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2章 四度あることは五度ある

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「和真っ、お父様、お母様! 大変ですっ。あの雪園家から、縁談のお話がっ」

 椿は興奮を隠しきれず、行儀作法も忘れて朝食の席に着こうとしていた両親と和真の元へと飛び込んだ。

「一体どうしたんだい? 椿。そんなに大きな声を出して」
「ごめんなさい……私ったら、つい。で、でも……! あの雪園家から和真に縁談を申し入れたいとのお手紙がきたんです! しかも、あの白百合令嬢が和真に一目惚れをしたと……!」

 椿はキラキラと目を輝かせながら、手に持っていた手紙を父に手渡した。

「えっと、それは一体どういう……」

 困惑した表情を浮かべつつ手紙に目を通す父の様子を、椿は息をのんでうかがった。
 が、それを読んだ父と母の顔色がみるみる曇っていく。

「あの……お父様、お母様? 和真もそんな顔をして、一体どうしたの?」

 和真にいたっては、どこか苛立った様子さえ見て取れる。

 雪園家はこの国でも有数の名家であり、その令嬢と言えば白百合令嬢と名高い美しく聡明と評判だ。そんな令嬢との縁談など、喜ぶ以外の選択肢などない気がするのだが。
 椿は皆の明らかに沈んだ様子に、首を傾げた。

「ああ、いや。なぜあんな名家が格下の我が家と、と思ってね。……買い物に立ち寄った折に見初めたとあるが、和真覚えているかい?」

 父が和真に問いかけた。

「……いいえ。どこかの金持ちの令嬢が店にきてはいたようですが、私は他の仕事中でしたので一言も言葉を交わしてはいませんし、目も合ってませんよ。しかも何も買わずに出て行かれたので、店の帳簿にも記録が残っていないはずです」

 和真は淡々と答え、母は何やら困惑した顔で首を傾げた。

「……確か雪園家には、すでにいくつかの貴族から縁談のお話がきているとの噂よ? だとしたらこれは何かの手違いじゃないかしら。だってわざわざ貴族の縁談を蹴ってまで、格下の我が家との縁談を望むわけがないもの」
「うーん……。これはちょっと手放しで喜ぶわけにはいかない、かなぁ? ほら、やっぱりこれまでのこともあるからねぇ……」

 どうやら遠山家と雪園家の家格が違い過ぎることと、四度も続いた破談のショックで疑心暗鬼にかられているらしい。それも無理らしからぬことだ。なにせこれまで四度も破談続きだったのだから。

 けれど、この手紙に書かれているようにその令嬢が和真を見初め、縁談を望んでいるというのが本当なら。ならば、これは家格を超えた運命の縁談相手ということではないのか。

 椿は目を輝かせた。

 今度こそ、和真が幸せになれるかもしれない。とうとう縁談がまとまる日が、あの夢見の未来を書き換える日がきたのかもしれない。

 椿は和真の元に歩み寄ると、その手を握り大きくうなずいた。

「分かったわ、和真。お父様もお母様もあなたも今までのことで不安になっているのね。なら、私がこの目で調べに行ってみるわ! ちゃんと調べてみたら、今度こそ運命のご縁だと安心できるものね!」

 そう言うと、和真の静止も聞かず椿は部屋を飛び出した。

 後ろから慌てたように呼びかける和真の声が聞こえたような気がしたけれど、のんびりなどしていられない。

 嵐のようにやってきて嵐のように去っていった椿の後ろ姿を、和真と両親は呆然と見送った。

 そして和真ははっとした顔で立ち上がると、使用人を呼びつけ急ぎの用件を申し付けると、足早に椿の後を追いかけたのだった。



◇◇◇◇


 屋敷を飛び出した椿は、雪園家のお屋敷の前に立っていた。

「なんて大きなお屋敷……。一体いくつお部屋があるのかしら。さすが名家中の名家ね……」

 椿からしてみれば遠山家も十分すぎるほどに裕福な家なのだが、それとは明らかに桁違いな大きさである。さすがは何代も続く名家なだけはある。
 これまでの縁談相手の屋敷とは一線を画する立派な門構えに、椿はごくりと息をのんだ。

「私がこの目でちゃんと確かめて、お父様たちに報告しなくては……! きっと今度こそ和真が幸せになれますように……」

 かわいい弟の未来を修正するために、なんとしてもこの縁談を成功させよう。そう意気込み、椿は拳をぎゅっと強く握りしめた。

 そして椿は持ってきていた大判のスカーフをぐるりと頭に巻き付け顔の上半分を覆い隠し、屋敷全体を見渡せる通りの向かいに身を潜めたのだった。



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