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冒険者ギルド

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 異世界と聞いて何を思い浮かべますか?
 『ゲーム』に酷似した世界観の世界に転生したと聞いたら何をやってみたいですか?
 そんな事を問いかけた際の答えに絶対に出てくる、やっぱりファンタジーの世界と言えば、これじゃないかなぁと思う場所の前に私は今立ってたりします。

「……これが冒険者ギルドかぁ」

 ファンタジーの王道「ギルド」
 私はその中でも一番名前を聞くかもしれない「冒険者ギルド」の前に居る。
 何で? ……勿論冒険者登録するためですけど?
 それ以外にはないよねぇ。……貴族娘の冷やかしじゃないからね?
 
「あーるジ。何に感動してるんだヨ? こんなノ、普通に見れル、てぇか珍しくもなんともねぇんじゃねぇノ?」

 ある種有名な冒険者ギルドの前で感動していた私は水を差されて微妙な顔になりながらも声の主を睨む。
 睨まれた本人はまったくもって堪えてない所が腹立たしい。
 此処でビクつかれても偽物を疑うだろうけど。

「ワタクシ、初めての場所に感動せずにいられる程冷めた人間では御座いませんわ」
「……別に理由があると感じたガ?」
「あら? 勘違いでは御座いません事? ワタクシがこうして冒険者ギルドに来たのは初めてですわよ? ワタクシが嘘を言っているとでも?」

 嘘は言ってませんよ?
 私が冒険者ギルドに来たのは初めてだし、初めての場所に感動しない程心が冷めてもいないし。
 まぁついでに『前』の記憶で定番中の定番である「冒険者ギルド」を目にして「あぁ此処は異世界なんだなぁ」と再確認しただけで。
 魔法やら獣人やら何やら今更なんだけどね。
 『前』の時に読んだ本やら漫画やらで描かれた定番中の定番を目にするとシミジミ思っちゃうだけで。
 クロイツも影の中から喜びやら驚きやらが伝わってくるし、ここら辺は『前世』を持っている存在が感じる驚愕と言えば良いのか、感動と言えば良いのか。
 何方にしろ普通にこの世界に生きている存在には一生味わう事の無い感情だとは思う。
 『前』の事を教えるつもりのないルビーンとザフィーアに詳しい説明をする気も無いんだけどね。

「必要もない所で嘘つく事はないだろうナァ、きっト」
「必要ならバ、戸惑わないと思っているガ」
「貴方方が主をどう見ているかよく分かる言葉ですわね、全く」

 間違ってない所が何とも言えないよ、本当に。
 
「だからこソ、俺等の主様なんだろぉヨ」
「清廉潔白な奴は要らなイ。悪道しか進めない奴も要らなイ。何方も兼ね備えていない奴は潰れるだケ」
「末永く仕える事ができる主様で嬉しいゼェ?」

 なんだろうね?
 「逃がさねぇぞ」と言われてる気分になるのは?
 私、主だよね?
 魂まで縛る【従属契約】しといて逃げるも何もないだろうに。
 というか本来なら私が二人に対して「逃がさないわよ」と言う場面じゃないかな?
 どうして私が言われる側な訳?

「<そりゃアイツ等が元暗殺者であり追う側でオマエは逃げる側だからじゃねぇの?>」
「<クロイツさんや、そんなドきっぱり言わないでくれる?>」

 捕食される側に居るような居心地の悪さを感じるでしょうが。
 気にするだけ無駄なんだろうけどさ。

「今更貴方方の権利を手放したりはしませんわ」

 ため息交じりにそう言えば二人は全身で喜びを表す。
 本当に此処だけ見れば主に従順な犬なのにねぇ?
 実際は忠誠心のやたら高い自由人だし。
 コイツ等の手綱を取れとか無茶ぶりもいい処だよね。
 不可抗力とは言え破棄も出来ない【契約】だから諦めるしかないんだけど、ね。

「此処に居ても仕方ありませんわね。行きましょうか」

 さて、これから私はラーズシュタインのキースダーリエではなく、ただの「キース」として冒険者ギルドに乗り込む。
 クロイツは基本的に影の外にでは出てこず、ルビーンとザフィーアとは主従ではない。
 これは別に貴族が冒険者登録が出来ないとかそういう規約があるためじゃない。
 そんな規約があれば私は一生冒険者になる事は出来なかった。
 たとえ私が冒険者となれなくとも錬金術のギルドも存在している上、あそこは身分不問の場所だから問題はなっただろうけど。
 とはいえ、実際冒険者ギルドに貴族が冒険者として登録するのは珍しくはない。
 特に学園に入学すれば課外学習も含めて城外に赴きダンジョンのフロア攻略するという課題が出る事さえある。
 だからか冒険者として登録する分には身分で弾かれる事は無いのだ。
 じゃあ何で「キースダーリエ」として登録しないのかって?
 答えは簡単、私はまだ子供だからだ。
 中身はまぁそれなりの経験を積んでいるけれど外見はどう頑張っても子供でしかない。
 貴族の子供がこのくらいの年齢で冒険者として登録するのは外聞が悪い……と言われる事もあるのだ。
 コッソリ登録している子供なんてざらだし、家庭教師と共に外に出るために登録だけ済ませるなんて事も普通にあるけれど、家格が高ければ高い程周囲の声が大きくなる。
 何だかんだ言ってラーズシュタインは公爵家の中でもお父様が宰相である事もあって権力はそれなりに強い。
 その分粗探しもされやすいって事で、まぁウルサイ人間は彼方此方にいるのだ。

「(じゃあ、身分隠して登録しても同じじゃないか? とは突っ込まれそうだけど)」

 流石にそこまで突っ込んだら暗黙の了解を認識できない空気の読めない奴扱いされて終わりだ。
 貴族は空気も読まないといけないから、そんなレッテルを貼られれば致命傷だから、そこまで突っ込む人間はそうそういない。

「(ま、一番ウルサイ輩を黙らせる事が出来たから、なんだろうけどね)」

 シュティン先生やトーネ先生と共に近場の草原くらいには行っていたけれど、どうやら本格的な【採取】などの講義をする事にしたらしい。
 その前準備として「冒険者登録をしてこい」だもんなぁ。
 相変わらず私を「子供」として見ない先生方だ。

「(トーネ先生の推薦状は丁重にお断りしたけれど、代わりがこの二人だもんなぁ)」

 ルビーンとザフィーアは表向き冒険者だから推薦状も普通に出せる。
 と言うか二人とも「B級」だって言うんだから驚きだ。
 刹那的な生き方をしていた二人がギルドのクエストをそこそこ真面目にこなしていたとは思いもしなかった。
 ちなみにこの場合の「推薦状」とは明らかに子供である場合誰かが「コイツの事を見てます」と言った保証のような物だ。
 ただし冒険者として登録する時だけの行きずりの関係でもOKというものすっごく緩いモノでもある。
 此処まで緩いのには理由もある訳だけど。

 冒険者と呼ばれる人達は基本的に我が道を行く存在だ。
 最低限の規則以外を律儀に守る人間は殆どいない。
 それらに対して処罰を与えてしまうとギルドに登録せずに好き勝手する存在が増えてしまい冒険者という名のならず者だらけの無法地帯になってしまう。
 そうならないためにギルドはギリギリを常に見極めて規約などを設定している、らしい。
 多少の制約あれどメリットもあるからこそ人々はギルドに登録し最低限の規約を守ろうとしてくれる。
 上手にバランスを取る事でギルドと冒険者、双方に利益を生み出しつつ冒険者ギルドは成り立っているのだ。

「(ギルドに登録する事で本人証明として使えるって側面もあるみたいだけどね。『免許証』みたいだよねぇ)」

 私達貴族や一般的な平民は『戸籍』のような物が存在する。
 だが、それを与えられなかった存在や失ってしまった存在もいる。
 そういった人達がギルド……この場合冒険者ギルドが一番多いと思うけれど、何処かのギルドに登録する事で初めて一個人としての自身を確立する事が出来る。
 正直『日本』と違い個人の証明が確立できずとも生きていく事は出来るが、あった方が便利なのだから登録する存在の方が多いのは当たり前の事である。
    
 と、まぁ色々あるけれど私が身分を隠して「キース」として冒険者登録するためには子供なのだから推薦状が必要となる。
 トーネ先生もシュティン先生も冒険者カードをお持ちだから推薦状を出す事は問題ない。
 問題無いけれど問題はある。
 
 先生方があまりにも有名過ぎるのだ。
 
 トーネ先生は勿論の事シュティン先生ですらこの界隈では有名人らしいのだ。
 【採取】についていった時の二人の強さを目の当たりにすれば納得と言えば納得なのだけれど、有名過ぎるというのは問題だ。
 しかも二人とも滅多に推薦状を出さない、なんて聞いてしまえば推薦状を出して欲しいなんて言えるはずもない。
 私は目立つつもりは一切ない。
 顕示欲がそこまで強い訳も無く、むしろ冒険者として大成したい訳でもない。
 実力的にも器用貧乏で終わりそうな中途半端な人間が目立っても良い事なんて無い。
 だから丁重に推薦状の件はお断りしたのだ。
 とは言え子供である私が冒険者として登録するためには推薦状は必要だ。
 なんて経緯によってルビーンとザフィーアに推薦状を頼む事になったのである。

「(もうちょっと歳が上なら行きずりの人を捕まえて登録したんだけどね)」

 それも経験と言って強行したかもしれない。
 流石に【検査】を終えてすぐの子供がやって良い事ではない、よねぇ?
 ってな感じで大人しくルビーンとザフィーアに推薦状を出してもらう事になりました。
 「「命令ヲ」」と言われる事以外は何事もありませんでした。……何もなかったからね?

「(此処で足踏みしていても仕方ないんだけどね)」

 二人の推薦により私、キースは冒険者となる。
 色々思う所はあるけれど仕方ない。
 私は出そうな溜息をかみ殺すと冒険者ギルドへと足を踏み入れるのであった。


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