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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

禁忌の果実×独善の愛

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「全く、あのクズホントいい加減にして欲しいんだけど!?」

 とある一室で悪態をつく少女。

「いやですわキャロ様。お口が汚くてよ」

 向かい合うもう一人の少女がそれをわざとらしく咎める。

「もー、ちゃんと聞いてよアルル~、本当に気持ち悪いんだからあの男」

 キャロミィ=リノケルス。
 南の辺境、エールデ領前当主、ルシエル=リノケルスと政略結婚した少女である。

「ほんと急だったからねぇルシエルさん」

 しかしルシエルは急な病に倒れ、継承権第二位の弟であるテオール=リノケルスが領主に成り代わった。
 そして当然の流れの様にキャロミィの嫁ぎ先もテオールとなったのだ。

「ルシエル様とは似ても似つかない程のクズでほんとビックリ。こんなとこ嫁に来るんじゃなかった」

 政略結婚とは言え、決して本人達の望まないものでは無かったのだ。
 寧ろ、互いに少なからず惹かれ合っていた為、そこに愛が生まれるのは時間の問題であったとさえ言える。
 しかし、そんなルシエルの死によりキャロミィの不満は募るばかり。

「なにかされたの?」

「夜寝てるところに押しかけてきたんだよ!? ほんとありえない! 終いにはお前は俺のモンだ! とか言われて! 思い出しただけで鳥肌……」

 キャロミィは自分の腕を抱き、忌々しい記憶に身悶える。

「うわぁ、気持ちわる……あたしだったら蹴り飛ばしてるや」

 想像以上に身の毛もよだつ事案にアルルも釣られて震える。

「そんでさー、私聞いちゃったんだ。アイツが禁忌の果実を栽培してるって」

 キャロミィは机に身を乗り出し、アルルの耳元で静かにそう囁く。

「禁忌の果実……プリコの実のこと?」

 それは少し前に、アルルがエトワール商会との取引に用いた魔物の世でのみ流通している希少な果実の名である。

「そー。どっから手に入れたのかわからないけど、国に栽培を禁止されてるっていうあの果物」

 プリコの種子は赤い。
 そして微量な魔力を秘めるという特殊な性質を持っている。
 その為、入国検査を潜り抜けるのは困難を極める。
 しかし一度植えてしまえば保有されている魔力は放出され、有象無象の植物との見分けは付きにくくなる。

「人間の技術では育てられないって言うけど禁止されてる理由って何なんだろうね?」

 アルルは魔物の館の庭園でプリコの実を育てている魔物の知り合いを思い当てる。

「私もよく分かんない。けどそれなりの理由があるんだろーね」

 机に肘を付き、手のひらを上に向けるキャロミィ。

「……つまり、あたしにアンタの夫を蹴落として欲しいって相談なのかな、これって」

 苦笑いでキャロミィの思惑を推測するアルル。

「さっすがアルルー、話が早くて助かるよ~」

「ま~、あたしにとっても大いに利のある話ではあるけどさぁ」

「そーでしょそーでしょ! その様子だと請け負ってくれる感じ?」

「はいはい、任せといて」

「やったー! さっすがアルル! よっ聖女様!」

「やっぱやめよっかな」

「ちょまって!? ごめんって!」

 因みに、スパイとしてアルルに近づいたキャロミィが何故か懐柔された状態で帰ってきたという顛末がこの二人の馴れ初めである。
 表向きに関係を結ぶのは好ましくないが、裏での繋がりを持つだけならば良い相手だろうと、ルシエルは失敗を正直に話したキャロミィを褒めたという。

 そうしてキャロミィの依頼を請け負ったアルルはプリコの実について詳しく知るべく、魔物の館の農園へと足を運んだ。

「ククルおばあちゃ~ん!」

 その姿を見つけたアルルが手を振りながらククルの元に駆け寄る。

「おお、アルルや。こんな老いぼれに何の用だい」

 軒先の長椅子に座り、館の庭園を眺めていたククルが顔を上げる。

 魔物の館の庭園で農業に携わっているククル。
 植物について語らせれば右に出る者はそうそう居ない。

「あのねあのね、あたしの友達のバカな夫がプリコの実を内緒で育ててるから潰して欲しいって密告されたんだ」

 その隣に座ったアルルがヴリードル帝国で買ってきたシュークリームをククルに手渡す。

「おや、ありがとうねぇ。それで、プリコを育てている場所は何処なんだい?」

 初めて目の当たりにする菓子に困惑しながらも、その甘い香りに釣られるがまま口へと運べば、笑筋にシワの入ったその顔が朗らかに綻ぶ。

「人間の里の自分の領地で何も知らない領民に育てさせてるんだって」

 ククルに並びシュークリームを頬張りながら、庭に咲く色とりどりの花々を眺めるアルル。

「規模はどれくらいなんだい? 広いとなれば……厄介なことになるだろうねぇ……」

 シュークリームを食べ終えたククルを目に入れたアルルが、袋から新たな一つを取り出し差し出す。

「詳しくは分からないけど多分そこそこ広いんじゃないかなぁ」

 早くも四つ目に手を出したアルルが空を見上げ記憶を辿る。

「そうかい……プリコはヒトの世で育てれば災厄が降りかかると言われていてねぇ」

 ククルは暗い顔を浮かべながら真実を打ち明ける。

「災厄? って具体的にどんなの?」

 空となった袋をひっくり返しながら、お腹を擦るアルル。

「プリコの種子は発芽する時、その身に宿る魔力を辺り一帯に撒き散らす。つまり、その地の土壌は生命の息吹を断たれる」

 元凶であるプリコという植物自体も、自身が吐き出した魔力を吸えば実を付ける事は無くなる。
 これは一見非常に不合理に感じられる。
 しかしプリコの受粉は空気中に漂う魔力を媒体にして行われるのだ。

 そして特定の魔物の領地では魔力を保有する事無く自然にそのまま空気中に分解、散開させるという特異性を持つ土壌が存在する。
 プリコの原産地はそこだ。

「つまり、何らかの回避手段があって、ククルおばあちゃんはその術を持っているってこと?」

 アルルは期待の眼差しをククルに向ける。

「なあに、簡単な事さ。単純に魔力を散開させてしまえばいい。そんなことが出来る人間は多くは無いだろうがね」

 手を掲げ集めた魔力を瞬時に散開させて見せるククル。

 視覚化した魔力がキラキラと輝きながら風に運ばれていった。

「うーん、あたしがそんな事しようとしたら逆に集めちゃうかも」

 見様見真似で魔力の散開を試みるアルルであったが、思惑通りには行かなかった。

「魔物の専用分野だからねぇ。そしてもう一個、プリコの実は虫に弱くてね。そこにあるバーネロの搾り汁を撒かないとすぐにダメになる」

 即ち、エールデ領を襲った蟲害、それは単なる不幸な偶然などでは無く、約束された自業自得の結末だったという事になる。
 ククルは畑の中央で白い花を咲かせ、赤く長い実をぶら下げている植物を指で指し示す。

「この実も人間の世じゃ出回ってないね。カレー作る時とかスパイスの入手に一苦労したっけ」

 アルルはその植物の前で座り込み、じっくりと観察する。

「あともう一つあった気がするんだが、なんだったかねぇ。わしも年じゃのう」

 ククルは左人差し指でこめかみを押さえながら、必死に記憶を辿る。

「まだあるの!? うーん、領民の人達に罪は無いから何とかしてあげたいんだけど困ったなぁ」

「お友達にこれを持って行っておやり。残念だけど土に溜まった魔力は自然に飛ぶのを待つしかないねぇ」

 ククルは菜園用の荷台からバーネロの搾り汁を取り出し、アルルに持たせる。

「ありがと! 後でプリコのパイ焼いて来るから一緒に食べよ!」

 アルルは後ろに手を振りながら、駆け足でヴリードル帝国で待つ友人の元へと向かった。

「あらあら嬉しいねぇ。楽しみに待っておくよ」

 ククルはアルルの姿を見届けると、昼寝の続きを楽しむべく、その場でうたた寝を始めた。


 ――――


 ――


「そんなにオレよりアニキの方が良かったってのか!? あァ!? クソッ、どいつもコイツも……今に見ていろ、絶対にあの実を売り捌いて一山儲けて見返してやるッ……!」

 その拳が棚に叩き付けられると、乱雑に並べられた銀食器が悲鳴を上げる。

「……まこと愚か極まりない男。冷静に鏡でも見てきたらどうかしら? ルシエル様とは似ても似つかない、その醜い様を」 

 キャロミィは嘲笑するようにそう言い放つ。

 そして、次に悲鳴を上げるのも――

「……嫁に貰ってやったオレに向かってどういう口の利き方だ?」

 一切の容赦も無い握り拳が繰り出され。

 キャロミィの華奢な身体に凄まじい衝撃が轟く。

「あ゛、ぅ、かはッ――」

 言うなればそれは、鉄球を腹部に叩き付けれたかのような、深い鈍痛。

「これに懲りたら少しは弁えるんだな? お前はオレの所有物。ゆめゆめ、それを忘れるなよ? 次は顔だ」

「――っ! な、にをふざ、け――」

「本当はオレだってこんな事はしたくないんだ。オレのこの手も、心も、痛いんだ……これは俺からの愛、お前なら分かってくれるよな……?」

 キャロミィの胸ぐらを引き寄せ、続く言葉を塞いだテオールが耳元で静かにそう囁く。

 そのまま乱雑に床へと打ち捨てたれたキャロミィ。
 膝には青黒い痣が浮かび上がる。

「っ、わ、たしは――」

「安心してくれ……後でオレの事以外考えられなくなるまで可愛がってやる……あぁ、その時が楽しみだなぁ……? オレのキャロミィ……」

 過ぎ去りしテオールの背中。

 呆然とする意識の中、キャロミィが小さく呟く。

「……あ、はは。アルルにはこんな姿、見せられない」

 透き通った声が、か細く震える。 

 ――

「あぁ、オレのキャロミィ……いとおしい……いとおしい……いとおしい……」

 月光を映し出す球体の前で唱えられた、独善の愛――
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