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第4話 想定外(6)
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『ジルス様、がんばれーっ! 負けないでくださいっ!!』
『ジルス様は、ぼくらの憧れなんですっ! 負けるなあっ!』
『ここから、ですよねっ? ぼくたち信じてますっ!』
「……幼き領民にここまで応援されてしまっては、やすやすと負けられないな。この窮地を凌ぎ、貴様に勝利する!!」
「ほーん、そうかいそうかい。なら俺は――」
彼はニヤリと口角を吊り上げ、ボールを上げる。
このゲーム4度目の、サーブ。それは今迄同様フラットで、しかし。
「――てめぇと愚民どもの、希望を丸ごとぶち壊してやらあっ!!」
あの速いサーブを上回るものがセンターラインの上を通り、ノータッチエース。しかもジルスさんは、トドメの一発に反応すらできなかった。
《ジルス・スライス VS ユート・スピン 0‐6》
圧倒的。まるでプロとアマチュアのような、実力差。
完敗したジルスさんはその場に崩れ落ち、完勝したユート・スピンは呑気に口笛を吹いた。
『そ、そんな……。ジルス様が……』
『う、ウソだ……。うそだよ、こんなの……』
「今年3勝もしているスライス様が、赤子の如くねじ伏せられた……。僕も、夢を見ているようだよ……」
観客の絶句に混ざって、隣から震え混じりの声が聞こえてきた。
ミゲルの顔もその他大勢と一緒で、愕然と絶句。現実だけど現実と理解できないくらいに驚いている。
「貴族にとってテニスは責務の一つで、僕ら平民にとっては趣味の一つ。そんな平民だった人が、英才教育を受けてきた人にここまでなんて……。彼――現当主様は、一体どんな練習をしてきたんだ……?」
「ミゲル、練習なんて一切してないわ。それどころかアイツは、テニスさえやった経験がないはずよ」
腕や脚の筋肉はさほど発達しておらず、平均的な男性の量しかない。そしてグリップの握り方、ボールとの距離感、サーブとショットのフォームは、どれも滅茶苦茶。
あたしはアイツと初対面だけど、断言できる。ユート・スピンは、テニスのド素人だ。
「そう、なのかい……? だとしたら、ヒューナ。スピン様は、どうして圧勝できたんだい……?」
「単純に、類まれなる才能とセンスがあるから。天賦と言えるものが備わっているから、何もしなくても異様に強いのよ」
世の中ってのは不公平で、どの分野にも必ず『天才』が存在する。
地球だと将棋やチェスでよく見られて、勿論テニス界にだってそういう選手が何人もいた。あたし――茜は以前その一人の幼少期の映像を見たことがあるんだけど、その時点ですでに大人顔負け。始めたばかりとは思えないくらい動きもショットもキレがあって、テニススクールのコーチを軽々と倒していた。
「しかも23歳の男なら身体が出来上がっているから、もっと才を活かせる。まったく、なんであんなクズが色々『持ってる』のかしらね」
ユート・スピンは項垂れているジルスさんを見下ろし、「ほらよ。約束してた練習試合の報酬だ」と札束を目の前に落とした。
アイツは性格も態度も、全てが最悪。テニスプレーヤー以前に、人として最低の生き物だ。
「…………こん、な……。こんな、ことが……」
「絶賛落ち込み中のスライスさんよぉ。汗を掻いちまったから、帰る前にアンタんとこのシャワー室を借りるぞ。今晩は、お前と愚民達の顔を肴にして――ん?」
観客席から睨んでいたら、ヤツと目が合った。
『ジルス様は、ぼくらの憧れなんですっ! 負けるなあっ!』
『ここから、ですよねっ? ぼくたち信じてますっ!』
「……幼き領民にここまで応援されてしまっては、やすやすと負けられないな。この窮地を凌ぎ、貴様に勝利する!!」
「ほーん、そうかいそうかい。なら俺は――」
彼はニヤリと口角を吊り上げ、ボールを上げる。
このゲーム4度目の、サーブ。それは今迄同様フラットで、しかし。
「――てめぇと愚民どもの、希望を丸ごとぶち壊してやらあっ!!」
あの速いサーブを上回るものがセンターラインの上を通り、ノータッチエース。しかもジルスさんは、トドメの一発に反応すらできなかった。
《ジルス・スライス VS ユート・スピン 0‐6》
圧倒的。まるでプロとアマチュアのような、実力差。
完敗したジルスさんはその場に崩れ落ち、完勝したユート・スピンは呑気に口笛を吹いた。
『そ、そんな……。ジルス様が……』
『う、ウソだ……。うそだよ、こんなの……』
「今年3勝もしているスライス様が、赤子の如くねじ伏せられた……。僕も、夢を見ているようだよ……」
観客の絶句に混ざって、隣から震え混じりの声が聞こえてきた。
ミゲルの顔もその他大勢と一緒で、愕然と絶句。現実だけど現実と理解できないくらいに驚いている。
「貴族にとってテニスは責務の一つで、僕ら平民にとっては趣味の一つ。そんな平民だった人が、英才教育を受けてきた人にここまでなんて……。彼――現当主様は、一体どんな練習をしてきたんだ……?」
「ミゲル、練習なんて一切してないわ。それどころかアイツは、テニスさえやった経験がないはずよ」
腕や脚の筋肉はさほど発達しておらず、平均的な男性の量しかない。そしてグリップの握り方、ボールとの距離感、サーブとショットのフォームは、どれも滅茶苦茶。
あたしはアイツと初対面だけど、断言できる。ユート・スピンは、テニスのド素人だ。
「そう、なのかい……? だとしたら、ヒューナ。スピン様は、どうして圧勝できたんだい……?」
「単純に、類まれなる才能とセンスがあるから。天賦と言えるものが備わっているから、何もしなくても異様に強いのよ」
世の中ってのは不公平で、どの分野にも必ず『天才』が存在する。
地球だと将棋やチェスでよく見られて、勿論テニス界にだってそういう選手が何人もいた。あたし――茜は以前その一人の幼少期の映像を見たことがあるんだけど、その時点ですでに大人顔負け。始めたばかりとは思えないくらい動きもショットもキレがあって、テニススクールのコーチを軽々と倒していた。
「しかも23歳の男なら身体が出来上がっているから、もっと才を活かせる。まったく、なんであんなクズが色々『持ってる』のかしらね」
ユート・スピンは項垂れているジルスさんを見下ろし、「ほらよ。約束してた練習試合の報酬だ」と札束を目の前に落とした。
アイツは性格も態度も、全てが最悪。テニスプレーヤー以前に、人として最低の生き物だ。
「…………こん、な……。こんな、ことが……」
「絶賛落ち込み中のスライスさんよぉ。汗を掻いちまったから、帰る前にアンタんとこのシャワー室を借りるぞ。今晩は、お前と愚民達の顔を肴にして――ん?」
観客席から睨んでいたら、ヤツと目が合った。
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