれ」

「任せといてくだせぇ兄貴!」


 ……兄貴?


 二人の関係も気になるが、今は考えないようにする。アリシアと二人でセリューズさんの後に続いて歩き、テントの中へと入っていく。しばらくしてエランが席に着くと、俺たちは今までのことを説明していくのであった。
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