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第四章
忘却の破片
しおりを挟む彼女との魔法訓練を無事に終え、いつものように彼女を送り届け王宮へ戻ると、私の仕事部屋にレックスの姿があった。
レックスは私の存在に気が付くと、書類を片手にニヤリと口角を上げて見せる。
「くくっ、お前にもようやく婚約者が出来るみたいだな。公爵家の一人娘ステラ嬢と婚約すれば、エヴァンも貴族の一員か」
開口一番にとんでもない事を話すレックスに、私は目が点になった。
婚約者……どうしてそんな話が……?
「はぁっ!?彼女とはそういう関係ではありませんよ!私は只、頼まれて魔法を教えているだけです!」
そう強く否定すると、レックスは驚いた表情を浮かべた。
「あれ、おかしいな。女の影一つなかった魔導師にようやく婚約者が出来る、しかもお相手はシモンの妹。城内ではお前の婚約話で持ち切りだぞ。その噂のおかげで、エヴァンを狙っていた令嬢達が悲鳴を上げているんだとさ」
レックスは肩を揺らせて笑うと、こちらへ顔を向けた。
私の苦労も知らないで……勝手な事を……。
「婚約など根も葉もない噂です。そんなことよりも、あなたはご自分の婚約者殿の心配をしたらどうですか?もうすぐ婚礼にも関わらず、婚約者をそっちのけで、仕事に夢中になっていると小耳にはさみましたが……」
そう冷たくレックスを見返すと、彼はばつの悪そうな様子で髪を軽く書き上げながらに、手にしていた書類へ視線を向ける。
「っっ……あぁ!!それよりもだな、これを見て欲しいんだ。俺がこの前、森で捕まえてきた妖魔霧から取り出した薬の成分表だ。それでこれが……薬の試作品だ。効力は十分にあると思うんだが、お前の魔法で見てくれないか?」
液体の入った小瓶が目の前に差し出だされると、私はまたも既視感を覚えた。
初めて見る物のはずなのに、どこか懐かしいような……。
無心に小瓶へ手を伸ばしてみると、中の液体が薄っすらと白色に染まっていく。
「これは……魔力を流しすぎると、黒色に染まる……」
自分の意志とは関係なく口が勝手に動き出すと、私はそう言葉にしていた。
「おぉ、良く知っているな!さすがエヴァンだ。お前はこの薬を知っていたのか?」
レックスの言葉に私は慌てて首を横に振ると、自分が口にした言葉に戸惑っていた。
私はどうして……知っているんだ……。
そういえば、最近こういった既視感を感じることが多い。
一体どうしたというんだ。
実家で夢を見たあの日から……、知らない誰かの姿が……。
「まぁいい、とりあえず宜しく頼んだ」
小瓶を握りしめたままに思い悩んでいると、レックスはそう言い残し、そそくさと部屋を出て行ってしまった
そうしてレックスに頼まれた薬の調査と並行に、彼女へ魔法を教えていく中、また二週間が過ぎていた。
彼女は順調に魔法を習得していく中、イメージが十分鮮明になってくると、私は次のステップへ進んでいく。
「ではそろそろ、移転魔法をお教えいたします。移転魔法とは、道筋をどれだけ鮮明にイメージできるかが重要です。まずそこから私のいる場所まで歩いてみましょうか」
そう声をかけると、彼女はゆっくりと私の元へと歩いてくる。
そうして私の前で立ち止まると、見え上げるように視線を向けた。
瞑らな桃色の瞳がアップに映り、思わず後ずさろうとする脚を必死に制止すると、私は無理矢理に笑みを浮かべて見せる。
「……では、また先ほどの場所へ戻り、今のイメージを頭の中で思い描いてください。イメージが出来ましたら、魔力を体全体に巡らせていくのです」
「わかりましたわ」
パタパタと元の位置へ戻ると、彼女の周りに魔力が集まっていく。
私の言われた通りに、静かに魔力を練りつづけているが……彼女の姿に変化はない。
そんな彼女をじっと眺めていると、桃色の瞳と視線が絡んだ。
「う~ん、これはとても難しいですわ……。ここからエヴァン様のところへ向かう道筋をイメージするのですよね?」
「正解です。ですが最初はうまくいかないものです。ゆっくりと練習していきましょう」
そう言葉にすると、また既視感が私を襲う。
以前この言葉を口にしたことがある……、だが一体誰に?
私はこれまで魔法を人に教えた事はないはずだ。
だが……魔法以外に私が教えられるものもない。
脳裏にチラつく何かに呆然とする中、彼女の魔力が流動していくのを感じる。
その姿に私は気を取直す様にその何かを振り払うと、顔を上げ魔法の訓練へと戻っていた。
そうしてまた月日は流れ、移転魔法を始めてから一月がたった頃……ようやく彼女の移転魔法が初めて成功した。
一度移動できれば、後はもっと容易く出来るようになる。
最初は魔法室内を、次に城の廊下へと、移動する範囲を広めていった。
そうして城の外へも難なく移動できるようになったある日、彼女からある提案が持ち上がった。
「あの……エヴァン様、この移転魔法を使って、私と隣町のカフェへ行ってみませんか!そこにあるお店が、とても美味しいと有名ですの!」
キラキラとした瞳を向けられる中、断りたいところだが……ここで断り、泣かせてしまえば、シモン殿の報復が恐ろしい……。
そう頭をよぎると、私はいつものように笑みを作り、頬を引き攣らせながらに頷いた。
「……わかりました」
「キャッ、嬉しいわ!早速行きましょう!」
彼女は満面の笑みを浮かべると、そっと私の隣へと体を寄せる。
そのまま移転魔法を展開していくと、魔法室が霞み……私たちの姿はその場から消えていった。
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