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第二部 第三章

第08話 ストテラジーの予兆

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 モルダバイト国には幾つかのオークションハウスがあるが、隕石衝突後の社会情勢で休館中の地域も多い。現在まともに運営されているのは、別荘地域のリゾート型ハウスである。
 曜日ごとのイベントはほぼ毎日、大型オークションが開催される日は遠方からも足を運んで来る人も多い。
 しかしその日の館内放送は、一定時間おきに同じ文言が繰り返されるのみだった。

『本日のオークションは、すべてお休みさせて頂きます。フリーエリアでの日常のお買い物や食事は可能となっておりますので、是非ご利用下さい』


 一日の館内スケジュールとしては珍しくオークションの予定が一切なく、開いている店舗は日用品や土産物を販売する商店と古書店併設の喫茶店のみ。
 大きな建物のスペースの殆どが閉鎖中、いわゆる入館チケットなしで利用出来る一階エントランス周辺だけが開放されている状態だ。

「今日はブロンズ会員でも参加出来る気軽なオークションが開催される日なのに、まさかオークションだけすべてお休みなんて。一体、どういうことなのかしら」
「やっぱり、お隣の国のドッペルゲンガー事件が原因なんじゃないの。うちの国にいるはずの人が、旧メテオライト国の豪雪集落で目撃されているんでしょう。身分証明書の信用が損なわれているし、会員制のオークションは出来ないわよ」

 夕刻にもなるとチケットを片手にドアの前で列が出来る光景が、本日は無い。見慣れた行列が無いことに、不安を覚える人もいるはずだ。無理もない、モルダバイト国随一の観光名所であり経済の要所でもあるオークションハウスなのだから。
 国民の共通意識として『ここが潰れたら、いよいよモルダバイト国もマズいだろう』という感覚が根付いている。

「出品者のことも、いちいち調べなきゃいけないしね。あーあ、また隕石落下の復興段階に逆戻りかぁ」


 * * *


 価値の高い物を取り扱うオークションを開催する限り、参加者の身分証明書は確実でなければならない。ごく一般的なブランド品などを売買するフリーマーケットでも、偽物流通防止のため身分証明書は重要だ。
 そのため自国と他国に同一人物が同時に存在するという前代未聞の現象は、オークションハウスの運営に大きな打撃を与えた。

 会議室では経営者一族の長男であるアレキサンドライトを中心に各部門の責任者が集まり、弟のネフライトも参加することになった。

 発端となった記事はルクリア嬢と交流を深める管理セクション部長の妹と姪っ子の写真だった。が、今では豪雪集落の住民だけでなく、古代地下都市アトランティスにもドッペルゲンガーのような人々の姿が確認されている。

「あの新聞記事で、動揺している者は私一人では無いようだ。なんせ、妹の埋葬に立ち会った人もこの国にはいるのだからね」
「それなのに、最近になって妹さんと行方不明扱いだった姪っ子さんの生存が確認された。では、あの日に埋葬した妹さんの亡骸は何者だったのかと疑問の声が挙がるのも無理はない」

 パラレルワールドが実体化する現象は、夢見の魔法の効果を考慮すれば初めてではないはずだった。だがこれまでの実体化は部外者からすると見えない壁に遮られているように、それが夢見の現実化だとは気づかない。

 だから、この話をすると『ああ、キミはそういうスピリチュアル的なものに今ハマっているんだ』と笑われたり、『そういう話、私も結構好きよ』と例え話扱いだった。

 けれど、今回ばかりはその存在感があまりにも強い。有体に言えば、現実化の圧が違う。


「豪雪集落が独立した地区として動いたあたりから、状況が変化しているんですよね」
「ああ。集落への進出という条件が達成されたことで強制的に何かが変わったと、そんな証言する人もいるよ」

 いつの間にか人々の生活に馴染んで疑問を持たせずに、当たり前のように別の並行世界だったはずの『軸』を占拠してしまうのだ。


「まるで、勢力拡大をしていくストテラジーゲームのようだ……と、妙な気持ちになるんです。夢見の魔法の勢力が拡大するごとに、人々は否応なしにこれを現実だと認識せざるを得ない。相手を認め、いずれ支配されていく。そのうち、それが当たり前になるような……」
「ネフライト君は、この現象がストテラジーゲームの勢力拡大の様子に似ていると感じたんだね」
「はい。最初は古代地下都市に潜る形で夢見は実体化していて、認識するのは難しかった。噂はあるけど、現実味がないような。それが、地上の領土を取り返し、存在をアピールし始めている。未だ、もう一人のルクリアさんが我が国で眠っているにも関わらず」

 すると、営業担当部門のヒマールがふと思い出したように鞄からスマホを取り出した。そして、ゲームのアプリを起動し自分のゲーム画面をネフライトに見せる。

「えぇと、ストテラジーゲームってこれのことかな? 街作りを任された主人公が建設レベルや街のレベルを上げていくものなんだけど。よく、【城ゲー】ってジャンルで紹介されているやつだよ」
「あっはい、それのことです。オレは以前、別のゲームをパソコンでプレイしていたけど、今はスマホアプリ派も増えているんですね」
「まぁ営業は場合によって待ち時間が長いし。隙間時間に楽しめるスマホゲームは重要かな。あっ……遊んでいるようでいてちゃんと流行を抑える調査も兼ねてるよ。バトルをしないで農民に徹しているからスマホアプリが丁度いいんだ。建設物のレベルが上がると、建設時間が一日越えもザラだし。ログインしてデイリーミッションこなして、同盟のヘルプをして採取して……」

 彼のストテラジーゲームのプレイ時間はそこそこだが、かなり楽しんではいるようだった。

「しかし、以前の都市伝説はこの世界は乙女ゲーム異世界説だったけど。今度はストテラジーゲーム異世界か、いや……もしかすると運営会社が同じでクロスオーバーしているのかも」
「オークションハウスでも、予言の書という扱いで乙女ゲームの攻略本が高値で取引されることがありましたよね。関連してそうなストテラジーゲームの攻略本でも探しましょうか?」
「それが、いい! 身分証明書の件でオークションを停止したが経済や観光も盛り下がってしまう。ドッペルゲンガー現象を解決出来そうな攻略本をオークションで探す方が現実的か。うん、方向性が定まったな」

 結局、モルダバイト国は何処までいってもオークションハウスが最大の武器であることを、全員が身をもって思い知らされる。
 その頃、地球と呼ばれる星では【隕石衝突後の旧メテオライト国を復興させるストテラジーゲーム】の攻略本が発売されたばかりだった。

『いよいよ発売日、人気ストテラジーゲーム攻略本! 生き残るのは古代地下都市アトランティス、豪雪復興都市アイスデビル、経済都市モルダバイト……一体、何処だ?』

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