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第三章「日本編」
第64話「ワグナリア戦線異状なし」
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出発する前にTPOを考え、ミカちゃんには私服を貸すことにした。ナイトゼナの服はファンタジー色が強い。日本のここでそういう格好は目立ってしまう。親友が浮いた格好をして変な目で見られるのは悲しい。
「ミカちゃん、服脱いで」
「え!? な、なんで!? い、いきなりそんな……り、理沙達と合流するんでしょ?」
赤面してあたふたするミカちゃん。あ、この言い方じゃまるで今からHするみたいな感じだよね
少し直球過ぎたなと反省し、咳払いして誤魔化しておく。
「ごめん、言い方悪かったね。その格好だと浮いちゃうから着替えて。日本とナイトゼナでは衣服が違うんだ。あんま使ってない服貸すから。多分、体型似てるから大丈夫なはず」
「あ、ああ、そういうことね。びっくりしたわ……」
「下着も用意するからそれに変えて。今まで着てたやつはまとめて洗濯しておくから」
「う、うん」
タンスの肥やしになっていた服をミカちゃんに渡す。以前、お姉ちゃんが買ってくれたのだが、私の趣味ではない服だ。あの人はやたら可愛い系の服を勧めてくるんだよなぁ。やれやれ。私とミカちゃんは体型もそうだが、胸のサイズもほぼ一緒なのでブラはOK。一旦、部屋を出てミカちゃんが着替え終わるのを待つ。数分もしない内にOKが出て部屋に入ると、Tシャツとジーンズに身を包むミカちゃんがそこにいた。
「これが日本の服なのね。うん、サイズもちょうどいいわ」
「うん、よく似合ってる。記念に写メしよ。ほら笑って笑って~」
「あ、う、うん。ってか写メって何?」
と、二人してスマホでツーショット写真を撮る。わーい、これでスマホの写真が増えた。友達との写真が増えていくのは嬉しいものである。
「ほら、こんな感じに映るんだよ」
私がスマホで撮ったばかりの写真を見せる。
ミカちゃんは興味深げにスマホを横から覗いてきた。
「へぇ、すごい。こんな感じになるのね。っていうか、理沙との写真ばかりあるのね」
スマホのアルバムには先ほどの写真以外、理沙と写したものばかりだ。ラーメン屋、レストラン、スイーツ店……ご飯関係で撮ったものが多い。メニューを中心に端と端に私と理沙が映っている。スマホの写真は私と理沙の写真が8割、姉が2割といったところだろうか。
「あはは。私、理沙以外に友達がいなかったからね。嫌われてた訳じゃないんだけど、お喋りとか上手くなくて」
「ふ~~ん。でも、今は私がいるでしょ? そのあるばむ……だっけ。これからは私との写真で埋めましょ」
「うん、ありがとう」
ちょっと嫉妬したのかもしれない。わかりやすいなぁ、ミカちゃん。心が温かいもので満たされていく。そう、もっともっとミカちゃんやみんなとの写メでスマホをパンパンにしなくちゃ。そして、こんな日がもっとずっと続くように頑張らなくちゃ。ファイトだ、私。
ガスや戸締りを確認してから鍵を閉める。自宅から公園までは徒歩5分といった距離だ。この周辺は閑静な住宅街で、小・中学校からも近い。ちなみに私が小学生の時は公園は畑だった。中学生になってから畑が売りに出されたて公園ができ、幼い子供達やご老人、ママ友の憩いの場となったのだ。
近所には学習塾も存在し、交通量もさほど多くないので、勉強に向いた地域である。何を隠そう、私もその塾で受験勉強をよくしていたのだ。今思うとあれだけ勉強した事って後にも先にも無かったりする。その塾の隣に公園は存在する。二人手を繋ぎ、楽しく歩いていく。ミカちゃんは慣れないアスファルト、風景に驚きつつも興味津々といった感じだ。ゆっくり歩いても到着するので、歩幅はミカちゃんに合わせた。が、しばらくして立ち止まった。私ではなくミカちゃんだ。
「ミカちゃんどうかした?」
「ごめん、ちょっと喉乾いたの。何か飲み物ないかしら?」
「んじゃ、自販機で何か買おうか。何飲む?」
「じ、じはんき……?」
ミカちゃんは首を傾げた。まあ、ナイトゼナには自販機ないもんね。日本にはド田舎ではないかぎり、出歩けばすぐに自販機がある。ミカちゃんはじっと自販機を凝視した。赤、青、紫、黄色……カラフルなパッケージの缶が並ぶ。
「お金を入れると飲み物を出してくれる機械なんだ。あ、奢るから好きなの選んで」
「ありがとう。色々な飲み物があるのね。どれが美味しいのかしら」
「うーん、どうだろう。ここは感性で選んでいいんじゃないかな?」
「そうねぇ……」
ミカちゃんは日本語が読めないものの、色と雰囲気なら理解できる。どれが美味しいのだろうかと悩んでいるようだ。少し考えた後、一つの商品を指差した。
「あの青っぽいのがいいわ。なんか美味しそう」
「了解。私も飲もうっと」
と、ジュースを買う。ミカちゃんが選んだのはペポカリスエット。私は昔懐かしいミルクセーキだ。自販機から取り出し、缶を渡す。
「ええと、どうやって飲むの?」
「プルタブをこうやって開けるんだよ」
「ええと、こうね」
ミカちゃんは私が開けるのを見て、真似をする。少し戸惑っていたようだが、無事にできた。私が飲む姿を見せ、それも真似して口に含む。
「……うん、美味しいわね。すごく飲みやすい。水のようで水じゃなくて、なんか甘い感じ」
「でしょ。ペポカは割と飲みやすいんだよね」
「ペポカって言うのね。メイのそれはどんな味?」
「ものすごく甘ったるいよ。私は好きなんだけど」
「ふーん。一口貰ってもいい?」
「どーぞ」
と、私の缶から一口貰う。あ、これって間接キスなんじゃ……。まあ、今更そんなのを気にするような間柄でもないけど。一口飲んだ後、ミカちゃんは顔をしかめた。
「うっ……これはなかなかね。本当に甘々じゃない。慣れたら美味しいんでしょうけど、私にはキツイわね」
「ごめんね。私、甘党だから」
「いや、別に謝らなくていいわよ。趣味嗜好は人それぞれなんだから……うっぷ」
と、ペポカリを飲んで口の中に広がる甘さを抑えるミカちゃん。うーん、やっぱり慣れてないとキツイかなぁ。
私はこれ結構好きで慣れているんだけどね。お風呂上りにもよく飲むし。
「で、飲み終えた缶はどうするの?」
「ゴミ箱がここにあるから、ここに捨ててね」
「わかったわ」
近年はテロ対策等でごみ箱の数が激減している。捨てる場所が激減したせいで、逆に街にはごみが増えている。個人的にはもう少しゴミ箱増やしてもいいんじゃないかなとも思うのだが。この周囲は治安的にいい場所なので、自販機の隣にごみ箱があった。きちんと捨てて改めて公園へと足を運ぶ。
公園では一際目立つ集団がいた。言うまでもなく、理沙、師匠、ノノ。
そしてノノにだっこされたリュートだ。
「リュート!」
「!」
私が呼びかけるとリュートはすぐに「りゅー!」と私の胸に飛び込んできた。寂しかったのか、涙を流しており、私はよしよしと頭を撫でてあげた。
「ごめんね、リュート。寂しい想いをさせて」
「ママ、ぼくさみしかった。さみしかったよ。もうどこにもいかないで。いくならぼくもつれてって」
「うん、ごめんね、寂しい思いをさせて。ママはずっと一緒にいるから………………え?」
「ぼくね、しゃべれるようになったんだ」
「リュートが喋れるようになってる!!!!?」
私は大声で驚いてしまった。
「メイ、無事で何よりッス!」
「メイ、久しぶり~」
抱きしめる理沙に私とハイタッチを交わすノノ。師匠はアンニュイな表情をしつつ、周りを調べている。
「師匠、どうかしたんですか?」
「ここがメイの世界なのね、なるほど。実に興味深いわ。さて、色々話したい所だけどお腹が空いたわね」
「ぼくもおなかすいた……」
腕の中でリュートも呟く。公園で話してもいいが、お腹が空いたままでは嫌ね。それに少し寒いというのもあるかな。私達は平気でもリュートには辛いかもしれない。
「理沙、フレファイに行きましょ。ここから近いし」
「いいッスけど、リュート大丈夫ッスかね?」
「無理だったら、テイクアウトしましょ」
「フレファイっていうのはどんなお店?」
と、師匠が間に入ってきた。美味しい料理の話には興味津々らしい。割とグルメなのね、この人。
「ファミリーレストランですね。色々な和洋中の料理があるんですよ」
「この世界の料理が色々楽しめるという訳ね。実に興味深い! じゃ、そこで作戦会議と行きましょ」
それからも色々な質問をしてくるミカちゃん、ノノ、師匠に応えつつ、フレンドリー・ファイアに向かうことにした。
フレンドリー・ファイアは日本では10万店舗も存在する有名なファミレスチェーン店。社長が元軍人のアメリカ人の億万長者でメディアでも有名だ。しかし、彼はある戦場で戦闘中、味方を誤って撃ってしまったことがあったそうだ。その味方は亡くなり、彼は深く後悔して軍を辞めた。退役後は様々なビジネスを成功させる億万長者になるが、レストラン事業を起こす際、店名を「フレンドリー・ファイア」と名付け、過去の過ちを一生忘れないようにしたという。
この辺の話はテレビでよく出る有名なお話。多くの人々は「フレファイ」と言えば、ファミリーレストランとして定着している。
「いらっしゃいませ」
と、ドアマンが扉を開けてくれる。
若々しくハンサムな三十代の男性の方だ。
「6人なんですが」
「禁煙席でよろしいですか?」
「あ、はい」
「それではこちらにどうぞ。後ほど、お子様用の椅子も準備させていただきます」
お子様用? 疑問符が浮いたが、取り合えず入る事にする。ドアマンから引継ぎされたウェイトレスが奥の席へと案内してくれた。奥側に師匠、ノノ、ミカちゃん。通路側に私、その間にリュート、理沙の順だ。テーブルが横に長いので充分スペースは確保されている。
店内はまばらでクラシックなおしゃれBGMが控えめに流れていた。ウェイトレスはメニュー表を置き、子供椅子も準備してくれた。ご注文がお決まりになりましたらベルでお知らせくださいと一言添えて去っていく。子供用の椅子はチェアベルトがついたものだった。お店によってはベルトがない場合もあるが、ついててよかった。リュートを椅子に乗せ、チェアベルトで固定させる。そしてメニュー表をテーブルに広げて見せた。
「リュート、何食べる? ほら、いっぱいあるよ」
「わ~~どれもおいしそうだね。ぼく、おにくが食べたいなぁ。さいきん、さかなばかりであきちゃったんだ」
シンシナシティは海に近い街なので魚介類が豊富だ。故に市場もレストランも海鮮料理が多い。まあ、飽きてしまうのも無理はないだろう。今、シンシナシティはどうなっているのだろうか。ロランさん達やマスター、お姉ちゃん、ジェーンさん、街の人達。みんなは無事なのか、それともこの日本にいるのだろうか……。いや、そもそもなんで私達は日本にいるの? これは夢……ではないわよね。
「まま? どうしたの? こわいかおしてるよ」
「ああ、ごめん、なんでもない。肉料理ね。どれがいい?」
「うーん、どれもおいしそうだねぇ」
と、メニュー表の肉料理のページを見せた。大きな写真で掲載されているので子供でもわかりやすい。リュートは興味津々といった様子だ。
「随分きちんとしているのね、日本の店員さんは」
師匠が少し関心しながら言う。その隣でノノはのんびりとお水を飲んでいた。……と思ったら、デザートメニュー表をじっと見ていた。デザートに関心があるらしい。
「理沙、そういえばお金って」
「大丈夫ッス。さっきコンビニでお金下ろしたッス。ここは出します」
「あとで返すから、ごめんね」
「いや、返さなくていいッス。今後、ごはん行くときにメイが奢ってください」
「わかったわ」
と、小声でやり取りを済ませる。財布の中はナイトゼナの紙幣の他に野口先生と樋口一葉先生がある。ずっと使われる機会がなかった日本の紙幣がみんなとの食事に使えるなんて感無量である。皆、注文が決まり、タブレット端末でメニューをポチポチと選択し、注文確定。しばらくして料理が運ばれてきた。
「おお、これは美味しいわね! この和風おろしハンバーグステーキ、なかなかいい肉使ってるわ」
と、師匠はがつがつと食べている。ナイフとフォークはナイトゼナでもあるので慣れている。問題は味なのだが、よかった、口に合って。
「へぇ、これは美味しいわね。ごはん、お味噌汁、魚……。和風御前なかなかいける。うんうん」
と頷きながら租借するミカちゃん。日本食に興味があるのか、彼女は真っ先にこれを選んだ。箸の使い方にまだ慣れていないようだが、それでもご飯粒は上手くつかめている。慣ればもっと快適に食べられるだろう。
「ん~~~~~~~~~~~~~~美味しい!! これは妖精の世界でもないわよ。いちご、くりーむとかいう甘い奴でコーティングされたこのぱふぇとかいうデザート。美味しいわねぇ!! 花の蜜もおいしいけど、こっちのがめちゃくちゃ甘くて良きだわ~~~~~」
と、ジャンボいちごパフェをぱくぱく食べるノノ。さっき飲んだミルクセーキより数十倍甘そうね。おまけに結構量があるのだが、ノノはパクパク食べていくので、量がどんどん減っていく。
「久しぶりにピザ食べるッス~~~!! ここのピザ美味いんで大好きッス」
理沙はピザを静かに食べていた。味わいたい彼女は食事中はさほど喋らない。とはいえ、適度には喋るんだけどね。私はミックスハンバーグステーキセットを頼み、ナイフでリュートが食べやすいサイズに切ってからふーふーしてフォークで口まで運ぶ。
「リュート、熱いから気をつけてたべるのよ」
「うん」
もぐもぐ。
「おいしい!!! ママ、もっと、もっとちょうだい!」
「慌てないの。ほら、お水も飲んで。よく噛んで食べるのよ」
「うん!!」
なんかもう本格的に子育てしているお母さんだな、私。まだ結婚すらしていないのだが。でも、幸せなのでまあいいか。
「みんな食べながら聞いてちょうだい」
と、師匠は話し始めた。ちなみに師匠は既にあらかた食べ終わったようだ。
「まず、私、ノノちゃん、理沙ちゃんの状況から。私達はデパートの寝具売り場にいたの。気が付いたらベッドの上で寝ていたのよ」
「そうなんですか? デパートってどこの?」
「一つ丸デパートッス。以前、メイと服を買いに行ったッス。でも、ちょっと妙で」
「ああ、あそこね。で、何が妙なの?」
「メイ、普通、寝具売り場のベッドで実際寝る人なんていないッスよね? そんなことしたら店員に迷惑ですって怒らるッスよね?」
「そりゃそうでしょ」
「私達、誰も怒られなかったのよ。ただの一度もね。注意すらされなかった。それどころか店員も客も含めて誰もこちらに関心を示さなかった。まるでそこに誰もいないかのようにね」
「え、でも、ここのウェイトレスさんとかは私達を席に案内してくれたじゃないですか。扉を開けてくれたドアマンの人も」
「ええ。でも、リュートの事を子供と認識しているのはおかしいでしょ。この国には魔法も龍もおとぎ話みたいなもんだって理沙に聞いたわ。それにこの世界には魔力が無い。つまり、猫に見える魔法はかかっていない。今のリュートは竜の姿そのままのはずよ。普通なら何らかのリアクションがあるはず。なのに何故、子供扱いされているのかしら?」
「……なるほど」
リュートは普段、一般人には猫として見られる魔法をかけられている。これはマリア・ファングのマスターの計らいだ。ナイトゼナではドラゴンはマルディスゴアに加担した悪と見なされている。歴史が経った今は殺せば名声を手に入れ、どの部位を売っても大金になることから乱獲された。今ではもう、ナイトゼナのドラゴンはリュートだけだ。
話し合いは続いていく。
「ミカちゃん、服脱いで」
「え!? な、なんで!? い、いきなりそんな……り、理沙達と合流するんでしょ?」
赤面してあたふたするミカちゃん。あ、この言い方じゃまるで今からHするみたいな感じだよね
少し直球過ぎたなと反省し、咳払いして誤魔化しておく。
「ごめん、言い方悪かったね。その格好だと浮いちゃうから着替えて。日本とナイトゼナでは衣服が違うんだ。あんま使ってない服貸すから。多分、体型似てるから大丈夫なはず」
「あ、ああ、そういうことね。びっくりしたわ……」
「下着も用意するからそれに変えて。今まで着てたやつはまとめて洗濯しておくから」
「う、うん」
タンスの肥やしになっていた服をミカちゃんに渡す。以前、お姉ちゃんが買ってくれたのだが、私の趣味ではない服だ。あの人はやたら可愛い系の服を勧めてくるんだよなぁ。やれやれ。私とミカちゃんは体型もそうだが、胸のサイズもほぼ一緒なのでブラはOK。一旦、部屋を出てミカちゃんが着替え終わるのを待つ。数分もしない内にOKが出て部屋に入ると、Tシャツとジーンズに身を包むミカちゃんがそこにいた。
「これが日本の服なのね。うん、サイズもちょうどいいわ」
「うん、よく似合ってる。記念に写メしよ。ほら笑って笑って~」
「あ、う、うん。ってか写メって何?」
と、二人してスマホでツーショット写真を撮る。わーい、これでスマホの写真が増えた。友達との写真が増えていくのは嬉しいものである。
「ほら、こんな感じに映るんだよ」
私がスマホで撮ったばかりの写真を見せる。
ミカちゃんは興味深げにスマホを横から覗いてきた。
「へぇ、すごい。こんな感じになるのね。っていうか、理沙との写真ばかりあるのね」
スマホのアルバムには先ほどの写真以外、理沙と写したものばかりだ。ラーメン屋、レストラン、スイーツ店……ご飯関係で撮ったものが多い。メニューを中心に端と端に私と理沙が映っている。スマホの写真は私と理沙の写真が8割、姉が2割といったところだろうか。
「あはは。私、理沙以外に友達がいなかったからね。嫌われてた訳じゃないんだけど、お喋りとか上手くなくて」
「ふ~~ん。でも、今は私がいるでしょ? そのあるばむ……だっけ。これからは私との写真で埋めましょ」
「うん、ありがとう」
ちょっと嫉妬したのかもしれない。わかりやすいなぁ、ミカちゃん。心が温かいもので満たされていく。そう、もっともっとミカちゃんやみんなとの写メでスマホをパンパンにしなくちゃ。そして、こんな日がもっとずっと続くように頑張らなくちゃ。ファイトだ、私。
ガスや戸締りを確認してから鍵を閉める。自宅から公園までは徒歩5分といった距離だ。この周辺は閑静な住宅街で、小・中学校からも近い。ちなみに私が小学生の時は公園は畑だった。中学生になってから畑が売りに出されたて公園ができ、幼い子供達やご老人、ママ友の憩いの場となったのだ。
近所には学習塾も存在し、交通量もさほど多くないので、勉強に向いた地域である。何を隠そう、私もその塾で受験勉強をよくしていたのだ。今思うとあれだけ勉強した事って後にも先にも無かったりする。その塾の隣に公園は存在する。二人手を繋ぎ、楽しく歩いていく。ミカちゃんは慣れないアスファルト、風景に驚きつつも興味津々といった感じだ。ゆっくり歩いても到着するので、歩幅はミカちゃんに合わせた。が、しばらくして立ち止まった。私ではなくミカちゃんだ。
「ミカちゃんどうかした?」
「ごめん、ちょっと喉乾いたの。何か飲み物ないかしら?」
「んじゃ、自販機で何か買おうか。何飲む?」
「じ、じはんき……?」
ミカちゃんは首を傾げた。まあ、ナイトゼナには自販機ないもんね。日本にはド田舎ではないかぎり、出歩けばすぐに自販機がある。ミカちゃんはじっと自販機を凝視した。赤、青、紫、黄色……カラフルなパッケージの缶が並ぶ。
「お金を入れると飲み物を出してくれる機械なんだ。あ、奢るから好きなの選んで」
「ありがとう。色々な飲み物があるのね。どれが美味しいのかしら」
「うーん、どうだろう。ここは感性で選んでいいんじゃないかな?」
「そうねぇ……」
ミカちゃんは日本語が読めないものの、色と雰囲気なら理解できる。どれが美味しいのだろうかと悩んでいるようだ。少し考えた後、一つの商品を指差した。
「あの青っぽいのがいいわ。なんか美味しそう」
「了解。私も飲もうっと」
と、ジュースを買う。ミカちゃんが選んだのはペポカリスエット。私は昔懐かしいミルクセーキだ。自販機から取り出し、缶を渡す。
「ええと、どうやって飲むの?」
「プルタブをこうやって開けるんだよ」
「ええと、こうね」
ミカちゃんは私が開けるのを見て、真似をする。少し戸惑っていたようだが、無事にできた。私が飲む姿を見せ、それも真似して口に含む。
「……うん、美味しいわね。すごく飲みやすい。水のようで水じゃなくて、なんか甘い感じ」
「でしょ。ペポカは割と飲みやすいんだよね」
「ペポカって言うのね。メイのそれはどんな味?」
「ものすごく甘ったるいよ。私は好きなんだけど」
「ふーん。一口貰ってもいい?」
「どーぞ」
と、私の缶から一口貰う。あ、これって間接キスなんじゃ……。まあ、今更そんなのを気にするような間柄でもないけど。一口飲んだ後、ミカちゃんは顔をしかめた。
「うっ……これはなかなかね。本当に甘々じゃない。慣れたら美味しいんでしょうけど、私にはキツイわね」
「ごめんね。私、甘党だから」
「いや、別に謝らなくていいわよ。趣味嗜好は人それぞれなんだから……うっぷ」
と、ペポカリを飲んで口の中に広がる甘さを抑えるミカちゃん。うーん、やっぱり慣れてないとキツイかなぁ。
私はこれ結構好きで慣れているんだけどね。お風呂上りにもよく飲むし。
「で、飲み終えた缶はどうするの?」
「ゴミ箱がここにあるから、ここに捨ててね」
「わかったわ」
近年はテロ対策等でごみ箱の数が激減している。捨てる場所が激減したせいで、逆に街にはごみが増えている。個人的にはもう少しゴミ箱増やしてもいいんじゃないかなとも思うのだが。この周囲は治安的にいい場所なので、自販機の隣にごみ箱があった。きちんと捨てて改めて公園へと足を運ぶ。
公園では一際目立つ集団がいた。言うまでもなく、理沙、師匠、ノノ。
そしてノノにだっこされたリュートだ。
「リュート!」
「!」
私が呼びかけるとリュートはすぐに「りゅー!」と私の胸に飛び込んできた。寂しかったのか、涙を流しており、私はよしよしと頭を撫でてあげた。
「ごめんね、リュート。寂しい想いをさせて」
「ママ、ぼくさみしかった。さみしかったよ。もうどこにもいかないで。いくならぼくもつれてって」
「うん、ごめんね、寂しい思いをさせて。ママはずっと一緒にいるから………………え?」
「ぼくね、しゃべれるようになったんだ」
「リュートが喋れるようになってる!!!!?」
私は大声で驚いてしまった。
「メイ、無事で何よりッス!」
「メイ、久しぶり~」
抱きしめる理沙に私とハイタッチを交わすノノ。師匠はアンニュイな表情をしつつ、周りを調べている。
「師匠、どうかしたんですか?」
「ここがメイの世界なのね、なるほど。実に興味深いわ。さて、色々話したい所だけどお腹が空いたわね」
「ぼくもおなかすいた……」
腕の中でリュートも呟く。公園で話してもいいが、お腹が空いたままでは嫌ね。それに少し寒いというのもあるかな。私達は平気でもリュートには辛いかもしれない。
「理沙、フレファイに行きましょ。ここから近いし」
「いいッスけど、リュート大丈夫ッスかね?」
「無理だったら、テイクアウトしましょ」
「フレファイっていうのはどんなお店?」
と、師匠が間に入ってきた。美味しい料理の話には興味津々らしい。割とグルメなのね、この人。
「ファミリーレストランですね。色々な和洋中の料理があるんですよ」
「この世界の料理が色々楽しめるという訳ね。実に興味深い! じゃ、そこで作戦会議と行きましょ」
それからも色々な質問をしてくるミカちゃん、ノノ、師匠に応えつつ、フレンドリー・ファイアに向かうことにした。
フレンドリー・ファイアは日本では10万店舗も存在する有名なファミレスチェーン店。社長が元軍人のアメリカ人の億万長者でメディアでも有名だ。しかし、彼はある戦場で戦闘中、味方を誤って撃ってしまったことがあったそうだ。その味方は亡くなり、彼は深く後悔して軍を辞めた。退役後は様々なビジネスを成功させる億万長者になるが、レストラン事業を起こす際、店名を「フレンドリー・ファイア」と名付け、過去の過ちを一生忘れないようにしたという。
この辺の話はテレビでよく出る有名なお話。多くの人々は「フレファイ」と言えば、ファミリーレストランとして定着している。
「いらっしゃいませ」
と、ドアマンが扉を開けてくれる。
若々しくハンサムな三十代の男性の方だ。
「6人なんですが」
「禁煙席でよろしいですか?」
「あ、はい」
「それではこちらにどうぞ。後ほど、お子様用の椅子も準備させていただきます」
お子様用? 疑問符が浮いたが、取り合えず入る事にする。ドアマンから引継ぎされたウェイトレスが奥の席へと案内してくれた。奥側に師匠、ノノ、ミカちゃん。通路側に私、その間にリュート、理沙の順だ。テーブルが横に長いので充分スペースは確保されている。
店内はまばらでクラシックなおしゃれBGMが控えめに流れていた。ウェイトレスはメニュー表を置き、子供椅子も準備してくれた。ご注文がお決まりになりましたらベルでお知らせくださいと一言添えて去っていく。子供用の椅子はチェアベルトがついたものだった。お店によってはベルトがない場合もあるが、ついててよかった。リュートを椅子に乗せ、チェアベルトで固定させる。そしてメニュー表をテーブルに広げて見せた。
「リュート、何食べる? ほら、いっぱいあるよ」
「わ~~どれもおいしそうだね。ぼく、おにくが食べたいなぁ。さいきん、さかなばかりであきちゃったんだ」
シンシナシティは海に近い街なので魚介類が豊富だ。故に市場もレストランも海鮮料理が多い。まあ、飽きてしまうのも無理はないだろう。今、シンシナシティはどうなっているのだろうか。ロランさん達やマスター、お姉ちゃん、ジェーンさん、街の人達。みんなは無事なのか、それともこの日本にいるのだろうか……。いや、そもそもなんで私達は日本にいるの? これは夢……ではないわよね。
「まま? どうしたの? こわいかおしてるよ」
「ああ、ごめん、なんでもない。肉料理ね。どれがいい?」
「うーん、どれもおいしそうだねぇ」
と、メニュー表の肉料理のページを見せた。大きな写真で掲載されているので子供でもわかりやすい。リュートは興味津々といった様子だ。
「随分きちんとしているのね、日本の店員さんは」
師匠が少し関心しながら言う。その隣でノノはのんびりとお水を飲んでいた。……と思ったら、デザートメニュー表をじっと見ていた。デザートに関心があるらしい。
「理沙、そういえばお金って」
「大丈夫ッス。さっきコンビニでお金下ろしたッス。ここは出します」
「あとで返すから、ごめんね」
「いや、返さなくていいッス。今後、ごはん行くときにメイが奢ってください」
「わかったわ」
と、小声でやり取りを済ませる。財布の中はナイトゼナの紙幣の他に野口先生と樋口一葉先生がある。ずっと使われる機会がなかった日本の紙幣がみんなとの食事に使えるなんて感無量である。皆、注文が決まり、タブレット端末でメニューをポチポチと選択し、注文確定。しばらくして料理が運ばれてきた。
「おお、これは美味しいわね! この和風おろしハンバーグステーキ、なかなかいい肉使ってるわ」
と、師匠はがつがつと食べている。ナイフとフォークはナイトゼナでもあるので慣れている。問題は味なのだが、よかった、口に合って。
「へぇ、これは美味しいわね。ごはん、お味噌汁、魚……。和風御前なかなかいける。うんうん」
と頷きながら租借するミカちゃん。日本食に興味があるのか、彼女は真っ先にこれを選んだ。箸の使い方にまだ慣れていないようだが、それでもご飯粒は上手くつかめている。慣ればもっと快適に食べられるだろう。
「ん~~~~~~~~~~~~~~美味しい!! これは妖精の世界でもないわよ。いちご、くりーむとかいう甘い奴でコーティングされたこのぱふぇとかいうデザート。美味しいわねぇ!! 花の蜜もおいしいけど、こっちのがめちゃくちゃ甘くて良きだわ~~~~~」
と、ジャンボいちごパフェをぱくぱく食べるノノ。さっき飲んだミルクセーキより数十倍甘そうね。おまけに結構量があるのだが、ノノはパクパク食べていくので、量がどんどん減っていく。
「久しぶりにピザ食べるッス~~~!! ここのピザ美味いんで大好きッス」
理沙はピザを静かに食べていた。味わいたい彼女は食事中はさほど喋らない。とはいえ、適度には喋るんだけどね。私はミックスハンバーグステーキセットを頼み、ナイフでリュートが食べやすいサイズに切ってからふーふーしてフォークで口まで運ぶ。
「リュート、熱いから気をつけてたべるのよ」
「うん」
もぐもぐ。
「おいしい!!! ママ、もっと、もっとちょうだい!」
「慌てないの。ほら、お水も飲んで。よく噛んで食べるのよ」
「うん!!」
なんかもう本格的に子育てしているお母さんだな、私。まだ結婚すらしていないのだが。でも、幸せなのでまあいいか。
「みんな食べながら聞いてちょうだい」
と、師匠は話し始めた。ちなみに師匠は既にあらかた食べ終わったようだ。
「まず、私、ノノちゃん、理沙ちゃんの状況から。私達はデパートの寝具売り場にいたの。気が付いたらベッドの上で寝ていたのよ」
「そうなんですか? デパートってどこの?」
「一つ丸デパートッス。以前、メイと服を買いに行ったッス。でも、ちょっと妙で」
「ああ、あそこね。で、何が妙なの?」
「メイ、普通、寝具売り場のベッドで実際寝る人なんていないッスよね? そんなことしたら店員に迷惑ですって怒らるッスよね?」
「そりゃそうでしょ」
「私達、誰も怒られなかったのよ。ただの一度もね。注意すらされなかった。それどころか店員も客も含めて誰もこちらに関心を示さなかった。まるでそこに誰もいないかのようにね」
「え、でも、ここのウェイトレスさんとかは私達を席に案内してくれたじゃないですか。扉を開けてくれたドアマンの人も」
「ええ。でも、リュートの事を子供と認識しているのはおかしいでしょ。この国には魔法も龍もおとぎ話みたいなもんだって理沙に聞いたわ。それにこの世界には魔力が無い。つまり、猫に見える魔法はかかっていない。今のリュートは竜の姿そのままのはずよ。普通なら何らかのリアクションがあるはず。なのに何故、子供扱いされているのかしら?」
「……なるほど」
リュートは普段、一般人には猫として見られる魔法をかけられている。これはマリア・ファングのマスターの計らいだ。ナイトゼナではドラゴンはマルディスゴアに加担した悪と見なされている。歴史が経った今は殺せば名声を手に入れ、どの部位を売っても大金になることから乱獲された。今ではもう、ナイトゼナのドラゴンはリュートだけだ。
話し合いは続いていく。
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