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正編 最終章

第01話 主人公のアバター変更

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 未来からの来訪者であるレンカが、叔母カルミアの悲鳴を聴いて部屋へ駆けつけた。時すでに遅し、鏡の中から現れた乙女ゲーム主人公本来に、異世界転生者【未亜】の魂を宿したカルミアアバターは、鋏で斬られて倒れていた。

「いやぁっ! カルミア伯母様っ。お願い、目を開けてっ」
『うふふ、貴女一体何を慌てているの。これは、私の姿を借りたゲームキャラクターのアバターよ。精密に造ってあるから、まるで生きているように勘違いしているけど。もともと、ただのお人形……その中にたまたま、異世界転生者の魂が入っただけ』
「そんなことないわ! カルミア伯母様は、未亜さんは心ある人間よっ。ちょっとぶりっ子で承認欲求が強いけど、そんなところも魅力的な頑張っている普通の女の子だわ。嗚呼、ひどい……可哀想に……伯母様……」

 レンカがカルミアアバターの頬に手を添えるが、もう殆ど意識が無いようだった。
 ライトグリーンのカーテンには血飛沫が飛び散り、フローリングの床には赤い血が流れ続けて、両方ともシミになり始めている。こんな光景は、乙女ゲームにあるまじきものだ。

『さてと、都合よく新しいカルミアアバターになりそうなレンカが到着したことだし、乙女ゲームの続きをしましょうか?』
「貴女、何を言っているの? 私は貴女なんかの人形じゃ無いっ。私は、私にはレンカ・ジェダイトという名があって、決してカルミアアバターでは……」

 そう言いかけて、レンカはふと自分が以前消えかけた時のことを思い出す。両親となる予定のルクリアとネフライトのフラグがぐらついたことで、肉体が透明になり消えかかった時、助けてくれたのは未亜だった。
 あれは寄宿舎暮らしを始めて、まだ間もない時のことだ。


『仕方がないわ、貴女にこのカルミア・レグラス愛用設定の予備ピアスをあげる。まだ未使用で新しいから、付けても問題ないはずよ。貴女は乙女ゲームの主人公カルミアの色違いアバターになるの、いわば第二の主人公ね。それで延命出来るはずだわ」
「色違い……そうか。私、カルミア叔母さまに似ているんだ。乙女ゲームの主人公アバターという別の特性を使えば……』

 ピコン!
 レンカにカルミアの目印とも言える花デザインのピアスを装備させると、カルミアのスマホからピコピコとした電子特有の通知音が流れた。

『カルミア・レグラスにそっくりな謎の美少女レンカの情報を、アプリにダウンロードしました。本日の更新から、主人公の第二アバターとしてレンカを使用することが出来ます』


 * * *


 カルミア・レグラスの色違い版、もしくは第二アバターとして登録してもらったおかげで、今日までレンカはこの時代で生きていたのだ。

『うふふ、思い出したかしら? 貴女が本当はこの時代じゃ消えちゃう存在だって。私、ちゃあんと知ってるんだから!』
「で、でも! ルクリアお母さんは、ギベオン王太子じゃなくて、私のお父さんのネフライトを選んだわ。それに二人は婚約したから、もうすぐ隣国へと移動するのよ。私、きちんと未来で生まれるもん」
『はっ! 笑わせてくれるわね。本来のシナリオではルクリア・レグラスの移動は卒業記念パーティーで追放された後だったわ。なのに、地下都市アトランティスなんてわざわざ見つけ出すから、ネフライトの移動が一年以上早くなってルクリアも隣国行きが早まった。従来のシナリオから大幅にタイムスケジュールがずれたのに、本当に自分が生まれてこれると思っているの?』


 レンカの知る未来では、ルクリアとネフライトは駆け落ち同然で隣国へと逃げて、偶然隕石の衝突から逃れた設定だった。氷河期到来により社会情勢が変化して、ネフライトは十五歳で結婚出来るようになった。
 既に、氷河期に向けて法改正が進められており、早ければ数ヶ月後のネフライト十五歳誕生日にはルクリアと婚姻するはずだ。元服というのは数え年だという説もあり、法律解釈が変われば隣国に着いてすぐに夫婦となる可能性だってある。

 けれど、本来のシナリオではそこまで二人が結ばれるのは早くない。あまりにも早く進む展開で、起こりうる可能性は何だろうか?

(もし、お父さんとお母さんが従来のシナリオよりもっと早く結婚してしまうと……お母さんは私以外の別の赤ちゃんを身籠るかも知れない。妊娠から出産までの期間によっては、ルクリアお母さんのお腹に別の赤ちゃんがいるせいで私はお母さんの子供として生まれないかも……)

『あはは……気づいたかしら? 貴女、過去を改編することで、自分が生まれる可能性を自分の手で減らしてしまったのよ』
「そんな……あ、ヤダ。身体がまた、消えて……」
『うふふ。自分の中で自分の存在を疑っちゃったのね。それじゃあ、もうすぐ消えちゃうだけよ。未来なんてまだ確定していないのだから……。さあて、そんな貴女のアバターを私がどう使おうと自由よね、だって貴女は私なんですから』

「いや、やめて。来ないで……きゃあああああっ」

 レンカの悲鳴が消えたのち、どこからともなく無機質な声が響いてくる。どうやら、自動でプログラミングが発動する機械音声のようだ。


『カルミア・レグラスの容姿設定、第二アバターに変更しました。データのダウンロードを開始します』
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