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第二章「新たな旅立ち」

第36話「嫌でも前に進むしかない」

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 ギルド「マリア・ファング」のすぐ隣。そこにアイテムショップ「与太来堂」は存在する。いつも閉まっているという話だが、今日は開店していた。店の外の看板に営業中と出ているから間違いない。けれど、小さい字でこう書かれている。

「※店主の都合により急に閉店する場合があります。その場合は諦めて、お引き取り下さるようお願いします」

やる気があるのか、ないのか……よくわからない店である。



「ごめんくださーい」 



この店のドアの開き方に少し驚く。ナイトゼナでは基本的にドアが一般的だ。ただ、ここでは引き戸だ。つまり、襖や障子のように横に開けるの。某海産物アニメの玄関の扉というとわかりやすいかな。中は様々な商品が雑多に溢れ、お菓子や食料品がこれでもか!というぐらい、たくさん並べられている。子供が来たら喜びそうだなと想像した。なんか駄菓子屋さんみたいで懐かしい雰囲気がする。まあ、その時代私も理沙も生まれていないんだけど。コンビニやスーパーでしか駄菓子買ったことないし。でも、何故か懐かしいと思うのは日本人故なのか。



これで店主が優しいお婆ちゃんで縁側で猫と一緒に寝ている。そんな光景があれば尚、最高だ。ただ、商品は駄菓子だけではない。用途不明の魔法道具がたくさんあり、水晶や杖、髑髏なんかもある。他にも、オーブやら数珠やらネックレスやら様々……髑髏はレプリカだよね?



武器、兜、鎧なんかも陳列されており、武器屋さんみたい。理解できないのはモンスターの剥製やホルマリン漬けまで売っていることだ。ここ、何屋さんなんだろう。



「なんか、変わった所だね」



「うーん、駄菓子屋さんっぽいけど、雰囲気は異様っス」

 

「ここはいつもこんな感じよ。っていうか、ダガシヤって何?」



子供ガキに玩具やお菓子を売る商売の事さ」



サラさんの疑問に第三者の声が答えた。その人物はひょっこりと中から出てきた。それは女の人だ。歳は25歳ぐらいで黒髪のロング。背が高く170はあるのが印象的。Tシャツにジーンズという服装だ。耳にはピアスをつけ、胸元にはシルバークロスのアクセサリー。かなり大きい胸ね、80ぐらいはあるかも。腕には薔薇に絡みつく蛇の入れ墨がある。なんか、ちょっと怖そうな印象を受けた。



「へーそうなんだ。おひさ、梨音《りおん》。元気してるぅ?」



「なんだ、サラか。まあ、ぼちぼちやってるよ。ギルドに伝えるようバイトに頼んだが……そうか、お前なら心強いな」



と、知り合いらしき二人は雑談に花を咲かせた。その途中、梨音さんは懐から煙草を出し、ライターで火をつけた。もう、煙草の匂いは嫌いなんだけど……。だが、彼女はそんな事などお構いなしで、美味そうに煙を吸う。吐き出された煙に対し、理沙もミカちゃんもノノも顔をしかめている。サラさんだけが唯一、平気のようだ。きっと慣れているんだろう。それぐらいにこの二人は頻繁に会っているのかも。ただ、私からするとこういう女の人はちょっと苦手。言葉遣いも横柄だし、煙草は吸うし、あぐらをかいている。どこからどう見ても男っぽい。ただ、発育の良い胸がそれを否定する。なんかヤクザさんの姐さんみたいな雰囲気だ。



「ん?」



いや、ちょっとまて。あの煙草はもしかしてピアニッシモ・アリアじゃ?緑と白ののパッケージでアルファベットの筆記体。あれは英語だ……ナイトゼナの文字ではない。それにあの煙草はうちのお母さん……お義母さんではない。つまり、日本にいるうちの母が愛用している煙草だ。まさか、この人!



「あの、すみません。もしかして日本人の方ですか!?」



「お前さんも日本の出身か?アタシは東京の渋谷だよ。道玄坂な」



東京、渋谷、道玄坂! なんだか懐かしい名前が出てきた。ここナイトゼナでは日本の都市の名前など日常会話では当然ながら出てこない。理沙と日本の事を話す時はよく出るけど、それ以外ではまず見ないし、聞くこともない。まさか、私や理沙、お姉ちゃん以外で日本人がナイトゼナにいるとは思わなかった。



「わ、私と彼女は大阪なんです。日本人がいるなんて……感激です!」



私は理沙の腕を掴み、無理やり梨音さんと距離を短くする。理沙も「どうもッス」と挨拶を交わす。そして、私は思わず梨音さんの手を握っていた。まるで大好きな芸能人に出会ったファンみたいな心境だ。嬉しすぎて、気持ちが溢れて止まらない。しかし、そうか。とうとう出会えたんだ、同じ日本の人に。こんな異世界の異国の地で故郷の人に会えるなんて……。梨音さんはしばらく呆然としていたが、やがて頷く。



「あー、気持ちはわかるが、そろそろ仕事の話をするぞ。時間は待ってくれないからな」



「あ、す、すいません。つい嬉しくて……」



「いい、いい。気にすんな。さて、んじゃ仕事の話をするか。お前たちの仕事は簡単、荷物の護衛だ」



「荷物の護衛……それが緊急事態なんですか?」



別に緊急でも何でもないような気がする。というか、そんなの正メンバーじゃなくても良さそうな気がするけど。



「メイ、与太来堂は「マリア・ファング」の老舗スポンサーよ。ギルドができた当初から支援しているの。だからここの仕事はいつも最優先。尚且つ、失敗は許されない。正メンバーだけがその仕事を請け負うことができるの」



ミカちゃんの説明で合点がいく。なるほど、このお店はスポンサーでもあるのね。出資者には逆らえないというのは日本でも異世界でも変わらない常識か。私が理解したのを見て、梨音さんは続ける。



「ここから北東に行くとシルド鉱山がある。その鉱山ではシルド石っていうこの島でしか取れない貴重な鉱物があるんだ。シルド石は加工して魔法道具にしたり、魔法学校の研究実験で使われる。私はその卸を引き受けているんだが、最近どうもモンスターが邪魔してくるらしい」



「邪魔ですか?」




「ああ」




吸い終わりの煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草に火をつける。一度煙を深く吸い込んでから、再び梨音さんは話し始めた。どうも頭の痛い話らしい。煙草でも吸わないとやってられないのだろう。なんとなく、そういう雰囲気が伝わってくる。



「一度、運び屋の連中を雇ったが、モンスターに襲われてばかりで、収穫はゼロだ。商売あがったりだ。取引先からもクレームが出ている。こっちだって信用商売だ。これでは仕事にならん」



「傭兵さんとか雇ったりとかは?」



と、ノノが質問する。
梨音さんは首を横に振って回答した。



「雇ったよ。でも、全員返り討ちだ。幸い、命は助かったが、身ぐるみ剥がされて有り金全部取られたんだと。どのパーティーもパンツ一丁で帰ってきたよ。泣き面浮かべてな。中には冒険者やギルドを辞めた奴もいる。ただ、ここで少し疑問が出て来た」



「疑問?」



「メイ、モンスターは人間のお金には興味が無いのよ。基本的に食事することと交尾することしか頭にない連中だからね」



「あ……」



サラさんの言葉に梨音さんは深く頷く。ゲームではモンスターを倒したら経験値とお金が貰える。けど、よく考えればモンスターはほとんど動物と同じだ。モンスターが人間からお金を盗んで、どっかの街で買い物する……とは考えにくい。っていうか、こ、交尾って。ふ、深く考えるのは止めるけど自然の摂理だよね。



「サラの言うとおりだ。じゃあ、何で傭兵達から金を故毟るのか?答えは簡単。誰かが裏で糸引いてるのさ。シルド石も金もまとめて頂いてやるぜっていう奴がな。多分、そいつらがモンスターを操ってるんだろうよ」



梨音さんは日頃の鬱憤を晴らすかのようにまくし立てる。恐らく、相当腹に来ているのだろう。しかし、そんなに怒るなら早くマリア・ファングに依頼を出せば良かったのに。どうして、このタイミングなんだろうか。



「梨音、話はわかったけど何でこのタイミングで依頼を?最初からファングうちに頼めば良かったじゃない」



と、サラさんが私の疑問を代弁する。
だが、梨音さんは更に不機嫌になった。
煙草を吸いながら、サラさんを睨みつける。けど、彼女は少しも臆さない。



「オメーの所の正メンバーが少なすぎるんだよ!ロブは田舎で死にかけのババアの世話で引退したし、バズルは歳取りすぎて引退。引退しなくても、95のジジイなんぞには頼まねぇが。ガゼルは結婚して農業するから冒険者は辞めたと。お前の弟子も揃っていなくなりやがった。つ・ま・り、実質お前以外誰もいねーんだよ!かと思ったら、お前は諸国漫遊でいないし……」



「あはは。旅をするのがストレス解消でね。知らない街に行って知らない人に会って仲を深めて、友達になる。美味しい料理を食べて、イケメンなボーイにお酒を注いでもらってガッツリ飲む。そうして明日への活力を養うの。放浪癖もあるんだろうけど、そういうのが好きなのよ私」



サラさんは何でもないことのように笑う。あの、梨音さんにその話は火に油なのでは。ますます眉間がピクピクしてきているが。戦々恐々という雰囲気を初めて味わう私達。え、ちょっと待って。じゃあ、今の正メンバーは……。



「そう、今の正メンバーはお前らだ。七瀬芽生、近藤理沙、ノノ・スライル・シェリミー・クラム、ミカ・ストライク。頼れるのはもうお前たちだけなんだよ」



「え、メイ達はともかく、私も正メンバー扱いなんですか? 私は準のはずだけど」



「ミカ、お前は正メンバーのパーティに入ってるだろ。それだけで充分だ。それにメイ達と随分親しいと聞いてるぜ。お前さんの腕はメイも認めてるはずだ。なら、それで充分だろ」



「ふふ、ミカちゃん。これでいつでも一緒だね」



「う、うん」



少し照れ笑いをするミカちゃん。そこへノノが挙手した。



「あの~、今更な質問ですが。妖精もメンバー入りして大丈夫ですか?」



「マリア・ファングのギルド規定書・規則第26項にこう書いてある。当主(マスター)から実力ありと認められ、尚且つ本人の了承を得た者は性別・社会的身分・国籍・種族・信仰宗教・前科・身体障害等の有無、経済的事情やその他を問わず、正メンバーとなることを許可する。つまり、マスターが認めりゃ、妖精だろうがモンスターだろうが構わないということだ」



「そうですか、よかった。妖精じゃダメかと思った。これで安心してメイとお仕事行けるわ」



「ふふ、そだね」



「各々不安は無くなったようだな。今回の仕事はアタシにとっても重要な事だ。大変だが、その分、報酬には色を付けてやるよ。特典で他にも願い事を叶えてやろう。私ができる範囲でだがな」



「なら、日本に帰るための方法を教えてください」



「何だと?」



私は決意を込めて梨音さんの瞳を見つめる。そして、誰にでも聞こえるようにハッキリと大声で言った。



「私は一刻も早く元の世界に帰りたいんです。私は、ただの女子高生です。戦いとか争いとか、そういうのはお爺ちゃん・お婆ちゃんが若かった頃の話です。少なくとも私達の身近には無かったんです。けど、ここに来て、みんなとお喋りしている時以外は、いつも心がグチャグチャで、不安に押しつぶされそうで、辛いんです……」



誰も口を挟まなかった。皆、黙って私の言葉に耳を傾けていた。私は思いの丈を、心に浮かび続けていた言葉を吐き出す。みんなに私の意見を知ってもらうために。



「私は戦いたくありません。誰も殺したくない。それでも元の世界に帰るた方法を探すため、嫌でも前を向いて進むしかなかったんです。ぶっちゃけ、マルディス・ゴアの復活だの何だのには興味ありません。私は元の世界に帰りたいだけなんです!」



「メイ、落ち着いて……」




「帰って、お父さんやお母さんに甘えて、勉強して、いつか大人になって仕事をして、結婚して、子供を産んで育てて、お婆さんになって、孫の誕生を喜んで、死んでいく。そういう普通の生き方をしたい。ここでの生活は私にとってストレスでしかないんです!!」




理沙の制止を振り切り、私は思いのたけをぶちまける。人間だろうとモンスターだろうと戦いたくないし、殺したくない。なんで、自分がこんなことをしなくちゃならないんだ。どうして、私が戦わなくちゃいけないの?英雄になりたいわけでも、異世界で活躍したい訳でもない。私はただ、ごく普通の人生を送りたいだけなのに。ライトノベルの主人公みたいに自分の運命をすんなり受け入れて、眼前の悪と立ち向かうとか、無理。どうして、私がそんなことをしなくちゃいけないんだ。やりたい人にやらさればいいじゃない。男でもない、ただの女子高生の私がどうして……。



「……メイ、お前の気持ちはよくわかる。同じ日本の人間として痛いほどな。アタシだって同じ事を考えたさ。だが、わかるだろう。なんでアタシが今、ここにいる?もし方法を知っているなら、アタシだって帰るよ。だが、調べても調べても、元の世界に戻る方法なんて出てきやしねぇ。アタシだって知りたいよ、元の世界に帰る方法をよ」



「……梨音さん、情報料を払います。なので、もっと幅広く情報を集めて下さい。有益な情報には色をつけます。私の願いはそれだけです。嫌なら私は正メンバーを辞めます」



「ちょ、ちょっとメイ。幾らなんでもそれは……」



「理沙、黙ってて。っていうか、理沙も帰りたいでしょう?病弱なお母さんや弟くんの事、心配じゃないの?よく泣いてるの私、知ってるんだよ。会いたいんでしょう!?」



「そ、それは……」



理沙は半年間この世界にいる。私より経験もあるし、戦闘だって強い。いざという時にとても頼りになる。けれど、彼女だって女の子だ。母子家庭で育った彼女は資格の取れる学校へ合格した。早く資格を取って、就職して、親を楽にさせてあげたいと考えている。弟の学費の世話もしてあげたいとも言っていた。きっと私以上に帰りたい気持ちがあるに違いない。こんな所で戦ったりしている場合じゃないんだ。お喋りしている時だけはお互い、その事を忘れていられる。けれど、すぐに現実に引き戻される。私達は帰りたくて、帰りたくて仕方ないのだ。だが、それを口に出すのは憚られた。特に理沙は悩むより先に行動するタイプだ。代わりに涙を流して、心を癒やした。それが理解できるから、私は何も言わなかった。



「金を増やしたところで情報が入ってくるとは限らんぞ。何年も調べているがさっぱりなんだからな」



「それでも何もしないよりはマシです。今ここにいるのもその結果です。でも、今の私達には通過点でしかない。正メンバーになりたい訳じゃない、元の世界に帰るための方法として辿り着いただけなんです。何もせずに立ち止まるのは嫌です。嫌でも前に進まなきゃいけない。でないと、結果は何も変わらない。だから……」



「あー、わかった、わかった。お前の気持ちはよくわかった。だが、その前に仕事だ。次は具体的な説明をするから、よく聞け。お前の話は一旦、保留だ」



「……はい」



私達は梨音さんの説明を聞いた。必要な箇所はメモをし、一言一句逃さず聞いた。わからないところは質問をし、理解を深めた。でも、寂しそうな顔をするノノとミカちゃんの表情に私は気が付かなかった。
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