上 下
3 / 27

(3)国王陛下

しおりを挟む
ルーチェは襟を正しある御方を待っていた。到着予定の15分前、その方は3名の近衛兵と共にいらっしゃった。

「国王陛下、ご無沙汰しております」
普段は全身を最高級品と呼ばれる衣服にて覆われているが、この見学に際しては我々と同じく作業着に身を包まれる。お召し物を汚したくないという理由ではなく、我々と同じ目線に立って見学をされたいという粋な計らいからだ。

というのは対外的な理由付け。それが優しさからくるわけではないことを、ルーチェは理解していた。こういった庶民の格好をすることで下の者にも寄り沿う事の出来る国王だと周りに思わせる事が目的だ。まさに政治の一環である。

「うん、ルーチェよ。久しいな。元気でやっておるか」
「はい、お陰様で。陛下も変わらずご健勝のようで何よりでございます」

カラブモンテ王国・第8代国王、兼スプレンドーレ城・城主 ファブリッゾ・フリゾーニ

今年72歳を迎えられた。彼の才覚は多岐に渡る。しかし、最も優れていることは何かと問われれば恐らく、城内の人間の殆どが【味覚】と答えるだろう。この才覚は我々にとっては非常に心強いものだった。なにせ、陛下が売れると判断したら、まず間違いなく国を問わず広く受け入れられるのだ。逆に陛下が売れないと判断すれば、それら一切は市場ではなく養豚場の餌場へと運ばれた。

こうする事でカラブモンテ王国の食品は全て完璧と、他国へとアピールしていたのだ。しかし、あまりの判断基準の厳しさから、自信を無くし自らこの地を去った食部門関係の責任者は後を絶たなかった。我々の属するワイン部門に至っても例外ではない。実際、今でこそ国の財源と重宝される存在となったが、10年前まではその殆どが市場に出回ることなく下級兵の晩酌か料理酒行きだった。

そんな状況を一変させたのが、当時まだ17歳のイラリア様だった。当初は平民出身の小娘の意見など誰が聞くかと、相手にもされていなかった。しかし、彼女は提案をし続けた。その提案の一つにあった熟成させる樽の大きさを変えるというアイディアが、当時のワイン部門責任者の目に留まり、採用となった。そんなことで何が変わるものかと思われていたが、実際に完成されたワインを飲んで部門の全員が自らの舌を疑った。

『美味い』。今までの雑味はなりを潜め、代わりに口いっぱいに旨味が広がったのだ。事実国王からのお墨付きも出たことで、イラリア様の意見は多く採用れるようになっていった。何故、これ程までに美味くなったのか?
そう問われたイラリア様は、ご自身の研究成果である分厚い紙の束を我々の前に持ってこられた。その資料を読んだ者たちは一様に驚愕した。理解できなかったのだ。中には、貴族の系譜で上等教育を学んできたものもいたが彼らをもってしても、その紙に書いてある理論式が何を示しているのかが不明だった。その資料を読んでも、我々では理解できない事を悟ると言葉をかみ砕いて説明をされた。そこでようやく我々は理解を得ることが出来たのだ。この時、俺は思わず神に願った。

どうか、一生この方の御側でワインを作らせて下さいと。


「そういえばな、小耳に挟んだのだがイラリアの奴ここを去ったらしいな」
「はい。我々に取っても晴天の霹靂でした」
「そうか。それ自体は構わないが大丈夫なのだろうな、ワイン作りは?お前さんなら分かっていると思うが、この国の大きな財源だ。失敗など決して許されぬからな」
お年を召されても流石一国の王だ。圧が洒落になってない。
失敗した未来の自分は、一体どうなるというのであろうか。

「え、ええ心得ております。今年も昨年同様以上の品質をお作りしたく思います」
思います、か。この状況ではこう言うしかなかったが、本当ならばお約束します。と、言い切りたかった。しかし、先ほどのクーラとのやり取りでその望みは薄いと感じずにはいられなかった。クソっ!こんな時にイラリア様がいらっしゃればと、どうしても頭をよぎってしまう。

「ならばよい。では、畑へと向かうか」
「お、お待ちください。陛下。直ぐに統括責任者であるクーラ様がお見えになります故」
じろっと、ルーチェを見据える国王。
「お前さんは儂が今、何故ここに来たのかわかっとらんのか?」

ルーチェは思わずたじろぐ。
「食べに来たんじゃよ。ブドウをな。それを食せば、ワインになった時のおおよその味の検討は付く。分かったかなら行くぞ」
先に進まれた国王の後をルーチェは追う。そして、味の薄いものから濃い物へと順に紹介していく。最後のブドウを食べ終えた時、終始無言だった国王は口を開いた。
「良いじゃろ、合格だ。今後もこれまでの様に管理に勤しめよ」
「ありがとう御座います」
そうはいっても悩みは尽きない。イラリア様が去ってからまだ3日だ。あれから今日まで、運よく同じような天気が続いたから管理が容易だっただけだ。これから、どんな天候が襲ってくるかなど予想できるはずもないのだ。
これでもし次回の国王の審査で不合格を言い渡されでもすればどうなるというのか。不安は尽きなかった。

「時にルーチェよ。実は、昨日緊急で決まったことなのだが、儂は4日後に城を発つことになった」
「はあ、左様でございますか」
「帰りは来年の、恐らくは春頃になるじゃろう」
「え?!それでは次回のご見学はどうなされるのですか」
「無理に決まっておろう。今日が今年最後の審査だ。恐らく帰ってくる頃にはワインも完成されているだろう。だから、、、絶対に儂を失望させるなよ」
ここ一番で見せられた凄味にルーチェは後退する。

嘘だろ。工程の途中なら、最悪の場合、修正は効くかもしれない。しかし、完成までとなれば話は別だ。国王が完成品を呑まれた瞬間、もしも不評だったらどうなる?汗が止まらない。

「どうした?顔色が悪いぞ。まあ、そういう訳だ。後は任せたぞ」
立ち去る国王の背中が、死へのカウントダウンに感じられルーチェは戦慄した。

「国王陛下!お探し致しましたわ。どうぞこちらへ。直ぐにご案内致しますわ」
声の主は、クーラだ。その姿は紫色を基調とした妖艶なドレス姿。足元はガラスの靴。思わず頭を抱えた。もうどうにでもなれ。クーラが不敬罪に問われようがこの場で何をされようが、知ったことではない。しかし、クーラを見た国王の反応は予想とは大分異なるものだった。

「誰じゃ?お前さん」

そんな言葉を放り投げ、止まることもなく歩み続ける国王。その言葉を投げつけられたクーラは、顔面蒼白となったまま、その場で立ち尽くすことしか出来なかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,769pt お気に入り:1,658

うちの悪役令嬢(お姉様)ってかわいいですよね、わかります。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:43

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7,831pt お気に入り:3,022

この結婚、ケリつけさせて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,874pt お気に入り:2,909

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,665pt お気に入り:1,218

処理中です...