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あいさつ通り
礼儀正しい子
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地域住民による不審者への「声掛け」で、犯罪抑止効果も期待できるとか。
地域コミュニティあるあるです。
コメディにしようか現代ドラマにしようか、最後まで迷った地味な小話です。
***
突然、見知らぬ小学生に路上で「おはようございます」「こんにちは」と声をかけられることがある。
最近は、たとえ見知らぬ人であっても、地域住民から進んで挨拶などの声掛けをすることで、牽制というか犯罪を未然に防ぐ効果があるということで、地域コミュニティと縁の深い公立小中学校では、児童生徒に挨拶を奨励しているところが多いという。
悲しいかな、これが見知らぬ大人だと、フレンドリーであればあるほど警戒してしまう人が多い。
そんな人でも、幼気な子供に元気に挨拶されれば悪い気はしない。
同じように「おはよう」と笑顔で返したり、てれ気味に首を縦に振るだけだったり、反応は様々ながら、なかなか完全スルーはできないものだ。
◇◇◇
波奈笠第3町会。
20年、30年前は新興だった住宅街だが、今や代替わりし、新しい住民との入れ替わりもあり――という、よくある地方の郊外の町会である。
市立小学校までは5~10分で行けるのと、私立の学校があまりないということで、この地域で生まれた子供は、みんなその小学校に通う。
そんな街の小さな一軒家に住んで25年目の杉村夫妻には子供がなかった。
2人とも50代前半で、夫は一貫して同じ企業に勤め続け、趣味は登山と写真。
妻は気が向くとアルバイトに行ったり、公民館の「郷土の歴史講座」を聴講に行ったり、友人と観劇に行ったり、気ままに暮らしていた。
2人とも子供はもともと好きでも嫌いでもなかったが、小中学校の「挨拶運動」で声をかけられると、にこやかに返していた。
ところで、「地域の皆さんにあいさつを」といっても、いつでもどこでも誰彼構わずというわけではない。
学校から広い県道に出るまでの500メートルほどの緩い坂道は、「あいさつ通り」「あいさつゾーン」などと呼ばれ、主にそこで出会った人に挨拶しましょうと小学校では指導されていた。
杉村夫妻の家は、その坂道沿いにあったので、夫は出勤時間、妻は児童たちの下校時間に声をかけられることが多く、タイミングが合えば、こちらから「おはよう」「お疲れさま。学校楽しかった?」などと声をかけることもあった。
◇◇◇
杉村夫妻は2人とも、テレビドラマが好きだったので、夕食後に晩酌やお茶をしながら一緒に見ることが多い。
今期は私立名門女子高校を舞台にしたサスペンスドラマを2人とも気に入って見ている。
2人が若い頃に人気のあったアイドルが、イメージをがらりと変え、やたらと悪辣な教頭役を怪演しているのが意外に評判だ。
「それにしても、こんな学校教師って、そうそういないよね」
「まあ、ドラマにありがちな戯画化ってやつだしね」
「というか、今どきあのメガネってありなの?昭和のざーますババアかっての(※下記注)」
「うちのおふくろ、若い頃かけてたよ」
「えー、あのお義母《かあ》さんが?」
「時代だよ、時代」
「この女優、普通にしてると君にちょっと似てるよね」
「えー、おだてても何も出ないわよ?まあ若い頃は割とそれ言われること多かったけど」
アイドル時代も美少女というよりも、コミカルで明るいキャラクターで人気だったせいもあるが、近年はバラエティー番組で若い層の認知度が高いタレントである。
一般の初老女性としては、一応そんな芸能人に似ていると言われるのは、満更ではない。
ドラマの筋とはあまり関係ないところで、2人の話は盛り上がる。
ついでにお互いの日中のちょっとした出来事も披露された。
「なんだか礼儀正しい中学生に挨拶されたの。「お久しぶりです」なんて一方的にまくしたてられて」
「誰かと間違えたのかな?友達のお母さんとか」
「かもね。あいさつゾーンじゃないところだし、中学校では違う指導してるのかも」
「挨拶すること自体は悪いことじゃないし、感心な子じゃない?」
「そうね。ま、私ら確かに中学生の子がいたっておかしくはない…」
杉村妻は、そう言いかけてやめた。
2人とも子供を持たなかったことについて、特にネガティブに捉えているわけではないが、やはりデリケートな話題ではあった。
「ね、お茶のお代わりちょうだい。この間のお土産の饅頭もまだ残っているよね」
杉村夫はさりげなく話題を変えた。
「こんな時間に?太るよ」
「1個ぐらい大丈夫だろ?」
「…だね、じゃ、私も」
そんなこんなで夜が更ける。
※若い方――がこれを読んでいた場合、共通認識をなかなか得られないかもしれませんが、目じりがとがったみたいな形の「そういう眼鏡」がありまして。
ちなみに「昭和のざーますばばあ」で検索したら、かなり上位に「塩沢とき」さんのウィキペだったのはウケました。何とお懐かしや。
地域コミュニティあるあるです。
コメディにしようか現代ドラマにしようか、最後まで迷った地味な小話です。
***
突然、見知らぬ小学生に路上で「おはようございます」「こんにちは」と声をかけられることがある。
最近は、たとえ見知らぬ人であっても、地域住民から進んで挨拶などの声掛けをすることで、牽制というか犯罪を未然に防ぐ効果があるということで、地域コミュニティと縁の深い公立小中学校では、児童生徒に挨拶を奨励しているところが多いという。
悲しいかな、これが見知らぬ大人だと、フレンドリーであればあるほど警戒してしまう人が多い。
そんな人でも、幼気な子供に元気に挨拶されれば悪い気はしない。
同じように「おはよう」と笑顔で返したり、てれ気味に首を縦に振るだけだったり、反応は様々ながら、なかなか完全スルーはできないものだ。
◇◇◇
波奈笠第3町会。
20年、30年前は新興だった住宅街だが、今や代替わりし、新しい住民との入れ替わりもあり――という、よくある地方の郊外の町会である。
市立小学校までは5~10分で行けるのと、私立の学校があまりないということで、この地域で生まれた子供は、みんなその小学校に通う。
そんな街の小さな一軒家に住んで25年目の杉村夫妻には子供がなかった。
2人とも50代前半で、夫は一貫して同じ企業に勤め続け、趣味は登山と写真。
妻は気が向くとアルバイトに行ったり、公民館の「郷土の歴史講座」を聴講に行ったり、友人と観劇に行ったり、気ままに暮らしていた。
2人とも子供はもともと好きでも嫌いでもなかったが、小中学校の「挨拶運動」で声をかけられると、にこやかに返していた。
ところで、「地域の皆さんにあいさつを」といっても、いつでもどこでも誰彼構わずというわけではない。
学校から広い県道に出るまでの500メートルほどの緩い坂道は、「あいさつ通り」「あいさつゾーン」などと呼ばれ、主にそこで出会った人に挨拶しましょうと小学校では指導されていた。
杉村夫妻の家は、その坂道沿いにあったので、夫は出勤時間、妻は児童たちの下校時間に声をかけられることが多く、タイミングが合えば、こちらから「おはよう」「お疲れさま。学校楽しかった?」などと声をかけることもあった。
◇◇◇
杉村夫妻は2人とも、テレビドラマが好きだったので、夕食後に晩酌やお茶をしながら一緒に見ることが多い。
今期は私立名門女子高校を舞台にしたサスペンスドラマを2人とも気に入って見ている。
2人が若い頃に人気のあったアイドルが、イメージをがらりと変え、やたらと悪辣な教頭役を怪演しているのが意外に評判だ。
「それにしても、こんな学校教師って、そうそういないよね」
「まあ、ドラマにありがちな戯画化ってやつだしね」
「というか、今どきあのメガネってありなの?昭和のざーますババアかっての(※下記注)」
「うちのおふくろ、若い頃かけてたよ」
「えー、あのお義母《かあ》さんが?」
「時代だよ、時代」
「この女優、普通にしてると君にちょっと似てるよね」
「えー、おだてても何も出ないわよ?まあ若い頃は割とそれ言われること多かったけど」
アイドル時代も美少女というよりも、コミカルで明るいキャラクターで人気だったせいもあるが、近年はバラエティー番組で若い層の認知度が高いタレントである。
一般の初老女性としては、一応そんな芸能人に似ていると言われるのは、満更ではない。
ドラマの筋とはあまり関係ないところで、2人の話は盛り上がる。
ついでにお互いの日中のちょっとした出来事も披露された。
「なんだか礼儀正しい中学生に挨拶されたの。「お久しぶりです」なんて一方的にまくしたてられて」
「誰かと間違えたのかな?友達のお母さんとか」
「かもね。あいさつゾーンじゃないところだし、中学校では違う指導してるのかも」
「挨拶すること自体は悪いことじゃないし、感心な子じゃない?」
「そうね。ま、私ら確かに中学生の子がいたっておかしくはない…」
杉村妻は、そう言いかけてやめた。
2人とも子供を持たなかったことについて、特にネガティブに捉えているわけではないが、やはりデリケートな話題ではあった。
「ね、お茶のお代わりちょうだい。この間のお土産の饅頭もまだ残っているよね」
杉村夫はさりげなく話題を変えた。
「こんな時間に?太るよ」
「1個ぐらい大丈夫だろ?」
「…だね、じゃ、私も」
そんなこんなで夜が更ける。
※若い方――がこれを読んでいた場合、共通認識をなかなか得られないかもしれませんが、目じりがとがったみたいな形の「そういう眼鏡」がありまして。
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