「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、

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朝食を終え、席を立ったカロルにセドリックも続いた。
「私が」と言って支払いを持ってくれる。
カロルは有難く彼に奢られる事にした。

別に今更、彼を糾弾したりはしない。もう終わった事だ。
当時はカロルもセドリックも大変だった。短期間の内に色んな良くない事が重なって不和が生じ、決裂に至ったのだ。

「ご馳走になりました。では私はこれで」

サロン・ド・テの軒先で一礼したカロルに、セドリックは慌てた。

「ちょっと、待ってくれ」
「はい?」
「いやあの、そうだ、リュカの事は」
「そちら様の問題ですし私の領分ではないかと。それに聞く限り問題無さそうです」
「八歳児が帰省したがらないのが問題無いだと?」
「学校が楽しいって事でしょう? 行きたがらないより良いじゃないですか。行ってくれないと高い学費が無駄になりますからね」

お嬢様ことシモーヌは、現在進行形で高い学費を無駄にしている。お金持ちで優しいお父様でなければ許されない。心から感謝するといい。
セドリックは、尚もカロルに詰め寄った。

「だが、あいつはいずれ私の後を継いで領主になるのだ。帰らんは通じん」
「いえですから、それはそちら様の問題です……」

なんで部外者のカロルを巻き込もうとするのか、全然意味が分からない。
セドリックは焦れた様に言った。

「放っておくのか、嘗て世話をした子供だろう」
「え、私が責められるんですかこれ……」
「会いたくないのか。あいつは君に会いたがっているぞ」
「ならお手紙を頂戴、とお伝えください。確か寄宿学校は帝都郊外ですよね。レールですぐ行ける距離ですね」
「君は、――そうか。やはり私の事が許せんのだな」

カロルは思わず閉口する。誰も責めていない。自虐だろうか。
地面に視線を這わせたセドリックは、やがてカロルを見据えた。
ハンサムな顔は実に残念な事を口走った。

「分かった。いいだろう。とりあえず父との約束通り君を妻にする」

カロルは閉口を続けた。



二年半前――。
ラカーユ公爵領を追い出されたカロルは、汽車に飛び乗り帝都を目指した。
当然の選択だった。大都会の方が仕事も多く、学びも多い。
難民の証明書があれば、一年間の期限付きで優先的に格安アパルトマンに入居出来る。そして期限内に仕事を得ると正式な帝国民になれる。
ギリギリ十六歳未満だったカロルには、更に嬉しい特典があった。
「子供」の難民には給付金が与えられ、希望すれば城下の普通学校にも通えた。医学も最先端の帝国では骨で子供認定をする為、年齢詐称は通用しない。

当面の生活が保障され、カロルは主に三つの大型施設に足繫く通った。
帝都大学、帝都学園、帝都中央図書館。それらの図書館で行われている未就学児向けの読み聞かせボランティアに参加した。「入館証」目的の奉仕活動だ。施設関係者である証を得る事で、職員や学生と同様に蔵書を借りられるのだ。

帝都でバイトとボランティアに励みつつ、借りた本や様々な施設から学びを得る日々を送った。
半月ほど経過した初夏。帝都大学の図書館でシモーヌの父、ボンプラン伯爵と出会った。
当時、伯爵は大学で古典文学の特別講義を持っていた。夏季限定のもので、富豪の伯爵にとっては母校へのボランティアに等しかった。
偶々カロルの読み聞かせに遭遇し、娘と近い年頃なのを見て興味を持った。
声を掛け、以前にも幼児の教師紛いの事をしていたというカロルの経歴を知り「コンパニオン寄りの家庭教師」のスカウトに至った。

そして、現在――。

「おーほほほ」

ランウェイデビューを果たしたお嬢様ことシモーヌは、大変調子に乗っていた。
週明けの月曜日、なんと元婚約者たる伯爵令息からラブレターが届いた。

「君がランウェイで輝いていたと噂で知ったよ。シモーヌ、僕が間違っていた。一時の気の迷いで君を手放してしまうなんてどうかしていたんだ。愚かな僕を許して欲しい。君も分かっている筈だよね。君にはこの僕こそが相応しいと」

シモーヌは美しい両の指先を分厚い紙の束に添え置き、力いっぱい破り捨てた。

「舐めた事を言ってるんじゃありませんわよ、二股男が。でもまあお陰で良い気分になれましたわ。それに大事な事に気付けました。わたくし、これがやりたかったんですの。捨てた奴を捨てる。ぶっふふふー最高! わたくし最高!」
「…………」

カロルは暫く、シモーヌの有頂天を見守る事にした。
自分は自分で厄介事を抱えていた。
セドリックだ。所用で当分の間帝都のタウンハウスに滞在すると、訊いてもいないのに勝手に教えてくれた。
サロン・ド・テの前で、彼は告げた。

「私との婚姻を再検討して欲しい」

カロルは嘆息した。

「相当リュカ様の事でお悩みのようですね」
「否定はせん。実際コミュニケーションが成立せず困っている」
「その手の問題に詳しいカウンセラーが帝都にはおります」
「君でなければならん。何より私の気が済まん」
「気が済まない?」
「私は、君に酷い事をした」
「それについてはもう謝って頂きましたよ」
「謝るだけでは気が済まんと言っている」
「……意地になっていらっしゃるのですね」

根が真面目なのだろう。尤も、不真面目な貴族軍人では国民を守れないし役にも立たないので歓迎すべき事ではある。
戦線を率いる、ノブレス・オブリージュの原点だ。

「とにかく、もう結構ですから。ラカーユ公爵閣下のお気持ちはしかと受け取りました。罪悪感は今日でお終いにして前を向いて歩いて行ってください」
「前を、――分かった」
「お分かり頂けて何よりです」
「一緒に歩いて行こう、カロル」
「…………」

咄嗟に「親しくない男性からの呼び捨てはちょっと……」と言いかけてカロルは止めておいた。より面倒くさい事態になる気がした。
嘆息しか出ないカロルをよそに、セドリックは腕時計に目を落とし「ん、こんな時間か」と半ば独り言た。

「城に行かねばならんので今日のところはこれで失礼する」

何故大袈裟な軍服着用なのかと密かに疑問だったカロルは、登城する予定と聞いて納得した。

「そうですか。ではごきげんよう」
「うむ。ではまたな」
「いえまたは、――」

無いですよ、とカロルに言わせる間を与えず、さっと踵を返したセドリックは通りに待たせてあった馬車に早足で向かった。

「…………」

カロルは学んだ。誠意でも、方向性を違えると有難迷惑になる。
とりあえず彼の事は一旦置いておこう、と思った。





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