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第一章:聖女から冒険者へ
43.敵国の動向③
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その後もイザナの話は続いた。
災厄は本来、一つだった。
世界を壊すほどの強大な力だったため、先人達はそれを五つに分けて封印することにしたそうだ。
分割された力であれば、後世の者達でも再び封印することが可能だと思ったのだろう。
そして、一時代に一つしか現れないように調整した。
もし同時に封印が解けてしまったら、それに干渉するように他のものも解けてしまう可能性があるからだ。
つい最近私達が第一の災厄を封じたので、最低でも百年は何も起こらないはずだ。
不穏なことが何も無ければ……。
続いて、昨日ソフィアに呼ばれた理由を話してくれた。
それは、この建物内でずっと解析していた、ある魔法書の解読が一部出来たと知らせが入ったからだった。
大災厄の時に先導するように戦い、更に五つの封印を行った伝説の勇者が残したもののようだ。
しかし全ページ暗号化されていて解析は不能だと思われていたのだが、最近になってそれが突然前進した。
その理由について、ダクネス法国が呼び寄せた聖女が関わっているのではないかとイザナは話していた。
「……ルナ、理解出来たか?」
「えっと、あんまり……」
ゼロに突然話を振られ、私は苦笑した。
彼も眉間に皺を寄せた表情をしているので、きっと私と同じであまり良く理解出来ていないのだろう。
「ふふっ、ルナはこう言った話は普段聞かないから、少し難しいかもしれないね」
「うん……。一気に聞かされたから少し混乱しちゃった。これからどうするの?」
私は不安そうな顔でイザナの事を見つめた。
こんな話をして来たということは、イザナの国もダクネス法国と戦うつもりでいるのだろうか。
不安要素は早めに取り除いておいた方が良いとは思うけど、魔物ではなく人間を相手にして戦うのだと思うと恐怖心が込み上げてくる。
今まで多くの魔物とは戦ってきたが、人間同士の争いはしたことがない。
当然、出来ることならば避けたいところだ。
(どうしよう、なんかすごく怖いことになってる……)
「そんなに不安そうな顔をして、ルナは何を考えているのかな?」
「イザナは、あの国と戦うつもりなの?」
私は眉を寄せて掌をぎゅっと握りしめると、イザナの顔をじっと見つめながら問いかけた。
すると彼は小さく微笑んだ。
「そんなことは考えていないから、不安そうな顔はしないで。私の説明不足だったね、ごめん」
「ほ、本当に!?」
私が慌てるように問い返すと、イザナは「本当だよ」と言った。
その言葉を聞いてほっとした途端、体から強張っていた力が抜けていく。
私はソファーの背に凭れ掛かった。
(良かったー……)
「今後についてだけど、暫くジースで過ごした後、西側にあるラーズ帝国の方に進もうかと考えている。私達の目的は、あくまでも世界を巡ることだからね。旅をしながら世界の情勢を見て、私はその情報を我が国ベルヴァルトに伝える。これが陛下から与えられた私の使命だからね。だから、それ以上のことはしないよ。勿論、危険な戦いにも参加したりはしないから安心してね」
「うんっ」
私はその話を聞きながら、何度も首を縦に振っていた。
顔の強張った頬の筋肉も次第に解れ、いつもの表情に戻っていった。
「ある程度ダクネス法国の動向も知れたし十分だと思う。勇者が残したとされる魔法書については気になる所だけど、全ての解析にはまだ時間を要するようだし、後は別の調査員に引き継いで私達は次の国を目指すことしようか」
「でもさ、その情報って本当に正しいのか? ソフィアは敵国の人間なんだろ? 嘘の情報を掴まされてるってこともあるんじゃないか?」
ゼロが言っていることは尤もなことだ。
ソフィアと出会ったことが偶然でないとすれば、彼女が故意的に近づいたのには必ず理由が存在する。
そして、私達にとっては良くない内容なのだろう。
「これは私の予想にはなってしまうけど、ソフィアはあることを試したかったんだと思う」
「あること……?」
ゼロが聞き返す。
私は顔を横に傾けて、イザナの顔をじっと眺めていた。
「ルナと私は実際に災厄と戦って封印まで行った。この時代にそれを体験したのは間違いなく私達だけだろう。そして私はベルヴァルトの王族の血を引いている。となれば、戦いに赴く前に大災厄の真実を知らされたと考えるのが妥当だろうね。勇者が残した書物の存在をちらつかせることで、こちらの情報を聞き出そうとした……ってところなのかな」
「なるほどな。そうなると、ダクネス法国の人間は、まだ真実までは辿り着いてないってことか」
「恐らくは。ソフィアの反応を窺っていたけど、意図があって私に近づいて来たのは間違いない。封印した時の話をあれこれと聞いて来たからね。それに彼女も思考を読み取られない訓練くらいはしているはずだから、こちらの質問にも慎重に答えていて核心につくようなことは残念ながら聞き出せなかった」
私は二人の会話を聞き流しながら、別の事を考えていた。
全然違う理由で二人の関係を疑って、半ば強引にゼロを引き攣れて二人の元に乗り込んでしまった。
そのことを今思い出すと、とても恥ずかしい。
(イザナは仕事をしていただけなのに、私は勘違いして。……っ、もうやだ……)
イザナの顔を見ることが出来なくなり、私は顔を俯かせた。
恥ずかしさと同時に、彼の事を信じられなかった自分自身に少し後悔を滲ませていたからなのだろう。
「ルナ、どうした?」
「……っ、な、なんでもないよっ!」
私の態度に気付いたイザナは不思議そうに問いかけてきたが、私は慌てるように返した。
咄嗟に顔を上げてしまい、そのことで彼の掌が伸びて来て私の頬に当てられる。
イザナは心配そうに私の顔を覗き込んでいるが、私は心の中で『お願い、そんなに見ないで!』と叫んでいた。
「顔が僅かに赤いな。もしかして、また熱が……」
「ち、違うっ! 熱は無いから気にしないで続けてっ!」
私は慌ててイザナの掌を剥がすと、話に戻させようとした。
「イザナ、気付いているとは思うが、あれは熱があるんじゃなくて、何かに照れているだけだろ」
「……っ!!」
ゼロは遠慮すること無く言い張った。
イザナは困った様に笑っていたが、私の頬は更に熱を持っていく。
「先に言っておくけど、いちゃつくのは説明が終わってからにしてくれ」
「……っ!!」
ゼロは意地悪そうな笑みを浮かべながら、私に向けて言っているように見える。
彼は日に日に意地悪になっていくような気がする。
これは絶対に勘違いなんかではない。
「ゼロ、あまりルナをからかわないでくれ。こんなに顔を赤くして、また熱をぶり返したら困るからね」
イザナは私を庇うような言葉をかけると、そのまま私の肩を引き寄せて胸の中に閉じ込めた。
突然のことに私の心臓はバクバクと激しく上昇していく。
(なっ、なに!?)
「結局のところ、ダクネス法国は今のところ脅威にはならないのか?」
「ソフィアを使い探りを入れて来たことを考えれば、何か企んでいるのは間違い無いだろうね。だけど深追いするのも危険だし、こちらに敵意を向けていないのであれば、今は警戒しながら様子を見るのが得策かな」
二人は私の存在を無視して、再び話を始めていく。
「たしかにな。変に敵対心を持たれると面倒だしな。それじゃあ向こうに動きが出るまでは、今まで通り旅を続けるって感じでいいんだな」
「うん。そのつもりでいる。ルナもそれでいいか?」
イザナは顔を下げて私の方に視線を向けると、優しい声で聞いて来た。
私はまだ火照った顔を浮かべたまま、小さく頷いた。
「ルナは風邪を引いてしまったから、あまりジースの街も見れていなかったよね。ルナの体調が良さそうなら、明日にでも散策してみようか」
「う、うんっ!」
私が嬉しそうに答えると、イザナは穏やかな顔で微笑んでいた。
「良かったな。ルナ」
「……っ」
背後からゼロの言葉が響いて来て、私はぴくっと体を反応させるも振り返らなかった。
またこの顔を見られたら、何か言われる事が分かっていたからだ。
「正直、ほっとしたわ。あの国はマジでやばいって噂を聞くから、出来る限り関わり合いになりたくなかったんだよ。でもさ、本気で大災厄なんて大それたことを起こそうとしているのかね」
「一つの兆候としては聖女召喚になるけど、仮にそれを行ったとしても、封印を解くのを早めるなんてことが出来るのかが謎なんだよな。現に今は平和な状態だからね。直ぐにどうこうなるとは思えないし、あの国が準備をしている間に、他の国々が力を合わせて何か対策を考えなければならないとは思うけどね」
今すぐに何かが起こるわけでは無いと聞いたことで、私はほっとしていた。
そして今まで通り、三人で旅を続けられる事が嬉しかった。
災厄は本来、一つだった。
世界を壊すほどの強大な力だったため、先人達はそれを五つに分けて封印することにしたそうだ。
分割された力であれば、後世の者達でも再び封印することが可能だと思ったのだろう。
そして、一時代に一つしか現れないように調整した。
もし同時に封印が解けてしまったら、それに干渉するように他のものも解けてしまう可能性があるからだ。
つい最近私達が第一の災厄を封じたので、最低でも百年は何も起こらないはずだ。
不穏なことが何も無ければ……。
続いて、昨日ソフィアに呼ばれた理由を話してくれた。
それは、この建物内でずっと解析していた、ある魔法書の解読が一部出来たと知らせが入ったからだった。
大災厄の時に先導するように戦い、更に五つの封印を行った伝説の勇者が残したもののようだ。
しかし全ページ暗号化されていて解析は不能だと思われていたのだが、最近になってそれが突然前進した。
その理由について、ダクネス法国が呼び寄せた聖女が関わっているのではないかとイザナは話していた。
「……ルナ、理解出来たか?」
「えっと、あんまり……」
ゼロに突然話を振られ、私は苦笑した。
彼も眉間に皺を寄せた表情をしているので、きっと私と同じであまり良く理解出来ていないのだろう。
「ふふっ、ルナはこう言った話は普段聞かないから、少し難しいかもしれないね」
「うん……。一気に聞かされたから少し混乱しちゃった。これからどうするの?」
私は不安そうな顔でイザナの事を見つめた。
こんな話をして来たということは、イザナの国もダクネス法国と戦うつもりでいるのだろうか。
不安要素は早めに取り除いておいた方が良いとは思うけど、魔物ではなく人間を相手にして戦うのだと思うと恐怖心が込み上げてくる。
今まで多くの魔物とは戦ってきたが、人間同士の争いはしたことがない。
当然、出来ることならば避けたいところだ。
(どうしよう、なんかすごく怖いことになってる……)
「そんなに不安そうな顔をして、ルナは何を考えているのかな?」
「イザナは、あの国と戦うつもりなの?」
私は眉を寄せて掌をぎゅっと握りしめると、イザナの顔をじっと見つめながら問いかけた。
すると彼は小さく微笑んだ。
「そんなことは考えていないから、不安そうな顔はしないで。私の説明不足だったね、ごめん」
「ほ、本当に!?」
私が慌てるように問い返すと、イザナは「本当だよ」と言った。
その言葉を聞いてほっとした途端、体から強張っていた力が抜けていく。
私はソファーの背に凭れ掛かった。
(良かったー……)
「今後についてだけど、暫くジースで過ごした後、西側にあるラーズ帝国の方に進もうかと考えている。私達の目的は、あくまでも世界を巡ることだからね。旅をしながら世界の情勢を見て、私はその情報を我が国ベルヴァルトに伝える。これが陛下から与えられた私の使命だからね。だから、それ以上のことはしないよ。勿論、危険な戦いにも参加したりはしないから安心してね」
「うんっ」
私はその話を聞きながら、何度も首を縦に振っていた。
顔の強張った頬の筋肉も次第に解れ、いつもの表情に戻っていった。
「ある程度ダクネス法国の動向も知れたし十分だと思う。勇者が残したとされる魔法書については気になる所だけど、全ての解析にはまだ時間を要するようだし、後は別の調査員に引き継いで私達は次の国を目指すことしようか」
「でもさ、その情報って本当に正しいのか? ソフィアは敵国の人間なんだろ? 嘘の情報を掴まされてるってこともあるんじゃないか?」
ゼロが言っていることは尤もなことだ。
ソフィアと出会ったことが偶然でないとすれば、彼女が故意的に近づいたのには必ず理由が存在する。
そして、私達にとっては良くない内容なのだろう。
「これは私の予想にはなってしまうけど、ソフィアはあることを試したかったんだと思う」
「あること……?」
ゼロが聞き返す。
私は顔を横に傾けて、イザナの顔をじっと眺めていた。
「ルナと私は実際に災厄と戦って封印まで行った。この時代にそれを体験したのは間違いなく私達だけだろう。そして私はベルヴァルトの王族の血を引いている。となれば、戦いに赴く前に大災厄の真実を知らされたと考えるのが妥当だろうね。勇者が残した書物の存在をちらつかせることで、こちらの情報を聞き出そうとした……ってところなのかな」
「なるほどな。そうなると、ダクネス法国の人間は、まだ真実までは辿り着いてないってことか」
「恐らくは。ソフィアの反応を窺っていたけど、意図があって私に近づいて来たのは間違いない。封印した時の話をあれこれと聞いて来たからね。それに彼女も思考を読み取られない訓練くらいはしているはずだから、こちらの質問にも慎重に答えていて核心につくようなことは残念ながら聞き出せなかった」
私は二人の会話を聞き流しながら、別の事を考えていた。
全然違う理由で二人の関係を疑って、半ば強引にゼロを引き攣れて二人の元に乗り込んでしまった。
そのことを今思い出すと、とても恥ずかしい。
(イザナは仕事をしていただけなのに、私は勘違いして。……っ、もうやだ……)
イザナの顔を見ることが出来なくなり、私は顔を俯かせた。
恥ずかしさと同時に、彼の事を信じられなかった自分自身に少し後悔を滲ませていたからなのだろう。
「ルナ、どうした?」
「……っ、な、なんでもないよっ!」
私の態度に気付いたイザナは不思議そうに問いかけてきたが、私は慌てるように返した。
咄嗟に顔を上げてしまい、そのことで彼の掌が伸びて来て私の頬に当てられる。
イザナは心配そうに私の顔を覗き込んでいるが、私は心の中で『お願い、そんなに見ないで!』と叫んでいた。
「顔が僅かに赤いな。もしかして、また熱が……」
「ち、違うっ! 熱は無いから気にしないで続けてっ!」
私は慌ててイザナの掌を剥がすと、話に戻させようとした。
「イザナ、気付いているとは思うが、あれは熱があるんじゃなくて、何かに照れているだけだろ」
「……っ!!」
ゼロは遠慮すること無く言い張った。
イザナは困った様に笑っていたが、私の頬は更に熱を持っていく。
「先に言っておくけど、いちゃつくのは説明が終わってからにしてくれ」
「……っ!!」
ゼロは意地悪そうな笑みを浮かべながら、私に向けて言っているように見える。
彼は日に日に意地悪になっていくような気がする。
これは絶対に勘違いなんかではない。
「ゼロ、あまりルナをからかわないでくれ。こんなに顔を赤くして、また熱をぶり返したら困るからね」
イザナは私を庇うような言葉をかけると、そのまま私の肩を引き寄せて胸の中に閉じ込めた。
突然のことに私の心臓はバクバクと激しく上昇していく。
(なっ、なに!?)
「結局のところ、ダクネス法国は今のところ脅威にはならないのか?」
「ソフィアを使い探りを入れて来たことを考えれば、何か企んでいるのは間違い無いだろうね。だけど深追いするのも危険だし、こちらに敵意を向けていないのであれば、今は警戒しながら様子を見るのが得策かな」
二人は私の存在を無視して、再び話を始めていく。
「たしかにな。変に敵対心を持たれると面倒だしな。それじゃあ向こうに動きが出るまでは、今まで通り旅を続けるって感じでいいんだな」
「うん。そのつもりでいる。ルナもそれでいいか?」
イザナは顔を下げて私の方に視線を向けると、優しい声で聞いて来た。
私はまだ火照った顔を浮かべたまま、小さく頷いた。
「ルナは風邪を引いてしまったから、あまりジースの街も見れていなかったよね。ルナの体調が良さそうなら、明日にでも散策してみようか」
「う、うんっ!」
私が嬉しそうに答えると、イザナは穏やかな顔で微笑んでいた。
「良かったな。ルナ」
「……っ」
背後からゼロの言葉が響いて来て、私はぴくっと体を反応させるも振り返らなかった。
またこの顔を見られたら、何か言われる事が分かっていたからだ。
「正直、ほっとしたわ。あの国はマジでやばいって噂を聞くから、出来る限り関わり合いになりたくなかったんだよ。でもさ、本気で大災厄なんて大それたことを起こそうとしているのかね」
「一つの兆候としては聖女召喚になるけど、仮にそれを行ったとしても、封印を解くのを早めるなんてことが出来るのかが謎なんだよな。現に今は平和な状態だからね。直ぐにどうこうなるとは思えないし、あの国が準備をしている間に、他の国々が力を合わせて何か対策を考えなければならないとは思うけどね」
今すぐに何かが起こるわけでは無いと聞いたことで、私はほっとしていた。
そして今まで通り、三人で旅を続けられる事が嬉しかった。
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