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後編
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今、一体、なにが起こったのか。
ぼんやりしながら帰り道を歩く。
え、日向が俺のこと好き?
いや、そんな訳ないだろ。あの日向だぞ。
でも、
『ねえ、好きになってよ』
日向の言葉を姿を思い出す。
仲崎さんに告白された時のような高揚感はない。
ただ、心がじんわり熱くなっている。
「ただいま……」
玄関の扉を開けるとそこには母さんが立っていた、
「おかえり。どうしたの、元気ないけどなんかあった?」
「いや、日向からびっくりすること言われて……」
「何? 日向ちゃんに告白された?」
「何で知って……!」
当たり前のように言われた正解に動揺しながら母さんを見る。母さんは何を今更と言う顔をする。
「日向ちゃんのあんたへの好意なんて小学生の時から気付いてるわよ。てか、気付いてなかったのあんたぐらいじゃないの?」
「マジかよ……」
「それで何でそんなことになったの?」
「いや、それが──」
俺は今までの経緯を母さんに話した。
話し終わると母さんは盛大にため息をついて頭を抱えた。
「……バカだバカだと思ってたけど、ここまでバカだとは」
「だって、日向が俺のことを好きだなんて知らなかったし……」
「毎年、日向ちゃんからのバレンタインチョコ食べておきながら……」
「は? そんなのもらって……」
「あんたが毎年食べてた私からのバレンタインチョコは全部日向ちゃんが作ったものよ」
「あれ、母さんからのチョコじゃなかったのか!?」
「何で私があんたに手作りチョコなんてあげるのよ。小学生の時、日向ちゃんが「こんなチョコ、大星にあげられない」って家の前でしょんぼりしてたから「じゃあ、おばちゃんにちょうだい」ってもらったのよ。それから、ずっとあんたに横流ししてたの」
「えー、だって、すげーうまかったし……」
「そうそう、その時のおいしそうな顔、こっそり携帯で撮って日向ちゃんに送ってるから」
「なに隠し撮りしてんだよ! てか、いつの間に日向の携帯知ってんだよ!」
「友達だもの。あんたの写真なんか大量に送ってるわよ」
「俺のプライバシーは!」
「そんなものあんたにはないって言ったでしょうが!」
なんてことだ。またその言葉を聞くとは思わなかった。
と言うか、情報量が多すぎて色々と付いていけない。なんだよ、じゃあ、俺は毎年、日向からもらったチョコを食べて喜んでたってことか。
そう言えば、最初にもらったチョコはちょっと形がぶさいくだった気はするが、それでもおいしかったし。
それからはどんどんと見た目もおいしそうになって、今年もらったやつなんてプロ顔負けだったぞ。
混乱する俺を置いて母さんは続ける。
「日向ちゃんがどんな気持ちであんたの隣にいたと思ってるの。言っとくけど高校だって、あんたがやけに偏差値高いとこ選ぶから、あの子、合格するためにめちゃくちゃ勉強したんだからね。私は日向ちゃんの恋を応援してるけど、強制はしない。でもね、大切なものは大切だってちゃんと言わないと失ってからじゃ遅いのよ。あんたは日向ちゃんが自分の隣にいなくてもいいの?」
日向が俺の隣からいなくなる?
想像する。
からっぽの左隣。
日向がいない日常。
そんなの──やだよ。
走りだす。
「頑張れ、バカ息子」
後ろから母さんの背中を押す声がした。
隣の日向の家に行くと日向のお母さんが出てきて、少し困った顔で日向がまだ帰っていないことを教えてくれた。
とっくに帰っていると思った俺は動揺する。
どこ行ったんだよ……。
心配しながら考える。
こんな時に日向が行きそうなところ──あ。
「日向、迎えに行ってきます!」
そう言うと思い浮かんだ場所に向かって全速力で駈けだした。
近所の児童公園。
ブランコや鉄棒がある小さな公園。
ドーム型の遊具。俺は乱れる息を整えながら、そっと中をのぞき込む。
「何してるんだよ、日向……」
中には膝を抱えて泣いている日向がいた。
昔からそうだ。悲しい時、日向はいつもこの中で泣いていた。
「……大星こそ、何しに来たのよ」
こちらを見ないまま日向の涙声が帰ってくる。
「謝りに来た」
「……そんなのいらないから、早く可愛い彼女のもとに行きなさいよ。私なんかに構ってる暇ないでしょ」
「ごめん、間違えた。告白しに来た」
「……は?」
日向の顔が上がる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔。俺はまっすぐにその顔を見つめる。
「俺、今まで全然分かってなかった。日向が隣にいること、当たり前だと思ってた。でも、そんなことなかった。日向が頑張って俺の隣にいてくれた」
「なんで……」
「勝手なこと言ってごめん。でも、俺、日向に隣にいて欲しい。これからもずっといっしょにいて欲しい」
「…………」
「好きだよ、日向」
「バカ大星……」
日向の目からポロポロと涙がこぼれ出す。
「うん、ごめん」
「もっとあやまれ……」
「ほんとごめん」
「もっと好きって言え……」
「うん、好きだよ」
「……っつ」
ドームの中に日向の泣き声が響く。
その音がやむ頃、小さく日向の「私も好き……」と言う言葉が聞こえた。
それから日向に「おんぶしろ」と言われ、日向をおんぶしながら帰り道を歩いた。
街灯が灯る道をゆっくりと歩く。
「初恋ぶり……」
「初恋ぶり?」
「大星、覚えてないの? 小学1年生の時もこうやって大星におんぶしてもらいながら家まで帰ったんだよ」
「そんなことしたか?」
全く覚えていない。
「したよ。ほら、夏のめちゃくちゃ暑い日にあの公園で友達と遊んでたら転んで足くじいてさ。みんなに心配かけるのが嫌で「大丈夫だよ」ってニコニコ笑ってたの。でも、1人になった後、やっぱり痛くて歩けなくて。今日と同じようにドームの遊具に入って泣いてたら、大星が見つけておんぶしてくれた」
「その時って俺、何㎝?」
「100㎝くらい。ちなみに私、120cm」
「おお、身長差……」
「そう、「私、大きいからいいよ」って言ってるのに「大きくても痛いだろうが。おれだって小さいけど男なんだからな。日向ぐらい背負って帰れる」って言って、一生懸命、私をおんぶしながら帰ってくれたの。びっしょり汗かきながら」
「へー、やるな、俺」
「次の日、全身筋肉痛で学校休んでた」
「かっこ悪いな、俺」
「うん、けどね、その時に大星のこと、好きになったんだ。あのね、その時から私の夢は大星より小さな女の子になることだったんだよ」
そう言って日向はぎゅっと俺に抱きついた。
心臓がどきりとはねる。
日向は思っていたより軽くて小さくて。今の俺は一生懸命にならなくても簡単におんぶすることが出来た。
お互いに大きくなったんだなと思った。
だんだんと俺たちの家が近付いてくる。
歩く速度はよりゆっくりになる。
もう少しこの時間が続けばいいのに。そう思ったから。
家の前では日向のお母さんと俺の母さんが並んで待っていて、満面の笑顔で親指を立てられた。
次の日、仲崎さんには放課後の校舎の裏で、「好きな人がいるから付き合えない」と伝えた。
仲崎さんは「それって日向ちゃん?」と返した。
俺は顔を赤くしながら「うん」って答えた。
仲崎さんは「やっぱりそうか」って笑った。
何と言うか、本当に気付いてなかったのって俺だけだったんだなと思った。
「少しだけ私にもチャンスあるかなって思ったんだけどダメだったか。でも、ま、いっか。日向ちゃんといる時の大星君、好きだし」
「日向といる時の俺?」
「あれ、気付いてないの。いつもすごく優しい目で日向ちゃんのこと見てるよ、大星君」
「え、」
「まあ、幸せになってよ。私も次の恋を見つけて幸せになるからさ」
そう言って仲崎さんは去って行った。
泣かれたらどうしようとか思っていた俺の心配は全くいらなかったようだ。
仲崎さん、強い……。
その背中を見送ると俺は美術室へと向かった。
中に入るとこちらに背中を向けて日向が1人で絵を描いていた。
「お待たせ」
後ろから肩を叩くと勢いよくこちらを向く。
その表情に俺は吹き出した。
「なんて顔してんだ、お前は」
叱られた大型犬のような「しょんぼり」と言う擬音が聞こえそうな顔を日向はしていた。
「だって、大星、遅いし。もしかして心変わりしたかもって」
「昨日の今日でなんでそんなことになるんだよ」
「一晩寝て忘れたかなって」
「いや、俺はどれだけ残念な生き物なんだ」
「だって……」
しょんぼりが治らない日向の頭を撫でる。
「安心しろよ。ちゃんと「好きな人がいる」って伝えてきたから」
赤くなる日向の頬。
「うん……」
それから、嬉しそうに笑った。
俺は何だか照れくさくなって、ごまかすように日向の前のキャンバスを見た。
「お、やっと下書き終わったのか」
「未完」の一部が油絵の具で色付いていた。
「うん、もう描き始めてもいいかなって」
「へー、どんな絵が出来るんだろうな」
「んー、幸せな絵にしたいなと思ってるんだけどね。さて、今日はこれくらいにして片付けて帰ろうか」
日向が立ち上がるので絵の具がついた木のパレットを受け取る。
「手伝うよ。あ、そうだ。あと、俺、お前に言いたいことがあったんだけど」
「なに?」
日向は筆の絵の具を布で拭き取るとブラシクリーナーを手に取る。
「来年のバレンタインは母さんじゃなくて俺に直接渡せよ」
「!?」
日向がクリーナの容器を落とす。
「危なっ」
床に落ちる前に慌ててキャッチする。そのまま日向を見ると顔を赤くしてわなわなと震えていた。
「何で知ってるの!? あ、ゆかりん、ゆかりんがバラしたんでしょ!」
「お前、母さんのこと、ゆかりんって呼んでんのか!」
「だって友達だもん! ズッ友だもん!」
「ズッ友って言うな! いつの間にそんなことになってんだよ! あ、そうだ、俺の写真もこっそりもらってただろ、消せ!」
「やだ、絶対消さない! 私の大星フォルダーに大切に入ってるもん!」
「大星フォルダー!?」
騒がしいいつもの日常。でも、少しだけいつもと違う日常。
イーゼルにのせられた絵の中。2つ並んだ花はどちらも綺麗に花開いていた
ぼんやりしながら帰り道を歩く。
え、日向が俺のこと好き?
いや、そんな訳ないだろ。あの日向だぞ。
でも、
『ねえ、好きになってよ』
日向の言葉を姿を思い出す。
仲崎さんに告白された時のような高揚感はない。
ただ、心がじんわり熱くなっている。
「ただいま……」
玄関の扉を開けるとそこには母さんが立っていた、
「おかえり。どうしたの、元気ないけどなんかあった?」
「いや、日向からびっくりすること言われて……」
「何? 日向ちゃんに告白された?」
「何で知って……!」
当たり前のように言われた正解に動揺しながら母さんを見る。母さんは何を今更と言う顔をする。
「日向ちゃんのあんたへの好意なんて小学生の時から気付いてるわよ。てか、気付いてなかったのあんたぐらいじゃないの?」
「マジかよ……」
「それで何でそんなことになったの?」
「いや、それが──」
俺は今までの経緯を母さんに話した。
話し終わると母さんは盛大にため息をついて頭を抱えた。
「……バカだバカだと思ってたけど、ここまでバカだとは」
「だって、日向が俺のことを好きだなんて知らなかったし……」
「毎年、日向ちゃんからのバレンタインチョコ食べておきながら……」
「は? そんなのもらって……」
「あんたが毎年食べてた私からのバレンタインチョコは全部日向ちゃんが作ったものよ」
「あれ、母さんからのチョコじゃなかったのか!?」
「何で私があんたに手作りチョコなんてあげるのよ。小学生の時、日向ちゃんが「こんなチョコ、大星にあげられない」って家の前でしょんぼりしてたから「じゃあ、おばちゃんにちょうだい」ってもらったのよ。それから、ずっとあんたに横流ししてたの」
「えー、だって、すげーうまかったし……」
「そうそう、その時のおいしそうな顔、こっそり携帯で撮って日向ちゃんに送ってるから」
「なに隠し撮りしてんだよ! てか、いつの間に日向の携帯知ってんだよ!」
「友達だもの。あんたの写真なんか大量に送ってるわよ」
「俺のプライバシーは!」
「そんなものあんたにはないって言ったでしょうが!」
なんてことだ。またその言葉を聞くとは思わなかった。
と言うか、情報量が多すぎて色々と付いていけない。なんだよ、じゃあ、俺は毎年、日向からもらったチョコを食べて喜んでたってことか。
そう言えば、最初にもらったチョコはちょっと形がぶさいくだった気はするが、それでもおいしかったし。
それからはどんどんと見た目もおいしそうになって、今年もらったやつなんてプロ顔負けだったぞ。
混乱する俺を置いて母さんは続ける。
「日向ちゃんがどんな気持ちであんたの隣にいたと思ってるの。言っとくけど高校だって、あんたがやけに偏差値高いとこ選ぶから、あの子、合格するためにめちゃくちゃ勉強したんだからね。私は日向ちゃんの恋を応援してるけど、強制はしない。でもね、大切なものは大切だってちゃんと言わないと失ってからじゃ遅いのよ。あんたは日向ちゃんが自分の隣にいなくてもいいの?」
日向が俺の隣からいなくなる?
想像する。
からっぽの左隣。
日向がいない日常。
そんなの──やだよ。
走りだす。
「頑張れ、バカ息子」
後ろから母さんの背中を押す声がした。
隣の日向の家に行くと日向のお母さんが出てきて、少し困った顔で日向がまだ帰っていないことを教えてくれた。
とっくに帰っていると思った俺は動揺する。
どこ行ったんだよ……。
心配しながら考える。
こんな時に日向が行きそうなところ──あ。
「日向、迎えに行ってきます!」
そう言うと思い浮かんだ場所に向かって全速力で駈けだした。
近所の児童公園。
ブランコや鉄棒がある小さな公園。
ドーム型の遊具。俺は乱れる息を整えながら、そっと中をのぞき込む。
「何してるんだよ、日向……」
中には膝を抱えて泣いている日向がいた。
昔からそうだ。悲しい時、日向はいつもこの中で泣いていた。
「……大星こそ、何しに来たのよ」
こちらを見ないまま日向の涙声が帰ってくる。
「謝りに来た」
「……そんなのいらないから、早く可愛い彼女のもとに行きなさいよ。私なんかに構ってる暇ないでしょ」
「ごめん、間違えた。告白しに来た」
「……は?」
日向の顔が上がる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔。俺はまっすぐにその顔を見つめる。
「俺、今まで全然分かってなかった。日向が隣にいること、当たり前だと思ってた。でも、そんなことなかった。日向が頑張って俺の隣にいてくれた」
「なんで……」
「勝手なこと言ってごめん。でも、俺、日向に隣にいて欲しい。これからもずっといっしょにいて欲しい」
「…………」
「好きだよ、日向」
「バカ大星……」
日向の目からポロポロと涙がこぼれ出す。
「うん、ごめん」
「もっとあやまれ……」
「ほんとごめん」
「もっと好きって言え……」
「うん、好きだよ」
「……っつ」
ドームの中に日向の泣き声が響く。
その音がやむ頃、小さく日向の「私も好き……」と言う言葉が聞こえた。
それから日向に「おんぶしろ」と言われ、日向をおんぶしながら帰り道を歩いた。
街灯が灯る道をゆっくりと歩く。
「初恋ぶり……」
「初恋ぶり?」
「大星、覚えてないの? 小学1年生の時もこうやって大星におんぶしてもらいながら家まで帰ったんだよ」
「そんなことしたか?」
全く覚えていない。
「したよ。ほら、夏のめちゃくちゃ暑い日にあの公園で友達と遊んでたら転んで足くじいてさ。みんなに心配かけるのが嫌で「大丈夫だよ」ってニコニコ笑ってたの。でも、1人になった後、やっぱり痛くて歩けなくて。今日と同じようにドームの遊具に入って泣いてたら、大星が見つけておんぶしてくれた」
「その時って俺、何㎝?」
「100㎝くらい。ちなみに私、120cm」
「おお、身長差……」
「そう、「私、大きいからいいよ」って言ってるのに「大きくても痛いだろうが。おれだって小さいけど男なんだからな。日向ぐらい背負って帰れる」って言って、一生懸命、私をおんぶしながら帰ってくれたの。びっしょり汗かきながら」
「へー、やるな、俺」
「次の日、全身筋肉痛で学校休んでた」
「かっこ悪いな、俺」
「うん、けどね、その時に大星のこと、好きになったんだ。あのね、その時から私の夢は大星より小さな女の子になることだったんだよ」
そう言って日向はぎゅっと俺に抱きついた。
心臓がどきりとはねる。
日向は思っていたより軽くて小さくて。今の俺は一生懸命にならなくても簡単におんぶすることが出来た。
お互いに大きくなったんだなと思った。
だんだんと俺たちの家が近付いてくる。
歩く速度はよりゆっくりになる。
もう少しこの時間が続けばいいのに。そう思ったから。
家の前では日向のお母さんと俺の母さんが並んで待っていて、満面の笑顔で親指を立てられた。
次の日、仲崎さんには放課後の校舎の裏で、「好きな人がいるから付き合えない」と伝えた。
仲崎さんは「それって日向ちゃん?」と返した。
俺は顔を赤くしながら「うん」って答えた。
仲崎さんは「やっぱりそうか」って笑った。
何と言うか、本当に気付いてなかったのって俺だけだったんだなと思った。
「少しだけ私にもチャンスあるかなって思ったんだけどダメだったか。でも、ま、いっか。日向ちゃんといる時の大星君、好きだし」
「日向といる時の俺?」
「あれ、気付いてないの。いつもすごく優しい目で日向ちゃんのこと見てるよ、大星君」
「え、」
「まあ、幸せになってよ。私も次の恋を見つけて幸せになるからさ」
そう言って仲崎さんは去って行った。
泣かれたらどうしようとか思っていた俺の心配は全くいらなかったようだ。
仲崎さん、強い……。
その背中を見送ると俺は美術室へと向かった。
中に入るとこちらに背中を向けて日向が1人で絵を描いていた。
「お待たせ」
後ろから肩を叩くと勢いよくこちらを向く。
その表情に俺は吹き出した。
「なんて顔してんだ、お前は」
叱られた大型犬のような「しょんぼり」と言う擬音が聞こえそうな顔を日向はしていた。
「だって、大星、遅いし。もしかして心変わりしたかもって」
「昨日の今日でなんでそんなことになるんだよ」
「一晩寝て忘れたかなって」
「いや、俺はどれだけ残念な生き物なんだ」
「だって……」
しょんぼりが治らない日向の頭を撫でる。
「安心しろよ。ちゃんと「好きな人がいる」って伝えてきたから」
赤くなる日向の頬。
「うん……」
それから、嬉しそうに笑った。
俺は何だか照れくさくなって、ごまかすように日向の前のキャンバスを見た。
「お、やっと下書き終わったのか」
「未完」の一部が油絵の具で色付いていた。
「うん、もう描き始めてもいいかなって」
「へー、どんな絵が出来るんだろうな」
「んー、幸せな絵にしたいなと思ってるんだけどね。さて、今日はこれくらいにして片付けて帰ろうか」
日向が立ち上がるので絵の具がついた木のパレットを受け取る。
「手伝うよ。あ、そうだ。あと、俺、お前に言いたいことがあったんだけど」
「なに?」
日向は筆の絵の具を布で拭き取るとブラシクリーナーを手に取る。
「来年のバレンタインは母さんじゃなくて俺に直接渡せよ」
「!?」
日向がクリーナの容器を落とす。
「危なっ」
床に落ちる前に慌ててキャッチする。そのまま日向を見ると顔を赤くしてわなわなと震えていた。
「何で知ってるの!? あ、ゆかりん、ゆかりんがバラしたんでしょ!」
「お前、母さんのこと、ゆかりんって呼んでんのか!」
「だって友達だもん! ズッ友だもん!」
「ズッ友って言うな! いつの間にそんなことになってんだよ! あ、そうだ、俺の写真もこっそりもらってただろ、消せ!」
「やだ、絶対消さない! 私の大星フォルダーに大切に入ってるもん!」
「大星フォルダー!?」
騒がしいいつもの日常。でも、少しだけいつもと違う日常。
イーゼルにのせられた絵の中。2つ並んだ花はどちらも綺麗に花開いていた
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