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9-1 母の日のプレゼントは?

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「おはよう、翔。」

週明けの月曜日―

翔がオフィスに入って来ると、すでに修也がデスクに座り、業務を行っていた。

「・・・。」

翔は恨めしそうな視線をチラリと修也に向けるとドサリと椅子に座り、PCの電源を入れ、気難しそうな顔で画面が起動するのを睨み付けている。

「・・・?」

そんな様子の翔を修也は不思議そうに見つめていたが、やがて席を立つと両手に2人分のコーヒーが入った紙コップを手に戻って来ると翔のデスクの上に置いた。

「はい、翔。確か朝はブレンドコーヒーのブラックが良かったんだよね?」

「・・・。」

翔は顔を上げて少しの間無言で修也を見つめていたが、やがて口を開いた。

「ありがとう・・・。」

「どう致しまして。」

修也はニッコリ笑うと、自分の分のコーヒーを手にデスクへ戻るとキーボードを叩き始めた。

「・・・・。」

そんな様子の修也を翔は黙って見つめている。

「・・・・ねえ、翔。・・・何か言いたい事でもあるの?」

修也は先ほどから翔が無言で自分の方を見つめているのが気になって仕方が無かった。

「いや・・・別に。」

翔はふてくされたように返事をすると、修也が淹れてくれたコーヒーを口にした。



 しばらくの間、2人は無言で互いの仕事をしていたが、修也が声を掛けてきた。

「ねえ、翔。取引先の会長や社長達に送るお中元の件だけど・・・そろそろ何を贈るか決めておかないと・・。」

「・・・。」

しかし翔は返事をしない。

「翔?聞いてる?」

「・・・・。」

翔はぼんやりしたままPCを見つめている。

「翔・・・。どうしたんだい?」

修也はとうとう立ち上がると、翔のデスクへ向かいPC画面を見て唖然とした。

「翔・・・何見てるの・・・?まさか、これをお中元に考えているつもり・・?」

翔が開いていたのは様々なブランドのひざ掛けの商品が掲載されているHPであった。

「え・・?ば、馬鹿言うなっ!そ、そんなはずは無いだろうっ?!」

翔は慌てて言うと、別のHPの画面を開いて修也に見せた。そこには翔があらかじめ作成したリスト画面が表示されていた。

「いいか、修也。これは取引先の代表取締役が好む傾向のお中元をリストにまとめたものだ。例えば、この紡績会社の会長は日本酒・・・特に新潟産の清酒を好んでいるから、最高級の清酒を探してくれ。そしてここの外資系企業の会長はグルメ志向で特に牛肉に目が無い。松坂牛がお勧めだ・・・。」

翔は長いリストを読み上げながら修也に説明していく。一通り、説明を聞いた修也は頷くと言った。

「うん、分ったよ。流石は翔だね。こんなに事細かくリストを作ってあるなんて・・・それじゃ早速そのデータを僕のPCに送ってくれるかな?すぐに商品をピックアップするから。」

「あ、ああ・・・。分った・・。」

翔はPCを操作すると、修也のPCにデータを転送した。

「修也、データ送ったぞ。」

修也は自分のPCのメールボックスにリストが届いているのを確認すると頷いた。

「うん、届いたよ。ありがとう、翔。」

そして修也がリストチェックをしていると、翔が声を掛けてきた。

「修也・・・。」

「何?」

「あ、いや・・・お前・・母の日のプレゼントって・・・渡してるか?」

「うん、毎年渡してるよ。」

修也はPC画面から目を離さずに答えた。

「そうか・・・。」

「どんなものをプレゼントしているんだ?」

「う~ん・・・毎年違うものをプレゼントしているからなあ・・・。」

修也はキーボードを叩きながら答える。

「修也・・・後で・・昼の休憩時に・・一緒に選んで貰えるか・・?」

その時になって初めて修也は顔を上げた。

「え・・?選ぶって・・・何を?」

「母の日の・・・プレゼントだ・・・。」

答えた翔の頬は赤くなっていた―。




 昨日の事―

朱莉が病院の面会から帰って来ると言った。

「翔さん・・・来週の日曜日ですけど・・・母の日なので少し、長い時間面会に行っても大丈夫でしょうか?」

「え?母の日?」

丁度その時、翔は蓮に離乳食を食べさせている処だった。

「はい、そうなんです。病院の方でもお祝いしてくれるそうなので・・・。」

朱莉はニコニコしながら言った。

「あ・・・そうか。母の日があったのか・・・。」

翔には母親がいない。だからすっかりその事を今まで失念していたのだ。

(いや・・・失念じゃすまされないぞ・・・。朱莉さんと契約婚を交わして2年が過ぎたって言うのに・・・俺は今まで一度も朱莉さんのお母さんにプレゼントを渡した事も無ければ・・・たった1度しか会った事がないんだからな・・・。)

改めて翔は自分は何て最低な男なのだろうと思った。これでは今更朱莉の愛情を求めたとしても相手にされなくても当然だろう。
なら・・まずは朱莉の母親から好印象を持ってもらえるように演じれば・・・ひょっとすると朱莉もその姿を見て、自分に好意を持ってくれるようになるのではないかと翔は考えたのだ。
しかし、中高年の・・しかも入院している女性に対して、どんな送り物をすればよいのか翔には皆目見当がつかなかった。朱莉に尋ねれば、贈り物はしなくても良いと断られそうだし・・・。
そこで思いついたのが修也であった。

 母親思いの修也なら、恐らく毎年母の日にプレゼントを贈っているに違いない、なにか良いアドバイスを貰えるのではないだろうかと言う考えに至ったのだ。



「うん。いいよ。それじゃ昼休みになったら一緒にどんな贈り物が良いか考えよう。」

修也は笑顔で返事をした―。



 昼休み―

オフィスでは翔と修也がランチを食べていた。

「へえ~最近はキッチンカーではハンバーガーも売るようになったのか・・・。」

翔がボックスに入ったダブルチーズハンバーガーを食べながら言った。

「うん、たまたまビルの外に出たら止まっていたんだよ。丁度お客さんも数人しか並んでいなかったからね。普通のチェーン店のハンバーガー屋とはまた違った美味しさがあるね。中のパテもすごく肉厚でジューシーだし。」

修也はおいしそうにハンバーガーを食べている。

「そうだな、中にはさんであるトマトも厚みがあるし・・今度の休日にでも自分でハンバーガーを作ってみるのもいいかもしれないな。」

「翔は昔から料理が得意だったからね。」

修也はコーヒーを飲みながら言う。

「そういう修也・・・お前だって料理得意じゃないか。」

「僕は・・・翔程凝った料理は作れないよ。」

「作れない・・・じゃなくて作らないだけだろう?お前は短時間で作る料理が得意だったからな・・。」


「・・・。」

すると、修也が突然口を閉ざした。

「どうしたんだ?修也。」

「あ・・い、いや。嬉しくて・・・・。」

「え?嬉しい・・?」

「うん・・・。こんな風にまた・・・翔と昔話が出来るような仲に戻れるなんて・・思いもしなかったから・・・。」

「修也・・・。」

すると、突然修也が頭を下げてきた。

「あの時は・・・勝手な真似をしてごめん、翔。」

「え・・・?修也・・?」

「僕は・・・翔じゃないのに・・・翔の姿であんな勝手な真似をしてしまって・・。」

「ああ・・・だが・・・お前の取った行動は間違いじゃなかっただろう?人の命がかかっていた事だったんだし・・・。お前がいなかったら、その相手だって助かっていなかったかもしれないじゃないか。」

「うん・・・そうだね。翔・・・。確かに翔の言う通りだよ。」

そして修也は曖昧に笑みを浮かべた―。




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