『処女解体』
『処女解体』
八幡様の影が長く伸びて
蝉の声が 胸の奥で爆ぜた夏
あの日
僕は 恋の重さも知らず
ただ「好きだ」と言って
君に触れた
指先に残ったのは
君の驚いた体温だけ
それなのに
君の世界は揺れ
少女の日々は止まり
風も水も 息を潜めた
君は信じてしまった
姉の揺れる腹のかたち
吐息の色
水を欲しがる朝の匂い
そして――
自分の胸の奥の鼓動まで
僕は知らなかった
抱きしめた腕の震えが
君の心を
そんなにも震わせていたなんて
父の怒り
理科室の静寂
薬品棚の影の向こうで
君は泣きながら
真実を教わった
「大丈夫だよ。
小春は、何も悪くない」
たったひとつの言葉が
君の世界に
光を戻した
五十年、時は流れ
僕らはしわだらけになって
夏の縁側に座っている
麦茶の氷が溶けて
遠くの蝉が
またあの日を呼び戻す
君は笑って言う
「ほんとうに……
あれが人生でいちばん恥ずかしいわ」
僕は黙って
その手を握る
あの夏
何も知らなかった僕らは
愚かで
痛くて
愛しかった
そして今
解体されたのは
あの日の“処女”ではなく――
初めての恋に惑う
ふたりの子どもじみた心だった。
八幡様の影が長く伸びて
蝉の声が 胸の奥で爆ぜた夏
あの日
僕は 恋の重さも知らず
ただ「好きだ」と言って
君に触れた
指先に残ったのは
君の驚いた体温だけ
それなのに
君の世界は揺れ
少女の日々は止まり
風も水も 息を潜めた
君は信じてしまった
姉の揺れる腹のかたち
吐息の色
水を欲しがる朝の匂い
そして――
自分の胸の奥の鼓動まで
僕は知らなかった
抱きしめた腕の震えが
君の心を
そんなにも震わせていたなんて
父の怒り
理科室の静寂
薬品棚の影の向こうで
君は泣きながら
真実を教わった
「大丈夫だよ。
小春は、何も悪くない」
たったひとつの言葉が
君の世界に
光を戻した
五十年、時は流れ
僕らはしわだらけになって
夏の縁側に座っている
麦茶の氷が溶けて
遠くの蝉が
またあの日を呼び戻す
君は笑って言う
「ほんとうに……
あれが人生でいちばん恥ずかしいわ」
僕は黙って
その手を握る
あの夏
何も知らなかった僕らは
愚かで
痛くて
愛しかった
そして今
解体されたのは
あの日の“処女”ではなく――
初めての恋に惑う
ふたりの子どもじみた心だった。
目次
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