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後編 魔法学園での日々とそれから
128.保育技能向上クラブ
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そして金曜日。
今度は保育技能向上クラブだ。
「皆様ご入学おめでとう。二年のブリアックです! 半年だけですがよろしくお願いします。えー、僕たちが去年行った活動についての一覧表をお渡ししますね。こちらはクラブなので保育園での実習ができるわけではないのですが、協力してくださっているいくつもの保育園さんにグループに分かれて見学することができます。魔法を封じられている子供たちとの交流となりますが、来年保育科に入るにあたって勉強にもなるかなと思います」
おー、保育園の先生を目指す男の子って感じ。歌のお兄さんよりは、体操のお兄さん寄りかな。
「前期は、子供たちへのプレゼント作りや技能向上に向けた取り組み。具体的には、それぞれの年齢に向けたお話や仕掛け絵本、首飾りを作ったり、壁に貼るような可愛い絵を描く練習などをやっていきましょう。前期は僕たちと一通り終えて、最後あたりに見学があります。後期も繰り返しでもいいですし、自分たちで何かを考えてもいいのかなとも思います」
うん……すごくきちんとしている。
どうしよう、私たちがつくったクラブに一年生が来年入ったら……一体何をどう説明したら。名前も「健康増進クラブ」だし。もう少しきちんと考えるべきだったか……。
「ただ、金曜日のクラブ参加者は学園祭でも出し物をします。部活動に入っている人もいるので、参加時間を半分にするなどの調整をお願いします。準備の際には僕たちも手伝いますし、当日も最初は参加しますので頑張りましょう」
え……そうなの。
ってことは、ダニエル様とジェニーは普通に店番なしで学園祭を楽しめるのか。知っていたのかな。
「それでは、四人から六人グループで分かれ、今日は簡単な絵を描いてみましょう。クラブですから、楽しく話しながらでいいですよ。時間まで描けるだけでいいです。来週もありますからね。それでは始めてください」
あらかじめ机が真向かいにくっつけられていたので、レイモンドとは隣り合っている。目の前にはダミアンとフルールがいる。結局知り合いでくっついてしまった。
他にもグループが複数できている。一部は昨年から継続している先輩たちだろう。
「上から描いていく? アリス」
「こんなことなら練習しておけばよかったわ……完全に頭になかった」
机には言葉だけを書いた用紙が置いてある。
おうち、保育園バッグ、クレヨン、花……このへんはなんとか。ぞうさん、きりんさん、コアラさん、いぬさん、ねこさん、イルカさん……描けと言われると難しい。先生と子供たちが遊んでいる絵、お昼寝の絵、運動会の絵……難しすぎて倒れそう。
ぞうやキリンなんかは南の大陸に存在しているらしく……動物園はないものの、見た気分になれる絵画は存在している。レイモンドと前に行った「幻想魔術美術館」にも、そんな絵があった。
「どうしても絵が思い浮かばない人は、昨年までに先輩や私たちが描いた絵の一部を教卓に置いたので参考にどうぞー」
ブリアックさんが昨年と今年前半の年間活動表を配りながら、そう言ってくれる。
「行ってくるわね……」
「はや! クレヨンくらい描けばいいのに」
「答をほしがる人なの、私」
「答なんて人の数だけあるよ……」
人の数だけ変な絵もあると思う。
教卓の前でふむふむと眺める。
なるほど……メリハリがあると上手く見える。輪郭線も大事だよね。子供と先生の絵は斜めから描くといい感じ。きりんさん……服を着せると可愛いな。
よさそうなのを覚えてから席へ戻る。
今、レイモンドとフルールが会話してた……何を話していたんだろう。
目の前の彼女の絵を見ると――、
「うわ。フルールさん、すごく上手いわね」
「ありがとう。練習していたので……、レイモンド様もとても上手くて驚きましたわ」
本当だ……。
「レイモンド……そっちの特訓を私もしたかったかな」
「う……学科を完全に決めていたわけじゃなかったし……」
そうじゃん!
ハッキリと保育科を絶対に選ぶとは私、言ってなかった。自分のせいかー。
「今から頑張るわ……」
ちまちまと描いていく。
普通だな……。教卓にあった絵の劣化コピーだ。
「アリス様もとても上手いですよ」
「ありがとう、ダミアンさん。でも……あなたも上手いのね」
「うーん、子供向けは難しいですね。俺も絵を見てきます」
色鉛筆で描いているのに、ダミアンの絵は絵手紙風で味がある。私は好きだけど、子供向けではないかなー。
光樹によく戦隊ものの絵を描いてって言われたからあれのレッドだけは今も記憶していて上手く描ける自信があるけど……誰にも理解してもらえないよね。
少し寂しいな。あれのレッドじゃんって誰かに興奮ぎみにすごいって言われたいな。レイモンドにお願いすれば言ってくれるかなと思ってしまうあたり、完全に依存状態……。
チラリと見ると、次々とフルールが可愛い絵を描いていく。
少しだけ劣等感を持っちゃうな。小柄でキュートで影を背負っていて守りたくなる雰囲気で……。
私が死んでしまうから、こっちの世界に喚ぶことを決めたレイモンド。この子のことも、守ってあげたいとか思わないのかな。
「うん……我ながら普通すぎる絵ね……」
「悪くはないんじゃない?」
「それなら、レイモンドの部屋に飾っておこうかしら」
「ごめん、いらない……」
「愛の言葉でも書いておけば、きっともらってくれるわよね」
「……嫌がらせに愛の言葉を使わないでくれるかな」
そこまで言われるとムカつくな。皆の前だからふざけているのかもしれないけど。
「私の普通の絵をそんなに嫌がらなくてもいいのに」
この普通の絵が可哀想じゃん。
「あ、それなら俺にください、アリス様」
「え……ダミアンさん、欲しいの……?」
「はい、記念に欲しいです」
なんで!
あ、もしかして聖女もどき扱いだから? いや、ダミアンは平民出身だから魔女がどうとかの話は知らないはずだしな……。
「よく分かんないけど、いるならあげるわね」
「ありがとうございます!」
レイモンドが焦った顔をしている。
いやぁ……そういう意味じゃないと思うけど。卒業後は離れ離れになるから記念にってことだよね、きっと。
「私は三人の絵が欲しいわ。見ながら練習したいわね」
「俺のならいくらでもあげるよ」
「あ、俺もいただいてしまいますし、よろしければ渡しますよ。参考にはならなさそうなので、いらなければ捨ててください」
「私のもいいですよ。アリスさんに持っていていただけるのなら嬉しいですわ」
フルールは丁寧語をあんまり崩さないよね。男爵令嬢だからか、ジェニーほど令嬢に足を突っ込んでる感もないけど。
どうしよう……練習が終わったあともフルールとダミアンのは特に捨てにくいな。おばあさんになっても持っているとかヘタしたらありそう。しかしもう断れない。次から言葉には気を付けよう。今回のは記念にずっととっておこう。
「それなら、いただいちゃおうかしら。あー、残りは先生と子供たちの絵。難敵だわ……」
こうして、初めての保育技能向上クラブは終わった。
帰りに「普通の絵、欲しいって言えばよかった……愛の言葉も欲しかった……」とレイモンドがドヨーンとしながら何度も呟いていたのは、言うまでもない。
今度は保育技能向上クラブだ。
「皆様ご入学おめでとう。二年のブリアックです! 半年だけですがよろしくお願いします。えー、僕たちが去年行った活動についての一覧表をお渡ししますね。こちらはクラブなので保育園での実習ができるわけではないのですが、協力してくださっているいくつもの保育園さんにグループに分かれて見学することができます。魔法を封じられている子供たちとの交流となりますが、来年保育科に入るにあたって勉強にもなるかなと思います」
おー、保育園の先生を目指す男の子って感じ。歌のお兄さんよりは、体操のお兄さん寄りかな。
「前期は、子供たちへのプレゼント作りや技能向上に向けた取り組み。具体的には、それぞれの年齢に向けたお話や仕掛け絵本、首飾りを作ったり、壁に貼るような可愛い絵を描く練習などをやっていきましょう。前期は僕たちと一通り終えて、最後あたりに見学があります。後期も繰り返しでもいいですし、自分たちで何かを考えてもいいのかなとも思います」
うん……すごくきちんとしている。
どうしよう、私たちがつくったクラブに一年生が来年入ったら……一体何をどう説明したら。名前も「健康増進クラブ」だし。もう少しきちんと考えるべきだったか……。
「ただ、金曜日のクラブ参加者は学園祭でも出し物をします。部活動に入っている人もいるので、参加時間を半分にするなどの調整をお願いします。準備の際には僕たちも手伝いますし、当日も最初は参加しますので頑張りましょう」
え……そうなの。
ってことは、ダニエル様とジェニーは普通に店番なしで学園祭を楽しめるのか。知っていたのかな。
「それでは、四人から六人グループで分かれ、今日は簡単な絵を描いてみましょう。クラブですから、楽しく話しながらでいいですよ。時間まで描けるだけでいいです。来週もありますからね。それでは始めてください」
あらかじめ机が真向かいにくっつけられていたので、レイモンドとは隣り合っている。目の前にはダミアンとフルールがいる。結局知り合いでくっついてしまった。
他にもグループが複数できている。一部は昨年から継続している先輩たちだろう。
「上から描いていく? アリス」
「こんなことなら練習しておけばよかったわ……完全に頭になかった」
机には言葉だけを書いた用紙が置いてある。
おうち、保育園バッグ、クレヨン、花……このへんはなんとか。ぞうさん、きりんさん、コアラさん、いぬさん、ねこさん、イルカさん……描けと言われると難しい。先生と子供たちが遊んでいる絵、お昼寝の絵、運動会の絵……難しすぎて倒れそう。
ぞうやキリンなんかは南の大陸に存在しているらしく……動物園はないものの、見た気分になれる絵画は存在している。レイモンドと前に行った「幻想魔術美術館」にも、そんな絵があった。
「どうしても絵が思い浮かばない人は、昨年までに先輩や私たちが描いた絵の一部を教卓に置いたので参考にどうぞー」
ブリアックさんが昨年と今年前半の年間活動表を配りながら、そう言ってくれる。
「行ってくるわね……」
「はや! クレヨンくらい描けばいいのに」
「答をほしがる人なの、私」
「答なんて人の数だけあるよ……」
人の数だけ変な絵もあると思う。
教卓の前でふむふむと眺める。
なるほど……メリハリがあると上手く見える。輪郭線も大事だよね。子供と先生の絵は斜めから描くといい感じ。きりんさん……服を着せると可愛いな。
よさそうなのを覚えてから席へ戻る。
今、レイモンドとフルールが会話してた……何を話していたんだろう。
目の前の彼女の絵を見ると――、
「うわ。フルールさん、すごく上手いわね」
「ありがとう。練習していたので……、レイモンド様もとても上手くて驚きましたわ」
本当だ……。
「レイモンド……そっちの特訓を私もしたかったかな」
「う……学科を完全に決めていたわけじゃなかったし……」
そうじゃん!
ハッキリと保育科を絶対に選ぶとは私、言ってなかった。自分のせいかー。
「今から頑張るわ……」
ちまちまと描いていく。
普通だな……。教卓にあった絵の劣化コピーだ。
「アリス様もとても上手いですよ」
「ありがとう、ダミアンさん。でも……あなたも上手いのね」
「うーん、子供向けは難しいですね。俺も絵を見てきます」
色鉛筆で描いているのに、ダミアンの絵は絵手紙風で味がある。私は好きだけど、子供向けではないかなー。
光樹によく戦隊ものの絵を描いてって言われたからあれのレッドだけは今も記憶していて上手く描ける自信があるけど……誰にも理解してもらえないよね。
少し寂しいな。あれのレッドじゃんって誰かに興奮ぎみにすごいって言われたいな。レイモンドにお願いすれば言ってくれるかなと思ってしまうあたり、完全に依存状態……。
チラリと見ると、次々とフルールが可愛い絵を描いていく。
少しだけ劣等感を持っちゃうな。小柄でキュートで影を背負っていて守りたくなる雰囲気で……。
私が死んでしまうから、こっちの世界に喚ぶことを決めたレイモンド。この子のことも、守ってあげたいとか思わないのかな。
「うん……我ながら普通すぎる絵ね……」
「悪くはないんじゃない?」
「それなら、レイモンドの部屋に飾っておこうかしら」
「ごめん、いらない……」
「愛の言葉でも書いておけば、きっともらってくれるわよね」
「……嫌がらせに愛の言葉を使わないでくれるかな」
そこまで言われるとムカつくな。皆の前だからふざけているのかもしれないけど。
「私の普通の絵をそんなに嫌がらなくてもいいのに」
この普通の絵が可哀想じゃん。
「あ、それなら俺にください、アリス様」
「え……ダミアンさん、欲しいの……?」
「はい、記念に欲しいです」
なんで!
あ、もしかして聖女もどき扱いだから? いや、ダミアンは平民出身だから魔女がどうとかの話は知らないはずだしな……。
「よく分かんないけど、いるならあげるわね」
「ありがとうございます!」
レイモンドが焦った顔をしている。
いやぁ……そういう意味じゃないと思うけど。卒業後は離れ離れになるから記念にってことだよね、きっと。
「私は三人の絵が欲しいわ。見ながら練習したいわね」
「俺のならいくらでもあげるよ」
「あ、俺もいただいてしまいますし、よろしければ渡しますよ。参考にはならなさそうなので、いらなければ捨ててください」
「私のもいいですよ。アリスさんに持っていていただけるのなら嬉しいですわ」
フルールは丁寧語をあんまり崩さないよね。男爵令嬢だからか、ジェニーほど令嬢に足を突っ込んでる感もないけど。
どうしよう……練習が終わったあともフルールとダミアンのは特に捨てにくいな。おばあさんになっても持っているとかヘタしたらありそう。しかしもう断れない。次から言葉には気を付けよう。今回のは記念にずっととっておこう。
「それなら、いただいちゃおうかしら。あー、残りは先生と子供たちの絵。難敵だわ……」
こうして、初めての保育技能向上クラブは終わった。
帰りに「普通の絵、欲しいって言えばよかった……愛の言葉も欲しかった……」とレイモンドがドヨーンとしながら何度も呟いていたのは、言うまでもない。
応援ありがとうございます!
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