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第二十九話 正輝がうちにやって来た

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 次の日も朝の鍛練から始動する。いつものようにメニューを熟し、最後の素振りだけいつもと違い、一つ一つの型を納得いくまでするのではなく、仮想の敵を想定して型を連動させて斬り付けるイメージを持って動く。当然敵はゴブリンだ。ここを乗り越えないと前に進めない。

「お兄ちゃん、動きがいつもと違うね。何かあったの?」
「複数のゴブリンを相手にする練習をしているんだ。確実に一匹ずつなら問題無いんだがな。いろいろと試しているところだよ」

 綾芽にも心配をかけているようだ。普通に暮らしていくだけなら今のままで問題は無いのだが、もう一つ上の段階に進んでみたいという欲求は抑えられない。試行錯誤しながら頑張るしかない。

 最後にストレッチをして鍛練を終了した。その後は綾芽はいつも通り忙しく準備して登校し、僕はゆっくりとシャワーで汗を流し朝食をいただいた。

「麟瞳、今日はいつ頃友達が来るんだい?」
「新幹線に乗る前に連絡をくれるようにしているから、何時かは分からないな。おそらく昼を過ぎてからだと思うけど、電話が来たら知らせるよ」
「しばらくうちに泊まるんだろ。ご飯とか何がいいかな。肉と魚だとどちらが好きなんだい?」
「四日間岡山に泊まって五日目に京都に帰るそうだよ。母さんの作る料理は美味しいから何でもいいと思うけど、一緒に外食したときはいつも肉料理を注文してたよ。何か収納から出しておこうか?」
「じゃあ今日はボアのステーキとジャガ芋とトマトのグラタンでも作ろうかね。デザートは桃とパイナップルにして全部麟瞳が取って来たものにしよう。全部出しておくれ」

 晩御飯のメニューも決まったので客間を午前中に掃除をしておこう。

 昨日お願いしたトマトソースを使ったパスタの昼御飯を母さんと一緒に食べた後に電話がかかってきた。二時二十二分に岡山駅に着く新幹線に乗るとのこと、遅れないように少し早めに出かけよう。因みにトマトソースは大量に出来たので腕輪に収納しておいた。

 正輝は二時半頃駅の改札にやって来た。マジックバッグのリュックを背負っているようで身軽な様子で手を振って来る。

「ようこそ岡山へ。こんなに早く来るとは思わなかったよ」
「ああ、世話になるな。ちょっと確認したいことがあってな。ホテルとか早めに予約した方が良いのかな」
「いや、うちに泊まれるように用意しているよ。折角だから泊まってよ。それとまだ案内出来るほど僕も慣れて無いけど、行きたいところとかあったら言ってね」
「助かるよ。でも麟瞳の両親とか迷惑にならないかな」
「大丈夫だよ。僕は高校入学から家に帰ってなかったからね。友達を家に招くこともなかったから、逆に喜んでるんじゃないのかな」

 とりあえず駅地下のカフェに入って涼みながら今後の予定を決めていく。

「一緒にダンジョンに行って欲しいんだ。近くに良いダンジョンがないか?」
「前に言ったことがあるかもしれないけど、岡山にはCランクダンジョンまでしか無いんだ。正輝が楽しめるようなダンジョンは多分無いぞ」
「いや、俺は別にダンジョンを楽しんでいるわけではないぞ。本当に麟瞳が行きやすいダンジョンで良いからな」
 
 《百花繚乱》で頭一つ抜けた実力を持つ正輝はダンジョンの中で楽しんでいるように見えたけどな。とりあえず鬼ばかり出て来る岡山ダンジョンと肉を取り放題の倉敷ダンジョンを紹介して、正輝にどちらが良いか任せた。

「岡山ダンジョンでお願いできるかな。混んでないほうが良いからな」

 明日の予定も決まったので、昔話に花を咲かせてから家に帰った。

「お世話になります、奈倉正輝です。麟瞳君とは高校入学以来の付き合いです。これつまらないものですが」

 なんと正輝の手には八ツ橋があるではないか。

「フフフ、ありがとうございます。すみませんね気を使ってもらって。誰かは八ツ橋買ってこなかったのでなんだか可笑しくて」

 京都から帰って来た時に、八ツ橋を買ってこなかった事で綾芽に怒られたことを正輝に伝えると笑われたよ。客間に案内してゆっくりしてもらおうとしたけど、疲れていないようなのでリビングで話をして過ごした。

 そして皆が帰ってきて晩御飯になった。メニューはお昼に決めた通りスモールボアのステーキとジャガ芋とトマトのグラタンにコンソメスープとご飯である。食後には桃とパイナップルの盛り合わせだ。いただきます。

「母さん、明日正輝とダンジョンに行くからお弁当頼んで良いかな」
「折角岡山に来たのにダンジョンなんだね。お弁当は大丈夫だよ。皆と同じでいいんだろ?」
「すみません。ちょっと確認したいことがありまして、お手数かけます」

 ここで綾芽が突然笑い出す。どうしたんだ妹よ。

「フフフフフフ、妹の綾芽です。正輝さんとお呼びしていいですか」
「ええ勿論良いですよ」
「確認したい事ってだいたい想像できます。お兄ちゃんを追放した後困ってるんでしょ。その困っている原因は間違いなくお兄ちゃんですよ。お兄ちゃんチートだから」
 
 何を言ってるんだ。いろいろと悩んでいるんだぞ。僕がチートっておかしくないか?

「そうですね、確かに困ってますね。その原因を確認する為に来たことも間違って無いです」
「そんなに丁寧な言葉で話されると気が引けるんで、普通に話してくださいね。明日ダンジョンに行ったらすぐに解りますよ」
「何を言ってるんだ二人とも、さっぱりついていけないんだけど」
「正輝さん、明日は最初はパーティ登録せずにダンジョンに入って、一旦退場してパーティ登録をしてもう一度入ればよく分かると思いますよ」

 これで僕にも分かった。そんなに困っているのだろうか。

「それにしてもこのステーキは美味しいですね。何の肉なんですか?」
「これはスモールボアの肉だよ」
「私はスモールボアよりラッシュボアの方が美味しいと思うな。今日のは上品過ぎるよ。もっとワイルドじゃあないとボアの良さが活きないよね」
「味覚は人によって違うからね何とも言えないが、明日の晩御飯にラッシュボアのミニステーキをつけるよ。正輝さん付き合ってあげてね」
「楽しみにしておきます。これより美味しいならいくらでも食べられますよ」

 正輝は食後のフルーツの盛り合わせも大変気に入って食べていた。綾芽が自分も一緒にダンジョンに入ってフルーツを取ってきたんだと一生懸命アピールしていた。

 明日は朝の八時半に家を出ることを伝えて寝ることにした。

 風呂に入りそれぞれの部屋に別れた後、明日の攻略の事を考えながらいつのまにか眠っていた。


 

 
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