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社会人編
13、アイドルの理由。
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竜の安全運転で到着した先は、まごうことなく、青い青い海だった。海水浴のシーズンを過ぎているため、海の家は営業を終了しており、泳いでいる人は誰もいなかった。しかし、海の家がなくとも、泳ぐ者がいなくとも、海はやっぱり海だった。
「お盆を過ぎると、クラゲが出るんだっけ」
「ああ、そんなこと言われた気がするわ」
脱いだ靴を砂浜に放ると、流は波打ち際に立ち、水平線を眺めた。
「なんで、海に来ようと思ったの?」
海に視線を向けたまま、斜め後ろに立つ竜に尋ねる。竜はタバコを吸っているようだ。
「高校生の時、流が言ってたことを思い出した」
「俺が言ってたこと?」
「"海に行きたい"って、おまえが言ってた」
「…覚えてない」
正直に答えた。
「だろうな。…おれも忘れてた」
竜はため息交じりに笑う。
高校生の時。10年前。その時に竜と海へ来ていたら、どうだっただろう。車なんてないから電車やバスに乗り、途中で水着や浮き輪を買い、眼前に現れた海に喜び、砂浜を全力疾走して海に飛び込み、少し深いところまで泳ぎ、浅いところで波に揺られ、海の家でラーメンを食べ、空が茜色に染まるまで遊び続ける。そんな"絵にかいたような青い春"が、俺たちにもあったのだろうか。やろうと思えば、今だって出来ることなのに、あの頃よりお金も時間もあって自由だというのに、それは10年前とは全く違うもののように感じられる。なにが違うんだろうか。
「不謹慎なこと聞くけど」
「ん?」
「流はさ、川に落ちたわけじゃん?」
「…あー……まあ……落ちたというか、飛び込んだというか…」
「溺死しようとしたわけだろ?」
「…うん…まあ、…そうね…」
はっきり「溺死」っていうかよ。それに、正確に言えば、それは"流"じゃなくて、"あげは"だけどな。
そう突っ込んだら、竜はなんて言うだろうか。
「溺れたから川が怖いとか、似たような海が怖いとか、そういうのないの?」
「……今のところ大丈夫。でも、もっと深いとこまで入るってなったら怖いかもな。それに、俺泳げないし」
「泳げないのは、溺れたせい?」
「……そうかも」
もしかしたら、あげはは、泳げたのかもしれない。考えたこともなかったけれど。
「今よりもっと有名になって、海で写真撮影とかすることになったらどうすんの?」
「じゃあ、俺は山の男になるわ」
「ふふっ…、なるほどね」
そういえば、そういうことを初めて他人から訊かれた。そういうこと。失くしていた記憶に関すること。
「そんなこと言ったら、竜だって」
「おれ?」
「"川に架かる橋は苦手"って設定なのに、俺と2人で思いっきり川の傍まで行ってたのはどゆこと?」
「ん?」
「俺たちの食べた高級かき氷の金額が¥1000になってて、『¥1000なんて高級じゃないわ!』って思った作者が、こっそり金額を修正したのは、どゆこと?」
「え?」
「ちなみに現在は¥2300になってる」
「ああ、物価上昇に伴う値上がりね」
「バスケ部設定もどこかにいったし」
「設定?」
「実は血の繋がった兄弟でしたとか、重すぎるし」
「…」
「"空霞あげは"が、どうやって"独神流"になったんだとか。戸籍はどうなってんだよ。独神家の方々は何者だったんだよ」
「そこらへんは、割と本当に気になるけどな」
「作者は知り得ないので書けません」
「作者?」
「勢いで書くから、こういうことになるんだよ」
「まあ、勢いってのは大事なんじゃない?」
「竜は優しいなあ」
メタ発言をさせられたことで、流は唐突にいろんなことを思い出した。
高校生の時のこと。竜の漕ぐ自転車の荷台に乗ったこと。かき氷を食べたこと。一緒に勉強したこと。授業中に連絡を取り合ったこと。竜が死のうとして泣いたこと。文化祭のお化け屋敷でしたこと。
忘れていたわけじゃない。ずっと「思い出さなかった」だけだ。
「ずっと不思議に思ってたんだよな」
竜がわざとらしく切り出した。
「流が芸能活動を始めたこと」
「……うん」
「いろんな手を使って調べたんだけどさ」
「調べたのかよ」
「でも、今日気付いた。…気付いたら、これまで気付かなかった自分が不思議なくらいだよ」
竜の方を振りぬく。竜は砂浜に座り込んで、吸殻で砂にぐるぐると円を描いていた。
まるでいじけた子どものように。
「…"Etoile"なんて、分かり易い名前がついてるのにな」
「楽曲提供、取り消す?」
「今さらだろ」
「…そうか」
俺は未だに、あいつの名前に縛られている。
「そういえば、知らないと思うけど、エトワールは俺の兄貴なんだぜ?」
「知ってる。あいつの遺書に書いてあった」
「遺書?」
「覚えてないか。おれが流の目の前で燃やした紙だよ」
「竜は読んだのか?」
「読んだよ。…だから、おまえのそばにいられなくなった」
「それは、俺が"あげは"だったから?」
竜の指先が砂から離れ、竜が顔を上げた。
「…」
「俺は流だよ。どんな過去があったとしても、あげはは死んだんだ」
「……おまえは……生きてるだろ…」
「……………あげはじゃないと駄目か?」
「…っ」
立ち上がった竜に突き飛ばされ、流はあっけなく海の中に転がった。波が覆い被さってくる。しかし怖くはなかった。なにがあっても、竜が助けてくれると思った。
竜が流を抱き上げ、そのまま強く抱きしめた。気が付く。こいつはまた泣いている。
「…おまえ、結構泣き虫だよな」
びしょびしょになった竜の髪を撫でる。
「…だって、…おれの親父のせいであげはの家族はぐちゃぐちゃになって、…あげはは自殺を選んで、…あげはの兄貴は復讐を選んで、…それに流が巻き込まれて、こんなことになって…」
「…」
「おれは…どんな顔をして、…おまえと生きていけばいい…?」
「どんな顔でもいいよ、生きてくれるんなら」
「…流」
「でも、出来れば笑顔がいい」
俺と一緒に生きるという気持ちが、おまえに少しでもあるのなら。
「そういえば、竜さ。途中のコンビニで花火買ってなかった?」
「…あー、ばれてた?売ってるの見たら、急にやりたくなってさ。でも思ったよりずっと明るかったな」
「明るくてもいいじゃん。花火しよう」
「本気?」
「ここ、夜は真っ暗でなんにも見えないぞ?」
「じゃあ、やるか」
「よっしゃ」
走り出そうとした流を竜が掴んで引き寄せる。唇が重なった。
「…しょっぱい」
「体拭かないとなぁ。花火が湿気る」
「そもそもレンタカーに乗れなくない?」
「え、出禁になる?」
竜の心からの笑顔をようやく見られた気がする。嬉しい。
2人は手を繋いで歩き出した。
「俺はね、竜のことを10年間ずっと探してたんだよ」
「うん」
「俺が有名になれば、もしかしたら…竜に見つけてもらえるんじゃないか…って、思ったんだよ」
「…え?」
「本当に見つけてくれるとは思わなかったけど」
「…え?え?え?」
そういうとこ、ちゃんと分かってんのかよ、竜。
To be continued…
「お盆を過ぎると、クラゲが出るんだっけ」
「ああ、そんなこと言われた気がするわ」
脱いだ靴を砂浜に放ると、流は波打ち際に立ち、水平線を眺めた。
「なんで、海に来ようと思ったの?」
海に視線を向けたまま、斜め後ろに立つ竜に尋ねる。竜はタバコを吸っているようだ。
「高校生の時、流が言ってたことを思い出した」
「俺が言ってたこと?」
「"海に行きたい"って、おまえが言ってた」
「…覚えてない」
正直に答えた。
「だろうな。…おれも忘れてた」
竜はため息交じりに笑う。
高校生の時。10年前。その時に竜と海へ来ていたら、どうだっただろう。車なんてないから電車やバスに乗り、途中で水着や浮き輪を買い、眼前に現れた海に喜び、砂浜を全力疾走して海に飛び込み、少し深いところまで泳ぎ、浅いところで波に揺られ、海の家でラーメンを食べ、空が茜色に染まるまで遊び続ける。そんな"絵にかいたような青い春"が、俺たちにもあったのだろうか。やろうと思えば、今だって出来ることなのに、あの頃よりお金も時間もあって自由だというのに、それは10年前とは全く違うもののように感じられる。なにが違うんだろうか。
「不謹慎なこと聞くけど」
「ん?」
「流はさ、川に落ちたわけじゃん?」
「…あー……まあ……落ちたというか、飛び込んだというか…」
「溺死しようとしたわけだろ?」
「…うん…まあ、…そうね…」
はっきり「溺死」っていうかよ。それに、正確に言えば、それは"流"じゃなくて、"あげは"だけどな。
そう突っ込んだら、竜はなんて言うだろうか。
「溺れたから川が怖いとか、似たような海が怖いとか、そういうのないの?」
「……今のところ大丈夫。でも、もっと深いとこまで入るってなったら怖いかもな。それに、俺泳げないし」
「泳げないのは、溺れたせい?」
「……そうかも」
もしかしたら、あげはは、泳げたのかもしれない。考えたこともなかったけれど。
「今よりもっと有名になって、海で写真撮影とかすることになったらどうすんの?」
「じゃあ、俺は山の男になるわ」
「ふふっ…、なるほどね」
そういえば、そういうことを初めて他人から訊かれた。そういうこと。失くしていた記憶に関すること。
「そんなこと言ったら、竜だって」
「おれ?」
「"川に架かる橋は苦手"って設定なのに、俺と2人で思いっきり川の傍まで行ってたのはどゆこと?」
「ん?」
「俺たちの食べた高級かき氷の金額が¥1000になってて、『¥1000なんて高級じゃないわ!』って思った作者が、こっそり金額を修正したのは、どゆこと?」
「え?」
「ちなみに現在は¥2300になってる」
「ああ、物価上昇に伴う値上がりね」
「バスケ部設定もどこかにいったし」
「設定?」
「実は血の繋がった兄弟でしたとか、重すぎるし」
「…」
「"空霞あげは"が、どうやって"独神流"になったんだとか。戸籍はどうなってんだよ。独神家の方々は何者だったんだよ」
「そこらへんは、割と本当に気になるけどな」
「作者は知り得ないので書けません」
「作者?」
「勢いで書くから、こういうことになるんだよ」
「まあ、勢いってのは大事なんじゃない?」
「竜は優しいなあ」
メタ発言をさせられたことで、流は唐突にいろんなことを思い出した。
高校生の時のこと。竜の漕ぐ自転車の荷台に乗ったこと。かき氷を食べたこと。一緒に勉強したこと。授業中に連絡を取り合ったこと。竜が死のうとして泣いたこと。文化祭のお化け屋敷でしたこと。
忘れていたわけじゃない。ずっと「思い出さなかった」だけだ。
「ずっと不思議に思ってたんだよな」
竜がわざとらしく切り出した。
「流が芸能活動を始めたこと」
「……うん」
「いろんな手を使って調べたんだけどさ」
「調べたのかよ」
「でも、今日気付いた。…気付いたら、これまで気付かなかった自分が不思議なくらいだよ」
竜の方を振りぬく。竜は砂浜に座り込んで、吸殻で砂にぐるぐると円を描いていた。
まるでいじけた子どものように。
「…"Etoile"なんて、分かり易い名前がついてるのにな」
「楽曲提供、取り消す?」
「今さらだろ」
「…そうか」
俺は未だに、あいつの名前に縛られている。
「そういえば、知らないと思うけど、エトワールは俺の兄貴なんだぜ?」
「知ってる。あいつの遺書に書いてあった」
「遺書?」
「覚えてないか。おれが流の目の前で燃やした紙だよ」
「竜は読んだのか?」
「読んだよ。…だから、おまえのそばにいられなくなった」
「それは、俺が"あげは"だったから?」
竜の指先が砂から離れ、竜が顔を上げた。
「…」
「俺は流だよ。どんな過去があったとしても、あげはは死んだんだ」
「……おまえは……生きてるだろ…」
「……………あげはじゃないと駄目か?」
「…っ」
立ち上がった竜に突き飛ばされ、流はあっけなく海の中に転がった。波が覆い被さってくる。しかし怖くはなかった。なにがあっても、竜が助けてくれると思った。
竜が流を抱き上げ、そのまま強く抱きしめた。気が付く。こいつはまた泣いている。
「…おまえ、結構泣き虫だよな」
びしょびしょになった竜の髪を撫でる。
「…だって、…おれの親父のせいであげはの家族はぐちゃぐちゃになって、…あげはは自殺を選んで、…あげはの兄貴は復讐を選んで、…それに流が巻き込まれて、こんなことになって…」
「…」
「おれは…どんな顔をして、…おまえと生きていけばいい…?」
「どんな顔でもいいよ、生きてくれるんなら」
「…流」
「でも、出来れば笑顔がいい」
俺と一緒に生きるという気持ちが、おまえに少しでもあるのなら。
「そういえば、竜さ。途中のコンビニで花火買ってなかった?」
「…あー、ばれてた?売ってるの見たら、急にやりたくなってさ。でも思ったよりずっと明るかったな」
「明るくてもいいじゃん。花火しよう」
「本気?」
「ここ、夜は真っ暗でなんにも見えないぞ?」
「じゃあ、やるか」
「よっしゃ」
走り出そうとした流を竜が掴んで引き寄せる。唇が重なった。
「…しょっぱい」
「体拭かないとなぁ。花火が湿気る」
「そもそもレンタカーに乗れなくない?」
「え、出禁になる?」
竜の心からの笑顔をようやく見られた気がする。嬉しい。
2人は手を繋いで歩き出した。
「俺はね、竜のことを10年間ずっと探してたんだよ」
「うん」
「俺が有名になれば、もしかしたら…竜に見つけてもらえるんじゃないか…って、思ったんだよ」
「…え?」
「本当に見つけてくれるとは思わなかったけど」
「…え?え?え?」
そういうとこ、ちゃんと分かってんのかよ、竜。
To be continued…
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