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16-3 気付きもせずに

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 その頃、部屋着に着替えたエルウィンはすっかり塞ぎ込んでいた。

 窓際に寄せたテーブルで月を眺めながら、度数の強いアルコールを口にしている。普段のエルウィンならこの程度で酔うことは無かったが、今夜だけは勝手が違っていた。

「アリアドネ……ダンスを楽しんでいたな……やはり本音は踊ってみたかったのか……」

 ポツリと呟くエルウィン。驚いたことに、エルウィンの脳内ではアリアドネは楽しそうにダンスを踊っていたように映っていたのだ。

「くそっ……俺はダンスなんか全く踊れないし、相手はこの国の王太子……当然俺なんかが敵う相手ではないか……」

 恐らく、エルウィンの今の呟きをシュミットやスティーブが耳にしていたら驚きで目を見張っていたことだろう。
 スティーブに至っては『戦場の暴君』がダンスが踊れないくらいで、敵う相手ではないと弱音を吐く様子に笑いを堪えていたかもしれない。しかし、それほどエルウィンの精神は参っていたのであった。

「このままでは王太子がアリアドネに求婚するかもしれないな……」

 エルウィンの妄想?は留まることをしらない。

「…くそっ!」

 吐き捨てるように呟くと、再びグラスに度数のきついアルコールを注ぎ入れ、煽るように飲み干す。


 その時――。

コンコン

 扉をノックする音が聞こえた。

「……誰だ?」

フラフラとおぼつかない足取りで扉を開けると、そこにはアリアドネが立っていた。

「アリアドネ……?」

(まさか夢にまでアリアドネが出てくるとはな……まぁ、夢ならどうってことはないだろう)

酔いで頭が朦朧としていたエルウィンは半ばこれは夢だろうと思い込んでいた。

「あの、エルウィン様。大事なお話があって参りました」

 一方のアリアドネはエルウィンが酔っているとは少しも気づいていなかった。
 何故なら今の彼は相当酔っているにも関わらず、見た目は普通の状態にしか見えなかったからだ。

「あぁ、そうか。廊下で話すのは寒いから中に入るか?暖炉がついているから室内は温かいぞ?」

 エルウィンは扉を開け放した。

「そうですね、ではそうさせて頂きます」

 アリアドネは頷くと、部屋の中へと入り……テーブルの上に何本もの殻の瓶が置かれていることに気づいた。

「エルウィン様、お酒を召し上がっていらっしゃったのですか?」

 扉を閉じたエルウィンにアリアドネは尋ねた。

「そうだ。今宵は満月が美しかったから月を眺めながら飲んでいたんだ」

 そして再びエルウィンはテーブルに向かうと椅子に座り、アルコールを飲み始めた。これらの行動は全てエルウィンの酔いと、半ば夢だと思い込んでのものだったのだが、アリアドネはそうとは捉えなかった。

(やはりエルウィン様は私のせいで気分を害されているのだわ……だとしたら……)

 そこでアリアドネはエルウィンに提案した。

「あの、エルウィン様。私と……ここでダンスを踊りませんか?王太子様に習ったので、少しはダンスを教えて差し上げることが出来ると思うのですが」

 エルウィンがアルコールですっかり酔いが回り、頭が朦朧としていることに気付きもしないアリアドネ。

 そんなエルウィンにアリアドネはダンスを申し込んでしまった――。
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