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本編

870 もう一つ、救うべき魂

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「……これは死にましたねぇ、ソルーナさん」

 アローガンスの一撃によって消し飛ばされたソルーナ。
 ひっくり返った森を見ながら、ビシャスはクフフと笑う。

「ビシャス、これが貴様の祭り事であーるか?」

「その一部だったんですがねえ」

 黒もや状態のビシャスに向かって、アローガンスは唾を吐いた。

「ペッ、だったら興醒めである」

「ご期待に添えられず、申し訳ありませんね」

 戯けるビシャスを睨みながら、今度はヒューリーが言う。

「残りはお前一人か。この間の借りを返してもらうぞ」

「起こしてあげたと言うのに、逆に感謝されたいくらいですよ」

「黙れ」

 ブワッとヒューリーの体から熱い魔力が迸る。
 近くにいる俺も、その熱気をひしひしと感じていた。

 いいのか、怒って。
 また大変な思いをして止めるのは、一苦労だぞ。

「憤怒の。ここで高ぶってもらっちゃ困るであーる」

「……わかっている。わかっているさ」

 アローガンスに言われ、ヒューリーは懐からミントを取り出して口に放り込んだ。
 彼は、冷静さを取り戻すために必要なアイシクルミントをもしゃもしゃと食べる。

 この場でお互いに本気を出せば、圧倒的な被害が生まれてしまう。
 たとえダンジョン内じゃなくとも、元はダンジョンコアではなかった彼ら。
 さっきのアローガンスみたいに、とんでもない力は健在。

「アローガンスさんが来るのはすこし想定外でしたが……」

 それをわかっているからか、ビシャスは余裕の表情でこう語る。

「まあ一般市民に手が出せないのは一緒ですからねえ」

「我が我慢を強いられるとは癪に触る言い方であるが、確かにそうであーる」

 だからと言って、とアローガンスは続けた。

「その姿はあくまで自分のガーディアンに一部を移した分体」

 すなわち、お互いに動くことができない。
 ビシャスをこの場で殺しても、おそらく本体はダンジョンで生きている。
 ビシャスだって、行動自体は全てソルーナにやらせていた。
 だからもう変な真似は何もできない、とアローガンスは睨んでいた。

「今すぐ帰るである、ビシャス」

「もっとお話ししましょうよ?」

「くだらんおべんちゃらに付き合うほど、我は我慢強くはないのである」

「昔は共に戦った仲間だったじゃないですか」

「ペッペッ、貴様を仲間なんて我は生まれてこのかた一度も思ったことがないであーる!」

 ニコリと微笑んだビシャスの表情に、アローガンスは全身に鳥肌を立たせていた。
 寒さは恐怖というよりも、圧倒的な不快感からだろう。

「憤怒の、塩を持ってないか? 今すぐこの場に撒いて、こいつのよくわからん気持ち悪い雰囲気を浄化するであーる!」

「無論持っているぞ。ビシャスの相手をする時の必需品だからな」

「うーん、ナチュラルにひどいですねぇ? 私何かしました? 少し悲しくなってきましたよ?」

 過去に、どんなトラブルがあったとういうのだろうか。
 さて、ダンジョンコアたちがにらみ合いをしている間に俺も動く。

「キングさん、頼むよ」

「承知した」

 この場には、メイヤがまだ残っている。
 悠長に話をしている場合じゃない。
 もしかしたら、彼女は上空で漂いながら、まだ争っているのかも知れない。
 行き場を失った魂の持つ魔力が解放されてしまえば、どうなってしまうのか。

「あの魂に向かって、主を投げればいいんだな?」

「うん、あんまり待たせちゃ悪いから……ね!」

「──プルァ!」

 メイヤに、彼女に必要なのは還る場所ではない。
 帰る場所なんだ。

 元々は、魂だけの存在。
 人として、エルフとして。
 本来生まれてこない存在だったとしても。

 今は、そこにいるじゃないか。
 この世界に、立っているじゃないか。

 俺だって、もともとこの世界の人間ではない。
 だから、本来いるべき世界じゃない側の気持ちはよくわかる。

 すごく悲しいことだったし、そこそこ悩んだけど。
 仲間が、家族が、味方が。
 傍にいてくれたからこそ、今まで踏ん張れた。

 もう一人にはさせない。
 約束しただろ、これから美味い飯屋とか連れていくって。

「今助けるぞ、メイヤ!」

「──おっと、少しばかり気が早いですよ?」

「ッ!?」

 俺が掴むよりも先に、ビシャスの腕が黒もやとともに伸びて魂を掴んだ。

「どこで取り返しに来るかと思っていましたが、今ですか」

 話している最中で隙だらけかと思ったんだが、俺の動向もしっかり見ていたらしい。

「ソルーナもいない、もう必要ないだろ。返せよ。そして帰れよ」

 俺だって塩は持ってるぞ。
 まくぞ、こんちくしょう。

「みんな冷たくて、私そろそろ悲しさで胸がいっぱいになってきましたよ」

「暖かく迎えて欲しかったら、土下座でもして懇願するんだな」

 そして、もう二度と世界に迷惑をかけませんと誓え。
 誓いの証として、そのまま今までの責任を取って自害しろ。

「生まれ変わって綺麗なビシャスになれば、飯くらい奢ってやるよ」

「それが可能なら、それも“実に良い案”ですねえ」

 だったら早よ、と言おうとしたところで、ビシャスはメイヤの魂を胸に抱いた。

「……では、先に実験いたしましょう」

「実験……?」

「この子が無事に生まれ変わることができたら、私も生まれ変わることにします」

「……どういう意味だ」

 まるで、メイヤの魂を一度殺すとでも言わんばかりのセリフ。
 自我を持った魂だとしても、魔力の塊。
 今のビシャスにとっても、あの魂は扱いきれるほどのものではない。
 専門家である、スピリットマスターは死んだのだから。

「そのままの意味ですよ──悪意は──」

「む!? いかんであーる!!」

「くっ、あいつのスキルの登頂を忘れていた!!」

 何かを呟こうとしたビシャスに向かって、アローガンスとヒューリーが駆け出した。

「な、何が!?」

「プルァ! 主よ! とにかく奴が何かをする前に止めるべきだということだ!」

 俺とキングさんも続く。

「ビシャスのスキルは悪意を芽生えさせ染め上げるであーる!」

「そう、純粋な善意であればあるほど……効果は絶大なのだ!」

 アローガンスとヒューリーの言葉。
 ただでさえ、死を振りまくレベルのメイヤの魂。
 それでも彼女は純粋だった。

 それが悪意に染め上げられたとするならば、どうなるか。
 アローガンスからしても、厄介だと言わざるを得ない。

「ビシャスッ! その魂ごと遠くにぶっ飛ばしてやるであーる!」

「待って! メイヤはどうなるんだ!」

「知らんであーる! 貴様の探していたマイヤーはもう見つかったであーる!」

「そんなこと言ってる場合ではないぞ!」

「プルァ!」

 俺とアローガンスの意見がぶつかった。
 引力で勢いを収めようとする俺と、全力で振り切ろうとするアローガンス。
 これもビシャスの仕組んだことだったのか……。

「──純粋なるままに」

 そんな一瞬の隙に、ビシャスのスキルが発動した。
 真っ白な魂が、真っ黒に染め上がる。

「消え去れ、であーる!」

 構わない、とばかりに大きく体を膨張させて殴りかかるアローガンス。
 しかし、突如として魂からとんでもない衝撃が吹き荒れた。

「おわああああああ!!」

「我に掴まれ、主よ!!」

 俺たちは激しい衝撃にぶっ飛ばされてしまう。

「アローガンス! 大丈夫か!?」

 一番近くにいたアローガンスに目を向けると。

「ぬぐううううううううううううううう!」

 彼は歯を食いしばり、溢れ出す膨大な魂と真っ向勝負していた。
 繰り出した右拳は、溢れ出す黒い魔力と拮抗する。
 アローガンスの生み出す衝撃は相殺どころか押し返され、上半身の衣服は消し飛んでいた。

『ふふ、興醒め……でしたっけ?』

 魔力の中心から聞こえるビシャスの言葉。

「撤回しよう! これはなかなか、骨が折れる相手であーる!」

『あ、そういえば、情報までに一つ良いですか?』

「うるさいであーる! 今取り込み中!」

『さっきトウジさんに殺された私のガーディアンが少し息を吹き返しましてね? もう戦えもしないのに今の衝撃で吹っ飛んで死んじゃいましたよ、フフフ』

「ッ!」

 そう言われた瞬間、アローガンスの大きく膨れ上がっていた身体が縮んだ。
 返信したかのように、ボンッと骨の浮き出た元の細身の切り替わる。

『あらら、今のでも傲慢の必約の対象内なんですね?』

「…………貴様、覚えておくである」

 何故か力を失ったアローガンスは、押しとどめていた魔力の塊に飲み込まれた。
 なんの縛りもなく自由になった魂は、それからさらに膨張する。
 深淵樹海で巨大化したキングさんのように、どこまでも、どこまでも。

『クフフ、綺麗ですね。クフフフフフ、私の鼻くそは少しばかり大きいようで、フフフ──』

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