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04 二度と顔を見せるな!
しおりを挟む帝国南西部、隣領の港町で父の亡骸は埋葬されていた。
墓地のある教会に赴いたカロルは父が眠る墓を参り、神父と地元民らに感謝を伝えると、一泊した後に帰路に就いた。
北上する汽車の中で茫然としていた。
どうあっても父が亡くなったなんて信じられなかった。実年齢よりも若くエネルギーに満ち、活発でクリエイティブな父だ。カロルは父に伴って東西南北のあらゆる土地を旅しては異文化に触れて来た。
父は彫刻家だった。祖国の王宮や大聖堂には父が修復した作品は勿論、新たに手掛けた作品も飾られていた。国宝級などと呼ばれていたけれど、父は国宝には収まらない逸材だった。
父の旅は国費で賄われていた。傑作に至るには刺激が要ると国も理解していた。
どうやら父は、カロルが生まれる前に前公爵と出会っていたようだ。留学生時代の事だ。
「外国の寄港地でね、詐欺に引っ掛かりそうになっていた部下を、君の御父上が助けてくだすったんだよ」
偽物のお宝を高額で売り付ける、という途上国ではお馴染みの手口だった。
「いや実はね、部下につられて私まで引っ掛かるところだったんだ。はっは。ほんとに世間に疎くていかんね」
カロルが思うに、日頃の行いが良い人達だったから父の助けが齎されたのだ。東洋でも言うだろう、因果応報と。
何の因果か、父は逃げ伸びた先の異国で人生を終えた。
しかし祈りの儀式を行ってもらえ、きちんと埋葬もされた。
教会を辞する前、カロルが「いつか迎えに来るのでそれまで父を預っていてもらえませんか」と申し出ると、聖職者も信者らも快く応じてくれた。
彼らの対応を見れば、父が迎えた最期は悪くなかったと知れた。難民でも丁重に扱ってもらえた。
――彼らに感謝して、いつまでも嘆き悲しむのはやめよう。
無論、死んでしまった事自体はどう足掻いても悲劇なのだけれど。
ラカーユ公爵邸に戻ったカロルは、何故か白い目で出迎えられた。
前公爵の屋敷内の調度品が幾つか消えたと言う。不在にしている間に窃盗容疑がかけられていたのだ。
元々カロルに疑惑の目を向けていたアニーが、ここぞとばかりに責めた。
「本当は墓参りじゃなくて盗品を売りに行ってただけなんでしょ」
「そんな事しない!」と反論してくれたのはリュカだけだった。
「お父様の死を口実にしてお金儲けなんてしない! そんなの人間じゃない!」
「……ねえ、リュカ様。貴方ちょっとだけお勉強が得意みたいだけど所詮は世間知らずのおぼっちゃまでしょ。だから分からないのよ」
「貴女の事こそぼくは分からない! その発想が恐い! 普通は考えない! 恐いひとだ!」
「……ねえ、皆さん。おぼっちゃまがすっかり難民さんに洗脳されてますよ。引き離した方がよろしいのではなくて?」
居合わせた使用人達は判断に困り、動けなかった。アニーは女主人でも何でもない。何の権限も持たない。
でも子供時代の彼女を知っている。亡き令息の幼馴染にして同郷の娘。無下にも出来ない。
収拾の付かない状況を見て、カロルが引き下がる事にした。口を噤んだ。アニーに屈したとかでなくリュカの為だ。あまり長引かせて変な大人のいざこざを見せない方がいいと思った。
何の権限も持たないのはカロルも同じだった。
前公爵の厚意で邸宅に引き止められていただけの居候だ。セドリックとの縁談も口約束に過ぎず正式なものではない。本人不在では何も出来なかった。
ただ、前公爵は生前、執事に「カロルにリュカを任せよ」と言い残していた。
家庭教師業務だけは継続出来る、と思われた。
実際には無理だった。というか無理になった。
とんでもない疑惑が持ち上がったのだ。
「そもそも彼女は、カロル嬢本人ではない!」
窃盗とは比べ物にならない容疑をかけられてカロルは茫然とした。
災害にしろ戦争にしろ、命からがら逃げて来た難民に共通する不便と言えば身分を証明する術が無い事だろう。
なので難民の届け出は概ね、自己申告の情報に基づく。
身分偽称の罪に問われたカロルは、自分を証明する物を持っていなかった。
これにはリュカもぽかんだ。彼が周囲に保証出来るのはカロルの教師としての能力や人格だけで身分までは無理。庇う術が無い。
「……何でそんな事言うの。みんな意地悪なの。人間じゃないの」とリュカはブツブツ言っていた。マズい兆候だ。人間不信になってしまう。
更に悪い事に、カロル本人だと思われる女性が、隣の隣の領地にいるらしいという証言まで出てきた。
この頃、ラカーユ公爵領では難民の移住がほとんど完了していた。ひと家族だけカロルを知っているご近所さんがいたものの、既に遠方の移住先に発った後。未だ領内に留まっている難民達の中にカロルの顔見知りはいない。
誰にも本人証明をしてもらえない。騎士爵「ヴォワネ」家の人間である事を示す持ち物もない。だから「そっちが偽物ですよ」とは言えない。反証もまた出来ないのだ。
「貴女みたいな人をなりすましって言うのよ、この恥知らず」
これを言ったのはアニーではない。女性家庭教師だ。
恨まれている。それはそうか、とカロルはこの時になって漸く気付いた。
結果として彼女の仕事を奪った。公爵家と全く関係のない子供を押し付けられる羽目になった。
そして疑惑が何一つ晴れない内に、若き公爵セドリックが帰還した。
窃盗疑惑、身分詐称疑惑。
あろうことか、病床の前公爵を騙して金銭を奪ったとまで言われ始め、カロルの手に負えない異様な事態が出来上がっていた。
リュカは部屋に閉じ籠ってしまっていた。すっかり人間不信だが、この場合は逃げるが勝ちなのでカロルは部屋から引っ張り出すようなマネはしなかった。
むしろ自分の身が危うかった。セドリックの怒りが凄まじかった。
やっとの思いで帰郷し、亡き父の墓を参れるかと思いきや信じられない報告の嵐に出迎えられた。
なりすましらしい難民の娘が屋敷に居座り、死の床にある父を謀り、甥を人間不信にしていると言う。
「なんなんだ、お前は――」
害虫より宇宙人を見る目で、セドリックは初対面のカロルを見た。
彼の左右からカロルを排斥したい女性陣が捲し立てていた。
「弱ったお父様に付け込んでセドリック様との結婚まで約束させたのですよ」
「リュカ様に嫌々お勉強をさせて。それも誤った情報をです」
「書面にされてなくて本当に良かったですわ。セドリック様だって私の大切な幼馴染ですもの」
「古代文明なんて何の役にも立ちませんよ。ハイテクをご存知ないのだわ」
「折角うちの子とリュカ様が仲良くなれていたのに邪魔をして」
「子供達の自由を奪って、独りよがりも良いところですよ!」
帰還したばかりのセドリックは、疲れ切っていた。
兄に続いて父を失い、喪失感に苛まれていた。公爵としても日が浅い。まして軍艦乗り。どうしても陸には疎くなる。
だから彼は、事実確認の手間を省いた。普通だったら首を傾げるような情報を聞き流し、この混乱を招いた張本人に負の感情をぶつけた。
諸悪の根源を追放する事にした。
「消えろ。私の領地から出ていけ。――二度と顔を見せるな!」
カロルは命の危険を感じ、そそくさと逃げ出した。
むしろ糾弾の場で撃ち殺されなかったのは奇跡だった。
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