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第二部 第三章

第07話 例え、この手が穢れても

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 陸の孤島と言っても過言ではない地上の豪雪集落に、氷の令嬢ルクリアがしばらく滞在することになった。滞在目的は、閉山により波動が弱まったペタライト鉱山の調査だ。が、旧メテオライト国では地上で唯一生き残ったこの集落と、古代地下都市を連携させる狙いもある。

「先行部隊が鉱床を採取している間、地上と地下の今後を願い交流会を開きます。男性にはギベオン王太子様のゴーレムの使い方講座、女性にはルクリア嬢のハンドケア講座を開きます。興味のある方は是非」
「えっハンドケア? そういえば、氷河期からずっと手が荒れて仕方がなかったのよね」
「講座の後はレグラス農園の林檎を使ったアップルパイの試食会も行いますよ」

 特にこの一年ばかり、生きることがようやくの暮らしだった集落の女性陣には、嬉しいご褒美が幾つかやってきた。早速、ロッジの談話室ではルクリアを中心に女性陣がこぞって集まり、ケア用品やセルフケア装置を手に取り盛り上がっている。

「寒い地域では手が弱りやすいと聞いたので、錬金術師からハンドクリームや保護ネイルを貰ってきたんです。固まりやすいネイルは寒い地域での実用は難しいとされていたそうですが、錬金術を駆使して綺麗な仕上がりなんです。評判が良ければ商品化したいと……どうですか?」
「まぁまぁ! ガサガサだった手が、こんなに潤って。ジェルタイプの保護ネイルなんて初めてだし、ツヤツヤしてて自分の爪じゃないみたい。しかもルクリア様から直々にケアをしていただけるなんて。夢のようだわっ」
「ふふっ。気に入ってもらえたみたいで良かったです」

 大人の女性がケアを受ける姿を見て、最年少のミルも興味がわいたようだ。母親のツヤツヤになっていく爪に、目を大きく見開いている。

「ねぇ次は私も! ミルも爪ツヤツヤになりたーい」
「えぇっ。ミルにはまだ早いんじゃないの?」
「他の人はどんどんツヤツヤになっていくのに、仲間外れはやだもん」

 身を乗り出して自分も! と強請るミルを宥めるが、自分だけ仲間外れは嫌だと主張。

「ネイルオイルでケアするだけなら、小さなお子さんでも大丈夫ですよ。ミルちゃん、花の香りのクリームとオイルで手を綺麗にしようね」
「わぁい!」

 古代アトランティスといえば錬金術師の発祥地、錬金術を駆使したハンドケアは女性達の心もケアしていく。だが、輪に入りずらそうな女の子が一人……最近この集落に住み始めたレンカである。

 
「えぇと……レンカちゃんも年頃だし、ハンドケアを受けてみる?」

「……私も、ルクリアさんのハンドケアを受けていいのかな」

 本来の世界では、ルクリアとレンカは未来における母と娘のはずだった。正体を伏せて義理の姉妹として暮らしていたこともあるが、その記憶ですらリセット済み。

「もちろんよ。私とレンカちゃんはなんだか顔立ちも似てるし、他人の気がしないわ。意外と前世は家族だったりして。いらっしゃい!」

 現代に居場所のないレンカには戻る未来すらなく、消えたはずの魂がようやく辿りついた場所がこの豪雪集落だ。紆余曲折の末の再会に、戸惑うレンカをルクリアは美しい微笑で迎える。

「はい……じゃあ、お言葉に甘えて」

 一度は他人に戻った二人だが、こうして改めて知り合い直す機会が出来たことはきっと幸運なのだろう。レンカはそう自分に言い聞かせて、最近荒れてきていた手を優しくケアしてもらった。

「まぁ、なんて絵になる光景なの。せっかくだからルクリア様とレンカちゃんの写真を撮って、今回の新聞の記事にするように提案してみましょう」

 族長の妻は二人のやり取りを気に入って、豪雪集落での交流会の様子として新聞に掲載したいと考えた。ちょうど新聞社から、交流について写真提供を依頼されていたこともあったが、それ以上に感化されるものがあったようだ。

 数日後には、隣国モルダバイトのオークションハウスにも新聞が届き、本来のルクリアの夫であるネフライトにも情報が入った。


 * * *


「これは、一体どういうことなんだろう? ルクリアさんは……モルダバイト国のルクリアさんは確かにここでまだ眠っているはずなのに。同じ地上の旧メテオライト国では、別のルクリアさんはレンカと仲良く交流会を開いている。噂には聞いていたけど、こうして写真で見る日が来るなんて」

 モルダバイト国、オークションハウス管理室。
 他国の情報もオークションの管理の一つと、新聞や雑誌は複数取り寄せている。そのうちの一つの記事が、ルクリアの交流会の様子だった。

 震える手で新聞記事を読み、思わず疑問を口にするネフライト。だが困惑しているのは彼だけではなかった。オークションハウスの管理セクション部長も、動揺を隠しきれずにネフライトと一緒に記事を何度も読む。

「ネフライト君の奥さんもこの記事に載っているのか。そうか……実はな、メテオライト国の隕石事故で死んだとされていたはずのオレの妹とその娘も、載っているんだよ。この親子……」
「ルクリア嬢からハンドケアを受けてご満悦の仲良し親子。オマセな最年少のミルちゃんは大人への第一歩……この親子は、部長の妹さんと姪っ子さんなんですか?」

「ああ、奇跡的に生きていたなら心底嬉しいんだが。何だか変な感じがするんだよ……確かにオレはこの目で妹の亡骸を確認したはずだからな」
「……! それは、一体……?」
「パラレルワールドとの遭遇、もしくは旧メテオライト国と古代地下都市アトランティスそのものが、我々にとってのパラレルワールドなのか。そう考えないと辻褄が合わない」

 言葉を失うネフライトの疑問符に答えるように、古文書係が氷河期後のメテオライト国そのものがパラレルワールドである可能性を示唆する。

「パラレルワールド、夢見の魔法の実体化はパラレルワールドとして存在していくことなのか?」
「けど、亡くなった人間が生きていたならパラレルワールドは歓迎だが。ネフライト君はどうすればいいんだ? 奥さんが向こうにも自分の国にもいることになっているんだぞ。こちらの奥さんが眠りっぱなしとはいえ、こんなの辛いだろう」
「いえ、基本的にパラレルワールドの同一人物が同じ空間に存在することは難しいとされています。何かの形で隔絶現象が起きるはず……いえ、ちょっと書庫に調べ物をしてきます。失礼……」

 それ以上は言葉にするのを躊躇したのか、古文書係は書庫に用事を作り立ち去ってしまう。


(取り返さなきゃ、オレにとってのルクリアさんを取り返さなきゃ。例え、どんな手を使ってでも。この手が穢れても……!)

 ネフライトは、自分にとってのルクリアはもう二度と目覚めない気がして、心の中で何かが弾けていくのを感じた。
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