[R18] 異世界は突然に……

あみにあ

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第五章

閑話:破られた結界(パトリシア視点)

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「魔法使い様!!!」

真っ赤に染まった水の中ゆっくりと倒れていく彼女の姿に、呼び掛けるが反応はない。
そのままバシャンッと水しぶきが上がると、赤い水の中に彼女の体がゆっくりと沈んでいく。
彼女を攻撃した獣は水しぶきに跳ね返されると、高く飛躍し天井の穴へと戻って行った。

まずい、このままだと……。
私の結界は、水で遣い魔や魔法を跳ね返す物。
もう一つ対象者を水の結界で包みこみ、動けぬよう行動を縛る事が出来る。
私自身は、呼び出した遣い魔を傍に置き、攻撃を受ける事はない。
問題なのは私の遣い魔では攻撃能力が皆無。
それに……私の結界の範囲はそれほど広くない。

魔法使い様を助けるためには、彼女の傍に行かなければいけないけれど……あの距離ならノエルの攻撃が届いてしまう。
いくらここで魔法を封じたからといって、彼には武術がある。
攻撃を受ければ、防御に徹するほかない。
ならやはり魔法使い様、そしてカミールを救い出す事は出来ないだろう。

あぁ……ノエルに結界を集中させるために、彼女へ結界をかけなかったことがあだになった。
私の後ろへ隠れていれば、私を覆っている結界で何とかなるとそう思っていた……。

「さぁパトリシア殿、さっさと結界を解いた方がいい。このままだと彼女とカミールは溺れ死んでしまう。私はここから動く事は出来ないし、このラボで暮らす人々眠りについている。君は戦争を起こした私を恨んでいるのだろう?多くの民が死んだ……君の両親もかな?ははっ、人殺しだと私を恨む君が目の前の二人を見殺しにする気なのかな?」

ノエルは沈む二人へ目を向けると、ニヤリと口角を上げた。
悔しい……せっかく捕らえる事に成功したのに。
今までは城で交わされた条約で彼を追うことが出来なかった。
だから捕まえる事なんて不可能で。
そんなあいつが自ら私の前に現れて、こんなチャンスもう二度とないかもしれない。
でもこのままだと二人は溺死してしまう。

答えがまとまらない中、彼らの姿は水中へと消え見えなくなっていく。
ノエルを包んでいる防御魔法を緩めて彼ら二人を包みこむ……いやダメよ、弱めれば逃げられてしまう。
なら私の……それもダメ、頭上にあいつの味方が待ち伏せているわ。
弱ったところをあの獣で攻撃されれば元も子もない。
私には戦う力はないのだから。
このままだと本当に……でも……ッッ

ノエルの姿と血の海を交互に見つめる中、私は震える手を上げると、水を自分の周りに引き寄せる。
解除する必要はない、水かさを減らせば……だけれどもこれだと防御としての性能は下がってしまう。
頭上で待ち伏せしている遣い魔使いに対応できるかわからないけれど、やるしかない。

水位が徐々に下がっていく中、沈んだ二人の姿が顔が水面に現れる。
その刹那、頭上から獣が飛び降りてくると、飛び掛かる魚を跳ね返し、二人の体をカブリッと咥えた。

「……ッッ、二人は渡さないわ!」

慌てて集めていた水を獣に向けて放ってみるが、素早い動きでかわすと、天井の奥へと消えていく。
しまった……ッッ、でもノエルは解放していない。
私はノエルへ顔を向けてみると、彼は悠々とした様子で笑みを浮かべていた。
徐に天井を見上げると、パチパチパチと拍手を送る。

「よくやってくれた。後は私だけだね、さて……もう一つの準備は整っているかい?」

彼の問いかけに頭上からはい、と声が落ちてくると、穴に薄っすらと人影が浮かび上がる。
私は警戒するように崩れた天井を見上げると、ズルズルと何かを引きずる音と共に、研究員の姿が目に映った。
眠っているのだろう、グッタリとする研究員の首元には、先ほどのカミールと同じようにナイフが付きたてられている。

「彼女たちを手に入れた今、最初にも宣言していた通り、このまま解除しないようなら、ここにいる研究員は死んでもらうよ。なぜ最初にこれをしなかったと思う?それはね……万が一君が魔法使いの彼女を人質に取られることを恐れていたからだ。でももうその心配はない。私が必要とするのは彼女只一人。他の人間がどうなろうとどうでもいいこと、ははっはっは」

ノエルは楽しそうに笑うと、天井を見上げながらに頷いた。
その瞬間、研究員の喉にかかっていたナイフが肉を切り裂く。
シュッバと音と共に鮮血が舞い散ると、ポタポタと降り注いだ。

「ちょっと嘘、やめて!!!」

「さぁパトリシア、君が解除しない間、何人の人間が死ぬかな」

目の前が真っ暗に染まっていく中、研究員の死体が穴から落とされると、バッサンと水しぶきを上げながら地面に横たわった。
あまりの光景に茫然とする中、頭上からまたズルズルと音が響くと、別の研究員が穴に現れる。
首元のナイフが振り上げられるその動きに、私は慌てて防御を解除すると、真っ赤な水が消え去った。
そこに残ったのは、血を流しピクリとも動かない研究員の死体だけ。

「思ったよりも速かったね。さぁ帰ろうか。あぁそうだ、眠っている彼らは朝になれば目覚める。安心するといい」

ノエルはニッコリと笑みを深めると、窓の外へと消え去って行く。
その姿に何も出来ぬまま床へ膝をつくと、己の不甲斐なさに、未熟さに、頬を伝う涙に、拳を強く握りしめた。
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