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一章 〜浄化の聖女×消滅の魔女〜

もう一つの恋模様×重なる邂逅

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 そうして治療開始から五分が経過しようとしていた時。

「いたい、やめてください……あの人のところに、かえしてください……」

 ウィロウ=バンディの想い人、アイリーネは意識が戻りつつある影響もあってか、悪夢にうなされ始めているらしい。

「……ひどい寝言」

 アルルは微妙な顔を浮かべながらも治療を続け、そうして更に五分が経過した頃。

 ――ヴァルザ……私を、置いていかないでくれ……

(――!? なに、この思念……?)

 アルルの脳内に謎の女の声が響く。
 明らかにアイリーネは発信源ではない。

(それにヴァルザって……もしかして)

 ジゼからの話でヴァルザにも想い人が存在した事をアルルは覚えていた。
 それぞれ拠り所を探して同じような境遇の者に取り憑いている、と考えるのが自然か。

(なら、上手いことそれぞれを巡り合わせることが出来れば、怨嗟を取り払えるかもしれない……――っ!?)

 アイリーネの額に触れた瞬間、アルルの思考は遮られ、代わりに脳裏へ謎の記憶が流れ込んでいく――

 ――

「なぁヴァルザ……こんなくだらねぇ戦いなんか止めちまってよ、二人でどっかに――」

 女は男の腕を取ると、俯きがちにそう告白する。

「俺たちが戦いから逃れられない事ぐらい、頭の悪いお前にだって分かってる筈だ。それにお前は俺が四柱の内の一人だったから惚れたんだろ? その肩書すら捨てちまったら俺はどうなる?」

 男は、女が思い描く理想で有り続けようとした。
 それこそが男が男である所以、そして生きる意味そのものだったのだ。

「っ、きっかけは、そうだった事には違いねぇ……でもよ、私は四柱としてじゃない、ヴァルザという一人の男に惚れたんだって、お前と一緒に居るうちに気が付いたんだよ。あと頭が悪くて悪かったなっ!」

 女は男が男であるが故、恋に落ちた。
 男の生きる意味となろうとした。

「……そうか。なら、四柱としてじゃなく、ラディアが惚れたヴァルザとして俺は戦地に赴く」

 ただ一人の男として、ただ一人の愛する者を守りたい。
 男が戦地に赴く理由はそれだけだ。

「っ、そういうもんだいじゃ、ねぇ……」

 心の何処かでは納得しているものの、それを受け入れる事は容易ではない。

「俺とお前が出会った日の事、覚えてるか。お前、四柱に成り代るとかほざいていきなり俺に斬りかかってきたよな」

 魔物の世では弱肉強食の掟に則り、そのような一騎討ちは日常茶飯事だ。

「ひでぇぐらいボコボコにされたのをどう忘れろってんだ」

 そして――敗北を期した者は勝者に首を落とされる。
 本来、そこまでが掟とされている。

「……お前は、随分変わったよな」

 女は止めを刺されないのを良い事に、ことある毎に男に対し勝負を仕掛けた。
 だがしかし、それこそが不器用なその二人にとっての数少ないコミュニケーションだったのだ。

「そうだな、嫌でも変わっていった。お前のせいで」

 そうして気付けば、二人はいつしか互いに惹かれ合っていた。

「俺もいい加減、変わる時なのかもしれない」

 撃滅将ヴァルザとしての名を捨て、一人の女の為に生きる、ごく普通の一人の男に。

「……それって、どういう意味だよ?」

「もし、俺がこの場所に帰って来れたら……その時は――」

 ――

(――っ、今の場所って確か、ゲインディア、だったっけ)

 バーバリフェルと同じく、魔物の領域全体から見れば辺境の地に存在したその街は、当然ながら真っ先に侵攻の標的に選ばれた。
 だがアルルはその件には関与しておらず、記憶にあるのは侵攻後更地と化していたその場所の光景のみ。

(それにヴァルザって確か、一回目の人類侵攻を失敗に追いやった張本人だったはず)

 無事にゲインディアに帰還したまでは良かったものの、既にその場所は人間の侵攻により滅ぼされた後で、果てはジゼのように狂乱に至った――
 と、ここまで推測が付く。

(因果は巡ってくるってことかな。ていうかなんでそれを無関係のあたしが始末しなきゃいけないんだろ……)

 アルル自身が原因で巡ってくる因果は大抵良いものであるか、そもそも因果すら生まれない。

(っと、そろそろお姫様のお目覚めかな?)

「……っ、こ、ここは……? ウィル……?」

(よかった、万が一人違いだったらどうしようかと思ったけど本人で間違いなさそう)

 "ウィル"というウィロウ=バンディの愛称であるだろう、うわ言が漏れた事からアルルはそう推測する。

「残念だけど、あたしじゃあなたの王子様にはなれないかな」

「――ッ!? ……? あ、あなたは……?」

 アルルの存在に気がついたはいいものの、全く状況が飲み込めないといった様子で狼狽えるアイリーネ。

「うーん、狂った王子様の代理ってとこ?」

 アルルは敢えて名乗らず、冗談で茶化してみせる。

「その、王子様というのは……まさか、ウィルになにか……?」

 アイリーネはその言葉から何かを察したらしく、神妙な面持ちでアルルに詰め寄る。

「まさかも何も、ヤバい怨嗟振りまいて街中駆け回ってるよ? 多分、あなたの力が必要」

 現状、街がどのような状況に置かれているのか、不確定要素が強すぎる為かアルルにも予想が付かないようだ。

「そ、そんな……お願いします! どうか私を、あの人の所へ!」

 アイリーネはウィロウ=バンディが狂乱に至った一因が自分にある事までを察し、未だ敵か味方かも不明瞭なアルルに懇願する。

「もちろん。どっちみち嫌がってようが引きずってく予定だったし、もう動けそうなら行こっか」

 無意識の内に先程まで機能不全となっていた手足を動かしているアイリーネの様子を確認した所で、アルルは出発の準備を整える。

「……! 私の腕……もう、動かないと、思ってたのに……」

 もう愛する者を抱きしめる事すら出来ないと悟った時、アイリーネは絶望に打ち拉がれた。
 だがしかし、今の彼女の瞳には確かに希望が宿っている。

「そりゃあんだけ生命力奪われちゃ動かなくもなるって。こう言っていいのか分かんないけど良かったよ。死ななきゃ安いってね」

 そう、アルルに治せないのは死という名の病だけだ。

「貴女は、一体……?」

 意識が鮮明になってきた所で、改めて目覚めた時と同じ質問を投げかけるアイリーネ。

「……あなたの王子様に偶然恩を売られた魔女? ま、とりあえずよろしくね、アイリーネさん」

 しかしやはりアルルは具体的な本性を明かそうとはしない。

「ど、どうして私の名前まで……?」

 そう、本来彼女の名前はウィロウ=バンディたった一人しか知り得ない筈だ。
 アイリーネがますます混乱してしまうのも無理はない。

「積もる話はあとあと、ほら、早くいこ」

 そうしてアルルは詰め所の警護兵たちを眠りから覚めさせた後、アイリーネを連れてウィロウ=バンディの姿を探すべく再び街へと躍り出る。
 
 巻き込み巻き込まれの壮絶な恋模様。
 今ここに、二組の想い人たちが巡り逢う――
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