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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

不砕ノ忠義×彼岸ノ花

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 なんの変哲も無い、とある昼下がり。
 国から指定された任務に追われ一週間半もの間多忙を極めていたアルルが息を切らし、とある一匹の魔物の姿を探す。

 任務の間も魔物の捜索に追われていたアルル。皮肉な話だ。

「ロシェ、いる~? 今日は一緒にねよ~もといあたしの寝布団になって~……――!?」

 誰も寄り付かない筈のこの場所に、十数人ほどの人間の気配が漂う。
 即ちそれは、ついにその日が来てしまった、ということ。

 やがて――

 ――こっちの方角から瘴気強い瘴気を感じるぞッ! 総員警戒態勢ッ!

 ――チッ、ヤツめ! 何処へ隠れたッ!?

 ――ここに血の跡がある、追うぞ!

 アルルの耳に入ったのは、喧騒にも近いやり取り。

 瘴気に耐性のある人間がこの場所に住む魔物の討伐に差し向けられたのだ。
 当然、無傷とは行くまいがその戦闘力は任務を遂行するには申し分無いだろう。

(ロシェに、人間を傷つけさせる訳にはいかない。なんとかしてロシェの瘴気を止めないと……でもどうすれば……)

 アルルの浄化の力とて、魔物の本質までを変える事は不可能。
 これまでのように、せいぜい時間稼ぎ程度が関の山だ。
 しかしそれも今まさに限界を迎えようとしている。

 やがて討伐隊は、死にもの狂いで草原を掛けるアルルの姿を目に留めた。

「あれは聖女様!? 何故このような場所に!?」

「分からないが、おそらく助太刀に来て下さったのだろう。流石は我らが誇る聖女様だ!」

 口々に聖女を讃える討伐隊の面々。

(……聖女なんて、本当はどこにもいない。私は所詮、偽善で塗り固められたニセモノ。今回それを嫌というほど再確認させられた)

 しかしアルルは己の惨めさに辟易とするばかり。

 やがてアルルはここより更に奥地へと進んだ先にある、木々が鬱蒼と生い茂る場所へと辿り着いた。
 そこで待ち受けていたのは、森の中心に鎮座するかのように生えていた巨大な老樹木。

 もうすっかり感じ慣れてしまった気配の主は、その元で静かに"自らの死だけ"を待っていたらしい。
 殺戮衝動を和らげるためか、その身体と白い毛は自傷行為により赤黒く染め上げられてしまっていた。

「ロシェ、あたしだよ。出てきて」

 本能と言う名の鎖に囚われた凶悪な魔物はアルルの前に立ち塞がると、深く響くような唸り声を轟かせた。

「あーあ、またそんなにお腹ぐちゃぐちゃにしちゃって。治してあげるから、おとなしくしてて」

 刹那――

 振り翳された鋭い爪がその皮を裂く。
 剥き出された鋭い牙がその手を貫く。

 アルルはそれを避けようとする素振りすら見せず、真っ向から受け止める。

「っ、……大丈夫? ロシェ」

 魔物の口内に広がる、生暖かい鉄の味。

 聖女の血液がもたらした奇跡か――ふと、その目に光が宿ると。
 表情を絶望一色に染め、アルルから逃れるように草原を駆け抜けていく。

 犯してはならぬ禁忌に身を委ねてしまった。

 あの日の契りを破ってしまった。

 己には、主を主と呼ぶ資格はもう無いのだ。

 正常な思考の中で巡る、後悔と絶望の嵐。

「ロシェ! どこに行くつもり!? ちょ、待ちなさい! まだ治せてないってばっ!」

 絶え間なく滴る血液も意に関せず、影を追う。

「ロシェ! ロシェ! どこ!? どこにいるの!?」

 漏れ出した瘴気を道しるべに追い掛ける。

 滴り落ちた鉄の匂いを追い掛ける。

「――! ……あーあ、こんなボロボロになっちゃって」

 その姿を見つけたのは、やはりいつもの場所。
 アルルが特等席と呼び愛用していた、平たい石の上。

「ちょっと噛んだくらい、気にしなくたっていいのに。ばかな子」

 アルルは真っ赤に染まった手でロシェの頭を膝に乗せる。
 もう、逃げ出す力すらも残されてはいない。

 ――本当は、主に逢いたかった。

 死を待つ間の、ただただ寂しく、冷たい気持ちに沈む時に求めたもの。それはただ一つ、主の胸の暖かさ。

「勝手に拾って勝手に情けをかけて。結局あたしは、あんたに何もしてあげられなかった。むしろ余計に苦しませた。……でもおかしいや、なんでだか後悔はしてない」

 最後に一つ、わがままを。
 そう、せめて最期は、敬愛する主の手で――

 ロシェは、懇願するような瞳でアルルを見つめる。

 ――"あの日"と、同じ様に。

「……わかった。もう、終わりにしてあげる。あんたはもう、十分、頑張って生きたから」

 ロシェは自慢の牙をアルルに見せつけると、自らそれを折り、アルルに差し出した。

 間もなく、ロシェの身体から完全に力が抜けていく。

「これ、あたしに? ……そ。あんたが望むなら、貰ってあげる。大切なものはもう十分、この胸にあったんだけどね」

 ボロボロに引き裂かれたロシェの身体を支え、アルルは懐からナイフを取り出す。

「あたしのわがままに付き合ってくれてありがと。楽しかったよ。あんたのこと、一生忘れない」

 疲弊しきったその表情が安息に綻び。

 意を決し振り上げたナイフを握りしめ――

「おやすみ、ロシェ」

 季節外れの紅葉が風にたゆたい、ひと夏の終わりを告げる――


 ――――


 ――


「やっぱこの場所は心地良すぎて眠くなる……おやすみ」

 柔らかい日差し、緩やかな風、そして白い毛布に包まれたアルルがあくびを一つ漏らす。

「あ~、相変わらず極上のねごこち~……だめになる」

 うつ伏せになり、その柔らかさを最大限堪能する。

「それにしても、自分自身の墓参りって、どんな気分?」

 やはりあまり気分が良いものでは無いらしく、情けない鳴き声がアルルの背後から響く。

「あははっ、ごめんごめん。そこまで時間は経ってない筈なのに、妙に懐かしく感じるのはなんでだろうね」

 平たい石の隣でもう一つ、小さな白い岩が陽の光に照らされ輝く。
 ジルバニウムと名の付くその鉱物は、後生決して砕けぬ事で名高い。
 そしてその元には、一本の鋭い牙が添えられている。

「もうあん時とは違っていくらでもゆっくり出来るってだけで幸せ。ロシェもそう思う?」

 肯定の意を示すような穏やかな声が上がる。
 その声が決してまやかしなどでは無い事に、アルルは不思議な感覚を覚えながらも、暖かな気持ちに包まれた。

「……ここはあの時のまま、変わらない」

 アルルの言葉に共鳴するかのように、紅葉が散る。

 紅葉は失われた夏を憂い、その身朽ちてもなお冬に逢いに行くのだ。
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