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第四十話 しらゆきの激情
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あれから一カ月が過ぎた……
その間、鷹夜は徹底的に外を遠ざけようとした。まず、最初に変わったのは部屋だ。玄関やバルコニーには内鍵が掛けられて出れなくなってしまったし、テレビやパソコン、電話なども始末されてしまった。さらにいうと、部屋には無数の監視カメラが設置されてしまい、常にわたしの行動に眼を光らせている。
(こんなことをしても無駄なのに)
だって、わたしは逃げる気がない。だから彼の行動は全て無意味だ。
「しらゆき。どこを見ているの?」
(……あぁ、失敗した)
最近の鷹夜はわたしが窓を眺めるだけでも嫌がる。
――わたしが逃げるのだと考えているから……
「ご、ごめんなさい。少しボンヤリとしただけなの」
「本当に? 外に出ることを考えていたんじゃないの」
持っていたティーカップを置いて、探るような眼でわたしを見やる。こういう時の鷹夜は苦手だ。なにを言っても疑ってくるから。
「違うよ。わたしの居場所はここだから」
もう何度も繰り返した言葉を鷹夜は信じない。彼が休みの日に横に並んで、ただソファーに座ってお茶を飲むことがこんなにも難しいことだなんて思いもしなかった。
「ふぅん。それならどうしてそんなに暗い顔ばかりしているの?」
わたしの頬を撫でる指先は冷たい。まるで彼の心情を表しているかのようだ。
「…………鷹夜が信じてくれないから」
ポツリと漏らした不満に彼は眉を寄せて、不快感をむき出しにする。
「信じさせてくれないのは雪乃じゃなか」
全てわたしが悪いのだと彼は言いたいのだろう。
「――もういい」
これ以上話していてもお互いの気を悪くしてしまうだけだ。座っていたソファーから立ち上がり、彼の元から離れようとすると、痛いくらいの力で腕を引っ張られて、結局ソファーに舞い戻ってしまった。
「どこに行く気なの?」
「……紅茶のおかわりを持ってこようとしただけだよ」
ギリリと音がしそうな程強い力でわたしを拘束しているくせに、このまま消えてしまいそうなくらいか細い声でわたしを問い詰める鷹夜を突き放すことは出来なかった。
――だけど、それがいけなかった。
「ほら、雪乃はそうやって私から離れるためのウソばかり」
「う、ウソなんかじゃないわ」
強い眼に見咎められると、言葉に詰まる。そのことがなによりも証拠となって彼を追い詰めてしまう。
(どうして、わたし達は……)
すれ違ってしまうのだろう。なにをしていたら正解だったのか答えは未だに分からない。けれど、彼がわたしのせいで苦しそうにしている姿を見ると歯がゆくて胸が痛くなってくる。
「良いんだよ。ウソを付いても」
全てを諦めたような笑みを浮かべ、わたしを拘束していた腕をほどく。
「たか、や……?」
「――たとえ、雪乃がウソを付いても、私が逃がさなければいいことなのだから」
今度はどこを縛り付けてあげようか、と愉悦を滲ませて話す彼は本当に狂ってしまったのだと悟った。
(わたしのせいだ)
あの時、リツの元へ行ってしまったから。だから、鷹夜がおかしくなってしまった。
「ねぇ、雪乃。どうしたらキミは諦めるのだろうね?」
「諦める?」
「そう。一体なにをしたら、キミが私のしらゆきになるのだろう」
悩ましげに口端を歪められると、わたしはふつふつと胸の中で憤りを感じた。
「なんで」
呟いた声は自分でもびっくりするくらい低い。
「なんで鷹夜はわたしのことを信じてくれないの?」
「キミがあの男ばかり見るからだよ」
忌々しげに吐き捨てる彼は、名前を言うのも嫌だとばかりに眉間の皺を深くする。
(もう疲れた)
終わりの見えない言い争いなんてなんの意味もない。あの日からわたし達はいつ切れてしまうか分からない危うい緊張状態にいる。なにを言っても聞き入れてくれないどころか、わたしが誤解を解こうとしても煩いとばかりに濃厚過ぎるキスで口を塞がれる。その癖、愛の言葉を欲しがる。そんなもの彼がそんなこと望まなくても、ずっと好きだと言っている。なのに信じないのはわたしが鷹夜の元から逃げるための算段だと考えているからだ。恐らくこの先も、鷹夜は満足しないだろう。どれだけ身体を繋げ合っても彼の傍に居ても鷹夜の乾いた心は戻ることはない。
(そんなのもう嫌だ)
「……いい加減にしてよ」
「いい加減にするのは雪乃だよ。キミはもう婚姻届にもサインだってしてあるのだから。早く諦めて私のモノになったらどうなんだい?」
「そういうことをいい加減にしてって言っているのよ!」
追い詰められた衝動に駆られるがままに、彼の頬を平手打つ。バチン、と空気が震える程に小気味良い音が鳴る。叩いた手のひらは熱を持ち、ジンジンとする痛みがある。本気で平手打ちをすると叩いた本人もこんなに痛いなんて知らなかった。鷹夜は突然のことになにをされたか分からないといった顔をしたまま叩かれた右頬を抑えた。
「ゆ、きの……?」
「鷹夜はわたしのことなんかなにも分かってない!」
「分かっているさ。キミが生まれた時からずっと見てきているのだから」
「いいえ。あなたが見てきたのは鷹夜の中で創り上げてきた『しらゆき』よ」
「違う。わたしはちゃんとキミを……」
「ウソよ。だってあなたは――わたしが記憶を取り戻しても気付いていないのだから」
わたしの告白に彼が息を呑んだ音が、静かな部屋に響き渡った。
その間、鷹夜は徹底的に外を遠ざけようとした。まず、最初に変わったのは部屋だ。玄関やバルコニーには内鍵が掛けられて出れなくなってしまったし、テレビやパソコン、電話なども始末されてしまった。さらにいうと、部屋には無数の監視カメラが設置されてしまい、常にわたしの行動に眼を光らせている。
(こんなことをしても無駄なのに)
だって、わたしは逃げる気がない。だから彼の行動は全て無意味だ。
「しらゆき。どこを見ているの?」
(……あぁ、失敗した)
最近の鷹夜はわたしが窓を眺めるだけでも嫌がる。
――わたしが逃げるのだと考えているから……
「ご、ごめんなさい。少しボンヤリとしただけなの」
「本当に? 外に出ることを考えていたんじゃないの」
持っていたティーカップを置いて、探るような眼でわたしを見やる。こういう時の鷹夜は苦手だ。なにを言っても疑ってくるから。
「違うよ。わたしの居場所はここだから」
もう何度も繰り返した言葉を鷹夜は信じない。彼が休みの日に横に並んで、ただソファーに座ってお茶を飲むことがこんなにも難しいことだなんて思いもしなかった。
「ふぅん。それならどうしてそんなに暗い顔ばかりしているの?」
わたしの頬を撫でる指先は冷たい。まるで彼の心情を表しているかのようだ。
「…………鷹夜が信じてくれないから」
ポツリと漏らした不満に彼は眉を寄せて、不快感をむき出しにする。
「信じさせてくれないのは雪乃じゃなか」
全てわたしが悪いのだと彼は言いたいのだろう。
「――もういい」
これ以上話していてもお互いの気を悪くしてしまうだけだ。座っていたソファーから立ち上がり、彼の元から離れようとすると、痛いくらいの力で腕を引っ張られて、結局ソファーに舞い戻ってしまった。
「どこに行く気なの?」
「……紅茶のおかわりを持ってこようとしただけだよ」
ギリリと音がしそうな程強い力でわたしを拘束しているくせに、このまま消えてしまいそうなくらいか細い声でわたしを問い詰める鷹夜を突き放すことは出来なかった。
――だけど、それがいけなかった。
「ほら、雪乃はそうやって私から離れるためのウソばかり」
「う、ウソなんかじゃないわ」
強い眼に見咎められると、言葉に詰まる。そのことがなによりも証拠となって彼を追い詰めてしまう。
(どうして、わたし達は……)
すれ違ってしまうのだろう。なにをしていたら正解だったのか答えは未だに分からない。けれど、彼がわたしのせいで苦しそうにしている姿を見ると歯がゆくて胸が痛くなってくる。
「良いんだよ。ウソを付いても」
全てを諦めたような笑みを浮かべ、わたしを拘束していた腕をほどく。
「たか、や……?」
「――たとえ、雪乃がウソを付いても、私が逃がさなければいいことなのだから」
今度はどこを縛り付けてあげようか、と愉悦を滲ませて話す彼は本当に狂ってしまったのだと悟った。
(わたしのせいだ)
あの時、リツの元へ行ってしまったから。だから、鷹夜がおかしくなってしまった。
「ねぇ、雪乃。どうしたらキミは諦めるのだろうね?」
「諦める?」
「そう。一体なにをしたら、キミが私のしらゆきになるのだろう」
悩ましげに口端を歪められると、わたしはふつふつと胸の中で憤りを感じた。
「なんで」
呟いた声は自分でもびっくりするくらい低い。
「なんで鷹夜はわたしのことを信じてくれないの?」
「キミがあの男ばかり見るからだよ」
忌々しげに吐き捨てる彼は、名前を言うのも嫌だとばかりに眉間の皺を深くする。
(もう疲れた)
終わりの見えない言い争いなんてなんの意味もない。あの日からわたし達はいつ切れてしまうか分からない危うい緊張状態にいる。なにを言っても聞き入れてくれないどころか、わたしが誤解を解こうとしても煩いとばかりに濃厚過ぎるキスで口を塞がれる。その癖、愛の言葉を欲しがる。そんなもの彼がそんなこと望まなくても、ずっと好きだと言っている。なのに信じないのはわたしが鷹夜の元から逃げるための算段だと考えているからだ。恐らくこの先も、鷹夜は満足しないだろう。どれだけ身体を繋げ合っても彼の傍に居ても鷹夜の乾いた心は戻ることはない。
(そんなのもう嫌だ)
「……いい加減にしてよ」
「いい加減にするのは雪乃だよ。キミはもう婚姻届にもサインだってしてあるのだから。早く諦めて私のモノになったらどうなんだい?」
「そういうことをいい加減にしてって言っているのよ!」
追い詰められた衝動に駆られるがままに、彼の頬を平手打つ。バチン、と空気が震える程に小気味良い音が鳴る。叩いた手のひらは熱を持ち、ジンジンとする痛みがある。本気で平手打ちをすると叩いた本人もこんなに痛いなんて知らなかった。鷹夜は突然のことになにをされたか分からないといった顔をしたまま叩かれた右頬を抑えた。
「ゆ、きの……?」
「鷹夜はわたしのことなんかなにも分かってない!」
「分かっているさ。キミが生まれた時からずっと見てきているのだから」
「いいえ。あなたが見てきたのは鷹夜の中で創り上げてきた『しらゆき』よ」
「違う。わたしはちゃんとキミを……」
「ウソよ。だってあなたは――わたしが記憶を取り戻しても気付いていないのだから」
わたしの告白に彼が息を呑んだ音が、静かな部屋に響き渡った。
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ありきたり、と言われましたが、全然ありきたりじゃなく面白いです!いいですねー始まり方が最高です!
これからも更新楽しみにしています!