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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

行き違い×淡紅の輝き

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「なに? アルル殿が人間の里に向かった?」

 緊急の要件を済ませたジゼが帰宅すると、すぐさま下っ端の魔物からそのような旨を伝えられた。

「はい。なんでも、ジゼ様に国周辺で待機して頂きたいと――そのような事を仰っておりました」

「ふむ、今からでも遅くは無いか。慌ただしくて悪いが我も出向くとしよう」

「恐縮です。では直ちに準備を」

 ジゼは精鋭の戦闘員を数人引き連れヴリードル帝国へと約二時間遅れで向かった。

 その道中。

「死んでも犯人を探し出せェーッ! さもなくばキサマら全員の首が飛ぶッ!」

 岩場の向こうで、なにやらトラブルを引き起こしている人間の部隊に出くわす。
 ジゼ率いる魔物一行に気づいている訳では無いようだ。

「なんだ、随分と騒がしいな」

 足止めを喰らったジゼが煩わしげに岩陰からその様子を覗う。

「ジゼ様、あの連中如何致します?」

「放っておけ、あの様子だと恐らくあの付近からは暫く動かんだろう。構っている暇は無い」

 すると、また別の魔物がジゼの元へ報告に上がってくる。

「ジゼ様、岩陰からこちらを覗いていた人間を引っ捕らえました」

 怪しげな覆面と気配偽装魔術を纏う人間。
 その手の中で、淡紅の鞘を持つレイピアが光を発している。

「ま、魔物……!? な、なんてこった……ついてねぇ、ここで終わりか、俺は」

 魔物に囲まれガックリと項垂れるその男。
 当然の反応と言える。

「しくじったな。気付かれたからには生かしてはおけんか……いや、一応話だけは聞いてやろう。内容によっては見逃してやらん事もない」

「なっ……? あんた、本当に魔物か?」

 素っ頓狂な声を上げ、ジゼの姿をまじまじと確認するその男。

「ああ、正真正銘、実の魔物だが?」

 何を当たり前な事を、とでも言いたげな様子のジゼ。

「そう、か……面白い魔物も居たもんだな」

 男は手に持つ淡紅の鞘に視線を落とし、思いを噛み締めるかのようにそれを強く握りしめる。

「面白いのか? ともかく我は今急ぎの用があるが故、手短にせねば気が変わるぞ?」

 このやりとりに飽いてきた様子のジゼが腕を曲げ手のひらを上に向ける。

「すまない。……アイツらの目的は俺、そしてこの剣だ。俺は、この剣を……大事な人に届けたくて、な。バカみたいな話だろ?」

 ジゼは再びこの状況を整理した後、男の様子をじっくりと観察する。

「ふむ、状況から見ても信憑性は高い、か。嘘を付いてる様にも見えん。いいだろう、今回は見逃してやる」

 その言葉に、男の瞳が希望に満ちる。

「……まさか本当に見逃してくれるとは思っても見なかった」

 男は口をポカーンと開け、絵に描いたように唖然とする。

「我は約束は守る方だ。早く逃げるといい、貴様にも使命があるのだろう?」

 ジゼは男に背を向け、目的地であるヴリードル帝国へと再び向か――

「ああ、恩に着る。これで、この剣を……待っててくれ、アルル嬢……!」

「……ん? おい待て、アルル嬢だと?」

 聞き覚えどころか、聞き慣れたその名前にジゼは思わず振り返る。

「しまッ……お前らは魔物だ。当然アルル嬢、聖女には恨みがあるんだろう。口は災いの元とはよく言ったもんだな……やれやれ、やっぱり俺はここで終わりの運命らしい」

 男の肩が再び落ちる。

「貴様、アルル殿の知り合いなのか?」

 ここから、ジゼの怒涛の問答が始まる。

「そうだ……もう覚悟は決まった。人思いに殺してくれ」

「もしや、その手に持っているのはアルル殿の武器か?」

「ああ、銘柄は忘れちまったが……コイツで何千何万もの魔物を斬ったって話だ。魔物にとっちゃ魔剣の逆、正に聖剣と呼べるシロモノだろうな」

「アイツらの目的は何だ?」

「聖女の武器を隠匿すべく、国から持ち出し遠い隠れ家に封印するつもりらしい。ヤツらは魔物の味方をしているに等しい、バカな連中さ。皮肉な事に、これをアンタらにペラペラと打ち明けた所で運命は変わらないって事だ」

「あの馬車の中には他の武器も積まれているのか?」

「情けない事に、俺の力じゃこの一本を持ち出すので精一杯だった。でも、アルル嬢はこれが一番のお気に入りだって話していた。他にも短剣や投擲ナイフ、鎧なんかが積まれている筈だ」

「貴様、名は?」

「粋だねぇ、あんた。オレはロイジェル。ロイジェル、バサラーナだ。さあ、もう話せる事は全部話した。さあ、俺はもう用済みだろう。人思いに殺してくれ」

「ロイジェル殿か。斥候隊はロイジェル殿を人間の里まで送り届けろ、戦闘部隊はヤツらを潰せ。我も出る」

 ジゼは未だ犯人捜索中の人間の部隊へと剣を掲げ、攻撃命令を下す。

「……はっ? うん? すまないが、話が全く掴めないんだが……」

 男は唖然に唖然が重なり、もはや思考崩壊寸前といった様子。

「今現在、我はアルル殿、即ち人間が聖女と呼ぶ人物に仕えている」

「アルル嬢が……魔物を? どういう事だ?」

 聖女が魔物と手を組むなどあり得ない。
 あり得ないのだが――アルル嬢に限ってはあり得るのでは? と、男はそんな邪推をする。
 実際その通りなのだが。

「そういう事だ。その剣、我らに預けては見ないか?」

 ジゼはこれ以上談義する時間は無いと暗に示す。
 その実、ただ説明するのが煩わしいだけである。

「……にわかには信じ難い、が……いや、信じよう。そもそもこの状況自体が信じられないんだ。だがそれが真実である今、その程度を信じない理由は無い、これが俺の答えだ」

 ロイジェルは手に持っていたアルルの愛刀をジゼに手渡す。

「大義だったな、ロイジェル殿。また会える日を楽しみにしている」

「……アルル嬢を頼む」

「ああ。言われなくとも、な」
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