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11巻
11-2
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「おおーい。開けてくれ! 例のもん持ってきたぞー」
ファリンがすぐ扉を開けると、大工の棟梁と弟子が入ってきた。
「おう! どうにか間に合ったぞ! ん? タクマじゃねえか。ちょうどいい! 良い出来に仕上がったぞ。見てみろ!」
棟梁はそう言って、弟子に持たせていた大荷物をほどいた。
包みの中に入っていたのは看板だった。そこには食事処琥珀という店名とともに、デフォルメされたゲールの姿が彫られている。
夕夏は思わず声を漏らす。
「かわいい……」
従業員たちもそれに続くように、いっせいに歓声をあげた。
みんなの反応を受け、棟梁が誇らしげに言う。
「なかなかの出来映えだろう? アークスから急ぎで欲しいと言われたから、実物そっくりな彫り物は難しかったんだが……」
時間の関係でデフォルメされたゲールは、マスコットのような魅力があった。
人気が出そうだと感じたタクマが言う。
「むしろこっちの方がいい。店に来る人達も親しみやすいだろうし、ゲールもかわいくしてもらえて喜ぶと思う」
「そうか? もっと威厳のある看板の方が良いと思ったんだが……」
確かに、棟梁が言うようにリアルなものにすれば、立派な食堂という印象になったかもしれない。しかし、食事処琥珀は大衆食堂だ。一般の人が尻込みするような高級感は必要ない。
タクマがそう伝えると、棟梁は納得して頷く。
「なるほど……取っつきやすさが大事ってわけか。じゃあ、この看板を納品で構わないんだな?」
「ああ。きっとこの食堂の象徴になると思う」
「そう言ってくれると、急いで作った甲斐があるってもんだ。じゃあ、こっちの宿の看板はどうだ?」
そう言って棟梁が取り出したのは、鷹の巣亭の看板だった。
こちらには、アフダルの姿が格好良く彫り込まれている。
「宿は富裕層向けと聞いていたからな。高級感が出るようにしてある。どうだ?」
どちらの看板も店にふさわしいイメージのものだった。タクマは棟梁の腕に感謝し、両方ともこのまま受け取ると伝える。
「そうか。どちらも気に入ってくれて良かった。じゃあ、早速取りつけさせてくれ」
ファリンに案内され、棟梁と弟子は食堂の外に移動する。
そしてファリンの希望を聞きながら、弟子が看板を取りつけた。道に面した門に看板が設置されると、一気に店らしさが増す。従業員達が満足げに看板を見上げる。
ファリンも元気良く口にする。
「これがあるとないとじゃ全然違うわね。私達もやる気になるってものだわ」
看板によって、ここに根を張って店をもり立てていくのだという気概が、従業員達の胸に宿った。
みんなの様子を眺めて、棟梁が頷く。
「うむ。これで食堂は完成だな! じゃあ、次は宿に持っていくとするか」
棟梁はそう言って鷹の巣亭に歩いていった。
すると、ファリンが慌ててタクマに言う。
「あ、タクマさん。私もそろそろ開店だから戻るわ」
「ファリン、大変だろうがみんなと一緒に頑張ってくれ」
「ありがとう! じゃあ行くわね」
こうして食堂の中に戻ったファリンは、従業員達に開店を告げた。
やる気に満ちた力強い声でみんなが応える。その光景を見たファリンは深く頷き、店の外へ出る。
「皆様、お待たせしました。食事処琥珀、開店いたします!」
ファリンが大きな声で客に宣言すると、長い行列が一斉に店内へ吸い込まれていった。
席はあっという間にいっぱいになり、従業員が飛び交う注文をせわしなく厨房に伝える。
食事処琥珀は一気に活気を帯びていった。
食事処琥珀の開店を見届けたタクマと夕夏は、今度は鷹の巣亭へ移動する。
入り口では先に着いていた棟梁が、従業員達に看板をお披露目していた。
「おお……これが鷹の巣亭の看板……」
スミスはそう口にして感極まり、涙ぐむようにして真新しい看板に見入った。
その表情を見たスミスの妻・カナンと娘のアンリは、思わずといった様子で笑い出す。
「あらあら……これからが本番でしょう? まだ感慨にふけってる場合じゃないわよ」
「そうよ、お父さん! これからたくさんのお客様が来るんだから、しっかりして!」
スミスははっとして顔を上げる。
「そうだ……ようやく俺達は再出発するんだ。鷹の巣亭を繁盛させるために頑張らないとな!」
スミスの力強い言葉に、カナン、アンリ、従業員達の表情も自然と引き締まる。
「活気を見てりゃ分かるが、この看板で良いんだな?」
棟梁にそう尋ねられると、従業員全員が口々に同意した。
棟梁は弟子に目配せし、看板を設置させる。
タクマが少し離れてその様子を眺めていると、棟梁が話しかけてくる。
「タクマ、オーナーであるお前が突っ立ったままでどうする。従業員達に言葉をかけてやらなくていいのか?」
「ん? 俺から何か言わなくても、みんなの士気は最高潮だと思うんだけどな……」
タクマはそう言ってスミス達へ目を向ける。すると、彼らは全員タクマをじっと見つめていた。開店に向けてタクマから言葉をもらいたいようだ。
タクマは少し考えてから口を開く。
「そうだな……みんな、短い期間でよく準備を整えてくれた。おかげで今日から鷹の巣亭の営業が始まる。富裕客がやって来るから、緊張を強いられる場面も多いと思う。だが、みんなが力を合わせてくれれば、最高の宿として運営できると信じている」
「タクマさん。あなたは俺達を救い、この宿を任せてくれた。このチャンスを生かしてみせるよ」
スミスがそう言って深く頭を下げる。するとカナンとアンリも頭を下げ、他の従業員もそれに続いた。
一同に深い感謝を示されて、タクマは動揺しながら言う。
「スミスさん達の宿が上手くいかなくなったのは俺のせいだから、責任を取るのは当たり前だ。改めて謝罪させてくれ。本当にすまなかった。止まり木亭は閉めさせてしまったが、この宿を自分の宿だと思って働いてくれれば嬉しい」
タクマが不器用ながらもスミス一家を思って行動した事は、この場のみんなに伝わっていた。
スミス一家はタクマの謝罪を受け止め、この宿を成功させようと改めて強く思う。
タクマは言葉を続ける。
「従業員のみんなも、この宿の開店に尽力してくれてありがとう。これからもスミスさん達をもり立ててくれるとありがたい」
それを聞いて、従業員の胸にも宿のために働いていく決意がみなぎった。
そこへ、役人が伝令にやって来る。
「スミスさん、宿泊客の受付が終わりました。混乱を避けるために五組ずつ来店させるので、準備をお願いします」
コラルが派遣した役人達は、殺到した客で鷹の巣亭が迷惑しないよう配慮していた。他の宿が増築予定の空地で受付をし、二色の札を使って一階と二階の客を分けたのだという。さらに接客がスムーズにできるよう、時間差でチェックインさせる手配までしていた。
オープンを目前にして、スミスが従業員に向かって声を張る。
「みんな! お客様がやって来るぞ! しっかりとお迎えしよう!」
「「「「「はい‼」」」」」
従業員達の気合の入った返事に、スミスは満足げに頷く。そして、役人に告げる。
「こちらは準備万端です。いつでも案内を始めてください」
それを聞き、役人は持ち場へ戻っていた。
スミス達は宿泊客を迎えるべく用意を始める。
タクマと夕夏は邪魔にならないよう壁際へ移動し、宿のオープンを見守る事にした。
しばらくすると外に人の気配がして、扉が開く。宿泊客がやって来たのだ。
従業員は一列に並び、深く頭を下げて出迎えた。そしてスミスを筆頭に、お客に声をかける。
「ようこそ、鷹の巣亭へ! まずはこちらで履物をお脱ぎになってくださいませ。脱いだ靴はそちらのロッカーにお入れください。宿の中で使う履物は別に用意しております」
宿泊客は役人達からあらかじめ土足厳禁のシステムを聞いていた。言われるままに履物をロッカーに収め、スリッパに足を入れる。
「履き替えましたら、配られた札の色と同じ色の受付でチェックインをお願いします。当店では武装は禁止しております。持っている武器は全て受付にお預けください」
タクマはスミスがそう案内するのを、心配げに眺めていた。武器が携帯できない事に不満が出そうだと懸念していたのだ。
しかし、武器の事で従業員達に食ってかかるような輩は誰もいなかった。
客を案内してきた役人の一人が、タクマに説明する。
彼によれば、受付の時点で武器についてごねる客は弾いておいたそうだ。安全のためという説明をしても応じない者はブラックリストに入れ、鷹の巣亭と役所で情報を共有するという。これは全てコラルの指示に基づいた対応との事だった。
「へえ、そこまでしてくれたのか……」
タクマはコラルの行き届いた気遣いに感心した。
すると役人は当たり前のように言う。
「鷹の巣亭はトーランの都市計画上、重要な位置づけにありますから」
そのあとも次々と訪れる宿泊客を、スミス達は笑顔を絶やさずに迎えるのだった。
3 初日終了
食事処琥珀と鷹の巣亭の同時オープンがトラブルなく進み、タクマは満足していた。
食事処琥珀はずっと客足が途切れず、鷹の巣亭もほぼ満室になった。そして目がまわるような忙しさにもかかわらず、従業員達は充実した表情で働いていた。
そんなオープンの様子を見届け、タクマはいったん湖畔の家に戻った。
「かなり駆け足のオープンになってしまったが、どちらも問題なさそうで助かった」
タクマがそう言うと、アークスが笑みを浮かべる。
「確かにせわしなかったですが、今後新店を開く際のいい経験になりましたね」
「そうだな。この経験を生かして、店舗を増やしていくのもありかもしれん」
タクマは椅子の背にもたれかかり、体を休める。
「しかし、初日が終わるまで不安だ。もうそろそろ閉店の頃だとは思うんだが……」
タクマが呟いた瞬間、執務室のドアを叩く音が響いた。
「「失礼します」」
扉を開けてやって来たのは、ファリンとスミスだった。初日の成果を報告に来たのだ。
タクマは二人を迎え入れ、ソファに座るように促す。
「二人ともお疲れ様。初日で大忙しだっただろうから、手短にしよう。反響はどうだった? まずは食事処琥珀の様子から聞かせてもらえるか?」
すると、ファリンが興奮気味に答える。
「そりゃあすごかったわ。店の前の行列が更にお客さんを呼んだみたいで、ずっと客足が途絶えなかったのよ。閉店時間になっても行列は続いていたわ」
入店しそこねた人達がごねたのではないかとタクマが心配すると、ファリンは胸を張って言う。
「それは大丈夫。入店できなかった人達のために、翌日優先的に入店できる札を用意しておいたのよ。渡してあげたら、それで納得してくれたみたい」
「なるほどな。それだけ繁盛したなら、和風な味つけも受け入れられたんだろう。しかしな、少しくらいは問題があったんじゃないのか?」
「一つあるわね。今のメンバーでもしばらくは大丈夫でしょうけど、この混雑が続くようなら人が足りないかもしれないわ。従業員の増員を考えないといけないかもね」
ファリンにそう言われたものの、タクマはこの騒ぎは一週間ほどで収まると考えていた。こういう新しい店は最初こそ物珍しさから人が集まるが、時間が経てば落ち着くものだ。
タクマにそう説明されて、ファリンは納得を示す。
「分かったわ。落ち着くまで、みんなでどうにかまわしましょう」
続いてスミスが報告する。
「鷹の巣亭も問題は少なかった。多少お待たせもしたが、お客様は落ち着いたものだったよ」
役人による受付での選別により、暴れたり、わがままを言ったりする客はいなかったそうだ。また一般向けの部屋ですら他の宿の二倍近い値段という事もあり、協力的な質の良い客ばかりだったという。
「なるほど。一般向けのお客さんは満足してくれたようだな。富裕層のお客さんはどうだった?」
「宿泊料の高さには驚いていましたが、施設の良さを見て納得してくれたようです」
しかし、不備もあったとスミスは口にする。
「富裕層のお客さんには従業員による洗濯サービスを提供しているのですが、一般の方達まで手がまわらないのです。なので一般の方向けに、自分で洗濯ができる場所を作った方が良さそうです」
スミスに指摘され、タクマも気付く。
「そうなのか。それは俺も頭から抜けていたな……分かった、すぐに解決しよう。すまなかった」
「いえ、私達が気が付かなかったのもいけないので」
タクマが解決すると聞いて、スミスはホッとして胸を撫でおろした。
話を聞き終えたところで、タクマが言う。
「みんな忙しいながらも充実していたみたいだな。スタートしたばかりで大変だと思うが、頑張ってくれ。必要な事があれば、言ってくれればすぐ対応する」
そうみんなを激励したあと、タクマはアークス、ファリン、スミスとともに、オープンを記念して祝杯をあげたのだった。
◇ ◇ ◇
タクマはPCを取り出すと、異世界商店を起動させる。鷹の巣亭の洗濯の問題を解決するためだ。
この世界では、汚れを洗浄するクリアという生活魔法が普及している。だからタクマは洗濯の設備が必要だと考えなかったが、生活魔法が使えない者もいるのだろう。
加えて、クリアが使える者でも入浴や洗濯が可能なら魔法は使わないという者もいるはずだ。タクマもその一人である。
「従業員は手一杯と言っていたよな……だったら、アレを導入するしかないか」
タクマは独り言を呟きながら商品を検索する。そして、目当てのものを見つけた。
[魔力量] :∞
[カート内]
・コインランドリー設備(洗濯機、乾燥機) ×10 :1500万
・長テーブル ×3 :4万5000
[合計] :1504万5000
決済してアイテムボックスに送ると、タクマは執務室を出て鷹の巣亭へ跳んだ。
夜中である今、宿の中はとても静かだ。タクマは物音を立てないよう、気配を消して行動する。
コインランドリーの設備は、風呂場の隣に設置すると決める。タクマはヴェルドに授けられたこの宿の空間拡張機能を使い、自分の魔力を注いで20m四方の部屋を増設した。
「風呂の隣なら、洗濯もしやすいだろう。使う人間が多ければ、あとで空間を広げればいいよな」
タクマは一人でブツブツと言いながら、入って左側に洗濯機、右側に乾燥機、そして真ん中に洗濯物を畳むための長テーブルを置く。
設置が終わると同時に、頭の中に機械的な声が響く。
【機材の設置を確認。機械の作動のため、価格設定と魔力の充填をしてください。なお、魔力を満充填すれば一年間は使用可能】
タクマはその声に従って設定を行う。
「価格設定は一回200Gでいいか。もちろん満充填しておこう」
タクマは機械に魔力を限界まで注ぎ込む。すると、魔力が溜まり終わったのか、ブザーが鳴った。
「これで完了か。あとは使ってみてもらってから調整していこう」
こうしてコインランドリーを設置し終えたタクマは、部屋から出ようとする。
「タクマさん?」
そこで、スミスと鉢合わせした。
スミスは夜間の見まわりしている最中だった。新しい扉を見つけて驚いていたところに、ちょうど出てきたタクマに出くわしたのだ。
「言われていた洗濯の設備を作っていたんだ。朝に話すつもりだったけど、今説明しておくよ」
洗濯場へ戻ると、見慣れない機械にスミスが首を傾げる。
「タクマさん。この魔道具は……」
「これは洗濯と乾燥をしてくれるものだ。それぞれの役割は左側が洗濯、右側が乾燥だ。洗濯サービス込みで宿賃が高い二階と差別化するために、有料にしてある。魔道具はどちらも200Gで使える。洗濯も乾燥も、投入口に金を入れれば動く仕組みだ」
「なるほど……魔道具で洗濯が終えられるなら、従業員達の負担もありませんね」
「ああ。ただ、清潔に保ってもらうために掃除は必要だけどな」
タクマはなんでもない事のように言うが、スミスはそれだけの手間で済むのに驚いていた。
外に井戸を掘って洗濯場を設け、手作業で洗ったり干したりすると考えていたのだ。
「掃除くらいなら問題ありませんよ。それにしても、洗濯のために魔道具を導入するなんて……」
「井戸も考えたんだけど、ここは高級宿という位置づけだ。洗濯の手間も少ない方がいいだろ?」
タクマにそう言われ、スミスは宿のために尽力してくれた事に感激する。
こうして宿の問題は無事解決し、タクマとスミスは洗濯場から出たのだった。
深夜だったので、タクマはまっすぐ自宅に戻った。
寝室に入ると、ベッドでは夕夏が安らかな寝息を立てている。ずっとタクマを待ってくれていたのだろう。部屋の灯りはついたままで、毛布もかけずに寝ている。
夕夏の寝顔を見て、タクマは笑みを浮かべる。そして毛布をそっとかけてやる。
「アウン?(お仕事終わった?)」
すると、背後からヴァイスの声がした。
「ああ。これで式までの仕事は終わったかな」
タクマは振り返り、ヴァイスの頭を優しく撫でる。
ちなみにヴァイス以外の守護獣達は、子供達が安心して眠れるよう一緒に休んでいる。
タクマは久しぶりにヴァイスとゆっくり語らう事にした。
「ヴァイス達にはパレードの練習とか、慣れない事ばかりさせてしまっているが平気か?」
結婚式のために守護獣達には面倒をかけてしまっている。タクマはそう感じていた。
ヴァイスは気にした様子もなく、首を横に振る。
「アウン(別に疲れるほどじゃないよー。それに父ちゃんの幸せのためでしょ? 俺達協力するよ!)」
ヴァイスがタクマに頭をすり寄せる。頑張ってくれているお礼にと、タクマはヴァイスを思う存分撫でてやる。ヴァイスは目を細め、タクマの手のぬくもりを堪能した。
「アウン?(それに、式が終われば旅ができるんでしょ? 今度は俺と父ちゃんだけじゃないけど、賑やかなのもきっと楽しいよね。みんなも、楽しみだって言ってた!)」
「ああ、式が終わって落ち着けば、大所帯の旅になるな」
旅の事を想像しているのか、ヴァイスの尻尾がパタパタと揺れる。
「俺もヴァイス達と旅するのが楽しみだ。今までの旅は色々と面倒に巻き込まれてきたが、今度は色んな場所をじっくり観光しような」
タクマとヴァイスは、旅の事をあれこれ空想し、眠くなるまで語らい続けたのだった。
4 式前日
結婚式の日が迫り、タクマは忙しくしていた。
午前中は子供達や守護獣達と一緒に練習に参加し、午後はコラルと打ち合わせをしたり、商会の雑事をこなしたりする。
そんな毎日を繰り返すうちに、あっという間に結婚式の前日となる。
その日の朝、タクマはゆっくりと自宅で過ごしていた。
昼間は久しぶりにヴァイス達と森に入り、存分に遊んだ。ここのところ、仕事ばかりで体が鈍っていたのだ。
夜になると居間に家族が集まり、賑やかな時間を過ごす。タクマと夕夏、そして子供達が会話を弾ませ、守護獣達は家族に寄り添うようにソファの近くに座っている。
「ねー、明日大丈夫かなー?」
ふいに子供の一人が不安そうに言った。
「いっぱい練習したし、大丈夫だよ」
「レンジさんも大丈夫って言ってたよー」
「でも、失敗したら……」
失敗という言葉を聞き、大丈夫だと言った子供も、どこか不安そうな顔になる。
夕夏も緊張しているのか、普段より口数が少ない。
子供達を安心させるべく、タクマは優しく話しかける。
「みんなあんなに練習したんだ。きっと上手くいくよ。明日は今までの成果を出すだけでいいんだ。気負わないで楽しむくらいの気持ちでいればいいさ」
子供達は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
「楽しんでいいの? お父さん達の結婚式でしょ?」
子供達がきょとんとした表情で言う。結婚式をタクマと夕夏だけの行事だと思い込み、自分達も楽しんでいいのだという発想を持っていなかったのだ。
タクマは優しく笑いながら、子供達に伝える。
「確かに、明日は俺と夕夏の結婚式だ。だけど、二人だけで幸せになっても意味がないんだ」
タクマがふと横を見ると、隣に座っている夕夏の表情も不安げなものだった。
その背中を擦りながら、タクマは続ける。
「いいか? 俺達は家族なんだ。結婚式も、俺と夕夏が本当の家族だって誓うためにするんだぞ? だから明日は、家族みんなで楽しもう」
タクマは正式に夫婦になる自分達を、家族の一員として祝福してもらいたいと子供達に告げる。
少し難しい話だったが、子供達は理解できたようだ。
ファリンがすぐ扉を開けると、大工の棟梁と弟子が入ってきた。
「おう! どうにか間に合ったぞ! ん? タクマじゃねえか。ちょうどいい! 良い出来に仕上がったぞ。見てみろ!」
棟梁はそう言って、弟子に持たせていた大荷物をほどいた。
包みの中に入っていたのは看板だった。そこには食事処琥珀という店名とともに、デフォルメされたゲールの姿が彫られている。
夕夏は思わず声を漏らす。
「かわいい……」
従業員たちもそれに続くように、いっせいに歓声をあげた。
みんなの反応を受け、棟梁が誇らしげに言う。
「なかなかの出来映えだろう? アークスから急ぎで欲しいと言われたから、実物そっくりな彫り物は難しかったんだが……」
時間の関係でデフォルメされたゲールは、マスコットのような魅力があった。
人気が出そうだと感じたタクマが言う。
「むしろこっちの方がいい。店に来る人達も親しみやすいだろうし、ゲールもかわいくしてもらえて喜ぶと思う」
「そうか? もっと威厳のある看板の方が良いと思ったんだが……」
確かに、棟梁が言うようにリアルなものにすれば、立派な食堂という印象になったかもしれない。しかし、食事処琥珀は大衆食堂だ。一般の人が尻込みするような高級感は必要ない。
タクマがそう伝えると、棟梁は納得して頷く。
「なるほど……取っつきやすさが大事ってわけか。じゃあ、この看板を納品で構わないんだな?」
「ああ。きっとこの食堂の象徴になると思う」
「そう言ってくれると、急いで作った甲斐があるってもんだ。じゃあ、こっちの宿の看板はどうだ?」
そう言って棟梁が取り出したのは、鷹の巣亭の看板だった。
こちらには、アフダルの姿が格好良く彫り込まれている。
「宿は富裕層向けと聞いていたからな。高級感が出るようにしてある。どうだ?」
どちらの看板も店にふさわしいイメージのものだった。タクマは棟梁の腕に感謝し、両方ともこのまま受け取ると伝える。
「そうか。どちらも気に入ってくれて良かった。じゃあ、早速取りつけさせてくれ」
ファリンに案内され、棟梁と弟子は食堂の外に移動する。
そしてファリンの希望を聞きながら、弟子が看板を取りつけた。道に面した門に看板が設置されると、一気に店らしさが増す。従業員達が満足げに看板を見上げる。
ファリンも元気良く口にする。
「これがあるとないとじゃ全然違うわね。私達もやる気になるってものだわ」
看板によって、ここに根を張って店をもり立てていくのだという気概が、従業員達の胸に宿った。
みんなの様子を眺めて、棟梁が頷く。
「うむ。これで食堂は完成だな! じゃあ、次は宿に持っていくとするか」
棟梁はそう言って鷹の巣亭に歩いていった。
すると、ファリンが慌ててタクマに言う。
「あ、タクマさん。私もそろそろ開店だから戻るわ」
「ファリン、大変だろうがみんなと一緒に頑張ってくれ」
「ありがとう! じゃあ行くわね」
こうして食堂の中に戻ったファリンは、従業員達に開店を告げた。
やる気に満ちた力強い声でみんなが応える。その光景を見たファリンは深く頷き、店の外へ出る。
「皆様、お待たせしました。食事処琥珀、開店いたします!」
ファリンが大きな声で客に宣言すると、長い行列が一斉に店内へ吸い込まれていった。
席はあっという間にいっぱいになり、従業員が飛び交う注文をせわしなく厨房に伝える。
食事処琥珀は一気に活気を帯びていった。
食事処琥珀の開店を見届けたタクマと夕夏は、今度は鷹の巣亭へ移動する。
入り口では先に着いていた棟梁が、従業員達に看板をお披露目していた。
「おお……これが鷹の巣亭の看板……」
スミスはそう口にして感極まり、涙ぐむようにして真新しい看板に見入った。
その表情を見たスミスの妻・カナンと娘のアンリは、思わずといった様子で笑い出す。
「あらあら……これからが本番でしょう? まだ感慨にふけってる場合じゃないわよ」
「そうよ、お父さん! これからたくさんのお客様が来るんだから、しっかりして!」
スミスははっとして顔を上げる。
「そうだ……ようやく俺達は再出発するんだ。鷹の巣亭を繁盛させるために頑張らないとな!」
スミスの力強い言葉に、カナン、アンリ、従業員達の表情も自然と引き締まる。
「活気を見てりゃ分かるが、この看板で良いんだな?」
棟梁にそう尋ねられると、従業員全員が口々に同意した。
棟梁は弟子に目配せし、看板を設置させる。
タクマが少し離れてその様子を眺めていると、棟梁が話しかけてくる。
「タクマ、オーナーであるお前が突っ立ったままでどうする。従業員達に言葉をかけてやらなくていいのか?」
「ん? 俺から何か言わなくても、みんなの士気は最高潮だと思うんだけどな……」
タクマはそう言ってスミス達へ目を向ける。すると、彼らは全員タクマをじっと見つめていた。開店に向けてタクマから言葉をもらいたいようだ。
タクマは少し考えてから口を開く。
「そうだな……みんな、短い期間でよく準備を整えてくれた。おかげで今日から鷹の巣亭の営業が始まる。富裕客がやって来るから、緊張を強いられる場面も多いと思う。だが、みんなが力を合わせてくれれば、最高の宿として運営できると信じている」
「タクマさん。あなたは俺達を救い、この宿を任せてくれた。このチャンスを生かしてみせるよ」
スミスがそう言って深く頭を下げる。するとカナンとアンリも頭を下げ、他の従業員もそれに続いた。
一同に深い感謝を示されて、タクマは動揺しながら言う。
「スミスさん達の宿が上手くいかなくなったのは俺のせいだから、責任を取るのは当たり前だ。改めて謝罪させてくれ。本当にすまなかった。止まり木亭は閉めさせてしまったが、この宿を自分の宿だと思って働いてくれれば嬉しい」
タクマが不器用ながらもスミス一家を思って行動した事は、この場のみんなに伝わっていた。
スミス一家はタクマの謝罪を受け止め、この宿を成功させようと改めて強く思う。
タクマは言葉を続ける。
「従業員のみんなも、この宿の開店に尽力してくれてありがとう。これからもスミスさん達をもり立ててくれるとありがたい」
それを聞いて、従業員の胸にも宿のために働いていく決意がみなぎった。
そこへ、役人が伝令にやって来る。
「スミスさん、宿泊客の受付が終わりました。混乱を避けるために五組ずつ来店させるので、準備をお願いします」
コラルが派遣した役人達は、殺到した客で鷹の巣亭が迷惑しないよう配慮していた。他の宿が増築予定の空地で受付をし、二色の札を使って一階と二階の客を分けたのだという。さらに接客がスムーズにできるよう、時間差でチェックインさせる手配までしていた。
オープンを目前にして、スミスが従業員に向かって声を張る。
「みんな! お客様がやって来るぞ! しっかりとお迎えしよう!」
「「「「「はい‼」」」」」
従業員達の気合の入った返事に、スミスは満足げに頷く。そして、役人に告げる。
「こちらは準備万端です。いつでも案内を始めてください」
それを聞き、役人は持ち場へ戻っていた。
スミス達は宿泊客を迎えるべく用意を始める。
タクマと夕夏は邪魔にならないよう壁際へ移動し、宿のオープンを見守る事にした。
しばらくすると外に人の気配がして、扉が開く。宿泊客がやって来たのだ。
従業員は一列に並び、深く頭を下げて出迎えた。そしてスミスを筆頭に、お客に声をかける。
「ようこそ、鷹の巣亭へ! まずはこちらで履物をお脱ぎになってくださいませ。脱いだ靴はそちらのロッカーにお入れください。宿の中で使う履物は別に用意しております」
宿泊客は役人達からあらかじめ土足厳禁のシステムを聞いていた。言われるままに履物をロッカーに収め、スリッパに足を入れる。
「履き替えましたら、配られた札の色と同じ色の受付でチェックインをお願いします。当店では武装は禁止しております。持っている武器は全て受付にお預けください」
タクマはスミスがそう案内するのを、心配げに眺めていた。武器が携帯できない事に不満が出そうだと懸念していたのだ。
しかし、武器の事で従業員達に食ってかかるような輩は誰もいなかった。
客を案内してきた役人の一人が、タクマに説明する。
彼によれば、受付の時点で武器についてごねる客は弾いておいたそうだ。安全のためという説明をしても応じない者はブラックリストに入れ、鷹の巣亭と役所で情報を共有するという。これは全てコラルの指示に基づいた対応との事だった。
「へえ、そこまでしてくれたのか……」
タクマはコラルの行き届いた気遣いに感心した。
すると役人は当たり前のように言う。
「鷹の巣亭はトーランの都市計画上、重要な位置づけにありますから」
そのあとも次々と訪れる宿泊客を、スミス達は笑顔を絶やさずに迎えるのだった。
3 初日終了
食事処琥珀と鷹の巣亭の同時オープンがトラブルなく進み、タクマは満足していた。
食事処琥珀はずっと客足が途切れず、鷹の巣亭もほぼ満室になった。そして目がまわるような忙しさにもかかわらず、従業員達は充実した表情で働いていた。
そんなオープンの様子を見届け、タクマはいったん湖畔の家に戻った。
「かなり駆け足のオープンになってしまったが、どちらも問題なさそうで助かった」
タクマがそう言うと、アークスが笑みを浮かべる。
「確かにせわしなかったですが、今後新店を開く際のいい経験になりましたね」
「そうだな。この経験を生かして、店舗を増やしていくのもありかもしれん」
タクマは椅子の背にもたれかかり、体を休める。
「しかし、初日が終わるまで不安だ。もうそろそろ閉店の頃だとは思うんだが……」
タクマが呟いた瞬間、執務室のドアを叩く音が響いた。
「「失礼します」」
扉を開けてやって来たのは、ファリンとスミスだった。初日の成果を報告に来たのだ。
タクマは二人を迎え入れ、ソファに座るように促す。
「二人ともお疲れ様。初日で大忙しだっただろうから、手短にしよう。反響はどうだった? まずは食事処琥珀の様子から聞かせてもらえるか?」
すると、ファリンが興奮気味に答える。
「そりゃあすごかったわ。店の前の行列が更にお客さんを呼んだみたいで、ずっと客足が途絶えなかったのよ。閉店時間になっても行列は続いていたわ」
入店しそこねた人達がごねたのではないかとタクマが心配すると、ファリンは胸を張って言う。
「それは大丈夫。入店できなかった人達のために、翌日優先的に入店できる札を用意しておいたのよ。渡してあげたら、それで納得してくれたみたい」
「なるほどな。それだけ繁盛したなら、和風な味つけも受け入れられたんだろう。しかしな、少しくらいは問題があったんじゃないのか?」
「一つあるわね。今のメンバーでもしばらくは大丈夫でしょうけど、この混雑が続くようなら人が足りないかもしれないわ。従業員の増員を考えないといけないかもね」
ファリンにそう言われたものの、タクマはこの騒ぎは一週間ほどで収まると考えていた。こういう新しい店は最初こそ物珍しさから人が集まるが、時間が経てば落ち着くものだ。
タクマにそう説明されて、ファリンは納得を示す。
「分かったわ。落ち着くまで、みんなでどうにかまわしましょう」
続いてスミスが報告する。
「鷹の巣亭も問題は少なかった。多少お待たせもしたが、お客様は落ち着いたものだったよ」
役人による受付での選別により、暴れたり、わがままを言ったりする客はいなかったそうだ。また一般向けの部屋ですら他の宿の二倍近い値段という事もあり、協力的な質の良い客ばかりだったという。
「なるほど。一般向けのお客さんは満足してくれたようだな。富裕層のお客さんはどうだった?」
「宿泊料の高さには驚いていましたが、施設の良さを見て納得してくれたようです」
しかし、不備もあったとスミスは口にする。
「富裕層のお客さんには従業員による洗濯サービスを提供しているのですが、一般の方達まで手がまわらないのです。なので一般の方向けに、自分で洗濯ができる場所を作った方が良さそうです」
スミスに指摘され、タクマも気付く。
「そうなのか。それは俺も頭から抜けていたな……分かった、すぐに解決しよう。すまなかった」
「いえ、私達が気が付かなかったのもいけないので」
タクマが解決すると聞いて、スミスはホッとして胸を撫でおろした。
話を聞き終えたところで、タクマが言う。
「みんな忙しいながらも充実していたみたいだな。スタートしたばかりで大変だと思うが、頑張ってくれ。必要な事があれば、言ってくれればすぐ対応する」
そうみんなを激励したあと、タクマはアークス、ファリン、スミスとともに、オープンを記念して祝杯をあげたのだった。
◇ ◇ ◇
タクマはPCを取り出すと、異世界商店を起動させる。鷹の巣亭の洗濯の問題を解決するためだ。
この世界では、汚れを洗浄するクリアという生活魔法が普及している。だからタクマは洗濯の設備が必要だと考えなかったが、生活魔法が使えない者もいるのだろう。
加えて、クリアが使える者でも入浴や洗濯が可能なら魔法は使わないという者もいるはずだ。タクマもその一人である。
「従業員は手一杯と言っていたよな……だったら、アレを導入するしかないか」
タクマは独り言を呟きながら商品を検索する。そして、目当てのものを見つけた。
[魔力量] :∞
[カート内]
・コインランドリー設備(洗濯機、乾燥機) ×10 :1500万
・長テーブル ×3 :4万5000
[合計] :1504万5000
決済してアイテムボックスに送ると、タクマは執務室を出て鷹の巣亭へ跳んだ。
夜中である今、宿の中はとても静かだ。タクマは物音を立てないよう、気配を消して行動する。
コインランドリーの設備は、風呂場の隣に設置すると決める。タクマはヴェルドに授けられたこの宿の空間拡張機能を使い、自分の魔力を注いで20m四方の部屋を増設した。
「風呂の隣なら、洗濯もしやすいだろう。使う人間が多ければ、あとで空間を広げればいいよな」
タクマは一人でブツブツと言いながら、入って左側に洗濯機、右側に乾燥機、そして真ん中に洗濯物を畳むための長テーブルを置く。
設置が終わると同時に、頭の中に機械的な声が響く。
【機材の設置を確認。機械の作動のため、価格設定と魔力の充填をしてください。なお、魔力を満充填すれば一年間は使用可能】
タクマはその声に従って設定を行う。
「価格設定は一回200Gでいいか。もちろん満充填しておこう」
タクマは機械に魔力を限界まで注ぎ込む。すると、魔力が溜まり終わったのか、ブザーが鳴った。
「これで完了か。あとは使ってみてもらってから調整していこう」
こうしてコインランドリーを設置し終えたタクマは、部屋から出ようとする。
「タクマさん?」
そこで、スミスと鉢合わせした。
スミスは夜間の見まわりしている最中だった。新しい扉を見つけて驚いていたところに、ちょうど出てきたタクマに出くわしたのだ。
「言われていた洗濯の設備を作っていたんだ。朝に話すつもりだったけど、今説明しておくよ」
洗濯場へ戻ると、見慣れない機械にスミスが首を傾げる。
「タクマさん。この魔道具は……」
「これは洗濯と乾燥をしてくれるものだ。それぞれの役割は左側が洗濯、右側が乾燥だ。洗濯サービス込みで宿賃が高い二階と差別化するために、有料にしてある。魔道具はどちらも200Gで使える。洗濯も乾燥も、投入口に金を入れれば動く仕組みだ」
「なるほど……魔道具で洗濯が終えられるなら、従業員達の負担もありませんね」
「ああ。ただ、清潔に保ってもらうために掃除は必要だけどな」
タクマはなんでもない事のように言うが、スミスはそれだけの手間で済むのに驚いていた。
外に井戸を掘って洗濯場を設け、手作業で洗ったり干したりすると考えていたのだ。
「掃除くらいなら問題ありませんよ。それにしても、洗濯のために魔道具を導入するなんて……」
「井戸も考えたんだけど、ここは高級宿という位置づけだ。洗濯の手間も少ない方がいいだろ?」
タクマにそう言われ、スミスは宿のために尽力してくれた事に感激する。
こうして宿の問題は無事解決し、タクマとスミスは洗濯場から出たのだった。
深夜だったので、タクマはまっすぐ自宅に戻った。
寝室に入ると、ベッドでは夕夏が安らかな寝息を立てている。ずっとタクマを待ってくれていたのだろう。部屋の灯りはついたままで、毛布もかけずに寝ている。
夕夏の寝顔を見て、タクマは笑みを浮かべる。そして毛布をそっとかけてやる。
「アウン?(お仕事終わった?)」
すると、背後からヴァイスの声がした。
「ああ。これで式までの仕事は終わったかな」
タクマは振り返り、ヴァイスの頭を優しく撫でる。
ちなみにヴァイス以外の守護獣達は、子供達が安心して眠れるよう一緒に休んでいる。
タクマは久しぶりにヴァイスとゆっくり語らう事にした。
「ヴァイス達にはパレードの練習とか、慣れない事ばかりさせてしまっているが平気か?」
結婚式のために守護獣達には面倒をかけてしまっている。タクマはそう感じていた。
ヴァイスは気にした様子もなく、首を横に振る。
「アウン(別に疲れるほどじゃないよー。それに父ちゃんの幸せのためでしょ? 俺達協力するよ!)」
ヴァイスがタクマに頭をすり寄せる。頑張ってくれているお礼にと、タクマはヴァイスを思う存分撫でてやる。ヴァイスは目を細め、タクマの手のぬくもりを堪能した。
「アウン?(それに、式が終われば旅ができるんでしょ? 今度は俺と父ちゃんだけじゃないけど、賑やかなのもきっと楽しいよね。みんなも、楽しみだって言ってた!)」
「ああ、式が終わって落ち着けば、大所帯の旅になるな」
旅の事を想像しているのか、ヴァイスの尻尾がパタパタと揺れる。
「俺もヴァイス達と旅するのが楽しみだ。今までの旅は色々と面倒に巻き込まれてきたが、今度は色んな場所をじっくり観光しような」
タクマとヴァイスは、旅の事をあれこれ空想し、眠くなるまで語らい続けたのだった。
4 式前日
結婚式の日が迫り、タクマは忙しくしていた。
午前中は子供達や守護獣達と一緒に練習に参加し、午後はコラルと打ち合わせをしたり、商会の雑事をこなしたりする。
そんな毎日を繰り返すうちに、あっという間に結婚式の前日となる。
その日の朝、タクマはゆっくりと自宅で過ごしていた。
昼間は久しぶりにヴァイス達と森に入り、存分に遊んだ。ここのところ、仕事ばかりで体が鈍っていたのだ。
夜になると居間に家族が集まり、賑やかな時間を過ごす。タクマと夕夏、そして子供達が会話を弾ませ、守護獣達は家族に寄り添うようにソファの近くに座っている。
「ねー、明日大丈夫かなー?」
ふいに子供の一人が不安そうに言った。
「いっぱい練習したし、大丈夫だよ」
「レンジさんも大丈夫って言ってたよー」
「でも、失敗したら……」
失敗という言葉を聞き、大丈夫だと言った子供も、どこか不安そうな顔になる。
夕夏も緊張しているのか、普段より口数が少ない。
子供達を安心させるべく、タクマは優しく話しかける。
「みんなあんなに練習したんだ。きっと上手くいくよ。明日は今までの成果を出すだけでいいんだ。気負わないで楽しむくらいの気持ちでいればいいさ」
子供達は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
「楽しんでいいの? お父さん達の結婚式でしょ?」
子供達がきょとんとした表情で言う。結婚式をタクマと夕夏だけの行事だと思い込み、自分達も楽しんでいいのだという発想を持っていなかったのだ。
タクマは優しく笑いながら、子供達に伝える。
「確かに、明日は俺と夕夏の結婚式だ。だけど、二人だけで幸せになっても意味がないんだ」
タクマがふと横を見ると、隣に座っている夕夏の表情も不安げなものだった。
その背中を擦りながら、タクマは続ける。
「いいか? 俺達は家族なんだ。結婚式も、俺と夕夏が本当の家族だって誓うためにするんだぞ? だから明日は、家族みんなで楽しもう」
タクマは正式に夫婦になる自分達を、家族の一員として祝福してもらいたいと子供達に告げる。
少し難しい話だったが、子供達は理解できたようだ。
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