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第53話 合否

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「切り札……ですか?」
「そうだ」

 ニカッと笑うハインリッヒ。
 先ほどの割れた皿を元に戻した修復魔法の効力を考えるに、ハインリッヒがイリーシャに何を求めているのか、それはなんとなく理解できた。

「あの子にも、次元亀裂の修復に協力をさせる――と?」
「現状、修復にはギデオンとヴェロニカのふたりに頼り切りとなっている。何せ、普通の人間には扱いづらい代物でな。長命で頑丈な竜人やらエルフでないと習得は難しいとされているんだ」
「なるほど……そういった事情が……」
 
 竜人やエルフといった、いわゆる異種族――彼らは普段こそ人間側と接点を持たないようにしているが、今は非常事態ということもあり、ラドム王国を中心にして各種族へコンタクトを取っているところらしい。

 だが、進捗状況は順調とは程遠い。
 なので、ギデオンとヴェロニカは、数少ない貴重な協力者であった。

「それで前線からなかなか戻って来られない、と」
「あいつらがいなくなったら、もう亀裂の広がりを止めることはできないからな。今だってなんとか食い止めるだけで精一杯だというのに」

 そう語るハインリッヒの表情は、先ほどまでとは違いどこか冴えない。あのふたりに頼り切りとなっている現状が歯がゆいのだろう。

「どんな凶悪なバケモノが相手でも、戦えと言われれば俺は戦うし、必ず勝つ。……だが、あればっかりはどうすることもできねぇ」
「ハインリッヒさん……」
「だが、そこにイリーシャが加われば、あいつらの負担軽減にもなるし、何よりおまえたちの旅の最終目標である両親に会わせるという願いも叶えられる」

 確かにそれは魅力的な提案であった。
 ドミニクはすでにイリーシャの戦闘面での実力は把握している。それを教えれば、ハインリッヒは喜んでさらにイリーシャ入団へ熱を入れるだろう。

 だが、ドミニクには葛藤があった。

「…………」

 シエナやエニスと楽しそうに食後のケーキを口にしているイリーシャ。
 そのあどけない表情を見ていると、命の危険が伴う最前線に送り出すのは気が引けた。
 しかし、それができる人材がないというのも深刻な問題だ。

「!」

 ふと、イリーシャと視線が合う。
 イリーシャはドミニクが自分に用事があると思ったらしく、スプーンを置くとドミニクの方へと歩み寄る。

「どうかした、ドミニク」
「あ、いや……」

 ドミニクが答えあぐねていると、

「イリーシャよ。さっきの力を使ってパパとママを助けるんじゃ」
「! エヴァさん!?」

 思わず叫ぶドミニク。
 エヴァの姿が見えていないハインリッヒは、「どうした?」と不思議そうにドミニクの顔を覗き込んでいた。

「私の力が……」
「で、でもな、イリーシャ、そこはとても危険な――」

 言いかけて、ドミニクは二の句を呑み込んだ。
 これまでに見たことがない、イリーシャの強い決意がにじむ瞳。

「ドミニク、私……パパとママの力になりたい」
「イリーシャ……」
「おぉ! そう言ってくれるか!」

 ハインリッヒは嬉しそうにしているが、ドミニクとしては複雑な心境だった。
 しかし、ずっと会いたかった両親が目前に迫り、しかも自分の持つ力が両親の役に立てるとわかったら、きっと誰だってそう言うだろうとも思った。

 結局、ドミニクはイリーシャの願いを聞き入れることにした。



 その後、具体的な今後の行動について話し合われた。
 まず、騎士団と行動を共にすることとなったドミニクとイリーシャは、ラドム王国の王都へ到着次第、正式な手続きを持って入団を完了する。
 その後、他の部隊のメンバーと合流し、ギデオンとヴェロニカが亀裂の修復作業をしている最前線へ向けて出発――と、ここまでの段取りは問題ない。

 気になっているのはアンジェ、シエナ、エニスの三人について。

「彼女たちは王都で待機してもらう」

 当然の配慮だ。
 しかし、ハインリッヒの言葉に三人は納得していなかった。

「私たちもその現場へ向かいます」
「無茶を言うな。さすがにそれは叶いきれん」
「でしたら、すぐ近くまででいいので同行させてください」
「俺からもお願いします」
「うぅむ……」

 ドミニクとアンジェは必死に何度も頭を下げて願い出る。
 その根気に、ハインリッヒは負けた。

「分かった。すぐ近くまでだからな」
「! はい! ありがとうございます!」

 こうして、アンジェたちも旅に同行することが決定したのだった。

  ◇◇◇

 翌朝。

「もう行ってしまわれるのですね……」

 ラドム王都へ向けて発つドミニクたちを見送りに来たカタリナは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「大丈夫。パパとママに会えたら、一緒にまた遊びに来る」
「! ぜ、絶対ですわよ!」

 カタリナとイリーシャは固い握手を交わした。
 一方、大人組は泣かないまでも一時の別れに寂しさを感じているようだった。

「道中、気をつけてな」
「何から何まで、本当にお世話になりました」
「何を言う。それを言うならこちらも同じだ。君にはカタリナが本当に世話になった。心から感謝している」
「ドミニク様のおかげで、カタリナ様はこれまで以上に元気になりました」

 イザベラが嬉しそうに報告してくれた。
 以前のカタリナを知らないドミニクやアンジェだが、少なくともかつて病弱だった少女とは思えないほど、今はパワフルだ。

「どうか、お元気で」
「ありがとうございます」

 ドミニクたちはカルネイロ家の人々に別れの挨拶を済ませると、ランドが引く荷台に乗り込んで王都を目指した。



 ラドム王国の王都は馬車で一時間ほど移動した先にあった。

「うおっ!? こりゃ凄い!?」

 冒険者パーティーの銀狐を訪ねて訪れたゼオ地方の大都市コルドーも活気があって凄かったが、さすがに大国の王都となるとスケールが違う。

「あの大きな川は運河になっているのか……おぉ! あんなに大きな船が何隻も停泊しているなんて!?」
「あれは海につながっているからな。重要な交易路だよ」
「ほぉ……」

 道中、当人の強い要望により、ドミニクたちの馬車に乗ることとなったハインリッヒが、王都の情報をいろいろと教えてくれた。

 そこからさらに進むと、ゴルトーと同じく検問所が出現。
 だが、ここはもう立派に騎士団のメンバーとして名を連ねるようになっただけあり、ほとんど審査なく通れた。それほど、五剣聖のハインリッヒは信頼を置かれている人物ということになる。

「さて、まずは騎士団長に挨拶へ行かないとな」

 ランドを騎士団が管理している厩舎に預けたドミニクたちは、いよいよラドム王国の騎士団長と面会する運びとなった。

 騎士団長の名はヴィンクラーと言い、歴代騎士団長の中でも上位に来る実力者であるとされている。そのため、あれだけ明るかったハインリッヒも、騎士団長室へ入る時は妙に緊張した面持ちであった。

 王都の中央にたたずむ、ラドム国王の居城。
 その西側に、騎士団の本部はあった。
 赤い絨毯の敷かれた廊下は、先の方が霞むほど長く、ハインリッヒ曰く、その先にある部屋に騎士団長のヴィンクラーが待ち構えているらしい。

 入団審査の結果は昨日のうちに使い魔を通して送っているとのことなので、ヴィンクラーとしても新入りの顔がどんな者なのか、興味深げに待っているだろうとハインリッヒはドミニクたちへ告げた。

 やがてたどり着いた一室。
 荘厳な扉の先に、目的の人物はいた。

「戻ったか、ハインリッヒ」
「はっ!」

 姿勢よく敬礼するハインリッヒ。
 その視線の先にいたのは初老の男性だった。

 この人物こそ、多くの騎士たちをまとめあげる騎士団長――ヴィンクラーである。




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