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第1章 5 上野卓也

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「そう言えば…名前、何て言うの?」

カウンターで問診票を記入する段階になって、私は少年の名前をまだ知らないことに気が付いた

「上野…卓也…です…」

少年はポツリと答えた。

「上野卓也君…たっくんか」

「え?」

少年は目を見開いて私を見上げた。

「たっくんて…僕の事?」

「うん、そうだよ。卓也くんだから、たっくん。そう呼んでもいい?」

笑みを浮かべて少年を見ると、彼は赤くなってコクリと頷いた。フフフ…可愛いな。
そして次に生年月日を聞いて驚いた。何とたっくんは10歳だったのだ。あまりにも身体が小さいからまだ7~8歳だと思っていた。

「…」

私の傍に立っているたっくんは手も足も細くて痩せている。きっと…親が面倒を見てくれていないんだ。
取りあえず分る範囲で問診票に全て記入を終えると、私は受付に提出に行った。


「保険証をお願いします」

受付の女性に保険証の提示を求められたけれども、当然持っているはずはない。

「すみません…慌てて来たので保険証…持ってきていないのです。自費でお願いします」

「…分りました。後日領収書と保険証をお持ち下されば返金出来ますから」

「よろしくお願いします」

そして頭を下げると後ろの席で長椅子に座るたっくんの元へと戻った。

「受け付けは済ませたから、後は名前を呼ばれるまでここで待っていようね?」

「うん…」

けれど、たっくんはどこか落ち着かない様子だった。

「どうしたの?」

「う、うん…。お父さんが…」

「お父さん?」

「うん、お父さんが帰ってきた時…僕がいなかったらどうなるのかと思って…」

「大丈夫、心配しなくても。お姉ちゃんがついていってあげるから」

「ありがとう…」

その時―。


『上野さん、上野卓也さん。診察室3番にお入り下さい』

アナウンスが流れた。

「行こう、たっくん」

「うん…」

私はたっくんを連れて診察室へと入って行った―。



 診察室へ入ると、若手の男性医師が待っていた。そしてたっくんの身体の至るところに出来た痣を見て眉をしかめた。

「これは…レントゲンを撮る必要がありますね」

そして看護師さんを呼ぶと、たっくんをレントゲン室に連れて行くように伝えると私に言った。

「お連れの方はここに残って下さい」

と―。


 たっくんが診察室からいなくなるとすぐに医師は尋ねて来た。

「あの怪我は酷く誰かに殴られた跡のように見えます。他にも古傷が身体のあちこちにありますが…一体どういう事なのですか?」

その目は鋭かった。

ひょっとして…私が疑われているのだろうか…?冗談じゃないっ!

「違います!私の話を聞いてくださいっ!」

そして私は説明した。
たっくんが今日、自分の住むアパートのお隣に越して来た事。部屋にいた時に突然暴力を振るわれているかのような音が聞こえた後、誰かが出て行った気配を感じた事。そして聞こえて来たうめき声。
無断で部屋に入るのはいけない事だと分っていたけれども、様子を見に部屋へ行くと床の上に倒れているたっくんを発見したこと。
酷い怪我をしていたので、急いでここへ連れて来た事…。それら一切全てを医師に説明した。

「…そうですか。恐らく…父親からの虐待でしょうね…こちらから児童相談上に通報しておきます」

「…よろしくお願いします」

そこへたっくんを連れた看護師が戻って来て、怪我の手当てが始まった―。
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