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29 舐めないで

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家の補修屋さんと家具屋さんがひっきりなしに出入りし、古い家具が撤去され、新しい家具が搬入されていく。


職人さんたちは魔法を使いながら仕事をしていることもあって、ちょっと見ただけでも分かるくらい早くて綺麗な仕事ぶりだった。


ボロボロのカーテンは清楚な水色のカーテンに変わり、シミのある壁紙も驚くほどに白い壁紙に張り替えられ、角が欠けていたクローゼットもガタガタするハイテーブルも、虫に喰われた椅子も、歪んでいたベッドまで新品に総取り替えだ。


他にもバスルームやトイレ、一階のキッチン、物置部屋、あらゆるところが修繕され、照明も取り替えられ、まるで新築のようにピカピカしている。


物置小屋のような古い離れが、綺麗でオシャレな離れに生まれ変わった。


「すごい!」


こんなに嬉しいことはないかもしれない。


私は生まれ変わった部屋を見て、感動に打ち震えていた。


「良かったですね、エリーゼ様」


「すごいわ……とても、信じられないくらい。
レイアがいて、フレディがいて……こんなに髪も肌も綺麗にしてもらって、可愛い服を着られて、お部屋がこんなに素敵で……
本当に夢を見てるみたい……」


私には絶対に手が届かないと思っていたキラキラした世界。


満ち足りた気持ちになっていると、レイアは美しい所作で新しいハイテーブルの椅子を引いてくれた。


新しい椅子に促されるままに座ると、座面のクッションの心地よさに驚く。


本物のお嬢様になったみたい……


「それは良かったです。
執事フレディもきっと喜んでいますね」


「そう……かな?」


「ええ、さっきも……」


そこまで言うと、ノック音が響いた。


「噂をすれば、ですね」


「はい、どうぞ」


ーーガチャ


「エリーゼ様、夕食をお持ちしました」


ホコリ一つない綺麗な執事服のフレディが食事のトレーを持って入室した。


「レイア、一階のキッチンに夕食を用意してある。少し休憩してくるといい」


「かしこまりました」


レイアが私に向かって意味深に微笑んでから部屋を出ていくと、フレディは食事のトレーを置いた。


「エリーゼ様、どうぞお召し上がり下さい」


「わぁ……!」


メインのお肉がとっても大きく輝いてる!


付け合わせのお野菜もスープもパンも色合いと盛り付けが芸術的に綺麗。


「美味しそう!
いただきます!」


と、危ない、いつものまま食べそうになった。


レイアに習ったテーブルマナーを使いながら、食べないと。


フォークとナイフを持って、ちゃんと小さく切ってから……


「素晴らしいです。
エリーゼ様はすぐにマナーを習得できるのですね」


こんなに拙い動きにもかかわらず、フレディはすぐに褒めてくれる。


「そんな、褒めすぎです。
でも、レイアのおかげです。
とても熱心に教えてくれたんですよ」


「そうでしたか」


なんだろう、この柔らかいお肉にかかっているソースはとても美味しい。


フォークとナイフがどんどん進む。


そうして美食に舌鼓を打っていると、フレディはすっとそばに寄ってきた。


「エリーゼ様、お口の端にソースが……」


その細長い指が迫ってきて、私の口の横のソースを掬い取ると、そのままフレディの口に……


「え……あ……」


私の口の端のソースを……フレディが、舐めた。


な……なんで、そんな!!


自分でも自覚できるくらいに顔が熱くなっていく。


「すみません、マナー違反でしたか?」


「や、いま……」


「ええ、美味しかったですよ?」


ううう、恥ずかしい。


な、なんでフレディはそんな平然と!


いや、でも……これって……


その行動は全然理解できないけれど……私は幼い子供だと思われてる?


確かに、私はまだまだ子供でフレディは圧倒的に大人だけど……


フレディと最初に会った時、彼は既に大人だった。


若く見えるけど10歳以上は年上なんだと思う。


モテるみたいだし、女の子の扱いに慣れてるのかな。


「エリーゼ様、隣の物置部屋なのですが、今日片付けが終わりました」


「え……?
あ、はい、早いですね」


思いもよらぬ話の転換に、ソースのことから意識が削がれる。


私の隣の部屋は、不用品を押し込まれたような酷く汚くて埃だらけの部屋だ。


確かに、フレディが朝から何か作業してたみたいだったけど、あれを全部片付けたのならすごいと思う。


「はい、一通り掃除も終えてあります。
そして、クローゼットと執務机、そしてベッドを配置しました」


「ベッド?
なんでですか?
この離れに客人なんて来ませんよ?」


すると、フレディは嬉しそうににこりと微笑んだ。


「昨夜お話しした通り、今夜から隣の部屋に私が住まわせていただきます。
離れでエリーゼ様の身に何かあっても、本邸にいては気付けませんから」


「…………へ?
住む?フレディが?」


「さようでございます。
夜中に眠れない時は添い寝も可能ですよ」


「な!何言ってるんですか!
からかわないでください」


「結構、本気だったのですが」


あまりの突拍子のない言葉に、頭を押さえた。


レイアの言うように、もう既に……取り返しがつかないくらいにフレディが気になっている。


最近はドキドキさせられっぱなしで、なかなか気が落ち着かないのに。


というか、添い寝って……やっぱりすっごく子供扱いなんじゃないか?


「フレディは、私のことをなんだと思ってるんですか?
もう15歳なんですから、小さな子供じゃないんです!
だから、そんなにドキドキさせないでください!」


苦しくて仕方がなくなったので、勇気を出して思っていることを正直に伝えてみた。


「エリーゼ様……」


私の言葉を受けて、フレディはその場に立ち尽くしている。

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