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後編 魔法学園での日々とそれから

127.皆でダンス

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 ズンチャカズンチャカ、聞き覚えがありすぎる。

「これは、もしかしてあの時の……!」

 民族音楽伝承クラブだったかな。一年生に教えているのかもしれない。
 クラブ活動は二年生の前期までだけれど、楽しいからなのか部活動にもなっている。ほとんどの人がクラブ時間を終えたら引き続き部活として練習するらしい。

 ……まぁ、血湧き肉躍るもんね。
 
 オリヴィアさんとフルールが「?」という顔をしている。ジェニーは帰りに迎えに来た時に曲だけは軽く聞いていた。

「入学パーティーの小ホールで、この音楽を学生っぽい人たちが演奏していたのよ」
「あら。アリスさんはそちらにも行っていたのね。途中から姿が見えないと思ってはいたわ」
「あ……もしかして私のせいだったんでしょうか。ごめんなさい……」

 フルールに謝られる。

「いいのよ、フルールさん。メイザー様に唆されたのでしょう? 私もあっちの方が楽しかったし……あ」
「アリス、言ってしまったわね」

 なかなか気取ってはいられないよね。

「アリスさんのダンス、最高でした! もう一度見たいです。またすぐにパーティーがあればいいのにという気分です」
「私もです。あれでアリス様のファンは一気に増えたと思います」

 ファンって……。
 ユリアちゃんとレオニーが、期待の眼差しで見てくる。

「レイモンドがいないとさすがに……」
「あら、私も見たいわね。そんなにすごかったのかしら」
「ジェニーまで……」

 ズンチャカズンチャカバンバラバンバラ……ああ! じっとしていられない!

「もういいや! 柔軟体操がてら皆で踊りましょう! ジェニー、付き合って。頑張って私に合わせてちょうだい」
「え……ええ!?」
「皆も適当に踊りましょう!」

 運動服だから格好つかないけど……どうでもいいよね! こんな音楽聞いたら、居ても立っても居られない!

 私たちは適当ダンスを音楽が終わるまで続け……パートごとの練習に入っただろうあたりで通しでは曲が流れなくなってしまったので「腹筋何回できるー?」なんて雑談をしながら鍛えたり、下校時間が近づいたあたりで皆で笑いながら外階段ダッシュをしたりして過ごした。

「やっぱりジェニーが一番体力あるんだね……」
「鍛えてはいるもの。アリス、口調が戻っているわよ」
「もう階段ダッシュで疲れきったし……。オリヴィアさんとフルールさんなら気にしないよね。たまにはこっちの口調でいい?」

 二人が苦笑しながら顔を見合わせる。
 
「楽な方にされてください。アリスさんってそんな方だったのね」
「うん……やっぱりご令嬢らしくは難しいな。卒業したあとにボロが出るといけないし、せめて学園では気を付けるけど。どうしてもね」
「本音で話してもらっている感じがして嬉しいわ。……私ね、婚約者がいるの」

 校舎を歩きながら、オリヴィアさんが少し沈んだ顔をする。いきなりどうしたんだろう。

「相手は父と同じ伯爵位で神学者。司教でもあるわ。会っても堅苦しい話ばかり……」

 情報として知ってはいる。

 この国に教皇様はいない。トップは国王様だ。その下に教典などを定めたりする枢機卿がいて、各地の教会を束ねる司教がいて、それぞれの教会の上に立つのが神父と呼ばれる司祭。その補助を助祭や副助祭が行う。
 前の世界がどうだったのかは分からないけど、違いは結構ありそうだ。

「この髪もね、あてつけよ。否定されにくいような神の教えを勝手に考えて……ただのささやかな反抗」
「素敵な考えだと思ったわ」
「ありがとう……。さっきの変なダンスなんて初めて見た。初めて踊った。型にはまっていない自由って……幸せね」

 たまに感じてはいた。
 クラスの貴族の子が平民の子を見る時に侮蔑のような……下賤の民を見るような目をするって。――そこに羨ましさも含まれているって。
 
「多様な色彩が神様への愛……多様性を寛容してくれるのが神なのでしょう? たくさん生み出された型にはまらない自由、可能な範囲で見つけ出して、楽しんじゃえばいいと思うわ。……一緒にクラブ、続けようね」
「ええ、ありがとう」
 
 こっちに来て数年の私が神様について好き勝手言っていいのかとも思うけど……。

 でも、無宗教だったからこそ言える。人生を楽しむためなら、教義だって捻じ曲げてしまってもいいと思う。だって……ねぇ。思考の偏り、ここの神様は嫌いなんだよね?

「私も楽しかったわ。神様に生み出されたこの世界……私も楽しんでしまってもいいのかしら」

 フルールからは、幼馴染だった月城聖歌以上の闇を感じる。

 ゴスロリ趣味だった聖歌。その趣味にはお金がかかる。出資者は羽振りのいい義理の父だったようだ。母親が再婚したお陰でたくさんお金がもらえると言っていた。私への罪の意識でね……とも。再婚した二人にもすぐに子供ができて、彼女にも弟がいた。そのあたりで色々あったのかもしれない。
 邪魔って言われなくても自分が邪魔者だと分かるって結構キツイよね、と自嘲ぎみに呟いていた聖歌の顔と今のフルールの顔が、なぜかかぶった。

「この世界に生を受けた人間全てに、楽しむ権利があると思うわ」
「……他の人の楽しむ権利を奪った人でも? 私の母は、私を実験道具にしないことを約束させて、自分と祖父母を父に差し出したわ。父は男爵位をもらってもどうでもよさそうだったし、私に関心もないの。実験にしか興味がない」

 マッドサイエンティストか……。
 麻酔薬の発見……ああいうのって量を間違えると酷いことになるようなイメージだよね。殺人にならないように身内で実験ってことだよね。悪意ではなく事故ってことになるんだろうけど……。

「この世に生を受けた時点で、楽しむ権利は絶対にある。それに、それはフルールさんのせいではないでしょう」
「私の存在が、母にその選択をさせたのよ」
「それはお母様の立派な堂々とした選択で、フルールさんの楽しくて輝かしい未来を信じてのことなのだから、その道を歩かなくては」

 私を産みたいと思ってくれたお母さんはもういない。その記憶は、お母さんの頭の中からなくなってしまった。

 私の幸せな人生を純粋に願ってくれる人は、もうどこにも存在しない。レイモンドだけが私の支えだけど……それは男女の愛で、家族の愛でもあろうと頑張ってくれてはいたけど、やっぱり歪で――、私から男の子としてだけ見てほしいとお願いをした。

「私は記憶をなくしているけど……でも、産みたいと思ってくれた人がいる。それだけは事実だから、誰かにとって大切な私だったってことを支えに生きていこうと思う。フルールさんのお母さんも、産みたいと思って産んで生きてほしいって思ったからその選択をしたんだよね。一緒に学園生活を楽しもう、フルールさん」
「アリスさん……ありがとう」

 お互いにつられながら私も含めて皆で半泣きになりつつ更衣室に入ったから、中にいる人たちにギョッとされた。

 あとでジェニーに教えてもらった。

「あなたのことね、魔女様に拾われたと知っている人は別世界からの迷い子だと思っているわ。聖女と似たような存在だと。孤児院に記録もなく検査もされずに突然現れて、その才能。完全に身元が分からないなんて、ありえないもの」

 次の言葉に少しぞっとした。

「聖女の言葉に匹敵するかもしれない。そう思う人も多いわよ。誰かと仲よくなれば、すぐに何かしらの相談を受けると思うわ」

 そんなにすごいことを言える自信はない。仲がいい子で周囲を固めておこうと思った。
 
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