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第三章「日本編」
第66話「誓い」
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「みなさ~~ん、おはようございま~~~す。
今、我らがご主人様もとい七瀬メイはぐっすりと眠っていま~~す」
妖精はビデオカメラで主人の寝顔を録画していた。まるでTV番組の寝起きドッキリの撮影よろしく。当の主人は闖入者に気づくことなく、ぐっすり眠っている。
「メイの今の服装はピンクのパジャマ上下ですね~~ノーブラだけど、カップ付きなのでゆったり眠れそうです。隣にはリュート君が一緒にすやすや眠っております。リュート君は本当にママが大好きなんですね」
と、小声で実況しつつ録画を続ける妖精。すると、メイの枕元にあるスマホが鳴り出した。着信画面には「近藤理沙」とある。
「……はい」
「メイ、モーニングコールッス。下まで降りて来てくださいッス」
「ん……わかった」
電話を切り、背を起こし、うーんと伸びをする主人。そして妖精とばっちり目が合う。ビデオカメラで録画し続ける妖精は笑顔を絶やさない。
「ノノ、何やってんの?」
「ふふふ、サラ師匠から後で映像見たいから録画しておいてって頼まれてね。使い方は昨日、理沙に教わったからばっちりよ。今日はとことん録画させてもらうわよ」
「いや、何もこんなとこ撮らなくていいじゃん。さ、着替えるから出てって」
「女同士でしょ、よくない?」
「……」
メイはその発言を無視し、ノノを無言で部屋の外へと追い出した。鍵をかけ、ごそごそと着替え始める。
「あらら、残念。せっかくの取れ高が」
「いい加減にしないとあんたも脱いでもらうわよ、ノノ。それでもいいの?」
部屋の中からメイが突っ込む。流石のノノも顔を赤らめて首を横に振る。
「それはご勘弁を」
「じゃあ、大人しく待ってて」
という訳で。
私こと七瀬芽衣は着替えを済ませた。動きやすいように上下ジャージである。下に降りると既に理沙が朝食を用意していた。
「メイ、おはようございますッス。今用意しているんでもう少し待ってくださいッス」
「あ、手伝うよ」
「じゃあ、お願いするッス」
料理をテーブルへと運んでいく。理沙は料理を食べるのも大好きだが、作るのも得意だ。私は家事はさっぱりなのだが、せめて料理を運ぶぐらいは手伝う。そこへリュートがのろのろとやってきた。
「ママ、おはよ~~」
「おはよう、リュート。まだ寝てていいのよ」
時刻は午前6時。起きるには早い時間である。起こしてはいないが、私がいなくて探しに来たのだろう。他のみんなはまだ寝ているようだ。ノノはビデオ撮影を続けている。
「ウチらは昼から夜までの活動するッス。サラさんはどこかに出かけたみたいッス。ミカはまだ寝てて……」
「起きてるわよ」
と、ひょこっと姿を現すミカちゃん。しかもジャージ姿である。
けど、それには見覚えがある。
「ミカちゃん、そのジャージは理沙の?」
「そう、昨日借りたのよ。なかなか動きやすいわね。ちなみに洗濯済みよ」
あれは理沙が小学校時代に利用していたものだ。昔はブルマが多かったが、私達世代にもなると、小学校からジャージだ。ミカちゃんは小学校時代のものがぴったり合うのか……お子様というと怒られるので黙っていよう。私もサイズそこまで変わってないから、多分着れると思うし、それを言っちゃうと突っ込まれる可能性大である。
「メイ、私も一緒に行くわよ。理沙達と合流するから昼までだけど、目を覚ますにはちょうどいいわ」
「ありがとう、よろしくね」
「昼になったら公園まで迎えに行くッス」
「おなかすいたよー」
「ああ、はいはい。ちょっと待ってね」
リュートに急かされつつ、朝食の準備を済ませ、椅子に座る。本日のメニューは卵かけごはん、さんまの塩焼き、豆腐とわかめの入った味噌汁である。
「いいね、このメニュー。昔ながらの日本食って感じ」
「こういう食事がバランスよく栄養を取ることができるッス。リュートには食べやすいようにしているんで、ママと一緒に食べてくださいッス」
そして、みんなで手を合わせる。
「いただきます!」
朝食を食べ終え、私とミカちゃんは家を出た。理沙は昼まで掃除と洗濯を行うという。その後でミカちゃんと合流し、この世界の探索を行うそうだ。ノノは私達の気が散らないように空から録画を行うとのこと。
「メイ、サラさんからメモを預かってきたわ。これが特訓メニューみたいね」
メモにはこう書かれている。
”長山公園で客人に会うこと”
「客人?」
疑問符を浮かべるが、その答えは公園に着けばわかるだろう。私とミカちゃんは横になって並び、長山公園まで歩くことにした。ミカちゃんは物珍しそうに辺りを見渡しつつ、私にペースを合わせてくれた。私から手を繋いだが、ミカちゃんは驚くことなく、すぐに私の手を取ってくれた。交わす笑みが零れ、熱いぬくもりが手を通して心臓に伝わってくる。
「どこなの、長山公園って?」
「15分ほど歩いた先にあるわ。この町の中でも一番大きい公園ね。陸上競技場もあるからマラソンの大会もあるし、サッカーの試合も行われる事もあるわ。大きな大会になると凄く盛り上がるのよ」
あの時は地下鉄駅の構内も車内もファンで溢れてたわね。特に外人ファンが多くて驚いた記憶があるわ。私はサッカーにそこまで興味がないけど、お姉ちゃんは大好きだったりする。お姉ちゃんと私と理沙の三人で試合を見に行ったことがあったわね。
お姉ちゃん、今頃どうしているのかな。もしかしたら日本に戻っているのかな? どこかで会えるといいんだけど。
「うーん、よくわかんないけど、とにかく大きい公園なのね」
「うん。ここをまっすぐよ」
この辺はのどかな住宅街だ。以前はフラワーショップだった跡地に建った駐車場付きコンビニ。たばこ屋さん、コインランドリー、中学校、学習塾、訪問介護の事務所。若い人よりお年寄りが多い地域性もあり、ホームヘルパーの事務所が多数存在する。それがこの町の特徴だと言えるだろう。
民家は一軒家がほとんどだが、公園に近づくと団地も見えてくる。その中には若者にも人気なUR賃貸物件もある。若者を離したくない市の政策の一環だろう。のどかな場所なので家族で住むにも都合がいい。朝早いせいか、通りを歩く人はほとんどおらず、たまに犬と散歩する人とすれ違うくらいだ。
「あ、もしかしてあの公園?」
「うん、そうだよ」
団地を超えた先に大きな公園が広がっている。そこが長山公園だ。信号を渡り、公園の入り口を抜ける。木々に囲まれた広くて大きな公園だ。左エリアにはバドミントンやサッカーで遊ぶ親子連れが見える。右エリアにはアスレチック、ブランコ、シーソー、滑り台、砂場など子供が遊べる遊具が複数あり、暖かな日差しの中、子供たちは親に見守られながら、元気いっぱいにはしゃいでいる。
「いい光景ね。まさに平和そのものって感じがするわ」
「うん、私もそう思うよ。さて、客人は……」
「ここだ」
と、第三者の声がした。私達は反射的に声のする方へ首を向ける。
そして、その人物達を私は知っていた。
「まさか……」
姿を現したのは長髪の女性と黄色い髪の女性だ。長髪の女性は髪が黒く、すらっとしてモデルのようにスタイルがいい。Tシャツにデニムパンツという出で立ちだ。だが、肉付きが良く、シャツの上からでも身体を鍛えていることがよくわかる。そして、刃物のような鋭い瞳は見ているこちらが傷を作りそうなほどだ。対して、黄色い髪の女性はショートヘア。白衣を着ているが、医者ではない。その証拠に白衣とは名ばかりで赤、黄色、紫、等々の色がそこらについている。加えて頭にはベレー帽を被っているのが印象的だ。しかし、どこか罰が悪そうに眼を背けている。まるでいたずらがバレて親に叱られるのを怖がる子供のように。
「ふふ、覚えていてくれたようだな。そう、私はシェリルだ。そして隣がミリィさ」
「………あんた達がメイを酷い目に逢わせた奴ね」
ミカちゃんはホルスターに手をかけようとした。
それを私は手で制した。
「ミカちゃん、この国は法律で銃や刃物を許可なく所持するのは禁止されているの。まして誰か人を襲うのはもってのほか。すぐに警察に捕まっちゃう。それに大丈夫よ」
「何が?」
「この二人に殺意は感じられない。それに以前と少し違う気もする」
「さすがだな、瞬時に見破るとは。なかなか経験を積んだようだな」
「お陰様でね」
「ちょうど、あそこにテーブルベンチがある。そこで少し話をしよう。ジュースぐらいは奢るぞ」
「いいわよ、二人分ね」
「……」
ミカちゃんは納得がいかないようだが、私は彼女の手を握ってその目を見る。私を信じてという目を。彼女は無言で頷き、一緒に歩を進めてくれた。公園が平和な中、私達だけは心が冷えるのを少し感じながらもシェリル達の後に続いた。
私とミカちゃんがベンチに座り、その向かいにシェリル・ミリィが座る。自販機で購入してくれた「ねっちゃんオレンジ」を飲み、一息つく。ミカちゃんはペポカリスエットを受け取ったものの、口はつけていない。少し静かな風が流れた。
「さて、まずは自己紹介しておこう。私は赤山香澄という。前世ではシェリルと名乗っていた。で、隣の彼女は黄山晴美だ。同じく前世ではミリィだった」
「なるほどね」
「ぜんせ……って?」
「ミカちゃん、人間は一度死んだ後、転生すると言われているの。輪廻転生って言って、もう一度、人間に生まれ変わる人もいれば、動物になったり、違うものになったりすることもある。それは過去世の罪の深さで決まるの。つまり、この公園に生えている草木、動物も元は人間だったかもしれない」
動物や草木だけじゃない。あのコンクリートも、土や水も。空に浮かぶ雲、水飲み場の水や子供たちが遊んでいる遊具も。この世の全ての物は人間だったのかもしれないというのが私の持論だ。
「じゃあ、二人は前世の時はシェリル・ミリィだったけど、今は違う人間って事なのね」
シェリルとミリィは頷いた。いや、赤山さんと黄山さんと言うべきか。”ややこしいから、シェリル・ミリィで構わない”との事なので、その通りにする。
「そうだ。通常、人間は生まれた時に前世の記憶は忘れてしまう。だが、稀に色濃く受け継いでいるレアケースも存在する。私達がそうだ。だから二人を見た時、すぐにわかったんだ。ミリィもすぐにわかっただろう?」
「ええ」
始めてそこでミリィは声を出した。ただ、前世のあの甲高いミリィの声とは違う、優しい声だ。一瞬、声優さんかなと思うほどに。
「今、私は教育実習生でな。先生になろうと勉強しているところだ。ミリィは美大を卒業し、今はプロのイラストレーターをしている。個展を開いたりして人気なんだぞ。もちろん、私達は今世でも恋人でルームシェアしているのさ」
と、抱き合う二人。ミリィは少し恥ずかしそうだが、抵抗はしなかった。ラブラブなのも前世と同様らしい。
「それで用は何なの? ノロケ話をするだけならもう行くよ」
「待ってください!」
私が席を立とうとするのをミリィが制した。甲高い声だけに一瞬、周りがしんとした静寂に包まれる。周りの騒がしくも和やかな平和のマーチが一瞬、途切れた。通行人が何事かとこちらに注目する。だが、ミリィさんは意に介さず、そのまま地面に土下座した。
「メイさん……あなたには酷い目に逢わせてしまいました。ナイトゼナに来たばかりの貴女を言葉巧みに騙し、大きな心の傷を与えてしまいました。私はその事を謝りたかったんです」
「謝れば済むと思っているの!? あんた達のせいでメイがどんな思いをしたのかわかってる? この子はずっとその傷を抱えながら、それでも戦い続けてここまで来たのよ!! 本来なら戦場で戦うこともなかった子が望まない戦いを超えて、心が押し潰されそうになっても、それでも耐えて、自分の守りたいものを守ろうと必死に戦ってきた。この子は普段、辛い顔なんか見せないけど、それは仲間に心配かけたくないからよ。でもね、平気な顔をしていてるからって心まで平気とは限らない。どれだけ時が過ぎても心の傷は癒えないものよ。一生、その傷を抱えたまま死ぬまで生きていく。それがどんなにどんなに辛い事か、アンタ達は本当にわかってるの!?」
驚いた事に怒鳴ったのはミカちゃんだ。ホルスターに指をかけたいのを堪えながら、二人に怒声を浴びせていた。
ミリィさんは涙を流しながら、項垂れていた。その隣にシェリルも同じように並び、土下座した。
「……前世の事とはいえ、私達は大きな間違いを犯した。謝って済むものではないだろう。許して欲しいとは言わない。実は毎晩、君たちの事は夢に出てくる。シェリルが……前世が犯した罪が夢となって現れるんだ。そして自分たちの過去世の罪を再確認する。私達はずっと悩んでいたんだ。そして、謝る機会を探していたんだ」
シェリルはミリィを抱き寄せ、頭を撫でる。二人の表情は苦労が見て取れた。毎晩、自分が犯した罪を夢で見るという二人。傍若無人に破壊行為を繰り返し、罪なき人々を殺戮してきた二人。ミカちゃんの言う事はもっともで私が思う事をほぼ全て言ってくれた。だけど、まだ言ってないことがある。
「ミリィ、私が最後にあなたにかけた言葉覚えてる?」
「ええ」
「生まれ変わったら友達になってって言ったのよ。そっちのシェリルも含めてね。私は二人を殺したくなかった。確かにあの夜の事は今でもトラウマよ。許しはしない。ここで殺すことだってできる。でも、それでも……それでも、どこか鬼になり切れない自分がいるのよ」
私はそっとミリィを抱きしめた。彼女は驚いたものの、優しく抱き留めてくれる。
「誓いなさい。生きて罪を背負うの。勝手に死ぬことは許さない。今世では絶対に悪いことをしないで。人に、社会に役立つことをして生活して。そして、二人は私の友達になるの。何でも話せる対等な友達にね」
「はい……」
「ありがとう、メイ」
二人は何度も何度も頷いた。そして土下座したまま、泣き続けた。甘いと思われるかもしれない。二人にそんな言葉をかける必要もない。ミカちゃんは目でそう語っていたが、私は拒絶だけが全てだとは思わない。少なくとも、二人は既に反省をし、過去世の事を後悔している。そして直接、謝罪する機会を考えていたのだ。全てを無かったことにすることはできないけど、彼女たちの気持ちを汲んでおくことも大切なことではないだろうか。
「……もし、またアンタ達がメイに変なことをしたら絶対に殺すからね。捕まろうが、死刑になろうが構わない。私の大好きな、大好きな親友を少しでも困らせたり、騙そうとしたら、絶対に許さないから!!!」
ミカちゃんは最後に今日一番の声で激しく怒声を浴びせた。私の為に怒ってくれる人がいることを私は嬉しく思う。
そんなミカちゃんも優しく抱きしめて、しばらく時を過ごした。
今、我らがご主人様もとい七瀬メイはぐっすりと眠っていま~~す」
妖精はビデオカメラで主人の寝顔を録画していた。まるでTV番組の寝起きドッキリの撮影よろしく。当の主人は闖入者に気づくことなく、ぐっすり眠っている。
「メイの今の服装はピンクのパジャマ上下ですね~~ノーブラだけど、カップ付きなのでゆったり眠れそうです。隣にはリュート君が一緒にすやすや眠っております。リュート君は本当にママが大好きなんですね」
と、小声で実況しつつ録画を続ける妖精。すると、メイの枕元にあるスマホが鳴り出した。着信画面には「近藤理沙」とある。
「……はい」
「メイ、モーニングコールッス。下まで降りて来てくださいッス」
「ん……わかった」
電話を切り、背を起こし、うーんと伸びをする主人。そして妖精とばっちり目が合う。ビデオカメラで録画し続ける妖精は笑顔を絶やさない。
「ノノ、何やってんの?」
「ふふふ、サラ師匠から後で映像見たいから録画しておいてって頼まれてね。使い方は昨日、理沙に教わったからばっちりよ。今日はとことん録画させてもらうわよ」
「いや、何もこんなとこ撮らなくていいじゃん。さ、着替えるから出てって」
「女同士でしょ、よくない?」
「……」
メイはその発言を無視し、ノノを無言で部屋の外へと追い出した。鍵をかけ、ごそごそと着替え始める。
「あらら、残念。せっかくの取れ高が」
「いい加減にしないとあんたも脱いでもらうわよ、ノノ。それでもいいの?」
部屋の中からメイが突っ込む。流石のノノも顔を赤らめて首を横に振る。
「それはご勘弁を」
「じゃあ、大人しく待ってて」
という訳で。
私こと七瀬芽衣は着替えを済ませた。動きやすいように上下ジャージである。下に降りると既に理沙が朝食を用意していた。
「メイ、おはようございますッス。今用意しているんでもう少し待ってくださいッス」
「あ、手伝うよ」
「じゃあ、お願いするッス」
料理をテーブルへと運んでいく。理沙は料理を食べるのも大好きだが、作るのも得意だ。私は家事はさっぱりなのだが、せめて料理を運ぶぐらいは手伝う。そこへリュートがのろのろとやってきた。
「ママ、おはよ~~」
「おはよう、リュート。まだ寝てていいのよ」
時刻は午前6時。起きるには早い時間である。起こしてはいないが、私がいなくて探しに来たのだろう。他のみんなはまだ寝ているようだ。ノノはビデオ撮影を続けている。
「ウチらは昼から夜までの活動するッス。サラさんはどこかに出かけたみたいッス。ミカはまだ寝てて……」
「起きてるわよ」
と、ひょこっと姿を現すミカちゃん。しかもジャージ姿である。
けど、それには見覚えがある。
「ミカちゃん、そのジャージは理沙の?」
「そう、昨日借りたのよ。なかなか動きやすいわね。ちなみに洗濯済みよ」
あれは理沙が小学校時代に利用していたものだ。昔はブルマが多かったが、私達世代にもなると、小学校からジャージだ。ミカちゃんは小学校時代のものがぴったり合うのか……お子様というと怒られるので黙っていよう。私もサイズそこまで変わってないから、多分着れると思うし、それを言っちゃうと突っ込まれる可能性大である。
「メイ、私も一緒に行くわよ。理沙達と合流するから昼までだけど、目を覚ますにはちょうどいいわ」
「ありがとう、よろしくね」
「昼になったら公園まで迎えに行くッス」
「おなかすいたよー」
「ああ、はいはい。ちょっと待ってね」
リュートに急かされつつ、朝食の準備を済ませ、椅子に座る。本日のメニューは卵かけごはん、さんまの塩焼き、豆腐とわかめの入った味噌汁である。
「いいね、このメニュー。昔ながらの日本食って感じ」
「こういう食事がバランスよく栄養を取ることができるッス。リュートには食べやすいようにしているんで、ママと一緒に食べてくださいッス」
そして、みんなで手を合わせる。
「いただきます!」
朝食を食べ終え、私とミカちゃんは家を出た。理沙は昼まで掃除と洗濯を行うという。その後でミカちゃんと合流し、この世界の探索を行うそうだ。ノノは私達の気が散らないように空から録画を行うとのこと。
「メイ、サラさんからメモを預かってきたわ。これが特訓メニューみたいね」
メモにはこう書かれている。
”長山公園で客人に会うこと”
「客人?」
疑問符を浮かべるが、その答えは公園に着けばわかるだろう。私とミカちゃんは横になって並び、長山公園まで歩くことにした。ミカちゃんは物珍しそうに辺りを見渡しつつ、私にペースを合わせてくれた。私から手を繋いだが、ミカちゃんは驚くことなく、すぐに私の手を取ってくれた。交わす笑みが零れ、熱いぬくもりが手を通して心臓に伝わってくる。
「どこなの、長山公園って?」
「15分ほど歩いた先にあるわ。この町の中でも一番大きい公園ね。陸上競技場もあるからマラソンの大会もあるし、サッカーの試合も行われる事もあるわ。大きな大会になると凄く盛り上がるのよ」
あの時は地下鉄駅の構内も車内もファンで溢れてたわね。特に外人ファンが多くて驚いた記憶があるわ。私はサッカーにそこまで興味がないけど、お姉ちゃんは大好きだったりする。お姉ちゃんと私と理沙の三人で試合を見に行ったことがあったわね。
お姉ちゃん、今頃どうしているのかな。もしかしたら日本に戻っているのかな? どこかで会えるといいんだけど。
「うーん、よくわかんないけど、とにかく大きい公園なのね」
「うん。ここをまっすぐよ」
この辺はのどかな住宅街だ。以前はフラワーショップだった跡地に建った駐車場付きコンビニ。たばこ屋さん、コインランドリー、中学校、学習塾、訪問介護の事務所。若い人よりお年寄りが多い地域性もあり、ホームヘルパーの事務所が多数存在する。それがこの町の特徴だと言えるだろう。
民家は一軒家がほとんどだが、公園に近づくと団地も見えてくる。その中には若者にも人気なUR賃貸物件もある。若者を離したくない市の政策の一環だろう。のどかな場所なので家族で住むにも都合がいい。朝早いせいか、通りを歩く人はほとんどおらず、たまに犬と散歩する人とすれ違うくらいだ。
「あ、もしかしてあの公園?」
「うん、そうだよ」
団地を超えた先に大きな公園が広がっている。そこが長山公園だ。信号を渡り、公園の入り口を抜ける。木々に囲まれた広くて大きな公園だ。左エリアにはバドミントンやサッカーで遊ぶ親子連れが見える。右エリアにはアスレチック、ブランコ、シーソー、滑り台、砂場など子供が遊べる遊具が複数あり、暖かな日差しの中、子供たちは親に見守られながら、元気いっぱいにはしゃいでいる。
「いい光景ね。まさに平和そのものって感じがするわ」
「うん、私もそう思うよ。さて、客人は……」
「ここだ」
と、第三者の声がした。私達は反射的に声のする方へ首を向ける。
そして、その人物達を私は知っていた。
「まさか……」
姿を現したのは長髪の女性と黄色い髪の女性だ。長髪の女性は髪が黒く、すらっとしてモデルのようにスタイルがいい。Tシャツにデニムパンツという出で立ちだ。だが、肉付きが良く、シャツの上からでも身体を鍛えていることがよくわかる。そして、刃物のような鋭い瞳は見ているこちらが傷を作りそうなほどだ。対して、黄色い髪の女性はショートヘア。白衣を着ているが、医者ではない。その証拠に白衣とは名ばかりで赤、黄色、紫、等々の色がそこらについている。加えて頭にはベレー帽を被っているのが印象的だ。しかし、どこか罰が悪そうに眼を背けている。まるでいたずらがバレて親に叱られるのを怖がる子供のように。
「ふふ、覚えていてくれたようだな。そう、私はシェリルだ。そして隣がミリィさ」
「………あんた達がメイを酷い目に逢わせた奴ね」
ミカちゃんはホルスターに手をかけようとした。
それを私は手で制した。
「ミカちゃん、この国は法律で銃や刃物を許可なく所持するのは禁止されているの。まして誰か人を襲うのはもってのほか。すぐに警察に捕まっちゃう。それに大丈夫よ」
「何が?」
「この二人に殺意は感じられない。それに以前と少し違う気もする」
「さすがだな、瞬時に見破るとは。なかなか経験を積んだようだな」
「お陰様でね」
「ちょうど、あそこにテーブルベンチがある。そこで少し話をしよう。ジュースぐらいは奢るぞ」
「いいわよ、二人分ね」
「……」
ミカちゃんは納得がいかないようだが、私は彼女の手を握ってその目を見る。私を信じてという目を。彼女は無言で頷き、一緒に歩を進めてくれた。公園が平和な中、私達だけは心が冷えるのを少し感じながらもシェリル達の後に続いた。
私とミカちゃんがベンチに座り、その向かいにシェリル・ミリィが座る。自販機で購入してくれた「ねっちゃんオレンジ」を飲み、一息つく。ミカちゃんはペポカリスエットを受け取ったものの、口はつけていない。少し静かな風が流れた。
「さて、まずは自己紹介しておこう。私は赤山香澄という。前世ではシェリルと名乗っていた。で、隣の彼女は黄山晴美だ。同じく前世ではミリィだった」
「なるほどね」
「ぜんせ……って?」
「ミカちゃん、人間は一度死んだ後、転生すると言われているの。輪廻転生って言って、もう一度、人間に生まれ変わる人もいれば、動物になったり、違うものになったりすることもある。それは過去世の罪の深さで決まるの。つまり、この公園に生えている草木、動物も元は人間だったかもしれない」
動物や草木だけじゃない。あのコンクリートも、土や水も。空に浮かぶ雲、水飲み場の水や子供たちが遊んでいる遊具も。この世の全ての物は人間だったのかもしれないというのが私の持論だ。
「じゃあ、二人は前世の時はシェリル・ミリィだったけど、今は違う人間って事なのね」
シェリルとミリィは頷いた。いや、赤山さんと黄山さんと言うべきか。”ややこしいから、シェリル・ミリィで構わない”との事なので、その通りにする。
「そうだ。通常、人間は生まれた時に前世の記憶は忘れてしまう。だが、稀に色濃く受け継いでいるレアケースも存在する。私達がそうだ。だから二人を見た時、すぐにわかったんだ。ミリィもすぐにわかっただろう?」
「ええ」
始めてそこでミリィは声を出した。ただ、前世のあの甲高いミリィの声とは違う、優しい声だ。一瞬、声優さんかなと思うほどに。
「今、私は教育実習生でな。先生になろうと勉強しているところだ。ミリィは美大を卒業し、今はプロのイラストレーターをしている。個展を開いたりして人気なんだぞ。もちろん、私達は今世でも恋人でルームシェアしているのさ」
と、抱き合う二人。ミリィは少し恥ずかしそうだが、抵抗はしなかった。ラブラブなのも前世と同様らしい。
「それで用は何なの? ノロケ話をするだけならもう行くよ」
「待ってください!」
私が席を立とうとするのをミリィが制した。甲高い声だけに一瞬、周りがしんとした静寂に包まれる。周りの騒がしくも和やかな平和のマーチが一瞬、途切れた。通行人が何事かとこちらに注目する。だが、ミリィさんは意に介さず、そのまま地面に土下座した。
「メイさん……あなたには酷い目に逢わせてしまいました。ナイトゼナに来たばかりの貴女を言葉巧みに騙し、大きな心の傷を与えてしまいました。私はその事を謝りたかったんです」
「謝れば済むと思っているの!? あんた達のせいでメイがどんな思いをしたのかわかってる? この子はずっとその傷を抱えながら、それでも戦い続けてここまで来たのよ!! 本来なら戦場で戦うこともなかった子が望まない戦いを超えて、心が押し潰されそうになっても、それでも耐えて、自分の守りたいものを守ろうと必死に戦ってきた。この子は普段、辛い顔なんか見せないけど、それは仲間に心配かけたくないからよ。でもね、平気な顔をしていてるからって心まで平気とは限らない。どれだけ時が過ぎても心の傷は癒えないものよ。一生、その傷を抱えたまま死ぬまで生きていく。それがどんなにどんなに辛い事か、アンタ達は本当にわかってるの!?」
驚いた事に怒鳴ったのはミカちゃんだ。ホルスターに指をかけたいのを堪えながら、二人に怒声を浴びせていた。
ミリィさんは涙を流しながら、項垂れていた。その隣にシェリルも同じように並び、土下座した。
「……前世の事とはいえ、私達は大きな間違いを犯した。謝って済むものではないだろう。許して欲しいとは言わない。実は毎晩、君たちの事は夢に出てくる。シェリルが……前世が犯した罪が夢となって現れるんだ。そして自分たちの過去世の罪を再確認する。私達はずっと悩んでいたんだ。そして、謝る機会を探していたんだ」
シェリルはミリィを抱き寄せ、頭を撫でる。二人の表情は苦労が見て取れた。毎晩、自分が犯した罪を夢で見るという二人。傍若無人に破壊行為を繰り返し、罪なき人々を殺戮してきた二人。ミカちゃんの言う事はもっともで私が思う事をほぼ全て言ってくれた。だけど、まだ言ってないことがある。
「ミリィ、私が最後にあなたにかけた言葉覚えてる?」
「ええ」
「生まれ変わったら友達になってって言ったのよ。そっちのシェリルも含めてね。私は二人を殺したくなかった。確かにあの夜の事は今でもトラウマよ。許しはしない。ここで殺すことだってできる。でも、それでも……それでも、どこか鬼になり切れない自分がいるのよ」
私はそっとミリィを抱きしめた。彼女は驚いたものの、優しく抱き留めてくれる。
「誓いなさい。生きて罪を背負うの。勝手に死ぬことは許さない。今世では絶対に悪いことをしないで。人に、社会に役立つことをして生活して。そして、二人は私の友達になるの。何でも話せる対等な友達にね」
「はい……」
「ありがとう、メイ」
二人は何度も何度も頷いた。そして土下座したまま、泣き続けた。甘いと思われるかもしれない。二人にそんな言葉をかける必要もない。ミカちゃんは目でそう語っていたが、私は拒絶だけが全てだとは思わない。少なくとも、二人は既に反省をし、過去世の事を後悔している。そして直接、謝罪する機会を考えていたのだ。全てを無かったことにすることはできないけど、彼女たちの気持ちを汲んでおくことも大切なことではないだろうか。
「……もし、またアンタ達がメイに変なことをしたら絶対に殺すからね。捕まろうが、死刑になろうが構わない。私の大好きな、大好きな親友を少しでも困らせたり、騙そうとしたら、絶対に許さないから!!!」
ミカちゃんは最後に今日一番の声で激しく怒声を浴びせた。私の為に怒ってくれる人がいることを私は嬉しく思う。
そんなミカちゃんも優しく抱きしめて、しばらく時を過ごした。
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