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09 笑顔の出迎え
しおりを挟む土曜日。
帝都中央駅から特急列車に乗ったカロルは、郊外にあるという寄宿学校を目指していた。
特急につき三分で目的地に到着。割高のファストクラスで乗車した甲斐無し。
「久々の汽車でしたけど悪くなかったですわあ」
「……そうですか」
何故か無関係のシモーヌが同乗していた点を、カロルは突っ込めないままでいた。
「迎えの馬車はそこだ」と後ろからホームに降り立ったセドリックが、娘二人に駅舎の外を指差して見せる。彼もシモーヌの同乗を突っ込まないばかりか、ファストクラス料金を三人分支払った。
今日はオフのようで、お馴染みの堅い軍服ではなく涼やかなクリーム色の麻のジャケットをさらりと羽織っている。実にセンスが良い、テーラーの。
「では行くぞ。反抗期は手強い。気を引き締めて臨むように」
「はあ……」
セドリックの問題に体よく巻き込まれている点を、やはりカロルは突っ込めないままでいた。
乗り換えた馬車に揺られる事凡そ十分。学校の正門が見えて来た。
停止するや否や、馬車のドアが外からバアンと開かれた。
「いらっしゃい、カロル先生。心から会いたかったよ」
「……リュカ様。すっかり大きくなられて」
「…………」
甥の笑顔の出迎えに、セドリックが閉口している。
手強い反抗期はセドリックだけに発揮されていると察し、カロルは少々居たたまれなくなった。
一人他人事でいいシモーヌはというと、リュカの背後に聳え立つ年代物の校舎をそわそわと見上げている。
「ハンサムな男子いるかな?」と期待する顔を見て、カロルは嘆息した。
良い兆候には違いない、とここはポジティブに捉えておく。
一行は、寄宿学校からほど近い湖畔のレストランに入った。
正午前なので店内に客は少なく、人気のテラス席を独占する事が出来た。
オーダーのコーヒーフロートがテーブルに供された後、リュカが「あのね」とカロルに顔を向けた。
「カロル先生が帝都にいるの、少し前から気付いてたよ」
「そうだったのですか」
「うん。日曜日に偶々博物館に出掛けて見かけたの」
「声を掛けてくだされば良かったのに」
「邪魔しちゃいけないと思って。そちらのお嬢様の相手で忙しそうだったし」
「あら」とシモーヌが、グリーンティーのグラスからリュカに目線を移した。
「わたくしなら構いませんでしたのよ」
「でも貴女、つまらないから帰るう! って小さい子みたく駄々捏ねてたし」
「覚えがありませんわ。人違いでは?」
いや間違いない、とカロルは遠い目をして在りし日を想起した。
リュカとオーダー被りのコーヒーフロートをストローで吸い、俯いた拍子に隣の異変が目に入る。
テーブルの下で、セドリックが長い膝下を小さく上下させていた。そわそわと落ち着かない様を見たカロルは「……ああ、はいはい」という気持ちになった。
「ところで、リュカ様」と本題を振る。
「夏の休暇は西沿岸部へお戻りに?」
何やら察したリュカは、セドリックを一瞥した。この二人、今日はまだ会話が成立していない。リュカがセドリックを空気みたくスルーしている。
八歳にしては大人びた仕草で軽く嘆息し、観念したように切り出す。
「どっちでもいい。こっちに来てまだ三ヶ月かそこらなのに帰省する必要があるとは思えないけどね。僕よりもさ、カロル先生はどうするの?」
「私ですか?」
急な切り返しにカロルは瞬く。
リュカは「うん」と頷いてテーブルに両腕を置いた。
「どこかに行くなら僕そっちに付き合いたいな」
カロルが何か言う前に「おーほほほ」が割り込んで来た。
「それは無理ですわ、おぼっちゃま。カロルはわたくしと南のビーチリゾートに繰り出す予定ですの。女子旅ですからこれ。男子が入り込む隙間はありません。ごめんあそばせえ」
「へえ。楽しそう。僕も交ぜてよ」
「今女子旅って言いましたでしょう。ごめんあそばせええ」
「八歳児はおまけしてよ」
「ごめんあそばせえええ」
なんて大人気ない、とカロルは赤面する思いだった。
実際にシモーヌは子供なので許される、事は無い。平民女子ではない以上、色々なものが課せられている。例えば、相性最悪の婚約者があてがわれるとかだ。
「ではこうしよう」とセドリックが口を開いた。急に入って来たので、みんなで驚いた。
「私がカロルと共に子供二人を引率してやる。どうだ」
どうだ、と迫られたのはカロルだけだった。
カロルとしてはリュカと同じで「どっちでもいい」。初耳の女子旅はシモーヌが咄嗟の思い付きでリュカに意地悪を言っているだけだ。
セドリックの思惑は読めている。引率する事で旅のイニシアティブを握り、行き先に自領を加える気なのだ。帝都から南部に向かう道中、西沿岸部への寄り道は大した遠回りではない。
カロルは、ふてた顔のシモーヌときょとん顔のリュカを見比べる。
二人には共通点がある。一人っ子。カロルもだ。
年の違う存在はいい刺激になる。世話を焼く事で成長が期待出来る。
シモーヌの為にもリュカの為にもなるだろう、とカロルは結論付けた。
「良いのでは、ないでしょうか」
シモーヌは「えええ」と腐った声を出し、リュカは「わあいカロル先生と一緒だ」とやたら子供ぶった声を出した。
セドリックは鷹揚に頷いて見せている。自分が良い事をしたお陰だ、という態度は女子に人気が無いので控えた方がいい。
「モテませんよ」とカロルは想念し、吐き飽きた嘆息を吐いた。
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