上 下
18 / 111
第一章 はじまり

悪役令嬢、立ち上がる 2

しおりを挟む
 自室の扉を閉めると、デスクに向かう。

 あれ、筆記用具はどこに閉まったかしら? あ、アニーが引き出しに戻してくれたのね。

 よし、ここは前世の記憶を頼りに改善策について考えてみよう。
 あーでもない、こーでもないと考えながらも意見が纏まってきたところで
コンコンッと扉を叩く音と、アニーの声が聞こえた。

「お嬢様、失礼致します。もうすぐ朝食のお時間になりますが」
「あ、はい!」

 ああ、もうそんな時間か。
 時計を確認すると確かに朝食の時間は過ぎている。
 私は立ち上がり扉を開けると、アニーと食堂まで向かった。

「遅くなりまして申し訳ございません」
「いや、今皆が揃ったところだ。じゃあ食事を始めよう」

 しばらく皆で食事を取り、食後のお茶が運ばれてきた。
 お茶を飲みながらふと思い出したかのようにお父様が口を開いた。

「そういえば、イザベル。今朝は食堂に来る時間が遅かったが何かあったのか」
「あ。ええと、今朝は少し考え事をしておりました」
「考え事? どんな事だい」

 あ、これは先程考えていたことを提案するチャンスかも知れない。

「お父様、私孤児院で働いて気付いたのです。この国で暮らす子供達の環境はまだまだ不十分だと」
「ほう」
「子供達は将来国を支える大切な存在です。それにも関わらずこの国では、子共達を守り、育てる、という観点が抜けているように思えるのです」
「具体的に何が抜けていると思うのかな?」
「例えば、現在学園に入れる子はお金に余裕のある中流階級以上の家庭ですよね。同じ子供でも、下流階級の子には教育の機会すら与えられないのがこの国の現状です。教育を受けられなければ、自ずと将来の選択肢の幅は狭まるでしょう。……もし、その子達が適切な教育を受け、読み書きや計算が出来ていれば、手に職を持つ事が出来るかも知れません。今までまともな職に付けなかった子達が職に付き、安定した暮らしのもとで税を納めることが出来れば、領地の税収も増え、領民の生活も潤うでしょう。……そう考えると、貧富に関係なく、教育の場は等しく提供されるべきだと思うのです」

 お父様は目をまん丸にして驚いた様子だが、真剣に私の話を聞いてくれている。
 私の話が終わると、腕組みをしてふむ、と一呼吸おいて質問をしてきた。

「確かにその考えは理想的だ。しかし、現実には下流家庭では生活のために子供も働く必要があり学費など支払う金はない。そこはどう考える?」
「例えばですが、低所得層向けに新たに学園を設立し、そこに通う生徒については学費を無償化にすることは出来ないでしょうか」

 お父様は私の考えに鋭い指摘を入れてきた。

「しかし、それだけでは幼子をみる兄弟は学園には通えないな」

 流石は宰相のお父様。一筋縄では行かないわね。

「ええ、それは私も思いました。例えばですが、親が働く条件の元で幼い子共達を預かる施設を作るのはどうでしょうか。子供を安全に預ける場所があれば親も働きに出ることが出来ますし、家庭の収入も増えれば子供達も働かずに済み、幼い兄弟の面倒もみる必要はなくなります。施設が新たに出来ればそこでの雇用も生まれます。……もちろん、これだけで対策が充分とは言えませんが、試してみる価値はあると思うのです」

 お父様は再び腕を組み、しばらくしてから口を開いた。

「低所得層向けの学園設立と幼子の預かり施設か、面白い。そうだな、では試しに現在ある孤児院を一つ拡充し試験的に運用をしてみよう」
「いいのですか?」
「ああ、領民のための投資なら多少税を使ったとしても反発は少ないだろう。しかし驚いた。まさかイザベルの口から政についての発言が出るとは。こんな立派な娘に育ってくれて、お父様は嬉しいよ。イザベルは私の誇りだ」
「お父様、ありがとうございます」
「低所得層向けの学園設立については私のほうで調整しよう。ただイザベルだけでの運用は難しいだろうし補佐を付けようと思う。アルフレッド、これも勉強だと思ってイザベルに経営の知識を教えてあげなさい」
 
 え、アルフ義兄様と一緒!?

「はい。畏まりました、義父上」

 ちょ、ちょ、ちょっと待ったーー!! 
 それじゃあ破滅フラグから遠去かるどころか、逆に近づいてしまうじゃない!

「イザベルもその方がいいだろう? お前は昔からアルフレッドにベッタリだったからな。来年にはアルフレッドが学園に入学するから寂しくなるだろうし、今のうちに兄妹仲良く過ごすといい。さて、私はこれから用事があるから早めに発つ。アルフレッド、お前も早く食事を済ませて一緒に来なさい」
「はい」
「イザベル、今日の話はとてもいい刺激になったよ。また何か思いついたら聞かせてくれ」

 お父様とアルフ義兄様はサッと席を立ち出て行ってしまった。
 どうしよう、こんなはずじゃなかったのに。

「イザベル、旦那様もおっしゃっていましたが貴女は本当に立派に成長しましたね。やはり家庭教師を付け教育に力を入れたのは正解でしたわ。あら、大変。もうこんな時間だわ。お義母様はこれから外出しますから、お留守番よろしく頼みましたよ」

 お義母様は優雅な仕草で席を立ち、私はその場に一人ぽつんと残された。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

野良烏〜書捨て4コマ的SS集

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:1

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:104,628pt お気に入り:8,855

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:212,149pt お気に入り:12,359

イラストから作った俳句の供養

現代文学 / 完結 24h.ポイント:397pt お気に入り:1

悪役令嬢は永眠しました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:394

「欠片の軌跡」①〜不感症の魔術兵

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:36

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:457

雨に濡れた犬の匂い(SS短文集)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:511pt お気に入り:0

処理中です...