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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

気まぐれな光×白き忌み子

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 ここはヴリードル帝国から遠く離れた場所に位置する、ネイツ草原。
 人も、そして魔物すらもあまり寄り付かない未開の地。

 自然浴を趣味にしているアルルは一人でこのような場所に度々赴く。
 そうしていつものように行く宛もなく彷徨い歩き続けること三十分程。

 不自然に膨らんだ茂みから、力無い鳴き声が響く。

「ん? 狼? ――!? ちょっ、魔物じゃん!」

 白地に黒い幾何学模様を乗せた、アルルの二倍ほどはある体格。
 その狼型の魔物は体中の至る所を負傷していた。
 相当に衰弱しており死に至る寸前だったようで、アルルの気配感知にすら引っかからなかったらしい。

「……襲ってくる気配は無い、か。うーん、どうしよっかな」

 アルルは精神を研ぎ澄ませ、狼型の魔物が秘める瘴気を測る。
 瘴気が濃ければ濃いほど魔物としての驚異度は高くなり、その首には多額の懸賞金が掛けられる。

「うわっ、ヤバっ! 怪我してるとはいえ、よくこんなんで暴れてないねあんた」

 闇の黒より深き黒。
 暗く、暗く、尚も暗く。

 だがアルルの言う通り襲ってくるような素振りは今のところ無い。

 狼型の魔物はアルルの目を見つめながら、何かを懇願するように再び鳴く。

「なに? 助けて欲しいって? うーん……」

 魔物にとっては幸か不幸か、アルルは久々に貰えた休息に機嫌を良くしていた。

「ま、いっか。治したげる。暴れるようなら殺すけど」

 躊躇いも無く、手早く一息に治療を終わらせる。

「はい、終わり。どう? 動く?」

 魔物は一瞬躊躇うような、驚いたような素振りを見せるも、礼を表すかのようにアルルに縋り付いた。

「おっと、と。あははっ、魔物にこんな懐かれたのなんて始めてだよ。面白い子だねあんた」

 するとその魔物はアルルがやってきた方角とは逆の方角へと歩を進めると、意味深に一声鳴く。

「ん? こっちに来いって? なに、恩返しでもしてくれるの? ……ま、いいか、暇だし」

 アルルは何があるのかと胸を躍らせながら、誘われるがまま歩を進め。
 深い茂みに入り視界が狭くなったと思えば、不自然な程に開けた場所がアルルの目の前に広がった。
 澄み渡る小さな湖のほとりに色とりどりの花々が咲き乱れている。

 アルルはとある理由により花畑に包まれるのがとても好きだ。
 その目が途端に輝きを放ち始める。

「わぁ、綺麗な場所。こんなトコがあるなんて知らなかった」

 柔らかい日差しと緩やかな風に包まれ、眠気を刺激されたアルルがあくびを一つ漏らす。

「なんか眠くなってきた、ここで昼寝でもしよ」

 湖のほとりに孤立して生えていた木の影に鎮座する平たい岩。
 アルルはそれによじ登ると、寝る準備を整え始める。
 何処でも寝られるように簡易毛布と枕をほぼ常に携帯しているらしい。

「……言っとくけど、まだ信用したわけじゃ無いからね? 寝てる間に近付いてきたら斬っちゃうかもよ?」

 アルルの忠告を聞き入れた狼型の魔物は少し離れた場所でちょこんと座る。
 それを見届けたアルルは仰向けになると、夢の中へと誘われていった。

 ――

 ――そうして半刻程。

 深い眠りの中、異なる魔物の気配を察知したアルルが煩わしげに腰を上げる。

「はぁ……いっちばん良い眠りの時だったのに、も~」

 その時、狼型の魔物がアルルが感じた気配の震源地に一目散に駆けて行くと――
 間もなく、アルルが感じていた気配が消え去った。

「お~やるね~」

 その言葉を耳に入れた狼型の魔物がアルルの元に一直線に駆け寄る。

「わかったわかった、ありがと」

 役に立てたのがよほど嬉しかったようで、はち切れんばかりにその尻尾が勢いよく振れる。

「んじゃあと二時間ぐらい寝たいから護衛おねがい、おやすみ」

 ――

 眠りに付いたアルルを遠目に入れながら魔物は思う。
 自分の存在価値とは何なのか。
 何の為に生きればいいのか。

 それがたった今、見つかった気がする、と。

 それから丁度二時間後に目を覚ましたアルルが名残惜しそうにあくびを漏らしながら身体を伸ばす。

「あ~ひっさびさに外でゆっくり寝られた、あんたのおかげだね。おつかれ、ありがと」

 アルルに頭を撫でられた狼型の魔物が尻尾を揺らす。

「ホントに面白いねあんた、なんかちょっと可愛く見えてきたかも。そうだ、呼び辛いから名前付けたげる」

 ますます尻尾の振れる速度が増加していく。

「なにがいっかな~……ん~石、かぁ。……ロシェ、うん、ロシェ! あんたの名前はロシェ! どう? 気に入った?」

 ロシェは大きく一声鳴くと、アルルが座る岩の周りをぐるぐると駆け回る。

「おーよしよし気に入ったか~。名前付けられて喜ぶ魔物なんて初めてだよ」

 ロシェは岩の上に飛び乗ると、改めて喜びと感謝を表すかのように一声鳴く。

「あっ、と。あたし時間だからそろそろ帰らなくっちゃ。……また会えるかな? じゃ、元気でね、ロシェ」

 その別れの言葉と共にその尻尾が項垂れていき、ロシェの露骨に消沈する様子がアルルの目に映る。

「そんな悲しそうにされても困るってば。気が向いたらまた来るからさ」

 アルルは荷物を纏めると、間もなくこの場を後にした。

 その小さな背中が見えなくなるまで、ロシェはその場で静かに座り込み続けたという。



 ロシェの種族、ウルフェンバイトには二つの派閥が存在する。

 一つは白い体毛を持つ、シュヴァルツ=ウルフェンヴァイト。
 もう一つは黒い体毛を持つ、ヴァイス=ウルフェンヴァイト。

 ロシェの生まれ故郷は黒い体毛を持つ、ヴァイスウルフェンヴァイト族が牛耳る領域だった。
 当然、ロシェもヴァイス=ウルフェンヴァイト族として生を賜った。
 しかし、ロシェは遺伝子の異常か、突然変異か、はたまた神の悪戯か、白い体毛を持って生まれた。

 忌み子として疎まれ、虐げられ、遂には半死の状態で群れから追放され。
 朦朧とする意識の中彷徨い続けると、ある一人の人間に遭遇した。
 魔物の本能から、人間が敵である事は理解していた。
 故に、ようやく楽になれる――そう思い、叫んだ。

 最後の力を振り絞り、"殺してくれ"、と。

 しかしあろう事かロシェを見つけたその人間は殺すでも無く、見捨てるでも無く、生かす選択を取った。

 人間にとってはただの気まぐれ。
 一方で、ロシェにとっては生まれて初めて触れた優しさ。

 翳されたその手は、光は、ロシェの凍てついた心を優しく溶かしていき、そうしてすっかりと暖かな気持ちに包まれた頃には――

 さがに逆らう事と知りながら、主に求められる限り生きたい。そう、思うようになってしまっていた。
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